エピローグ
王都ディアグラムで起きた一連の事件を受け、学生区で行われていた「ディアグラム合同学園祭」は、実行委員会の判断により最終日半ばで中止が決定された。
次の日。
「こんにちは、皆さん」
昼近くに家を訪れたのは、フェリシア・アリエル・ヴィルヘルミナたち三人の姫とフレミー・フローラ・ペトラの騎士三人だった。
人数が人数だったため、応接室ではなく食堂に集まった面々。
彼女たちが訪れた理由は、合同学園祭中止に伴い各クラスの出し物を対象にした投票も無効となった事の報告だった。
そして、それは自動的に玉露とヴィルヘルミナの勝負も流れたことを意味している。
「それは、仕方ないでしょうね。まぁ、私としては色々と楽しめて既に満足しましたし、今さら勝敗に拘るつもりはありませんよ」
仕事モードで余裕のある言葉を言いつつ、立ったまま金糸雀の淹れた紅茶を口に含む玉露。
そんな姿に、フェリシアたちは玉露に大人の余裕を感じ、尊敬のまなざしを向けるが昊斗たち三人は・・・・
(絶対、悔しがってるな)
(間違いなく、悔しがってるね)
(玉露ちゃんが、無効試合なんて中途半端な結果に満足するはずないよ)
と、反対に疑念を持って見ていた。
「・・・・・まぁ、そちらの皇女様が決着をつけたいと仰るのであれば、やぶさかではありませんが?」
(ほら、やっぱりな)
(やっぱりね)
(勝敗に拘らないんじゃなかったの?)
玉露の予想通りの言葉に、呆れた顔を向ける昊斗たち。
玉露が、ヴィルヘルミナに視線を向けると、違和感を感じた。
「・・・・・・・・・・」
傲慢で高圧的だった彼女からは想像できないほど、静かなヴィルヘルミナ。その顔は、まるで物付きが落ちたかのように、大人しく物静かなお姫さまと言った趣だった。
「ヴィー・・・・」
フェリシアに促され、ヴィルヘルミナは小さくうなずき、スクッと立ち上がった。
「あの・・・・・あの時は、申し訳ありませんでした!」
「・・・・・・へ?」
深々と頭を下げるヴィルヘルミナ。その光景に、素に戻る玉露だけでなく、昊斗たちも彼女の落差に驚きを隠せなかった。
「ここは皆様に~ご説明しないといけませんね~。ねぇ、フェリシアさん~?」
「そうですね・・・・ヴィー、私が説明しようか?」
「いいえ・・・!わたくしが・・・・」
まったくの別人のような振る舞いを見せるヴィルヘルミナ。
そんな彼女が、消え入りそうな声で始めた説明は次のようなものだった。
とある事情により、人間不信になったヴィルヘルミナ。だが、どんなに自分が周りから距離を取ろうとしても、皇后である母を失ったばかりのヴィルヘルミナを心配して、周りは彼女から離れることはなかった。
どうすればいいか分からなかったヴィルヘルミナは、ある日一冊の本を目にした。
その本は、いじめられっ子の女の子が様々な逆境にめげず、最後に素敵な男性と出会い、大きな成功を収める、というサクセスストーリーが描かれた物だ。
この物語で、ヴィルヘルミナの目に留まったのが、主人公の女の子を周りの人間を使っていじめ、最後には誰からも見向きもされなくなる、傲慢なお嬢様だった。
このお嬢様を真似すれば、自分は一人になれるのでは?と考え、深く考えることなくヴィルヘルミナは真似し始めた。
最初は戸惑う場面もあったが、高飛車で傲慢なお嬢様キャラになりきれるよう努力し続けた。
しかし、根が優しく他人を気遣う少女だったヴィルヘルミナは、信じていた人に裏切られる痛みを避けたいと思う反面、距離を取るために、自分の言動で人を傷つけることに精神的苦痛を感じたが、一年後には、物語そのままのお嬢様へと、ヴィルヘルミナは変わっていた。
だが、ルーン王国へ留学した際にヴィルヘルミナは、フェリシアとアリエルの二人と再会することとなる。
そのことで、ヴィルヘルミナの心は大きく揺さぶられる事となった。
幼いころから、自分に優しくしてくれた姉のような二人。そんな二人に、意味もなく不信感を抱く作られたお嬢様としての自分と、そんな作られた自分に自己嫌悪し責める元来の自分とがせめぎ合い、彼女は毎晩ベッドの中で泣いていた。
自分の思慮が足りなかったために陥った状況に、自業自得と言われても仕方ないものだが、追い詰められていた彼女は、徐々に精神的に不安定になっていき、昊斗たちと出会った頃が一番酷かったそうだ。
そんな中、あの誘拐事件を切っ掛けに、ヴィルヘルミナは自分を取り戻すこととなった。
「わたくしは・・・自分だけが不幸なのだと、自分だけが信じていた人から裏切られたのだと思い込んでいました・・・・ですが、アイリスの過去を見てしまったわたくしは、自分が何と愚かな人間なのだと思い知らされました・・・・・・そして、あなた様に言われた言葉で、わたくしは愚かだった自分と決別できたのです」
ヴィルヘルミナが、遠慮がちに昊斗を見つめる。
「・・・・俺?」
昊斗が自身を指さす。
「はい・・・・・あの事件で、人を疑うわたくしは死んだ・・・そう思うことにしました。まだ、他人が怖いですが、わたくしを信じてくれている方々だけでも信じようと思います・・・・」
両隣に居るフェリシアとアリエルを交互に視線を動かすヴィルヘルミナに、二人は笑顔を返した。
「皆様・・・・本当にご迷惑をお掛けしました!」
再び深く頭を下げるヴィルヘルミナ。
「玉露、どうするんだ?」
「どうって・・・・ここまで謝られたら、許すしかないでしょう?私には、子供をいたぶる趣味はありませんから」
昊斗からの問いかけに、玉露は取り繕うかのように仕事モードへ入る。
「あの、それから・・・・差し出がましいのは重々承知なのですが・・・」
「ん?どうかしたのかな?」
モジモジとするヴィルヘルミナに、冬華が首を傾げる。
「その・・・・皆様を、お名前でお呼びしてもよろしいですか?」
昊斗たちがキョトンとし、数秒間ほど停止する。
そして、四人は破顔した。
「そんなこと、わざわざ断らなくても、気にせず呼べばいいよ」
笑顔の冬華を見て、ヴィルヘルミナが顔を赤らめ嬉しそうにする。
「良かったですね~、ミーナさん」
「・・・はい!アリエル姉様!」
「・・・・・姫がいいのなら、我々はどうなのだろうか?」
後ろに控えていたペトラが、羨ましそうに見ている。
「冬華が今言っただろう?気にしなくていいよ、好きなように呼んでくれ」
「おぉ!オクゾノ殿は懐が広いな!なぁ、フローラ!」
「え、えぇ・・・・そうだね」
「フローラ殿、どうかされたのですか?顔が赤いですよ?」
「そ、そんなことはないですよ?!」
不自然なまでに声が裏返るフローラ。その反応に、最近女子力が上がりだしたフレミーが、何かを察する。
「フローラ殿・・・・もしかして今、心惹かれる方への想いに耽っていたのではないですか!?」
「フレミー殿!!!!いきなり何をいうんですか??!」
女子占有率の高い空間で、恋愛話は猛獣の檻に餌を与える行為だった。
即座に食堂から昊斗を追い出し、恋愛話に花を咲かせる女性陣。
もちろんこの後、昊斗が冬華たちに八つ当たりと言う名の制裁が下されたのは言うまでもなかった。
だが、彼の災難はこれでは終わらなかった。
「では、今日はありがとうございました」
日が傾き、夕日に照らされる中、フェリシアたちが玄関先に並び一礼する。
「どういたしまして、フェリちゃんだけでなく、ミーナちゃんもエルちゃんもいつでも来てね」
冬華は、一日で打ち解けたヴィルヘルミナと、依頼中は様付していたアリエルをあだ名で呼んでいた。
「はい・・・・」
「ありがとうございます~、トーカさん」
まるで認められたような感覚に、アリエルとヴィルヘルミナは笑みこぼす。
そんな中、ヴィルヘルミナが昊斗へと歩む。
「ん?どうかしたか?」
俯き、モジモジとするヴィルヘルミナが小声で何かを言っていた。
聞き取ろうと、昊斗が膝をついた時だった。
昊斗の頬に、柔らかい感触が当たり、女の子特有の甘い香りが匂う。
「命を助けていただき、ありがとうございました!・・・ソラトお兄様!」
昊斗は頬を押さえ、精一杯の勇気を振り絞ったヴィルヘルミナは、真っ赤になった顔を
両手で押さえて走り去った。
「姫!!くそ、先をこされた!!」
「姫様!私だって一度はやってみたいことなのに、ずるいですよ!!」
ヴィルヘルミナを追いかけ、全力で走り出すペトラとフローラ。
「あらあら~、皆さん青春ですね~」
楽しそうに、アリエルは外で待っていたジョゼフと帰路についた。
「フレミー・・・ライバルが一気に増えたね」
「姫様、それを言わないで下さい・・・はぁ、トーカさんたちにも太刀打ちできないのに・・・」
落ち込むフレミーを励ましながら、再び一礼しフェリシアたちも城へ帰って行った。
学生たちが青春を謳歌する中、一線を画すように家の前では修羅場が展開されていた。
脱兎のごとく逃げ出そうとした昊斗を、冬華に玉露、そして今回は金糸雀までもが逃がすまいと、冬華と玉露は両腕の関節を極め、金糸雀は服を掴んでいた。
「昊斗君、今のは一体どういうことかな?ミーナちゃんが、私たちには”様”で昊斗君は”お兄様”なのか、説明してくれる?」
「まさか、マスターがロリコンにクラスチェンジしていたとは・・・・開いた口が塞がりませんよ」
「昊斗さん・・・私、信じていたのに」
「ちょっ、待てって!俺だって軽く混乱してるんだぞ!」
自分を拘束し非難をあびせる三人に、昊斗はもがきながら反論する。
拘束から抜け出そうとする昊斗を、玉露は乾いた笑いを向ける。
「またまたマスター、ご冗談を。怒ったりしませんから、正直に仰ってください」
極めた関節に力を加える玉露。
「って!すでに怒ってるだろ、お前!」
反対側の腕の関節に、力が加わる。
「考えすぎだよ。もし私たちが本気で怒ってたら、昊斗君今頃、原子レベルで分解してるから」
笑顔だが、目が一切笑っていない冬華。
「昊斗さん、今日は寝かせませんから」
こんな場面でなければ、金糸雀のような女の子に一度は言ってもらいたいと思うセリフだが、今の昊斗には、どう言語変換しても死刑宣告にしか聞こえなかった。
「待ってくれ、せめて・・・せめて、俺の言い分も聞いてくれ!!」
家の中へ引きずり込まれていく昊斗の悲痛な叫びが、辺りに木霊する。
この日、近所には男性の絶叫が日が上るまで続いたという。
********
暗がりの部屋の窓際。椅子に腰かける女性が、気怠そうに座っている。
部屋の外では、煌びやかなパーティが催され、楽団の演奏と紳士淑女たちの話し声が聞こえる。
女性は胸が大きく開いた、目のやり場に困る大胆なデザインのドレスを身に着けている。外のパーティーに参加すれば、いろんな意味で注目を浴びるだろうが、彼女自身は興味なさげに窓の外を見つめ、組んだ足を組み替える。
「申し訳ありませんでした。ご用意していただいた”身体”を失ってしまい・・・・・」
窓のガラスに映る人影。
「気にしなくていいわ。あの”身体”はだいぶ痛みが出てきていたし、廃棄する手間も省けたし・・・・それでどうかしら?新しい身体はもう馴染んだかしら?」
女性が視線を部屋の中に戻すと、目の前には二十歳前後の若い青年が立っている。
「少々、動かしづらい部分がありますが、問題はありません・・・・申し訳ありません」
「だから、謝らなくていいわよ。もう・・・まずは、あなたの謝り癖を治さないといけないかしら?」
そう言って、今まで興味を示さなかった部屋の外の喧騒に目をやる。
「それにしても、呑気なモノね。各国で優勢を誇っている小国連合の立場が、各国で今まさに瓦解しそうになっているというのに」
女性の口元が狂気を孕んだような笑みを形作る。
「人間は、自身に直接不幸が降りかからないと、理解出来ない生き物ですから」
無表情で答える青年に、女性は複雑な笑みを浮かべる。
「そうね・・・・あなたの言うとおりだわ」
”彼”と契約し、十年以上が経とうとしているが、随分と人間を観察しているものだ、と女性は感心する。
「ご主人様、新しい身体に慣れるので忘れていたのですが、私の居場所を突き止めた者たちの顔です」
青年の手のひらに、小さな黒い霧が現れ、女性の中へと吸い込まれた。
「・・・・・ルーン王国にも優秀な人材が多くいるのね。こうなると、警戒されてるかしら?当分はルーン王国から手を引くようお父様にご報告しないと・・・・」
青年・・・・契約する精霊が得てきた情報を確認しながら、女性は目を細める。
彼女の脳裏に、昊斗や冬華たちの顔が浮かんでいる。
「ふふ・・・何処かで出会える予感がするわ・・・・・・・さぁ、最後の仕上げに行きましょうか」
先ほどとは違う笑みを顔に貼り付け、女性は青年を伴って煌びやかな部屋の外へと出て行った。
この数日後、小国連合は内部分裂を起こし、世界に波紋を起こすこととなるのだった。




