(1) 探し物は意外と近くに
「暑い!そして、遅い!!いつまで待たせるつもりなの?!私を殺す気!?」
巨大なパラソルの下で、真っ赤なドレスを着た少女が喚き散らしていた。
そばに控えている女中たちは、暑さからの汗なのか、冷や汗なのか分からない汗を流している。
「ここまで、私を待たせるなんて・・・・全員、余程死にたいのね!!」
理不尽な八つ当たりで殺されるなど、冗談にしか聞こえないが、主であるこの少女ならやりかねないと女中たちが顔面蒼白になる。
「お嬢様」
苛立つ少女の後ろに、彼女専属の執事がやってくる。周りの人間が、滝のように汗を流す中、彼は汗一つかかず、涼しい顔で立っていた。
「遅い!!いつまで掛かってるの?!」
「申し訳ございません。ですが、お待たせしただけの成果は得てきました」
そういって、一枚の紙を主である少女に渡す。
乱暴に受け取った少女は、苛立つ表情を変えることなく書かれていることを斜め読みする。
「・・・・・!間違いなのね?!」
「はい、97%の確率で”目標”はこの火山群の何処かに潜んでいるようです」
執事の言葉に、先ほどまでの怒りが嘘のように消え、少女はまるで欲しかったおもちゃを手に入れた子供の様な笑顔を見せた。
「よくやったわ!!それで、準備はどうなってるの?!」
「現在、学者たちが詳細な居場所の特定と同時に、大急ぎで機材の設置を行っております。遅くとも数日中には全ての準備が終わります」
「急がせなさい!!・・・・・ふふふ、これで私の方が優秀だと証明出来る・・・・・あの女に、思い知らせてあげるわ!私こそが、お父様の”娘”に相応しいことを!!」
*************
アルターレ護国におけるクーデター事件解決から2日。
未だ国の主要機関は混乱が続いているが、国民生活は落ち着きを取り戻していた。
そんな中、昊斗たちはルーン王国王家専用船”クイーン・ファーネリア号”へと戻っていた。
現在この船は、アルターレ護国の代表、姫巫女シオンの計らいで大型船舶用のドックへ入り、点検が行われていた。
「では、新たな巫女様が決定するまで、この国に滞在するということですか?」
船の船長が、少し疲れた顔をして言葉を紡ぐ。
仕方が無い、アルターレ護国へ来てからの数日、この船は元賢人たちの孫の計略により、幾度と無く間者が潜り込もうとし、その迎撃と拘束、そして尋問に忙殺されていた。
船外は他国であっても、船内は領地・・・・つまり自国の法律が適用される、と国際的な取り決めがあるため、相手国からの返還請求を、突っぱねることが出来るのだ。
だが、一応相手国には問い合わせを行った。
拘束した間者は5人。
巫女姫シオンは間者の返還請求は行わなかった。
「あ、こっちに返されても面倒だから、そっちで好きにしていいわ」
そんなことを言われたので、報告を受けた船長がルーン王国の法に則り、尋問(拷問つき)の後、全員晒し者となった。
今後の打ち合わせの為、昊斗たちは船内にいる主だった人物たちを集まっている。
「とりあえず、船員たちには交代で休息を取らせています。上陸が許可されたお陰で、精神的にも余裕が出来ました」
船長などから報告を受け、フェリシアが肯く。
「分かりました。皆には苦労をかけますが、船の方をお願いします」
「畏まりました、姫様」
フェリシアの激励の言葉に、全員が居住まいを正す。
細々とした打ち合わせの後、昊斗たちは、冬華の転移術式で聖都へと戻った。
「あら?早かったわね。もう少しかかると思っていたから、お昼の準備が終わっていないのよ」
転移の到着地点は、迎賓館のフェリシアの部屋(ここが一番広い)。
そして、部屋を出ると姫巫女であるシオンと20代の若い女性が、迎賓館専属の使用人たちを押しのけてお昼の準備をやっていた。
「ひ、姫巫女様!我々がご準備いたしますので、どうかおやめください!」
責任者の女性が悲鳴を上げるが、シオンは全く気にすることなく準備を進める。
「いいわよ、気にしなくて。今日は、あたしたち自身が殿下たちをもてなすから。それに、あなた達にも迷惑をかけたからね。今日一日ゆっくりなさい」
主である姫巫女に言われ、使用人たちは戦々恐々と準備を見守るしかなかった。
そんな中、シオンと一緒に準備を進める女性に、フェリシアの視線は釘付けになっていた。
飛びぬけて美人というわけではないのだが、素朴な顔と服装は好感が持て、なぜかその横顔を見ていると、こういった女性で在りたいと感じさせる。
そして女性は、”若い頃のマーナは、こんな感じじゃないだろうか?”と思えるほど、よく似ていたのだ。
「・・・・・・・もしかして、マーナ様ですか?」
「はい、姫様」
マーナと呼ばれた女性は、準備の手を止め、フェリシアに頭を下げる。
「・・・え?えぇ?!マ、マーナ様なのですか?!本当に!?」
目の前の若い女性がマーナと分かり、フレミーが失礼と思いつつも頭の先から足元まで何度も見返す。
「なるほど、マダムと同じ若返り法を使ったんですね?よかった、力のほうも安定しているみたいで」
だが、昊斗たち傭兵4人とルールーは驚いてはいなかった。
姿形は若くなっても、本質は変わらないので、目の前の若い女性を一目見てマーナだと気がついたのだ。
「やっぱり、お兄さんたちも気がついていたのね?どうして、力のことをマーナに指摘してあげなかったの?」
「いえ、私たちはマーナさんとのお付き合いが、そう長くは在りません。力を失うと思い込んでいる方に、「急激に力が高まっていて暴走しそうですよ」、なんてお伝えしてもバランスを崩すだけだと思ったので、黙っていました」
「俺たちより、マーナさんが信頼している人から指摘された方が、危険は少ないと判断したんです。まぁ、暴走しないように手は回していたんですけどね」
「主に、私がね」
マーナが、高まりすぎていた力を暴走させなかったのは、彼女の長年の努力というバックグランドも関係しているが、もう一つの要因に冬華が渡した魔法具も一役買っていた。
「やっぱり・・・・・マーナが身に着けていた魔法具が彼女の説明より高性能だったから、もしかしてとは思ったのよねぇ」
昊斗やシオンたちの話を聞きながら、フェリシアたちは自分たちの知らないところで、そんな事態になっていたとは思ってもいなかったので、言葉を失っていた。
「フェリちゃんたちには、フェリちゃんたちの仕事があるからね。国王様からもフェリちゃんたちには、自分たちのことに集中させてやって欲しいって頼まれていたから」
「お父様・・・・・」
自分たちが成人したとはいえ、まだまだ周りの大人たちに面倒をかけていると痛感し、フェリシアとフレミーはうつむいてしまう。
「若いうちからそんな悲観的でどうするの?いいじゃない、こういうのはね若者だけの特権よ?何度も失敗して、周りに助けてもらいながら、大人から色々と吸収して成長すればいいのよ。そうやって成長する若者の姿を見るのが、大人は楽しいものなのよ」
長い年月を積み重ねてきたシオンから紡がれる言葉に、フェリシアとフレミー、そしてフェリシアの傍に控えていた侍女のナターシャは感銘を受け、息を呑んだ。
昊斗たちや、ナターシャの先輩侍女であるカトリーヌやシャンテはその言葉を肯定するように肯いていた。
だが一人、例外がいた。
「驚きました、まさか兄さんからそのような言葉が出てくるなんて・・・・・昔は、他人様に迷惑しか掛けなかった人だったのに」
マーナは本当に驚いているらしく、シオンの言動に対し、あり得ないと目を見開いている。
「失礼ね、これでもあたしは姫巫女なのよ?若者たちを諭し、導くのも仕事の内なの!」
シオンの言い分を聞き、マーナはハンカチを取り出し、目元を抑える。
「うぅ・・・あんなチャランポランだった兄さんが、こんなにも成長していたなんて・・・旅立たれたお父様お母様に、いいご報告ができます」
「マーナ、あんた喧嘩売ってるでしょ?」
さすがに、妹の言葉が看過できないシオンは、こめかみをひくつかせながらマーナへ詰め寄る。
「そんなわけ無いじゃないですか。それより、姫様たちがお待ちのですから、余計なことやっている場合ではないですよ、兄さん」
「っ・・・覚えてなさいよ、マーナ」
そんなやり取りをみて、全員は思った。
「この兄妹、ホント仲いいんだな」と。
シオンとマーナの手料理をご馳走になった昊斗たちは、食後のお茶を楽しんでいた。
さすがに片付けは!と、迎賓館の使用人たちが泣きながらシオンに直談判した結果、彼女たちに片づけを任せることになった。
嬉々として、食器を片付ける使用人たちが全ての食器を回収し、部屋を出て行く。
「さて、おなかが落ち着いたところで、真面目な話をしたいんだけど、いいかしら?」
使用人たちが出ていたことを確認したシオンが、真剣な顔で部屋の中を見渡す。
「まぁ、話っていうのは他でもなく、派遣する祭事巫女に関することよ」
その言葉に、フェリシアやフレミーたちが背筋を伸ばす。
「単刀直入に言うと、ルーン王国に派遣できる巫女がいないわ」
「・・・・・・へ?」
唐突な言葉に、フェリシアから姫とは思えないほど間の抜けた声が漏れる。
「あぁ、誤解しないでね。何も、ルーン王国に巫女を派遣しないって言ってるんじゃないの。”基準”に達している候補の巫女が居ないってことなのよ」
シオンは、現在の状況を説明し始めた。
今回シオンは、ルーン王国に派遣する巫女に厳しい基準を設けた。
その基準とは、姫巫女シオンに匹敵する潜在能力を持つ者か、もしくは最低でもマーナクラスの実力者を、というものだった。
マーナからの報告で、人の枠を超えた複数の存在による、混沌とした力場が発生しているルーン王国の状況を知ったシオンは、並みの巫女を派遣したところで、一日も持たずに使い物にならなくなってしまうと判断した。
なので、その状況に耐えうる者・・・・つまり、マーナ以上シオン未満の人材が望ましいと結論付けたのだ。
だが、そんな逸材がおいそれといるわけも無く、先の事件により国を立て直す為、抜けた上層部の穴埋めに優秀な人材が必要だが、一番迷惑を掛けたルーン王国へ派遣する巫女に妥協はできないと、シオンは考えただけで鬱になりそうだった。
「最悪、巫女習いなんかからも探さないといけないかしら?って考えてもいるんだけど・・・って感じで、まだまだ時間が掛かりそうなのよ」
なんと言うことはない、シオンが言いたかったのは時間延長の申し入れだった。
巫女の選定に真剣になってもらえるのはありがたいが・・・・と、フェリシアたちはまだ待たされるのか、と困った顔をしている。
「そこで!これ以上、聖都で暇を持て余しても面白くないでしょうから、殿下たちにはこれを差し上げるわ!」
そう言って、シオンは上質な和紙に似た紙を取り出し、フェリシアに手渡した。
「これって、通行許可書ですね?場所は・・・・・ミナミノ自治区?」
「その名の通り、聖都から南に位置する自治区の一つよ。近くに幾つもの火山がそびえる場所でね、様々な効能を持つ温泉が湧いていて、湯治場で有名なの」
「温泉ですか?!私、温泉って見たことがないんです!」
フェリシアが、目を輝かせて立ち上がる。
水の国と呼ばれるルーン王国ではあるが、温泉が湧き出す土地はないため、その存在自体知らないものも多い。
フェリシアは、ドラグレアなどに話を聞いていたため、興味を持っていた。
「なら、ちょうどよかった!殿下、よかったらゆっくりと骨休めに行かれてはどうかしら?そう遠くない場所だし、いくつもの温泉を巡ってみるのも面白いと思うわよ」
シオンの甘言に、フェリシアの目の輝きが一層強くなる。
「昊斗君、これって体のいい時間稼ぎだよね?」
「だな」
「そこのカップル!余計なことは言わないの!!」
シオンの目論見を看破した昊斗たちに、シオンは慌てて声を上げる。
「あら?もう一枚ありますね。こっちは、ホムラ火山群・霊峰ミタケ?」
「そっちは、ルドラ様によ」
「ん?妾にか?」
話を振られ、お茶を飲む手を止めるルールー。
「えぇ・・・実を言いますと、霊峰ミタケには火の神カグツチ様が居られるのです」
「兄さん、それは本当なの?!」
「歴代の巫女姫と一部の人間しか知らない極秘情報だからね、あんたが知らなくても無理ないわ」
驚く妹に、シオンは「あんたは知らなきゃならない立場になったんだからね?」と釘を刺される。
久方ぶりに聞く名前に、ルールーは湯飲みを乱暴に置く。
「なっ?!あ奴、そんなところに居ったのか・・・・道理で、今まで会わぬはずだゎひっ!!」
突然、悲鳴を上げるルールー。なぜか、怯えた目をして、カタカタと震えていた。
「・・・・・マダムの占いどおりでしたね。”探し物”がこんなにも早く見つかるなんて」
「ルーちゃんに引き続き、2柱目・・・・・運がいいね、私たち」
その理由を、シオンたちはすぐに思い知る。
つい今しがたまで、冗談を言っていた二人が悪鬼羅刹の方が、まだ優しいのでは?と言う形容しがたい表情をしているのだ。
それは、ルールーにとって初めて植えつけられ、トラウマとなっている昊斗たちの姿だった。
「お、お兄さんたち・・・・一体、どうしたって言うの?!」
二人から放たれる圧倒的な力の奔流に、シオンは喘ぎながら言葉を吐き出す。
「そうですね・・・・マダムやマーナさんにはお話ししておきましょうか?」
昊斗は、シオンたちに自分たちの正体とこの世界に来た目的を明かした。
グラン・バースを生み出し、世界を管理する神々をも生み出した最上の存在、創造神の依頼によってやってきた異世界を又に掛ける傭兵。
そしてその創造神の依頼は、創造神から力を奪った大神と4柱の神々から、力を奪い返すこと。
このままの状態が続けば、この世界はそう遠くない未来に消滅してしまうこと。
奪い返す方法は昊斗たちに一任されていること、全てをシオンたちに話して聞かせた。
シオンやマーナは、幾度と無く思考を手放しそうになっていた。
マーナは、多少なりともカレイドたちから聞いてはいたが、想像を幾重にも飛び越えていた。
自分たちの常識が音を立てて崩れ去り、そして人の身に余る事態が進行していることに、二人は天を見上げることしか出来なかった。
フェリシアの侍女たちは、勤めて平静を保とうとしている。
業務上、知りえた情報を無闇に広めれば、自身の主の立場を危うくすることを、常日頃から言われ続けているからだ。
だが、さすがにカトリーヌとシャンテは思考を手放すことで平静を保つことに成功し、若いナターシャは頭から煙を吹いて倒れていた。
「ま、今回はルールーがいますから、余程のことが無い限り穏便に済むはずですよ」
「そういう意味で言えば、ルーちゃんをこちらに引き込めたのは良かったよねぇ~」
いつもどおりに戻った昊斗たちが、あはは、と笑っているが、他の面々は一切笑えなかった。
「まぁ、自我を持った天災に襲われたのだと思って、諦めてください」
無表情でシオンの方に手を置く玉露。
「玉露ちゃん、それはフォローになってないよ」
そんな彼女に、金糸雀は呆れながら突っ込む。
そんなこんなで、フェリシア一行の温泉旅行は、瞬く間に計画・準備が進み、その日のうちに出発となったのだった。




