(7) 祭りの始まり (合同学園祭 一日目)
「なるほど・・・・これは、思った以上に大事ね」
それは、玉露たちが初めてフェリシアのクラスを訪ねた時、クラス内の状況を確認した玉露が呟いた言葉だ。
フェリシアのクラスは、合同学園祭に参加するための出し物に、特別クラスではほとんど選ばれる事のない”喫茶店”をチョイスした。
基本的に、貴族の子女たちは面倒なことを避ける傾向にある。なので、学園祭では比較的に楽なパネル展示による研究発表などが選ばれている。
だが、フェリシアは一般クラスや他の学校が学園祭の時、出し物に喫茶店をやっているのを見かけ、自分もやってみたいと常々思っていた。
そこで高等部最後の学園祭にどうしてもやってみたいと、クラスメイト全員を説得したのだ。
とはいえ、喫茶店と言うのもがどういうものなのか、何をするものなのか知る者が全くいなかった。
そのため、何から手を付けたらいいか分からず、準備はほとんど進んでいなかった。
学園祭まで2週間を切った中、いい加減準備を始めていないと間に合わない可能性が出てくる。
しかし、生徒たちの顔を見ると、どの生徒もやる気に満ちているとは言い難い顔をしているのだ。
「ギョクロさんカナリアさん。皆さんに紹介しますので、こちらにお願いします」
教室に入ってきた見知らぬ女性二人に、生徒たちの視線が集まる。
「皆さん、こちらは今回私たちの喫茶店のアドバイザーとして来ていただいた、ギョクロさんとカナリアさんです」
だが、生徒たちからは特段反応があるわけでなく、やはりどこか面倒そうにしていた。
そんな彼らを見て、玉露が舌打ちし教卓の前に立つ。
「・・・・あなた達、勝つ気あるの?」
ドスの利いた声が教室に響き、まるで水を打ったように静まり返る。
「ギョ、ギョクロさん!」
フェリシアが慌てて声を上げる。ヴィルヘルミナとの間に交わした勝負は極々私的なものなため、当然のようにクラスメイトには伝えていなかった。
だが、玉露は気にすることなく言葉を続ける。
「フェリシアさんから聞いたわ。合同学園祭が始まって以来、このアイディール学園から未だに”優勝クラス”が出ていない、と。・・・このクラスは、ルーン王国の貴族出身の生徒で構成されているらしいけど、高等部最後の学園祭で、自国の王女様に”敗北”の二文字を背負わせるつもりかしら?」
玉露の言葉に、クラス中がざわつく。
合同学園祭は、全参加校のクラス対象に訪れたお客さんたちが一人一枚配布される投票券を一番よかったクラスに投票し、もっとも多く投票されたクラスが優勝となる。
しかし、アイディール学園の特別クラスや騎士クラス、果ては一般クラスまでも、一般庶民の通う学校と張り合うなどあり得ないという考えが蔓延しており、毎年適当に流しているという感が拭えなかった。
「学園祭なんて単なるお遊びと思っているのなら、大した勘違いだわ。学生にとって学園祭は戦いよ。貴族なら、戦いで負けることは許されないことを教えられているはず。王女であるフェリシアさんが、その戦いに向けて先頭を切って頑張ろうとしているのよ。未来の家臣として、王女を矢面に立たせておいて、本当に負けという選択が出来るのかしら?」
ざわついていた生徒たちの目つきが一気に変わる。それは、先ほどまでのやる気のない者たちとは全くの別人だった。
クラスメイトの変わり様に、フェリシアも驚きを隠せない。
(相変わらず、焚き付けるの上手いな~玉露ちゃん。でも、これって結局自分のためだよね?)
後ろで笑顔を崩すことなく、幼馴染の手際に感心しながら、鋭い突っ込みを入れる金糸雀。
玉露の叱咤激励で、息を吹き返したフェリシアのクラスは、怒涛の追い上げをかけ、学園祭前日の完全下校時間ぎりぎりにすべての準備が完了した。
正式名、ディアグラム合同学園祭。王都ディアグラムの学生区にある4つの学校を会場に、三日間を通して様々な、催し物が行われる。
一日目は、リハーサルを兼ねて学生と学校関係者のみの入場となっており、投票が行われるのは、二日目以降の一般公開からである。
「いらっしゃいませ!お客様は3名様ですね?こちらへどうぞ~」
満面の笑顔で迎える女子生徒に、お客としてきた学生たちが驚いた顔をして”店内”へ促される。
驚くのも当然である。
なんせ、ここは今でも貴族学校と呼ばれるアイディール学園の中で、しかも貴族どころか王族もいる特別クラスなのだ。
やってきた全員の認識が間違っていなければ、教室内にいる”店員”は全員、有名な貴族のご子息・ご令嬢たち。
なのに全員が笑顔で接客し、生き生きとしているのだから、何処かから雇った替え玉じゃないのか?と疑る者もいたぐらいだ。
そして、驚いている理由にはまだあり、まずは店員の格好と店内の内装だった。
女子生徒は煌びやかな日本の着物を纏い、髪形も和風のアレンジが加えられている。男子生徒は落ち着いた色の男性用着物を着て接客している。教室の外には、赤い大きな和傘に足の短い長椅子。洋風なドアや窓は全て、障子や襖になり、教室の中に広がるのは、まさに時代劇に出てくる茶屋そのものだった。
「茶屋 瑠々庵」
それが、フェリシアのクラスが満を持して用意した出し物だった。
当初、玉露は貴族の子女・子息たちがやれば受けるはずと、メイド・執事喫茶のアイディアを用意していたが、フェリシアから言われた一言に自身のアイディアをその場で破り捨てた。
「ギョクロさんがお召しになっている、キモノ・・・でしたよね?それを着て、喫茶店をやってみたいのですが」
その一言に、玉露は「我、天啓を受けたり!!」と、フェリシアに深々と頭を下げ感謝し猛烈な勢いで、アイディアを書きだした。
そして出来たのが、峠の茶屋をイメージした喫茶店だった。骨子が出来上がり、そこからのスピードは速かった。
潤沢にある予算で、デザインした内装を内装業者へ発注し、茶屋で出すメニュー作りに、必要な食材の確保。そして、目玉の着物の数合わせ。そのすべてを、クラス全員が分担して担当した。
フェリシアのクラスメイトと言うだけあって全員が全員、とても”優秀”だった。さすがは、未来のルーン王国を支える若者たち、と言われるだけのことはあり、玉露と金糸雀が、最初に少し説明やレクチャーをしただけで、その後はすぐに自分の物にしてしまい最後の方は、二人ともただ見守るだけだった。
ちなみに、茶屋の名付け親はフェリシアで、当初ルーン王国の守護神である水の神ルドラの名前を冠そうという意見がクラス中から出たが、それはね~とフェリシアと玉露に金糸雀が苦笑いを浮かべ、フェリシアが玉露に相談し名づけられたのが、”瑠々庵”だった。(由来はもちろん、フェリシアの精霊をやっている食いしん坊の幼女姿の神様である)
そして発起人のフェリシアはと言うと・・・・
「はい、瑠々庵セットお二つですね。少々お待ちください」
クラスの誰より楽しそうに、笑顔で接客に励んでいる。着物は、若女将ということでほかの女子生徒の着ている着物より、さらに煌びやかで輝きのあまり後光が見えるような着物だった。(これだけが、玉露お手製だったりする)
瑠々庵は噂が噂を呼び、時間を追うごとに盛況になっていった。
「ふわ~・・・すごい行列ですね~、フェリシアさんのクラスは~」
そんな光景を、二つ離れた教室からアリエルが、驚いているようには見えないが、彼女にとって最大限の驚きで見ていた。
「お話自体は、生徒会でも聞いていましたが・・・・これは、凄いです。生徒会から誘導係を増員しないと混乱が起きそうですね」
廊下が騒然とし始め、アリエルと同じクラスの生徒会会長クレアが事態収拾のため、教室を飛び出していった。
「ミーナさん、これを見て~焦っているかもしれませんね~」
反対の校舎の教室で様子を見ているはずの、年下の同級生のことを想い、アリエルは楽しそうにも困ったようにも見える笑顔で反対校舎を見る。
「そうだ~、あとで~フェリシアさんのクラスに~行ってみましょう~・・・・・」
そう言って、アリエルが後ろに立つ冬華に目配せする。
仕事とはいえ、自分に張り付くことで、友人の頑張る姿を見られないのは忍びないと思ったアリエルからの気遣いだった。
場違いな機械式のバイザーを付けた冬華が、笑顔で返す。
「じいや~、わたしの休憩は~・・・もう少しよね~?」
「はい、姫様」
アリエルの従者ジョゼフは、懐から使い古された懐中時計を取り出し、時間を確かめうなずく。
「では~、それまで~わたしも頑張りましょ~」
オ~、と間延びして気合の入りにくい掛け声をあげ、アリエルが教室内に所狭しと飾られた絵画の前に立ち、やってきた他校の生徒に説明を始める。
アリエルのクラスは生徒の描いた絵画の展示をやっており、交代で各絵の説明をしているのだ。さらに、黒板には「購入応相談」と書かれておりその絵を買うことも出来るようにしている。
(フェリちゃんたちも、大変そう・・・そういえば、昊斗君からの定期連絡、遅いな~)
アリエルに気を配りながら、バイザーのホロスクリーン内にある通信欄を見ながら、冬華は廊下に並ぶ人々を眺めていた。
同じころ、アリエルが気にしていたヴィルヘルミナは、イライラを募らせて窓の外を睨みつけていた。
「どういうことですの?!どうして、誰も来て下さらないの!!」
とうとう怒りが爆発し、ヴィルヘルミナが怒鳴り声を上げる。教室内にいたクラスメイト達は、居た堪れない様子で彼女に気付かれないよう、一人また一人と教室を出て行く。
ヴィルヘルミナのクラスは、特別クラスでは定番のパネル展示だった。
だが、彼女はクラスメイトに命令するばかりで、最後までフェリシアのようにクラスを纏めることが出来ず、研究自体も半端なものとなり、グダグダ感の漂うパネル展示となってしまった。さらに、反対側の校舎に人を取られ、こちら側自体閑散としているのも拍車をかけている。
「・・・・・・・・・・・どうして・・・」
気が付けば、彼女以外いなくなった教室。それを見たヴィルヘルミナは崩れ落ち、すすり泣く声とつぶやきが聞こえてきた。
昊斗は、教室の入り口にもたれ掛り、黙ってそれを聞いていた。
「・・・・・・・そういうことか」
微かに聞こえた彼女のつぶやきに、昊斗は彼女の本当の人となりを見た気がした。
学園祭での明暗がはっきりと分かれたが、合同学園祭一日目は滞りなく過ぎて行ったのだった。




