(2) 去りゆく巫女
「姫様、このマーナ・・・・・この度、祭事巫女の任を退くことにいたしました」
フェリシアは、マーナの言葉が全く呑み込めないでいた。
彼女が生まれた時から、祭事巫女としてルーン王国のために働いていたマーナ。
フェリシアにとっては、マーナはもう一人の祖母のような存在だった・・・・
「マーナ様・・・何を仰っているんですか?」
狼狽し、震える唇で何とか言葉を紡ぐフェリシアに、ヴィルヘルミナが心配そうに寄り添う。
「フェリシアお姉様・・・・」
「・・・・申し訳ありません。もっと早くにお伝えできれば良かったのですが、本国へ送った手紙の返事がなかなか帰ってこなかったので、言うに言えず・・・・・」
「どうして・・・どうしてなのですか?」
「それは、私から説明しよう」
「!?お、お父様!!」
「陛下!」
その場に居た全員が跪こうとするのを、カレイドは手振りで制する。
「お前が、マーナ様の所へ行ったと聞いてな。様子を見に来て正解だった」
興奮したように、フェリシアがカレイドに詰め寄る。
「お父様!どうしてマーナ様が祭事巫女をおやめになるのですか!?」
「落ち着きなさい、フェリシア。王族たるもの、無闇に取り乱してはなりませんよ」
カレイドの後ろから、マリアもやってきた。
「お母様・・・」
母親に窘められ、俯くフェリシア。
そんな娘を見ながらカレイドが咳払いし、全員の視線を集める。
「ここではなんだ。場所を移そうか?」
**********
カレイドの執務室へ移動し、全員が席に着いたことを確認して、カレイドが事の経緯を話し始めた。
「先の事件直後。私とマリアはマーナ様から、祭事巫女のやめたいという相談を受けた。私たち夫婦も突然のことで驚き、マーナ様に思いとどまるよう説得したのだが、マーナ様の決意が固く、そして揺るぎないものだと判断し、ルーン王国国王として受諾したのだ」
「理由は?おやめになる理由はなんなのですか?」
そこを聞かなければ納得できない、と必死に食らいつくフェリシア。
すぅ、と小さく息を吸い、マーナがいつもの穏やかな調子で話し始めた。
「理由は・・・・私が長くこの国で祭事巫女を務めすぎたからです。通常、長くとも30年務める所を、私はすでに50余年・・・・・この国で、私は身に余るほどの多くの経験をさせていただきました。この経験を、本国で修行している巫女を目指す若者たちに伝えたい。老い先短い私が唯一出来る、祖国への恩返し・・・・そう思い、勝手ながらルーン王国の祭事巫女を辞することを決め、陛下たちにお伝えしたのです」
その言葉に、フェリシアは何も言いだすことが出来ず、俯いてしまう。他の面々も仕方ないと言った面持ちだった。
昊斗と冬華を除いて。
「・・・・本当にそれだけですか?マーナさん、もっと大きな理由が・・・隠している事があるはずですよね?」
重い空気を切り裂くような昊斗の質問に、マーナが驚きをみせる。
「そ、ソラト君!」
慌てるカレイドのことを気にせず、昊斗は言葉を続ける。
「確かに、マーナさんが仰った理由も納得できます。でも本当は、違う理由があるんじゃないですか?」
その問いに、マーナは口を噤む。
「・・・・腑に落ちないんです。年齢や後進育成を理由にされるなら身の回りの整理を始める前に、ちゃんとフェリちゃんに伝えることが出来たはず・・・・なのに、あなたはそうせずに、何かを知られたくないように急いでいた、私には感じましたよ?」
冬華の言葉に、マーナは天を仰ぎ、ゆっくりと息を吐き出した。
「・・・・お二人の目は誤魔化せませんでしたか・・・・・・・・その通りです、先ほどの理由が辞める決め手ではありません」
観念したように、マーナの強張っていた表情が緩む。
「私の祖国、アルターレ護国の巫女は、歳を重ねるごとに力を強めていく、という特性を持っています。特に死ぬ間際の巫女はあらゆる国の数十年先の未来を予知できるたり、決して人の身では解けない死の呪いを、いとも簡単に解いたりするほどに。しかし、ごく稀にですがその逆、力を失う巫女も存在します」
「ま、まさか・・・」
驚愕するフェリシアに、マーナは静かにうなずいた。
「はい、私がそうです」
マーナの告白に、フェリシアだけでなくフレミーやヴィルヘルミナも驚いた。
「最初に違和感を覚えたのは、オクゾノ様とナツメ様が召喚された際の神託です。話には聞いていましたが、召喚直前になっての神託は、私にとって初めてでした。ですが、その時は特に気にすることもなかったのですが、はっきりとおかしいと思ったのは、姫様の召喚の儀以降です。あの頃から、うまく力が練れなくなり、予知の映像もはっきりとしなくなっていきました」
ここで、マーナは言葉を切り、一呼吸置く。
「そして、決定的だったのが、先の事件です。普段なら事件が起こるずっと前に予知できた事が、私は何一つ予知することが出来なかった・・・・・そのために、ヴィルヘルミナ姫様やアリエル姫様、そして多くの方々を危険な目にあわせてしまいました。私がしっかりと予知できていれば、あの様な・・・」
「そんな!あの事件で、巫女様に責任は一切ありません!それに、わたくしもアリエルお姉様も無事怪我もありませんでした!ですから、ご自身を責めないでください・・・」
自分の誘拐事件に、マーナが責任を感じていたとは思わなかったヴィルヘルミナ。
気にしていないという皇女に、マーナは深々と頭を下げた。
「・・・・巫女として唯一自信のあった予知が出来ない。そんな私がこれ以上、ルーン王国に居座ってもご迷惑をかけるだけ。ですから、すぐにでも本国から替わりの祭事巫女を派遣してもらうよう手配し、私は静かにこの国を去ろうと、決めたのです」
静かになる部屋の中、時計の針が進む音だけが響く。
その静寂を破ったのは、冬華だった。
「・・・すみません、マーナさん。尋問するような言い方をしてしまい、言いたくなかったことを・・・」
「いいえ、お気になさらないで下さい。オクゾノ様、そしてナツメ様に問い糾して頂かなかったら、私は姫様たちに隠し事をして、国を去っていました。お陰様で、何の憂いもなく去ることが出来る、私の方こそお礼を言わせていただきます・・・・ありがとう」
年齢より若く見えるマーナだが、その笑顔は年相応のお婆ちゃんと言った感じだった。
「・・・一ついいですか?マーナさん・・・本当に力を失ったのですか?」
昊斗の質問に、マーナは首を横に振る。
「まだ全てを失ったわけではありませんが、そう遠くない日に失われてしまうでしょう」
何かを考え込む昊斗に、フレミーやヴィルヘルミナは首を傾げる。
「それで・・・・マーナ様はいつ国を発たれるのですか?」
理由を聞き、納得せざるを得なくなったフェリシア。
次に気になったのは、マーナがアルターレ護国に帰る日だった。
「準備が終わり次第、数日中には・・・・」
あまりにも早い日程に、フェリシアの目からは涙が溢れていた。
「・・・・・・フェリシアよ。ルーン王国19代国王カレイド・ノグ・ルーンの名に於いて、祭事巫女マーナ・クロエ様を故郷アルターレ護国までお送りし、新たな祭事巫女様をお迎えに行きなさい」
父の言葉に、フェリシアは涙を拭うのを忘れ、ポカンとした。
「別に、お前を気持ちを汲んで言っているのではないぞ?わが父、先代国王のジェラードも王子の時、先代の祭事巫女様を故郷へお送りし、マーナ様をお迎えになられた。新たな巫女様との関係は、お前の方が長くなるからな、顔合わせは早い方がいい」
「成人して、初めての海外公務です。ルーン王国の王女として恥ずかしくない振る舞いをなさい、いいですね?」
娘の目元にたまる涙を拭いながら、言い聞かせるマリア。
カレイドの視線が、フレミーの方へと移る。
「フレミー。今回は君も騎士として同行するんだ、いいね?」
「は、はい!」
前回、フェリシアの成人の儀の一部である試練では、付いていくことの出来なかったフレミーは、今度こそフェリシアを護れると息込む。
「ソラト君」
先ほどの重い空気とは一変した執務室で、カレイドが音もなく昊斗に近づく。
「・・・・・依頼、ですね?」
「話が早くて助かるよ」
部屋の片隅で、男二人が悪い顔をしていた。
*********
あっという間に時が過ぎ、マーナが故郷へ帰る日がやってきた。
「ったく、相変わらずお前は無理難題を押し付けてくれるよな」
「だが、それに答えてくれるのが、ドラグだろ?」
王家専用の岸壁に停泊した巨大な客船の前に、国王のカレイドと王妃マリア、そしてドラグレアが立っていた。
「さすがね、ドラグ。期日に間に合わせて、しかもこんな立派な・・・・」
見慣れていた船の変わり様に、マリアは感嘆の声を上げる。
「マーナさんを故郷へ送り届ける船だからな、手を抜く訳にはいかないだろうが」
私事で王都を離れていたドラグレアは、戻ってきた矢先にカレイドから、王家専用の船を一週間で改修するよう頼まれたのだ。
この無理難題をドラグレアはやり遂げ、王族専用船は内装や装備を最新式の物にアップデートされ、塗装し直された船体は眩く輝いている。
「相変わらずいい仕事だよ」
「ありがとうよ・・・・・しかし、フェリシアは大丈夫なのか?王女として公務に出ていたとはいえ、一人での海外公務は初めてだろう?」
「大丈夫でしょ、ねぇあなた」
「あぁ・・・・そのために、色々と手を回したからね」
笑みを浮かべるカレイドとマリアの視線の先に、大仰な祭事巫女姿のマーナを先頭に、ドレスを身に纏ったフェリシアに、フェリシアと同じ色の子供用ドレスを着たルールー、騎士甲冑に身を包んだフレミーと続く。
そしてその両脇を、戦闘服姿の昊斗たち傭兵4人が固めていた。
「マーナ様」
カレイドとマリア、ドラグレアも恭しく一礼で出迎える。
「陛下、王妃様・・・それにドラグレア様。永い間、お世話となりました」
「わたくし共こそ、永きに亘りありがとうございました。ルーン王国の全国民は、あなたへの感謝の気持ちを決して忘れません」
威厳に満ちたカレイドの姿に、マーナが満足そうに目を細める。
「あなた・・・」
妻に脇を小突かれて、諦めたようにカレイドの表情が和らぐ。そして、気恥ずかしそうに頭を掻きながら、マーナを見つめた。
「・・・・今まで本当にありがとう、母さん。身体に気を付けて、元気で」
その姿に、幼いころのカレイドを見たマーナの目から、涙が溢れる。
フェリシアがそうであったように、カレイドにとってマーナは母の親友であり、そしてもう一人の母親だった。
そして、マーナにとって彼は、まさに子供のような存在だった。
「・・・ありがとう、レイ。あなたも元気でね」
幼い頃の愛称を口にし、数十年ぶりに優しくカレイドを抱きしめるマーナが、ゆっくりと頭を撫でた。
「フェリシア。マーナ様のこと、頼んだぞ」
「向こうで、粗相のないように。常に、王国の名を背負っていることを忘れないように」
「はい、お父様お母様」
緊張の面持ちで答えるフェリシア。
「フェリシアよ、心配せんでも妾たちが付いておるのじゃ。フェリシアは、フェリシアらしく居ればよかろう」
エッヘン、と胸を張るルールーに、緊張していたフェリシアの顔に笑みがこぼれる。
「フェリシアさん~、頑張ってくださいね~」
「フェリシアお姉様なら、絶対大丈夫です」
自国の代表として、式典に参加していたアリエルとヴィルヘルミナが、フェリシアを激励する。
そんな中、ドラグレアがカレイドたちの下を離れて、昊斗たちの方へ歩いていく。
「ソラト、トウカ」
ドラグレアに声を掛けられ、船員たちと打合わせしていた昊斗たちが振り向く。
「ドラグレアさん、どうかしましたか?」
「お前たちの耳に入れておきたい情報があるんだ・・・・・」
ドラグレアの顔つきが険しいことに、昊斗たちの背筋が伸びる。
出航を告げる霧笛が鳴り響き、錨が海中から引き上げられる。
「祭事巫女マーナ・クロエ様に、敬礼!!」
アルバート騎士団の団員たちが横一列に並び、団長フォルトの掛け声と共に剣を掲げる。
術士隊による、花火に似せた精霊術が打ち上がり、青空にいくつもの花が咲き誇る。
ゆっくりと船が岸壁から離れていく。
手を振るマリアの横に、アリエルとヴィルヘルミナが並び手を振っている。
岸壁側のデッキに立ち、それに答えるように手を振るマーナ。
船が速度を上げ、運河を進みだした時だ。
「マーナ様!」
それに気が付いたフェリシアが声を上げる。
視線の先には、運河沿いの道に多くの市民たちが駆け付けていた。
”永い間お疲れ様でした。巫女様、ありがとう!!”
大きな横断幕に、感謝の言葉が綴られている。
「!・・・・・・・ありがとう」
その光景に、マーナは嗚咽を漏らしながら、手を振ってこたえ続ける。
そして、マーナは王都ディアグラムが見えなくなるまで、手を振り続けたのだった。




