(9) 冬華、怒る
早朝、フェリシアの部屋を訪れた冬華たち。
「そ、そんなことが・・・・・」
フェリシアの騎士であるフレミーが、驚愕して後ずさる。
冬華は、フェリシアたちに昨日一日で起きたことを、全て報告した。
迎賓館にフェリシアを目標にした悪意のある術式が仕掛けられていたこと、賢人たちの秘密を知ったマーナへの洗脳処置、そして黒幕へ繋がる犯人たちからの”聴取”全てだ。
その報告を、フェリシアは静かに聞いていた。
「フェリシア様は、驚かないのですね」
金糸雀は、落ち着いて椅子に座っているフェリシアを見て逆に驚いた。
「・・・トーカさんたちが何かをしていることは薄々気が付いていました。でも、私だって驚いているんですよ?自分が狙われていると聞かされれば」
当然である、18の娘が「あなたは狙われている」と言われ、何も感じないはずがないのだ。それが、王家の人間であっても。
「し、しかし・・・それが本当であれば、すぐに抗議を!!」
何とか持ち直したフレミーが声を荒げるも、冬華は首を横に振った。
「ダメだよ。そんなことをしても、向こうはトカゲのしっぽ切りをするだけ。それじゃ、何の意味もないの」
「どういうことですか?」
フレミーの問いに、玉露が答えた。
「今回の件、裏で糸を引いているのは賢人と呼ばれている存在。でも、それを裏付ける決定的な証拠はまだ手に入っていない。今、糾弾したところで、部下を切り捨てて終了と言うのが関の山なのです」
とはいえ、このままにするつもりはないですが、と言葉を続け、玉露が冬華を見る。
「だからね・・・・それなら、その決定的な証拠を向こうに作らせればいいだけ、ってことだよ」
「一体どうやって?・・・・」
冬華たちの視線が、フェリシアへと集まる。
「まさか・・・・姫様を囮になさるのですか?!トーカ殿!!何をお考えなのだ!!」
「・・・・・・・・・」
フレミーの言葉に、冬華は沈黙を保っていた。
「見下げ果てました!あなたがそのような下策を言い出すなんて!!」
「フレミー!!」
「?!姫様・・・・」
主の一喝に、フレミーは身をすくめる。
「トーカさん・・・それが、今一番最良の手なのですね?」
「・・・マーナさんに頼んで情報を集めてもらってるけど、それでも有効打にならないかもしれない。・・・・ごめんね、こんな手しか提案できなくて」
深々と頭を下げる冬華たち3人の傭兵。
フェリシアは、冬華がどういう人物かを、この数か月の付き合いできちんと把握した自負がある。
冬華が、そう提案するなら、それが最善。フェリシアは、そう思ったのだ。
「いいえ、お気になさらないで下さい。私も、王の血を継ぐ者・・・・降りかかる火の粉は、自らの手で払い除けなければいけないことを、お父様とお母様から教えられていますから」
凛としたフェリシアの姿に、フレミーは自身の浅はかさを恥じ、唇を噛む。
「フレミー、あなたは私の剣です。頼りにしてるからね」
「姫様・・・・はい!」
泣きそうな顔をしながら、フレミーが傅く。
「・・・・トーカ殿、申し訳ありませんでした。私の考えが至らず、あのような・・・」
「大丈夫だよ、それにフレミーさんが怒ったのは、フェリちゃんを想ってだよね?なら、気にしちゃいけないよ」
「はい・・・・」
改めて、冬華の懐の深さを知り、フレミーは敬服するしかなかった。
「と、言う訳で!ルーちゃん!!」
「ん?何じゃトウカ?」
お菓子を食べながら話を聞いていたルールー。声を掛けられ、首を傾げる。
「うん、今回はルーちゃんにも活躍してもらうよ!」
「おぉ~本当か!それは楽しみじゃ!!」
ルールーを動員するという冬華の言葉に、フェリシアたちは嫌な予感がしてならなかった。
「ここは既に敵地だからねぇ。使える手札は全て使うよ~!」
まるでフェリシアたちの心を読んだように、冬華が腕まくりをしながら嬉々とする。
「冬華さん、これを・・・」
そんな中、玉露が冬華に何かを見せ始める。
「・・・・これって、もしかして」
「はい、先ほどマスターから送られてきました。そして、添付されたメッセージです」
そのメッセージを聞き、冬華は少し呆れた顔をしたが、すぐに笑顔がこぼれる。
「・・・ホント昊斗君は・・・・フェリちゃん、こっちの手札が増えたよ!!」
「本当ですか?!」
「うん!・・・・それじゃ、作戦会議を始めようか!!」
そう宣言した冬華の笑顔は、いつも以上に輝いていたと、全員が思ったのだった。
*********
祭事巫女の交代式は、本殿で執り行われることになっていた。
参加する人数は制限しない、と先方から言われていた為、フェリシアを始めとし、騎士のフレミーに冬華たち傭兵3人。そして、ルールーが参加することとなった。
侍女たち3人は、迎賓館に留守番となったが、もしもの為の対策は十分に取ってある。
広々とした儀式場に、純白の布で姿を隠した賢人たちが現れ、ルーン王国関係者とアルターレ護国の関係者が顔を合わせた。
堂々とした出で立ちのフェリシアたちとは対照的に、アルターレ護国の関係者は何処か落ち着かない面持ちだった。
当然である、賢人直属であり本殿内の儀式責任者である巫女統括役が昨晩から行方不明、もう一人の巫女統括役も管理している”村”自体との連絡が付かず安否不明。他の3人の巫女統括役は僻地もしくは、本殿への立ち入りを制限されている。
そんな中、賢人たちは気にせずともよいと言い、巫女統括役無しで儀式を強行したのだった。
「で、ではこれより、ルーン王国祭事巫女の交代式を始めさせていただきます」
気の毒になるほど、たどたどしい巫女の言葉で始まった交代式。
冬華たちは、少し離れたところに居るマーナへ視線を移す。
すると、彼女は周りに気づかれない程度のウインクをして見せた。
その仕草に、有益な情報を掴んだのだろうと分かり、冬華は何処で仕掛けるかの算段を始めた時だった。
突然、冬華を耳鳴りが襲う。それは、何かしらの術式が発動する前触れだった。
(は?!こんなタイミングで仕掛けてくるの?!)
予想外のタイミングに視線を、布で姿の見えない賢人たちへと向ける。
その奥から、微かにせせら笑う声が聞こえてくる。
儀式場の床一面に、巨大な紋章が浮かび上がり、光が場内を包み込む。
数秒で光は消え、場内を不気味なまでに静けさが包む。
『呆気ないものだな、この程度か』
その静寂を破って、賢人の一人が落胆の声を上げる。
『仕方ないよ。所詮、凡人』
『二人とも、最後の仕上げを・・・・・王女フェリシアよ、我らの手足となり、我らの為に働いてもらうぞ』
相手を従わせる”力”の籠る言葉が、フェリシアに降り注ぐ。
「・・・・・お断りします!」
だが、フェリシアはきっぱりと拒否した。
『『『??!!』』』
その状況に、賢人たちから困惑する空気が伝わってくる。
そんな空気をぶち壊すように、冬華が海よりも深く盛大にため息を漏らした。
「・・・・はぁあああああ・・・・無能無能とは思ってたけど、これは予想外だよ。こっちはさ、色々準備してたんだよ?迎賓館にトラップを仕掛けられ、あんな分かりやすくケンカを売られたから、ぜひ買ってあげようと情報収集したり裏工作したりして、準備万端待ち構えていたのに・・・・・・・それで、これ?っっっふっざけるなぁあああああ!!!!」
『な、何を・・・・』
その声に、賢人たちがたじろぐ。
「何を?じゃない!!本当なら、フェリちゃんとあなた達で論戦を繰り広げて言い負かし、あなたたちが強行手段に訴えるように仕向けるって算段だったのに・・・・ラノベのような展開にしたかったのに、全部ぶち壊しだよ?!どうしてくれるの!!」
当初の目的を忘れ、私情が漏れ出る冬華は、賢人たちを罵倒する。
「我が主!落ち着いてください、心の声が駄々漏れです!!」
慌てて金糸雀が止めに入るも、ヒートアップした冬華は止まらず、殺気が噴き出している。
「冬華さん・・・・・・まぁ、過程はどうあれこちらが望んだ結果は得られました。それで、良しとしませんか?」
いつもの調子で、玉露が冬華の肩を叩く。
「そ、そうですよ、我が主!結果オーライですよ?」
何とか二人に宥められ、冬華は怒りを収める。
「・・・・・そうだね、現実はそううまく行くものじゃないよね・・・じゃ、気を取り直して!あなたたちは、ルーン王国の代表に手を出したと言うことが、どういう意味を持つか、理解してるかな!?」
何事も無かったように、賢人たちを追及する冬華。
「まぁ、無駄でしょうね。理解できていたら、まずこのような大それたことを起こすはずはないでしょうし。どうも、頭の中に蛆虫が湧いているようですから、きちんと教えて差し上げないと・・・どうでしょうか、殿下?」
援護射撃とばかりに、玉露が賢人たちに侮蔑の視線を送りつけ、フェリシアを促す。
「そうですね・・・・・今回、アルターレ護国から受けた諸々の件に関し、我がルーン王国は、貴国に対し遺憾の意を表し、それ相応の対応をさせていただきます。祭事巫女マーナ・クロエ殿の、これまで我が国に対して貢献していただいた実績を差し引いても、貴国の対応は看過できない事象だと私は考えます。お覚悟ください・・・我が国の騎士に、手加減と言う言葉をは存在しませんので」
呆気に取られる面々だが、フェリシアの言葉に、賢人たちが反応する。
『何?!』
『小娘が・・・・・何をふざけたことを』
賢人たちの苛立ちが肌で感じられるほど、大きなものへ変わる。
「当然でしょう。ここに居られる方がどなたか、本当に理解していないようですね?彼女は、ルーン王国の王女にして、第19代国王カレイド・ノグ・ルーン陛下の名代、国の代表としてこの国へ訪れている・・・その代表に危害を加えたのです。貴女方が謝罪をしないのであれば、このまま戦争と言うことになる、ということですよ?」
玉露の言葉に、アルターレ護国の関係者が戦慄する。
アルターレ護国に、軍事力と呼べる戦力は皆無に等しい。
世界における立場により、国の安全が保障されているため、これまでそれほどの力を必要とはせず、他国も攻め込むことはなかった。
逆にルーン王国は、世界屈指の海戦力と戦略級精霊術を運用できる術士隊を保有する世界で1・2位を争う強国である。
現状、ルーン王国に対抗できるのはレヴォルティオン帝国のみと言われており、そんな国と戦端を開けば、一瞬でアルターレ護国は呑みこまれてしまうのは明白だった。
「これで、理解できたかな?謝罪か戦争か・・・・選ばせてあげるよ。よく考えてね」
「こちらからの最後の温情だと思ってください」
畳み掛けるような冬華とフェリシアの言葉。
『ハッタリだ!そこの小娘にそこまでの権限があるはずない!!』
『我が国の巫女がいなければ、立ち行かない国に何が出来るの!』
『謝罪するのはそちらだ!!我らを侮辱した罪、万死に値する!!』
だが子供染みた言い分によってフェリシアたちの言葉を両断する賢人たち。
フェリシアを始めルーン王国関係者は呆れ果ててしまう。
「・・・・・そうですか・・・そのお言葉、宣戦布告と受け取ってよろしいのですね?」
「お待ちください!!」
フェリシアの前に、マーナが飛び込み土下座する。
「!?マーナ様!!」
「確かに、此度の件において、こちらに非があるのは明白。殿下への侮辱に関し、精一杯の謝罪をいたします。ですが、その前に!ここで明らかにしなければいけないことがございます!!」
顔を上げたマーナが、賢人たちを睨みつける。
「あそこに居る賢人方は偽りの存在。真っ赤な偽物でございます!」
『な?!』
『マーナ・クロエ・・・貴様、洗脳を受けているはずでは!?』
賢人の疑問に、冬華が人差し指を立て、ちっちっちっと、横に振る。
「受けてないよ、私が寸前で助けたからね。まぁ、作業をしていた人たちには”力の限り”説得して、ウソの報告してもらう様に言ったからねぇ。言ったでしょ?裏工作してたって」
不敵な笑みを浮かべる冬華に、賢人たちから悔しげな声が漏れる。
『くっ・・・だが!一介の巫女風情妄言など、証拠もなければ・・・』
「黙りなさい!!」
マーナの一喝に、賢人たちだけでなく、フェリシアや冬華たちまで、押し黙る。
「証拠?・・・ならこんな証拠はどうでしょう!!」
マーナの言葉と共に、アルターレ護国の関係者の後ろに控えていた外装を纏った巫女3人が歩み出、立ち上がったマーナの隣に並ぶ。
3人が一斉に、外装を脱ぎ捨てた。
『『『?!!』』』
その姿をみて、賢人たちから明らかな動揺が伝わってくる。
外装の下から現れたのは、50代の女性3人だった。
巫女統括役よりも複雑な模様の描かれた装束を身に纏い、その顔つきは少し疲れが見えるが堂々としてる。
「あなたたちが監禁していた本物の賢人方です。これ以上の証拠はないのでは?」
アルターレ護国の関係者たちが、一斉に膝をつき本物の賢人たちに頭を垂れる。
「凄いオーラ・・・・確かに、あれなら賢人と言われても納得だね」
彼女たちの纏うオーラが、陽炎のように揺らめいている。
「さぁ、観念して正体を現しなさい!!」
マーナの言葉と同時に、風が巻き起こり偽物たちを隠す布が吹き飛んでいく。
(グッジョブ!フレミーさん!!)
(は、はい!・・・・ありがとうございます!)
後ろで、冬華が親指を立てて、フレミーを労う。
奥から現れたのは、20代から30代の女性だった。
何処か病的な白さと艶のない肌、伸ばしに伸ばした髪に、こけた頬など一瞬生きた人間に見えなかった。そんな彼女たちは悪鬼のような形相で、場の全員を睨みつけている。
「どうして・・・・あそこから連れ出すのは不可能なはず!なのに、なぜ?!」
その問いに、冬華が手を腰に当て、胸を張る。
「当然、私が助け出したに決まってるでしょ!明け方、マーナさんから連絡を受けて、速やかに救出したんだよ。まぁ、監禁場所を強襲・殲滅してもよかったんだけど、それじゃあなたたちにバレるかもしれないからね、コソッと侵入して、誰にも気づかせずに助け出したの。今も、監禁場所に居る人たちは何食わぬ顔で警備してるんじゃない?」
その通りだった。
偽物たちは、直近の報告で監禁場所から異常なしと報告を受けていた。
「つまり、我々は謀られていたわけ?・・・・・ふざけないで!!」
細い身体のどこから出たのかと思えるほどの怒号が、儀式場に響く。
「ふざけてるのはどちらかしら?あなたたちの浅はかな言動で、この国がどれほど窮地に立っているか、分かってないの?」
マーナの言葉に、偽物たちの悪鬼の形相が、さらに醜悪な物へとゆがむ。
「五月蠅い!!私たちの理想を阻む者は、全員死ね!!」
偽物たちの後ろに、何体もの精霊が現れる。
「ウソ・・・・」
フェリシアが、そう呟いた。
フレミーも、目の前の光景に絶句していた。
現れた精霊は、火の精霊、地の精霊、風の精霊が3体ずつ、計9体。
つまり、3人はトリプルシンボル。精霊術の先進国であるルーン王国でも、過去に数例。現在では、1人しかいない貴重な存在だった。
「これで分かったかしら?私たちは神に選ばれた存在・・・・私たちの行動を遮る者に死を!!」
精霊たちが一斉に、フェリシアへ攻撃を仕掛けた。
「!!」
フェリシアの前に、いくつかの影が飛び込む。
精霊たちの攻撃が交わり、大きな爆発を生み出す。
「姫様!!」
冬華が渡していた魔法具によって無傷ながらも、巻き起こる爆風に耐えながら、マーナが爆発の中心に向かって叫ぶ。
すると、発生した爆発のエネルギーや炎、煙に爆風が逆再生されるように、集束していく。
何事も無かった様に、爆発の中心だった場所に立つフェリシア。
その前には、いつもの”精霊”姿である、水の衣に青い髪の色に戻ったルールーと、ラファルとマリーナを従え、相棒と呼ぶべき二振りの剣を構えるフレミーの姿がある。
そして、さらに彼女たちを護るように、冬華が愛用する金属製の杖を右手に持って立っていた。
左の掌には、小さな球体が浮かんでいる。
よく観察すると、グルグルと中で何かが渦巻いていた。
「・・・大した力も無いくせに、周りに侍らせてる人間は優秀・・・・・・大した事もないのに、周りから愛される・・・素敵な王子様や、勇敢な騎士に好かれる・・・・不公平だわ」
一人が、恨めしそうにフェリシアを睨み、ブツブツと呟いている。
「姫なんてお飾りの存在のくせに・・・・それなのに、どうしてそんな存在を、あの方は私を見捨てて好きになったの?」
「所詮、男なんて上っ面だけしか見ていないのよ・・・・・消えて無くなればいいわ、王侯貴族の女も、そんな存在しか愛さない男たちも!!」
残りの二人も、あまりの怒りで痙攣する瞳でフェリシアを睨みつける。
ルールーとフレミー、そしてフェリシアが身構える。
だが、それを遮るように、冬華が歩み出る。
「なんだ・・・・・そんな理由で、こんなこと始めたんだ・・・」
誰にも聞き取れなかった小さな言葉を、昊斗がそうだったように、冬華も身体能力を極限まで強化しているため、一言一句聞き逃していなかった。
「なら、フェリちゃんたちの手を煩わせる訳にはいかないね・・・じゃ、ここからは私闘ってことでいいよね?」
笑顔で問いかける冬華。だが、笑顔とは裏腹に、魔王も裸足で逃げ出しそうな殺気を放っている。
「長く楽しませてね。私闘なんて久しぶり~・・・・さぁ、始めようか?」
掌の球体を握り潰し、偽物たちに杖を突きつける冬華の目は、一切笑っていなかった。




