(8) 一般公開 (合同学園祭 二日目)
客船用乗り場に停泊した船から、多くの人々が降り立ち、ある者は通い慣れたように歩き出し、そしてある者は地図を取り出し道を確認し始める。
次から次に到着する大小さまざまな客船内からは、多くの人が吐き出されて行き、皆同じ方向へ歩いていく。
殆どが、合同学園祭の一般公開に合わせて上京してきたルーン王国の国民たちだ。
ルーン王国において、建国を祝う”生誕祭”に匹敵する人出と言われいるのが、ディアグラム合同学園祭である。
人によっては、数日前から王都入りし順番待ちする強者が居るほどで、一般公開の二日間で発生するディアグラムへの経済効果はかなりのものだ。
正門に多くの人が列を成しているのを、校舎の窓から見つめるフェリシアは、「よし!」と小さく気合を入れる。
「皆さん、いよいよ一般公開です!昨日は少し慌てる場面もありましたが、あの忙しさを乗り越えられた私たちなら、絶対大丈夫です!頑張っていきましょう!」
「「「「はい!!」」」」
フェリシアの檄に、クラス全体の心が一つとなる。
「凄いね・・・・二週間前が嘘みたい」
士気の高い生徒たちを見て、金糸雀は目を瞬かせる。
「元々、高い能力を持った生徒が揃っているクラスなんだから、このくらいは当然よ」
その隣で、玉露は腕組みして、嬉しそうに見つめている。
一日目の状況をフェリシアから聞いた玉露たちは、心配になり様子を見に来たのだがクラスの雰囲気を見て、杞憂だったと胸を撫で下ろす。
『開場5分前となりました。生徒全員は、お客様をお迎えする準備を始めてください』
校内放送が流れ、周りの教室から物音と声が一段と大きく聞こえてくる。
準備に追われるフェリシアに、玉露と金糸雀が声を掛ける。
「フェリシアさん、私たちはとりあえず後ろに控えておくわ。いざとなったら、誘導ぐらいは手伝えるから」
そう言って、二人は胸の外部協力員の名札を見せる。
「お願いします、ギョクロさんカナリアさん」
着物姿のフェリシアが、二人に深々とお辞儀する。彼女やクラスの面々の動きで着物が着崩れない事を確認した玉露は、内心で鼻高々だった。
『時間となりました。合同学園祭、二日目を開始します』
開始の放送と共に、外の正門から歓声が響いてきたのだった。
昨日同様、フェリシアのクラスは盛況だったが前ほどの混乱は起きていなかった。
生徒会長のクレアが急きょ対応策を考え、各校舎で移動順路を設けた。これと生徒会のメンバーや各委員会のメンバーが各階で誘導することで、人の流れを制御したのだ。
「ここが、フェリシアのクラスだな。なかなか趣向を凝らしているじゃないか」
「えぇ、本当に・・・・わくわくするわ」
フェリシアのクラスの教室にたどり着いたカレイドとマリアが楽しそうに笑顔を浮かべる。
国王と王妃が来ているのに、騒ぎが起きていないのは理由がある。
カレイドは、お忍び用の町服に、ドラグレア特製の認識阻害効果のある眼鏡を掛けている。マリアの方は、スカート丈の長いまばゆいほどの真っ白なスプリングドレスにショールを羽織、季節の花をあしらいドレス同様真っ白のピクチャーハットを被っている。
楽しそうに話をする国王夫婦を見ながら、リアルタイムで認識阻害術を行使するドラグレアは半ば呆れた顔をしている。
「全く、娘の活躍を見たいがために人をこき使いやがって、お前ら」
ドラグレアの言葉に、カレイドは「何を言っているんだ」と反論する。
「この人出に国王と王妃が現れたなんて知られたら無用な混乱が起きてしまうだろう?これは当然の措置だよ、親友」
「・・・・・・・お前との付き合いを真剣に考えた方がいいのかな?オレは」
とはいえ、本当に楽しそうにしている友人夫婦を見て、公務に追われる二人を尻目に、普段自由にやらせてもらっているドラグレアは、カレイドたちにも息抜きは必要か、と諦める。
「ここがフェリシアのクラスか?前に来た時より、随分と雰囲気が変わったものじゃな?」
マリアと手を繋いだルールーが、見たことのない小物や置物を物珍しそうに見回す。
ルールーが気に入っていた初等部の制服では、初等部の生徒に間違えられないと、今日は子供用の可愛らしいデザインの町服を着ていた。これは、子供のころにフェリシアが着ていたものをマリアが大事に取っており、彼女自らが手直ししてルールーに着させたものだった。
「ではルドラ様、入りましょうか?」
「うむ!そうじゃな!」
手を繋いで教室内に入る二人は、まるで親子のように見えた。
四人用の席に案内され、茶屋となっている教室内を、ルールーだけでなく大人三人も、興味深げに観察していた。
そんな中、カレイドが接客に勤しむフェリシアの姿を見つけ、ほんの少し娘へのいたずら心が芽生える。
「そこの、お嬢さん。いいかな?」
手を挙げ、フェリシアを呼ぶカレイド。ドラグレアの術の影響で、それが父であることに気が付かないフェリシアは、注文を取るため笑顔でテーブルにやってくる。
「お待たせしました、ご注文を・・・・」
そこで、フェリシアの言葉が途切れる。
「綺麗じゃの~フェリシア!それは・・・ギョクロが作ったものか?妾も着てみたいのじゃ!」
「おう、フェリシア。頑張っているな」
「ルーちゃん?それに、ドラグレア様?・・・・・ま、まさか・・・そちらのお二人は・・・」
わなわなと震えるフェリシアに、カレイドは眼鏡を下げ、マリアは帽子を持ち上げる。
「お、おとう・・・・!」
叫びそうになるフェリシアの口を、両親が塞ぎにかかる。
「フェリシア、予想通りに驚いてくれたことに父はうれしいが、ここで大声を出されたら私たちの正体がバレてしまうよ」
娘に落ち着くように言い聞かせ、ゆっくりと手を離すカレイドとマリア。
「一体、何をされているのですか?!」
小声で両親を問い詰めるフェリシア。
「あら、娘の頑張る姿を、親が見に来るのがおかしなことかしら?」
帽子を取り、少し乱れた髪を整えながら、マリアが正論を述べる。
「お二人とも、お立場を・・・・」
「考えているさ、だからドラグも一緒に来ているんだよ」
言葉を先回りされ、閉口せざるえなくなったフェリシアに、ルールーが袖を引っ張る。
「のうフェリシア。ここは美味しいモノを食べさせてくれる場所なんじゃろ?」
「え?は、はい、そうですよ」
その言葉に、ルールーの顔がパァーと明るくなる。
「あなた、フェリシアも仕事があるのだから、引き留めても」
「おおっと、そうだった。では、お嬢さん、ここのおすすめのメニューは何かな?」
再び、ワザとらしい演技をするカレイドに、フェリシアも「仕方ない」と、父親に付き合うことにする。
「はい、当店のおすすめはメニュー表にも書いてあります、”瑠々庵セット”でございます。ぜひ、お試しください」
瑠々庵セットとは、オーソドックスな串に刺さった団子が5本とお抹茶のセットである。だが、ルーン王国どころか、グラン・バースでも珍しい”和”スイーツに、その独特な食感で人気を博しているのだ。
「では、それを4つお願いしよう」
「瑠々庵セット4つですね?畏まりました、少々お待ちくださいませ」
オーダーを取り、裏へ下がっていくフェリシアに、両親二人は満足そうにうなずいていた。
運ばれてきたセットを前に、ルールーが目を輝かせて「食べていいのかの?!」とマリアに尋ねている横で、カレイドがフェリシアに声を掛けた。
「私たちは、午後のフレミーの”舞台”まで適当に時間を潰すのだが、お前も見に行くのだろう?」
「はい、そのために休憩時間を合わせてもらいましたので」
実のところ、フェリシアは昨日の忙しさで見に行けなかったため、今日もフレミーの出し物も見に行くのを諦めていたのだが、クラスメイト達が、「行ってあげてください、ここは我々が支えますので」と、フェリシアに休憩する時間を設けてくれたのだ。
「そうか、では会場の前で待ち合わせしようか。時間は、開場の5分前でいいかな?」
「分かりました、他の方も誘っていますが、よろしいですよね?」
カレイドが、少し思案するがすぐに誰の事か思い当たり、うなずく。
「連邦と帝国の姫君かな?構わないよ、お二方には、ご挨拶にいかないとと思っていたからね」
実際、フェリシアはアリエルの方からは一緒に行くと確約が取れているのだが、ヴィルヘルミナの方は誘ってはいるが顔を出すか不透明だった。だが、彼女の騎士である二人の女性も、フレミーと同じ騎士クラス三年で”舞台”の出るはずなので、来る可能性は高かった。
「では後程、会場で」
一礼し、仕事へ戻っていくフェリシア。
カレイドが、頼んだ団子を食べようとテーブルに視線を戻すと、すでに団子を食べ終わったルールーが彼の団子に手を伸ばそうとしていた。
「・・・・・まだ食べたいなら、ちゃんと注文してください、ルドラ様。はしたないですよ?」
カレイドに一喝され、「ははは、冗談じゃ」と笑いながら手を引っ込めるルールーだった。
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アイディール学園・演劇場。
ここでは、午前中から吹奏楽や演劇部の発表などが行われていた。
そして、午後の部の最初にあるのが、騎士クラス三年全クラス合同で行う演劇「英雄の鎮魂歌」というものだった。
この話は、ルーン王国で古くから愛されている演劇で、その登場人物の多さから、”役者を集めるのが大変な舞台”として、有名なものだ。
内容は至ってシンプルで、国の英雄が心優しき姫とお転婆な姫の二人から同時に想いを寄せられ、英雄は葛藤の中、姫たちの間で揺れ動き、結局心を決めることが出来ず、英雄は戦いの中で命を散らしてしまうという悲恋の物語。
そんな舞台の説明が書かれた看板の立つ演劇場の入口から少し離れた場所に、演劇に出るフレミーの関係者たちが集まっていた。
看板を見て、内容を思い出したフェリシアが、まるで昊斗と冬華と玉露の関係に似ていますよねと言い出した。
(心優しいお姫さまは・・・こちらの物語には居ないよな?)
バイザーで顔が隠れ表情は窺い知れないはずなのに、昊斗の考えを見透かしたように、素顔を晒した冬華と玉露が、目で訴えてくる。
”私が、心優しい姫だよね?”と。
昊斗は、答えを避けるように、パンフレットへ視線を落とす。
フレミーが舞台に立つことを聞いていた面々だったが、何の役なのか最後まで彼女は口を割らなかった。
パンフレットにも、主役の名前さえ書いてないのだから、この製作スタッフは徹底した秘密主義だだな、と昊斗は痛くなる、視線に耐えながら思っていた。
「まさか~・・・このような所で、陛下と王妃様に~お会いできるなんて~光栄です~」
昊斗たちの隣では、誰も心も穏やかにしてしまいそうな空気を纏うアリエルが、カレイドとマリアに挨拶を交わしていた。
「お久しぶりですね、アリエル殿下。やはり、お母様に似られましたね。目元があの方にそっくりだわ」
母親に似ているとマリアに言われ、嬉しそうにするアリエル。
「陛下・・・・貴国への留学許可から、この度の警護の件まで多大なるご配慮、痛み入ります」
さすがに国王カレイドの前だからか、アリエルに強引に連れて来られ怒り心頭だったヴィルヘルミナは、まるで借りてきた猫のように素直だった。
「友好国の姫君に対する当然の心遣いだよ殿下。兄上の皇太子殿下とは通信球で色々とお聞きしているが、最近皇帝陛下がお身体が優れないと小耳に挟んでね。心配していたのだが、何か聞いているかな?」
カレイドの言葉に、ヴィルヘルミナが身体を固くする。
「は・・・・・はい・・・・少し前に、上兄様からのお手紙に、か、快方に向かっていると書かれていましたから、ご心配・・・・には及びません」
少し顔色の優れないヴィルヘルミナに周りが心配するが、彼女は「平気です」と従者のアンナの所へ歩いていく。
「それでは、開場します!招待チケットをお持ちの方からの入場となりますので、当日券のお客様は今しばらくお待ちください!」
誘導係の声に、招待チケットを持つ人々が入口に集まりだす。当然、フェリシアたちは招待チケット持っているため、列に並び会場の中へと入場していった。
『まだ国が戦乱の只中にあった頃、一人の英雄が名声を轟かせていました』
幕が上がり、舞台が始まった。
舞台上には、煌びやかな鎧を纏った英雄役の生徒が勇ましくセリフをしゃべっている。とはいえ、騎士クラスの生徒の為か、動きは真に迫っているが、セリフが棒読みに聞こえてしまい、少々残念に思えてしまう。
そんな中、二人の姫が上手と下手から登場する。
二人の姫を見て、フェリシアたち全員が目を見開いた。
なんと、心優しい姫をフレミーが、お転婆な姫をヴィルヘルミナの従者の片割れの子が演じているのだ。
『騎士様!あなたの武勇を私たちにお聞かせくださいな!』
お転婆な姫がセリフをしゃべっている時に、心優しい姫を演じるフレミーが、客席を見て息を飲んだ。
(ど、どうして、皆さんそんな前にいらっしゃるのですか?!)
彼女が驚くのも無理はなく、フェリシアを始めにアリエル、ヴィルヘルミナ、カレイド、ルールー、マリア、ドラグレア。さらに・・・・・
(そ、そんな、なんでソラトさんたちまで!?)
フェリシアたちの後ろの列には、一時的に依頼を休止した昊斗と冬華、それに玉露、金糸雀、と最前列と二列目中央を関係者が占拠しているのだ。
フレミーも、フェリシアたちが来るとは予想していたが(もちろん、国王たちや昊斗たちが来ることは予想外だったが)、まさか最前列とは思ってもみなかった。
一通りに目線が合い、最後に昊斗と目が合ったフレミーは、自分でも顔から火が出るほど真っ赤になるのを感じた。
「・・・・フレミー殿?セリフですよ」
英雄役の男子が、小声でフレミーに声を掛ける。
『!・・・・・そ、そうですね・・・わたくしも、あなた様のご活躍の話をお聞きしたいです』
一瞬セリフが飛んだフレミーだが、偶然にも昊斗にへの恋する乙女の表情とそれに伴なった感情の籠ったセリフで、客席からため息が漏れる。
その後も、昊斗の視線を意識してしまい、徐々に演技に熱を帯びるフレミーだったが、そのことがうまく作用し、最後のシーンでは客席からすすり泣く声が聞こえてきた程だ。
余談だが、この舞台を見に来ていたとある演出家が、今まで見た「英雄の鎮魂歌」のどの心優しい姫より、この舞台の姫役はナチュラルに”恋”を表現していると、絶賛していたそうだ。
カーテンコールの際、フレミーはやりきったという達成感と、この後フェリシアたちからどんなこと言われるのか、と戦々恐々しながらスタンディングオベーションの客席に向かって感謝のお辞儀していたのだった。




