(16) 狩人を狩る者 (合同学園祭 三日目⑧)
フローラとペトラは、元々ヴィルヘルミナの兄である第二皇子ディートハルト直近の特別部隊に所属していた。
その関係で、様々な最新兵器や試作兵器を目にすることが多く、一般兵が知らない兵器情報も数多く知っている。
コードネーム「イェーガー」。
狩人を意味するその実験兵器のデモンストレーションを観戦し戦闘力を目の当たりにした時、戦慄したことをよく覚えている。
不整地をモノともしない機動力に、豊富なオプション装備による攻撃の多様性。強固な装甲には、精霊術をも寄せつけない特殊処理が施され、現状この兵器を破壊するには圧倒的な物理的火力を持ってしか方法がないとされている。
それを相手に、たった一人で立ち向かうなど、無謀を通り越し自殺行為でしかなかった。
しかも、その兵器は今や完全に正体不明の存在へと変異してしまっている。
テロリストだった者たちの肉の塊だが、機体全てを包むことは出来ず、所々から兵器の装甲がむき出しになっている。
首と翼、そして尾を思わせる部分は、その全てが人骨と肉によって形造られている。ドラゴンのような姿をしているが、鱗があるわけではないので、まるでゾンビ化したドラゴンとも思える。
「オクゾノ殿!ここはいったん引くべきだ!!それを破壊するには、火力が足りない!!」
ヴィルヘルミナたちを護るため、彼女らの傍まで戻ったペトラが大声を叫ぶ。
だが、昊斗は振り向くことなく、異形の兵器と対峙していた。
「先手必勝!」
昊斗が、鞘に左手を掛けたまま猛然と化け物へ向かっていった。
「オクゾノ殿!!」
昊斗の無謀な行動に、フローラが悲鳴を上げる。
化け物の両手が動き、昊斗の方を向く。そして、甲高い金属音がなり始めたと思った瞬間、両手が火を噴いた。
両手を構成していたのは、機体に装備されていた20ミリのチェーンガンだった。
銃弾が昊斗へと殺到するが、速度を緩めることなく昊斗は、刀を抜き、飛んでくる銃弾を刀で弾きながら進む。
一気に相手との距離を詰め、昊斗はすれ違いざまに左足を切り落とそうと、刀を振るが、返ってきた手ごたえに眉をひそめる。
すれ違た後、化け物へ振り向くと足は残っており、半分程度斬れた程度だった。
切られた部分に肉が集まり、傷口を覆い隠す。
「意外に固いな・・・・さすがに機械を再生させる、なんて能力は無いよな?」
様子を窺う昊斗に、真横から衝撃が襲う。
急速回転し、巨木のような尾で化け物が横薙ぎに、昊斗を吹き飛ばす。
飛んで行った先の倉庫の壁に激突し、壁が崩れ昊斗が瓦礫の下敷きになった。あまりのことに、凍りつくヴィルヘルミナたちを尻目に、化け物が再びチェーンガンを作動させ、土煙の上がる瓦礫に向かって、追撃を掛ける。
どうすることも出来ず、立ち尽くすフローラとペトラだったが、昊斗の言葉を思い出し、主であるヴィルヘルミナへ振り返る。
「姫様、今すぐこの場を離れましょう。今あれの注意はオクゾノ殿に向いています・・・・この機を逃せば、もうチャンスはありません」
「あ、あなたたちは、あの男を見捨てるのですか?!」
昊斗を囮にして逃げる、と言うフローラにヴィルヘルミナは自らの耳を疑った。
「オクゾノ殿が言われたとおり、我々の目的は姫やアンナ殿の救出です。ここで、姫を救えなければ、我らはディートハルト様はもちろん、オクゾノ殿にも申し開き出来ません」
騎士である前に兵士である二人は、最善と思える行動を選択したのだ。昊斗を犠牲にするという選択を。
「今の私たちに、あの方を救うほどの力はありません・・・・・・・」
唇をかみ切らんばかりに食いしばるフローラとペトラの姿を見て、ヴィルヘルミナはそれ以上彼女たちを追及できなかった。
化け物に気取られぬよう、静かに移動を始めるヴィルヘルミナたち。その時、長く続いていたチェーンガンによる攻撃が止んだ。
化け物の攻撃で倉庫は全壊し、濛々と立ち込める土煙で辺りは一面真っ白となっている。
その光景を、ヴィルヘルミナが立ち止まって見つめてしまう。
「姫様!」
アンナの叫びに、ハッとなりヴィルヘルミナが化け物に視線を動かすと、眼のないはずの化け物と視線が合った気がした。
『ぐぎゃああああああああ!!』
すでに人間の声とは思えない絶叫が、ハウリングを起こしながらスピーカーから流れる。
感じたことのない恐怖に、ヴィルヘルミナは足腰から力が抜けその場に座り込んでしまう。
チェーンガンの銃口が、ヴィルヘルミナに向けられる。
「姫!!」
「姫様!!」
助けに入ろうと駆け出そうとしたペトラとフローラに、化け物から牽制の銃弾が撃ち込まれる。
その場に、釘付けにされ騎士二人の顔に焦りの色が濃くなる。
「!!」
だが、その間を縫ってアイリスがヴィルヘルミナの下まで走り、庇うように抱きつく。
「アイリス!?何をしているの!おやめなさい!!」
「やめない・・・・」
チェーンガンが、無情にも作動音を上げ始める。
「!?逃げなさい!!・・・お願い・・・・逃げて」
「逃げない・・・・わたしが逃げたら、あなたは一生”救われない”」
アイリスの言葉に、ヴィルヘルミナが目を見開く。
「・・・・・たく、だからさっさと逃げろって言ったろ?」
湧き上がる恐怖の中、二人の耳に瓦礫と化した倉庫から声が聞こえた気がした。そう思った瞬間、巨体がヴィルヘルミナたちの横を抜け、向かいの倉庫まで吹き飛ぶ。
その場にいる人間が唖然とする中、土煙の中からやはり無傷の昊斗がゆっくりと出てくる。
「玉露がいれば、わざわざ攻撃を受けるなんて手を使わなくてもよかったんだが、おかげでスペックは把握できた」
震えるヴィルヘルミナとアイリスの所まで来た昊斗が、二人を抱え立ち上がらせる。
『あああああああああ!!』
瓦礫から化け物が立ち上がり、昊斗を威嚇するかのように咆哮を上げる。
三度チェーンガンが作動し、昊斗たちに向かって銃弾が撃ち込まれる。
「!・・・」「・・・・」
昊斗にしがみつく少女二人。
だが、昊斗は一歩も動くようなことをせず、まっすぐ化け物を見据えている。
当たる、と思われた時だった。
「う、うそ・・・・・」
「まさか、そんなことが?!」
離れた場所から見ていたペトラ達がその光景に驚愕の表情を浮かべる。
昊斗の数十センチ前で、銃弾が見えない力に阻まれ、空中に止まっていた。
「悪いな、俺の周りには複合型積層防御結界が常時展開されているんだ。その程度の攻撃じゃ数千年攻撃したって当たらないぜ」
昊斗が無傷である理由の一端が、これだった。昊斗と冬華の周りには、複雑な防御結界が幾重にも張り巡らされている。その性能は、水の神の攻撃でさえ防ぐものなのだ。
化け物が考えなしに撃ち続けた結果、チェーンガンの弾倉は底をつき、カラカラと空転する音が響く。
「やっと弾切れか」
だが化け物は、すぐさま別の行動を始める。
両足を広げ、踏ん張るような姿。頭から尾の先まで背中が一直線に伸び、大きな口が開かれる。
開かれた口先に、小さな火球は発生した瞬間、化け物の頭以上の大きさに膨れ上がる。
「精霊術!?」
兵器であるイエーガーに、そんなものは使えない。どうしてそんなものを行使できるのか、騎士二人の理解を越えてしまった。
『がああああああ!!』
咆哮と共に、火球が昊斗たちに向かって襲いかかるが、やはり防御結界に阻まれ敢え無く消え去った。
「さぁ、フェリシアたちが待っているだろうから、すぐに終わらせるか」
フェリシアの名を出し、ヴィルヘルミナに笑顔を向ける昊斗。現実離れした出来事が立て続けに起きた為か、ヴィルヘルミナの顔はいつもの高圧的なものではなく、幼さの残る可愛らしい女の子の顔でキョトンとしている。
ヴィルヘルミナ、そしてアイリスの頭を撫で、昊斗が前へ出る。
「刀のリミッター解除、カウントは10秒」
昊斗の声と共に、バイザー内の画面に表示された刀のアイコンが青から赤へ変わる。
『リミッター、リリース。カウント10、9、8・・・・』
バイザーからカウントが始まったことを確認した昊斗の姿が消える。
一瞬で化け物目の前に昊斗が鞘を斜め下に構えた姿で出現し、鞘から炸薬の爆発音が起きそれと同時に尋常じゃない速さで刀が抜刀され、化け物の首が飛ぶ。
『7、6、5・・・・・』
カウントを聞きながら、昊斗は眼にもとまらぬ速さで、化け物を切り刻む。
先ほどは思った以上に斬れなかった機体部分が、血のような赤い稲光を纏った刀によっていとも簡単に切り裂かれていく。
『4、3、2・・・・・』
化け物の正面へ現れた昊斗は、バラバラとゆっくり崩れていく敵の正中線を見据え、一刀両断に斬る。
『1、0・・・タイムアウト』
昊斗によって数百のパーツに切り刻まれた化け物だったものが崩れる中、昊斗の握る刀から赤い稲光が消え、刀身についた汚れを一振りで拭い去り、鞘へ納める。
「さすがに、ここまでやったら動かないだろう」
所々で小規模な爆発が起きるイエーガーの残骸を見下ろしながら、昊斗が様子を窺う。
『・・・・・・・・』
すると、外部スピーカーからノイズ音が発せられる。
『・・・・・か、かくめ・・・・・みんぞ・・・・く・・・どく・り・・』
男の声らしき音が、ノイズと共に流れ、一番大きな爆発で途切れた。
「・・・・・・・」
アンナが複雑な顔でその音を聞き、ゆっくりと目を伏せた。
発生した火災により、機体だけでなくテロリストたちだったモノも焼かれ、周りには機械と人間の肉の焼ける匂いが混じり、筆舌に耐えないモノとなっていた。
放心する面々を、何とか歩かせその場を離れた昊斗は、騒ぎを聞きつけゲートからやってきた守衛から隠れてやり過ごし、堂々と正面から立ち去った。
少し離れたところまで歩き、一息つく。
戦いで精神をすり減らしたフローラとペトラは、力なく座り込んだが何とか意識を保っていた。アンナは、憎んでいた父とはいえあのような最後を迎えたことに、思う所があったらしく虚ろな目で考え事をしている。
ヴィルヘルミナとアイリスは、歩けないほど憔悴していたため、昊斗に抱えられており、アイリスは安心したのか眠っている。ヴィルヘルミナは、疲れた顔をしていたが、気力で起きていた。
ベンチを見つけ、昊斗が抱えていた二人をベンチへ下ろす。すると、ヴィルヘルミナが顔を上げた。
「・・・・・・一つ聞かせて、何であそこまでしてわたくしを助けてくれましたの?」
ヴィルヘルミナにとって、傭兵とは金を一番大事にする浅ましい人種だと思っていた。そして、他人を犠牲にしても自分が助かろうする者たちと思っていたが、昊斗は何かが違う気がした。
「ん?なんでって、友達の妹を助けるのに理由なんていらないだろう?」
「え・・・・・・?」
考えていたものとは違う昊斗の言葉を聞き、ヴィルヘルミナは頭の中で何度反芻しても理解できなかった。
「前にフェリシアからこんな話を聞いたんだ。私には、妹のように思っている女の子がいるって。優しくて気配り上手で、だけど甘えん坊な女の子。最近は忙しくて会えてないけど、会う機会があったら、ぜひ紹介します、ってね。それが君だっていうのは、フェリシアを見てわかったよ」
「お姉さまが・・・・・そのようなことを?」
ヴィルヘルミナにとって、昊斗の話は青天の霹靂だった。あれだけフェリシアに迷惑をかけた自分を、フェリシアがそんな風に言っていたことに驚いた。
「おせっかいかもしれないが、そんな風に自分の見えない所で言ってくれる人間ぐらい、信じてもいいんじゃないか?」
ヴィルヘルミナの顔が強張る。だが昊斗は、構わず話を続ける。
「・・・・・・確かに、信じていた人間に裏切られるのは誰だって傷つくものだ。だけど、自分を信じてくれている人間を裏切る必要はないと、俺は思う。傷つく痛みを知る人間なら、その痛みを他人に与える悲しみを知っているはずだ」
昊斗の話を聞き、ヴィルヘルミナが小さくつぶやく。
「・・・・もう手遅れですわ。もうお姉さまは、わたくしのことなんて・・・・・」
後ろ向きなことを言うヴィルヘルミナに、昊斗がため息をつく。
「だったら、本人に聞いてみろ!さっき、死ぬような思いをしたんだ。だったら、あれ以上怖いことなんてないだろ?生まれ変わった気で、フェリシアに聞いてみればいい」
考え込むヴィルヘルミナが、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・そこまで言うなら、わたくしをフォローしてくださるのかしら?」
あくまでも強がるヴィルヘルミナに、再びため息をつく昊斗。
「まぁ、手を繋ぐくらいはやってやるよ」
その言葉を聞き、ヴィルヘルミナは少し嬉しそうな顔をしていたのだった。




