(18) 掴めぬ闇 (合同学園祭 三日目⑩)
昊斗の言葉を理解できぬまま、唖然とするアルフレットを他所に、傭兵四人は作業を進めている。
倉庫のぽっかりと空いた空間に、正方形になるよう金属の棒を配置する四人。
「こんなところか?」
「大丈夫かな?」
下準備が終わり、問われた金糸雀が、大きくうなずく。
「はい、大丈夫です」
「よし!玉露!」
「金糸雀!」
昊斗と冬華の呼びかけに、二人の身体が光の粒子となって消え、立体映像の姿でパートナーの背後に浮かぶ。
昊斗と冬華が距離を取って向き合う。その間はおよそ7~8メートルほど離れている。
「指定空間の隔離開始!」
『了解、指定座標を通常空間から隔離、固定します』
金属の棒で囲まれた空間がユラっとゆがむ。金糸雀からの合図に、玉露が視線を返す。
『固定確認、対象時間軸の検索開始。・・・・・ヒット。対象時間の詳細情報を一時保存』
先ほどとは逆に、玉露から合図が送られ、金糸雀がうなずく。
『保存情報を解析・・・・完了!我が主!』
『マスター!』
パートナーからの呼びかけに、昊斗と冬華が両手を前に出した。
「「代替物質化!!」」
まばゆい光が倉庫を包み、アルフレットが反射的に目を瞑る。
感覚的に光が収まったと感じたアルフレットが目を開けると、そこには機械の化け物が鎮座していた。
突然現れ、流動する肉塊を纏い化け物に変異した帝国軍の実験兵器「イェーガー」。
その変異前の状態が静かに立っている。
「こ、これは・・・!?」
見たこともない異形の機械に、アルフレットは腰の剣を抜き放つ。
「大丈夫ですよ、こいつは何もしませんから」
肩を数回叩かれ、振り向くと昊斗が笑みを浮かべていた。
「こ、これはいったい、なんなのですか?」
震える声でイェーガーを指さすアルフレット。
「帝国が開発している実験兵器らしいですよ。表の残骸は、これの残骸です」
ごく簡単に言ってのける昊斗を、限界まで目蓋の開いたアルフレットの目が見つめる。
「帝国の?!そんな、なぜそんなものがここに・・・いえ!それより、破壊された兵器をどうやって出現させたのですか!?」
捲し立てるアルフレットに、昊斗はどう言おうかと、頬を人差し指で掻く。
「いや、本当なら表の残骸を復元した方が確実だったんですけど、よく分からない現象によって変質してしまったんですよ。俺たちが出来るのはあくまで無機物の復元のみ。生体などの有機物が混ざると完全な復元は不可能なんです。だから仕方なく変質前の機体情報を、時間を遡ってサルベージして、俺と冬華の力で代替物質を用いて再現したのが、目の前のこれです」
次から次へと常識を打ち壊すような言葉に、アルフレットは混乱し放心する。
「さて、始めるか。玉露、コックピットハッチを探してくれ」
『・・・・機体上部にあります。開閉用の操作パネルがあるのですぐ分かりますよ』
「オッケー」
軽くジャンプし、5メートルもある機体の上へ消える昊斗。
「アルフレットさん」
放心していたアルフレットに、冬華が声を掛ける。
「私たちの調べものが終われば、これは綺麗に消しておきます。帝国の方々には、表の残骸だけ渡してください」
「は・・・・はぁ」
「それから、ここで見たことは口外無用でお願いしますね?」
冬華が右手の人差し指を立て、唇に持っていく。平時なら、その妖艶な笑みに仕草をする彼女に、アルフレットは心奪われていただろう。が、彼はこの時文字通り、心臓を掴まれたような強烈な痛みと圧迫感を胸に感じ、胸を押さえコクコクとうなずくだけだった。
「ありがとうございます」
聖女のような笑みを湛え、冬華がイェーガーへと歩いていき、昊斗と同様に軽くジャンプしイェーガーの上部へ消えて行った。
アルフレットは初めて、彼らがとんでもない存在なのではないかと思い知るのだった。
アルフレットに釘を刺した冬華が機体上面に降り立つ。
その顔は、なぜか冷や汗が滝のように流れている。
「・・・・どうしよう、戦闘モードのままだったのすっかり忘れてた」
彼女のいう戦闘モードとは、冬華の中で戦闘中や、それに準ずる場面で気持ちを切り替えるために、と決めているもので、玉露で言う所の仕事モードに近いものだ。
この状態だと、相手に警告や挑発したりすると、デフォルトで各種精神的ダメージが発生し、一般人なら下手をするとショック死してしまう可能性もあったりする。
『と、とりあえず、後程お詫びに何か差し入れられたら・・・・いいのではないでしょうか?』
狼狽える冬華に、金糸雀もアワアワと対応案をいくつか提示する。
二人がアタフタとしていると、開いたコックピットのハッチの中から、玉露が顔を出した。
『二人とも、どうかされたのですか?』
「ううん、なんでもないよ!?・・・それで、何か分かった?」
慌てて取り繕う冬華は、務めて真面目な顔をする。
頭を引っ込めた玉露を追って覗き込むように冬華と金糸雀が中を見ると、シートに座った昊斗が電源の入ったモニターを睨むように操作していた。
『とりあえず、機体のカタログスペックが分かりました。高い科学技術を持って作られた機体なのは間違いないですが、これと言って特筆すべき機能は一切ないですね。極々平凡な機体ですよ』
玉露から送られてきたデータに目を通す二人。
彼女の言う通り、今まで様々な異世界で見てきた二足歩行型兵器と、そう大差ないように思えた。
『やはり、昊斗さんが戦った機体は、外的要因で変質した可能性が濃厚ってことですね』
倉庫区に来るまでの間、三人は昊斗から戦闘データと映像を見せてもらっていた。機体同様、似たような現象を他の異世界でも見かけたことがあるのだが、事象が似ているからと言って原因が同じとは限らないので、詳しく調べる必要があった。
「おっ」
画面とにらめっこしていた昊斗が声を上げた。
「昊斗君、何か出てきた?」
「ああ、俺と戦う少し前にここに居たパイロットが、誰かと通信していたようだな。通信ログが残ってる」
昊斗が画面を操作すると、コックピット内に記録された音声が流れ始めた。
『・・・・どうも、雲行きが怪しいようだな』
『貴様!よくもぬけぬけと・・・・あれはなんだ?!ただのドーピング剤ではないだろう!!』
『いいや、ドーピング剤だよ。使用者を強靭な戦士へ変質させる、ね・・・・そのことを貴殿の部下に話したら、喜んで受け取ったよ』
『利用とは・・・・この事だったのか?!』
『違うな。彼らに渡したのは”商品”だ。すでに、十分なデータは取ってある。”試験”はこれからだ』
『!・・・!!なんだ?!』
『貴殿が、受け取らないのは予想済みだったのでね・・・・そこに仕掛けを設けていた。貴殿には、特別製の実験台になっていただこう』
『ま、待て!!・・・・・・がぁああ・・・・』
『安心しろ・・・部下たちと一つになれるのだ。貴殿にとって喜ばしいことなのだろう?』
『ふ・・ふざ・・ああああ!』
『・・・・・さぁ、行こうか?同志よ』
音声データはそこで、途切れていた。
「大発見・・・だよな?」
「うん、大発見」
昊斗と冬華が互いに確認し合うと、お互いにパートナーへと指示を出す。
「玉露!通信相手の音声を解析、現在の居場所を探索しろ!!」
「金糸雀!コックピット内をスキャンして、会話に出てた”特別製”って薬品を探して!」
『もう始めていますよ、マスター・・・・・居ました。港岸区の大型客船専用の船着き場に停泊している豪華客船”プリンセス・ケリー”号内に発見しました』
『我が主、昊斗さんが座っているシートの首元部分に、仕様にない装置があります、それです!』
まさに阿吽の呼吸で、指示と同時に仕事を終わらせる玉露と金糸雀。
昊斗が振り向き、シートの首元にある装置ごと引きちぎる。
「これだが・・・・・やっぱり、何も入ってないか」
装置には小さな注射器が付いていたが、中は空だった。
復元同様、代替物質を用いた再現も、生体などの有機物は再現できない。
少なくとも、注射器の中に入っていたのは化学物質を用いたモノでないことだけは判明した。
『急ぎましょう、どうやら客船の出航準備が整ったようです』
玉露からの報告に、昊斗がコックピットから飛び出す。
「アルフレットさん!!港岸区の大型客船専用岸壁から出航しようとしている、プリンセス・ケリー号に、テロリストを手引きした人間が乗っています!今すぐ騎士団を派遣するようフォルトさんに伝えてください!!」
イェーガーから飛び降りてきた昊斗が血相を変えてアルフレットに詰め寄る。
「え?」
先ほどの冬華の言葉で、思考が混乱していたアルフレットが呆けた顔で聞き返す。
「とにかく、フォルトさんに騎士団を連れて港岸区へ向かうよう伝えて!!」
降りてきた冬華の怒鳴られ、アルフレットは我に返ったように、慌てて通信機を取り出し、フォルトへ連絡を入れ始める。
昊斗が柏手を打つと、床に刺さる四本の金属の棒が消え、同時にイェーガーが幻だったように光の粒子となって消え去った。
その光景を目の当たりにし、アルフレットは通信機を落としそうになる。
「玉露ちゃん、目標の正確な座標を教えて!!」
『金糸雀』
『・・・・受け取りました。我が主、行けます!』
「昊斗君!!」
呼ばれた昊斗が、冬華の腰に手を回す。
冬華が愛用の金属製の杖を掲げると、二人の足元に光り輝く紋章が現れる。
「短距離跳躍!」
『実行します!!』
瞬間、昊斗たちの姿が光の中へ消えて行った。
通信機の向こうで、フォルトの声が聞こえてくるが、一人残ったアルフレットは完全に思考を手放してしまっていた。
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「申し訳ありません、ご主人様。テロリストたちに投与した”改良型”超人促進薬と”強制統制薬”ですが、思った以上にいい結果が得られませんでした」
”仕方ないわ・・・・・実験とはそういうものよ。必ずしも望んだ結果が出るわけではないのよ”
子供を諭すように、女性が慰めの言葉をかける。
「・・・・・はい」
高価な調度品に囲まれた船室。
窓とカーテンが閉め切られ、薄暗い中で男が”主である女性”と話していた。手には、ひびの入った通信石が握られている。
”お父様から言付かった最新作、どうだった?”
「散布には成功しましたが、発症した事例は確認できませんでした・・・申し訳ありません」
男が抑揚に欠ける言葉で、姿の見えない主へ謝罪する。
”だから、あなたが謝る必要はないわ。人種的には期待できたんだけど・・・・仕方ないわね、まだ残りもあるし、次の機会に回しましょう”
残念がりながらも、どこか楽しそうな声の女性。
「畏まりました」
”それじゃ、気を付けて帰ってきなさい”
手の中の通信石が砕け、塵と消える。
手についた塵を払い、椅子に深く座る男は深く息を吐く。
「動くな」
それはあまりに唐突なものだった。
一瞬にして、男の身体が光の鎖で拘束される。
「・・・・これはどういうことでしょうか?私を、小国連合の特別大使と知っての・・・」
「下手な芝居はやめた方がいい。それとも、その小国連合では死人を大使に任命しているのか?」
いつの間にか目の前に立っている人間・・・昊斗の言葉に、男が小さく息を呑む。
「血色良く見せてるけど、血流どころか心臓が止まってる存在を”人間”とは言わないよね?」
昊斗の隣に立つ冬華が、力を使って船室内のカーテンを全て開ける。
明るみに出た男の姿は、ある種異様だった。
冬華の術によって、椅子に縛り付けられた男の顔は、血色がいいのだが、眼球は腐ったように濁っている。
「王都で起きた一連の事件の重要参考人として、一緒に来てもらう」
国王印の入った”許可書”を見せる昊斗と冬華。
「・・・・ルーン王国では、ドラグレアという人物に気を付けろと言明されていたが・・・・・まさか、他にも注意すべき者たちが居たとは・・・」
拘束されながら、身じろぐ男。
「動かない方がいいよ、その拘束はチョットやそっとじゃ抜け出せないから」
冬華はこの船室に踏み込んだ瞬間から、部屋全体にいくつもの術を施していた。
「・・・・試してみますか?」
突然、男の身体が操り糸の切れた人形のように力なく項垂れ、その勢いで腐っていた首がもぎ取れる。
「逃がさない!!」
冬華が杖の先を床に打ち付け、さらに術を部屋に施す。
『!?ダメです我が主!相手は精神体ではありません!!』
「ウソ!?」
驚きの声を上げる冬華。死体を動かす相手を、精神体かそれに近いものと見抜いた冬華は、専用の捕縛術式を構築していた。だが、そのどれにも掛かることなく相手の反応が消える。
「まさか、精霊か?・・・・玉露!」
『・・・・・駄目です、この世界の精霊に関する情報があまりに不足していて、追跡できません』
悔しげに、俯き地面を睨む玉露。
「くそっ!!」
大きな手がかりを掴み損ねた昊斗は、後味の悪さを吐き捨てるように叫んだ。




