(1) 見知らぬ森で
【木漏れ日の森】と呼ばれる森の中にひっそりと建つ庵。その扉が開き、白銀の様に輝く髪をバレッタで一つに纏めた少女が姿を現す。
「ドラグレア様。では、行って参ります」
振り返り、優雅に一礼する少女。
その何気ない一動作に、平凡な町服では隠しきれない、彼女の持つ気品がにじみ出る。
「もう少しでフェリシアも第二段階が終了だな。何度も言っているが、気を抜くと大怪我ではすまない場合もあるからな」
少女を”フェリシア”と呼ぶ長身痩躯の中年男。名前をドラグレアと言い、現在フェリシアの親に代わって保護責任者をしている。
男は、血の様に真っ赤な瞳を持つ目を細め、何度したか分からない注意を少女へと促す。
”王国”最強と言われるドラグレアの、ぶっきらぼうながらもフェリシアを心配する様子に、彼女は花が綻ぶような笑顔を向けた。
「もちろん分かっていますよ。お父様とお母様にも、ここへ来る前に何度となく言われましたから・・・・いつも思いますけど、ドラグレア様って絶対、良い”お父さん”になりそうですよね」
自分を心配する両親の表情と、目の前のドラグレアの表情が重なり、フェリシアはつい、余計なことを言ってしまう。
そんな少女の頭をごく軽く叩き、ドラグレアはため息をつく。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行って来い」
「・・・はーい。行ってまいります」
ドラグレアに叩かれた頭を、痛くないのにワザとらしく擦りながら、フェリシアは森の奥へ続く小道を、一人で歩いていってしまった。
「全く、変な所ばかり両親に似てるんだよな・・・・」
ドラグレアは、後姿が見えなくなったフェリシアの両親の顔を思い出し、呆れた表情をする。
『ドラグレア様!聞こえますか・・・・・・こちら・・・・』
フェリシアを見送り、庵の中へ戻ると、自分の部屋に置いてある通信球に通信が入ってのが聞こえた。
ドラグレアの庵を後にしたフェリシアは、鼻歌交じりで森の奥に向かっていた。生まれてから十七年。自らの意思で初めて外を出歩いたのが、ほんの二ヶ月前だった。
何を隠そう彼女、フェリシア・アルバーナ・ルーンは、世界でも由緒正しい血筋と歴史をもつ【ルーン王国】の第一王女なのだ。
そんなルーン王国の王家では、子供を成人として認める為に四つの試練を課す習わしがあった。
現在、フェリシアは試練の第二段階にきており、試練の内容は「木漏れ日の森」に住む”主”を屈服させ、自分の実力を認めさせることだった。
だが、この主にたどり着くまでが面倒で、一日一回、手下である魔物と戦い、それを二週間続けることでやっと姿を現す、というのだ。
「さぁ、頑張ろう!」
森の奥にある探索ポイントに到着し、いつものように気合を入れて魔物を探し回るフェリシア。
「ニンゲン・・・!」
人の声とは違う、片言の声が草むらから聞こえ、黒い影が飛び出してくる。
「出てきた!」
背後から現れたのは、魔物である【モリビト】。姿は日本の昔話などに出てくる子鬼とよく似ている。
「あなたに恨みは無いけど、ごめんなさい!」
フェリシアが右手を上方に掲げる。
「アクアランス!」
右手にバレーボールほどの水の弾が現れ、槍の形へと変化する。そして、一直線にモリビトへと飛ばす。
彼女が使ったのは、水の”精霊術”。その中でも基本的なものだ。
―精霊
彼女たちが住む【グラン・バース】の何処にでも存在する霊的生命体で、グラン・バースに生まれ育った者ならば誰でも契約し、力を借りることが出来る。
精霊には「火・水・風・土」の四つに、「光・闇・特殊」の三つ。計七属性が存在する。前者は基本属性と言われ、例外を除き、誰もが一体の精霊と契約できることになっている。そして後者は特別属性と言われ、ごく限られた者しか契約できないことになっている。精霊術とは、そういった精霊たちに力を借りて行使するグラン・バースでは一般的なものだ。
「!」
飛んでくる水の槍を、モリビトは驚いたまま固まっている。
「だから、何で避けてくれないんですか!?」
そのままモリビトへ突き刺さる軌道を取っていた水の槍は、フェリシアが右手を下げる動作と共に軌道を変え、モリビトの足元の地面へ突き刺さった。
「・・・・・・・エーン」
霧のように霧散していく水の槍。フェリシアに恐れをなしたのか、モリビトが泣きながら茂みの奥へ逃げていった。そんな背中を眺めつつ、フェリシアは深いため息をつく。
「もう、これじゃただの弱いものイジメです」
試練のためとはいえ、本当に悪いことをしたと、フェリシアの心は罪悪感でいっぱいになる。
この木漏れ日の森に生息する生き物で、魔物と定義されているものは、実のところ野生動物に毛が生えたぐらいのものだった。
なのでフェリシアも、むやみに命を奪ったりはせず、出来るだけ追い返している。
先ほどのモリビトも見掛け倒しで、頑張れば女性や子供でも追い払うことができ、通常彼らから被る実害は無いに等しい。小鬼の姿をしているが、人や動物に危害を加えることは一切無く、あるとすれば通りかかる者がその姿に驚くぐらいなのだ。しかも、食べ物は木の実と可愛らしく、一説には妖精の類ではないか、という学者も存在している。
「でも、明日で最後だから!」
気持ちを切り替えるように、声を出して自分を奮い起こすフェリシア。
そう、森の主が姿を現す条件である、”二週間手下を追い返す”。今日でちょうど二週間経つのだ。これにより、明日森の中を探索すると、主が現れると言われている。
「さてと、今日は何をしましょうか」
近場にあった腰掛けるのにちょうどいい岩を見つけ、腰を下ろしたフェリシアは今日の予定を考え始める。
基本的に、魔物との戦いの後は自由時間となり、森の中を散策したり、庵へ戻ってドラグレアから一般教養や雑学の教えを請うたり、精霊術の練習をしたりと好きなことをしている。
近くにトマン村と言う村があるのだが、フェリシアが木漏れ日の森にいることは”秘密”となっているので、ドラグレアから絶対に行くな、と釘を刺されていた。
「やっぱり、ドラグレア様の所に戻りましょう」
立ち上がり、服についた汚れを払い帰路につこうとした矢先だ。
まばゆい光と共に、フェリシアの目の前に二本の光の柱が現れた。
「こ、これって・・・まさか!」
見覚えのある光の柱に、何とか状況を確認しようと試みるフェリシア。光の柱が一層輝きを増し、そして光がはじけた。
光で眩むフェリシアの視界に映ったのは、二人の人間だった。
*********
昊斗の感覚では、一瞬意識が飛んだ程度の認識だった。
無意識に瞑っていた目を開けると、暖かな日差しが差し込む森の中だった。
「あれ?」
自分が何処にいるか、全く見当が付かなかず辺りを見渡す。さっきまで駅へと続く住宅街の中の道を”歩いていた”と思ったのに、どうして自分は森の中にいるのか、理解できなかった。
「奥苑君・・・・」
隣に立っていた冬華が、昊斗の服の裾を引っ張る。
彼女の方を見ると、冬華は昊斗の方に向けていた視線を前へと動かした。
昊斗も、彼女に習って前を向くと、そこには自分たちと変わらない歳の女の子が驚いた表情のまま立っていた。
白銀に輝く長い髪に、宝石のような深い青の瞳。その日本人とは全く違う容姿に、昊斗は「外国人・・・だよな?」と。
どうしたものかと考えあぐねた昊斗は、ダメもとで在り来たりな質問をしてみようと考えた。
「あの、すみません。ここって、何処ですか?」
日本語が通じるか分からない少女に、なるだけゆっくりとしゃべる昊斗。だが案の定、少女は首をかしげている。
「&%”#E$JG(”&E”&#$(’H=”=>‘{?」
少女の口から聞こえた言葉に、今度は昊斗が首をかしげた。
外国語を習っていなくとも、メジャーな物であれば何となく判るものだが、少女の話す言語は、昊斗には全く聞きなれない発音や単語だった。
「棗さん・・・・今、なんて言ったか分かった?」
もしかしたら自分だけが分からない言葉かも、と心配したが冬華も同様だったらしく、首を横へ振った。
「・・・・・困ったな。言葉が通じないんじゃどうにもならないぞ」
頭を掻きながら、途方にくれる昊斗たち。すると、少女は身振りを交えながら話し始めた。
「))AKLGYKDY**(%%$”(#&’&NK?」
そういって、少女は昊斗と冬華を置いてどこかへ行ってしまう。
「あ!ちょっと!!」
昊斗が引き止めるも、すぐに姿が見えなくなってしまった。
「・・・さっきの人。待っててって言ったんじゃないかな?そんな動きをしてたように見えたけど」
冬華は、少女のジェスチャーがそんな風に見えたと、少女が立ち去った方を見つめ、困惑する昊斗に伝える。
「そうなの?」
「たぶん」
見知らぬ場所で歩き回っても危険なだけだと、二人はとりあえず、冬華のカンを信じ少女を待つことにした。
数分後。
少女は、一人の男を連れて戻ってきた。
二メートルに迫る長身に白髪。まるで血の様な真っ赤な瞳を持つ男に、昊斗たちは、一瞬身を引いたが、その服装がどこか中華風な意匠が用いられていることに気が付き、二人は「もしかしたら」と一縷の希望を見出す。
男は、二人を見た瞬間少し驚いた顔をしたが、すぐに険しい表情を浮かべる。
「jgusghfeob peruiyfljisdhnf」
だが少女同様、なんと言っているか分からなかった昊斗と冬華は、落胆するようにため息をつき、通じていないという意味で首を横に振ってみせる。
すろと、男は昊斗たちに向かって右手をかざし、短く言葉を紡ぐ。手のひらが淡い光を見せ、すぐに消える。
かざした右手を下し、男の口が動いた。
「どうだ?これでこっちが何を言っているか理解できるか?」
「!」「!?」
先ほど何といっていたか分からなかった男の言葉が、日本語にきこえる。
「分かる。言葉が分かる!」
「うん!私にもちゃんと聞こえた!」
昊斗と冬華は、信じられないと興奮する。
「私たちにも、お二人の言葉が理解できますよ」
先ほどの少女が、笑顔で声を掛ける。
「お互いに言葉が分かるようになったので自己紹介を。私はフェリシアと申します。そしてこちらは、私の保護責任者をしてくださっているドラグレア様です」
「ん・・・」
先ほどから険しい顔のドラグレアが、手を挙げて答える。
「奥苑昊斗です」
「棗冬華です」
フェリシアを見て、昊斗と冬華も慌てて名乗り、頭を下げた。
「オクゾノソラトさんにナツメトーカさんですね。遠路はるばるようこそ、グラン・バースへ。私たちは、お二人を歓迎いたします」
笑顔のフェリシアを見つめつつ、昊斗は再び自分の頭がおかしくなったのではないかと思い、自分の頭を小突くのだった。
8/10 内容の一部改稿