(4) 姫君たちの邂逅
周りを気にすることのない大声で、フェリシアたちに声をかけた少女。
フェリシアと同じ高等部特別クラスの制服を着ているが、どう見てもフェリシアより年齢は下で、中学生ぐらいにしか見えない容姿をしている。
その後ろには、彼女の従者と思われるフレミーと同じ騎士クラスの制服を纏った女性が二人、凛々しい表情で立っている。
「・・・・・誰じゃ?」
首を傾げ、無作法に少女へ指を指すルールー。ムッとする少女だが、相手が子供(にしか見えない)だと判ると、余裕の表情を作る。
「ルーン王国の東にある大陸最大の山脈”グロワール・モンターニュ”を挟んで反対側にあるレヴォルティオン帝国、皇位継承権第三位第一皇女のヴィルヘルミナ・エルザ・フォン・ハイゼンベルグ様です」
フレミーの紹介を受け、さらに胸を張るヴィルヘルミナ。
「ごきげんよう、お姉さま。このような所でお会いするなんて、奇遇ですわね」
「ごきげんよう、ミーナさん・・・・・」
普段、人付き合いを苦にしないフェリシアだが、気持ち笑顔を引き攣らせている。
「少し、幼く見えますが・・・・本当に高等部の生徒の方なのですか?」
金糸雀が、小声でフレミーに尋ねた。
「ヴィルヘルミナ様は優秀な方で、14歳ながら飛び級して高等部三年に通われているんです」
「なるほど・・・・だから、制服に着られている訳ですか」
玉露の指摘の通り、ヴィルヘルミナの制服姿は背伸びした感が否めなかった。
「しかし、お姉さま・・・・今日は随分と風変わりな従者をお連れですわね」
彼女たちの話が聞こえたのかは定かではないが、ヴィルヘルミナの視線が、玉露と金糸雀へ移る。
グラン・バースでは珍しい和服姿の玉露と、女性でありながら執事服を着た金糸雀は、皇女の目に物珍しく映った。
「この方々は、私の大切な友人です。決して従者などではありません」
「あら、そうだったのですか?わたくしは、てっきり物珍しさで連れているのだと・・・・もしそうなら譲っていただこうと思いましたのに」
ヴィルヘルミナの言動から、玉露と金糸雀は、彼女を(悪い方に)典型的なお姫さまと断定し、頭の中をフラットな状態にする。
こう言った手合いは、感情的になって下手な反論をすると面倒なことになるのを幾度となく経験しているからだ。
「先ほども言いましたが、お二人は私の大切な友人です。この方々への侮辱は許しません」
「・・・・冗談ですわお姉様、本気になさらないでくださいませ。それに、そちらの執事服の方ならともかく、あちらの変わったお召し物を着ていらっしゃる方とは、趣味が合いそうにありませんもの。少し服のセンスを疑いますわね」
玉露の着物を見ながら、軽蔑するように吐き捨てるヴィルヘルミナ。
「ヴィルヘルミナ・・・・!」
さすがに、我慢が利かなくなったフェリシアが声を上げる。ヴィルヘルミナも、自分は悪くないと言わんばかりに、フェリシアを睨みつける。
ルールーが、「妾の出番か?」とわくわくした顔でいると、目の前に手が現れ視界を遮られてしまう。
「・・・・そこの、ピンク頭」
そんな一触即発状態の中、井戸の底から聞こえたような深く暗い声が辺りに響く。
「分からないの?あなたの事よ、頭の悪そうなピンク頭の皇女様」
その声が、玉露から発せられていると金糸雀以外が理解するのに、多少時間を要した。
「あ・・・あなた今、何と言ったのかしら?」
怒りで声の震えるヴィルヘルミナに、玉露フッと鼻で笑う。
「あら、その歳でもう耳が遠いのかしら?この中でピンク色の髪なんて、あなたしかいないでしょ?世間知らずの箱入り皇女さん」
「無礼者!!姫様に対してなんという口のきき方!?万死に値する!!」
ヴィルヘルミナのお付きの二人が制服の下に隠していた短剣を抜き放つ。
基本時に、騎士クラスと言えども武器の携帯は禁止されているが、フレミーや彼女たちのように従者をしている者にのみ特例で、登下校時に短剣の装備が許されている。
剣先を向けられた玉露は、表情を一切変えることなく従者の二人を見つめる。
「黙りなさい、私はそこの皇女と話しているの。邪魔をするなら、縊り殺すわよ?」
玉露から発せられた殺気に、二人は陸に上がった魚のように喘ぎ、その場で硬直してしまう。
玉露の豹変ぶりに、フェリシアたちは驚いて固まっていた。金糸雀は、「あちゃー」と右手を額に当て、天を仰ぐ。
「私はね、自分の顔とか身体つきを貶されるのは一向に構わないのよ。こう産まれてきたのだから仕方ないと、割り切れる。だけどね、趣味は・・・センスは違うわ。私が生きてきた時間の中で好きだと感じ培ってきた、いわば私が私だと胸を張って誇れるもの・・・・それを侮辱するなら、それが皇女だろうが神だろうが、私は許さない・・・・・」
一言一言に、強い想いと馬鹿にされたことへの怒りが乗り、ヴィルヘルミナに叩き付けられる。
先程までの強気な表情に、ほんの少し陰りを見せるヴィルヘルミナ。そんな彼女が口を開こうとした時だ。
「人が大勢集まっていたので、何事かと思いましたが~・・・フェリシアさんに、ミーナさんではありませんか~!」
独特な間延びした声が聞こえ、全員が辺りを見渡すと、いつの間にやら周りに人だかりが出来ており、その一角が割れ道が出来る。
その間を一人の女性が笑みを浮かべて歩いてきた。緩やかなウェーブのかかった少し濃い色の金髪を揺らし、諍いの間に立つ。
「ごきげんよう皆様~、・・・・・とりあえず~・・・お話しをお聞きしたいので、場所を移動しませんか~・・・ほかの皆様のご迷惑になっているようですし~」
緊迫した空気を完全に打ち壊す彼女に、ヴィルヘルミナは毒気を抜かれる。そして、冷静になった全員が周りを見渡すと、学生や一般人たちが渦中のメンバーを好奇の目で遠巻きに見ていた。
途端に恥ずかしくなり、フェリシアたちがそそくさとその場を逃げ出すように歩き出す。
そんな中、殺気を放っていた玉露は乱入してきた女性の、ある一点を見つめて戦慄していた。
「そ、そんな馬鹿な・・・・・金糸雀に匹敵する胸の大きさですって?!」
玉露は、女性と金糸雀を(特に胸辺りを)見比べ、驚愕している。
「!?玉露ちゃん!何見比べてるの!!ていうか、急に素に戻らないでよ!」
胸を押さえて、幼馴染に抗議の声を上げる金糸雀。
「今日は、知らぬ顔が多いの・・・・今度は誰じゃ?」
歩きながら、近くにいたフレミーの袖を引き、ルールーが質問する。
「アリエル・ベルナデット・フルール・シャリエ様・・・・ルーン王国の西に位置する農業大国クレスト連邦の王女様です」
後ろから、アリエルを見つめるフレミー。同じように見つめるルールーは、顎に手を当てる。
「ほう、あの者も王女か・・・・フェリシアとはまた違った雰囲気じゃな」
**********
とりあえず、学生区から離れた面々は、すぐに見つけた喫茶店に飛び込んだ。
計らずも喫茶店を訪れたフェリシアは、好奇心が勝り、色々と見回してしまう。
話を聞くと言ったアリエルは、フェリシア・ヴィルヘルミナ双方から話を聞き、互いの言い分が平行線となってしまい、アリエルは笑顔のままう~んと唸りだす。
一般の感覚ならば、無遠慮な物言いをしたヴィルヘルミナが圧倒的に悪くなるのだが、そこは王家の人間。一般の感覚では推し量れない独特の物差しがあったりする。
「なるほどですね~・・・たしかに、ミーナさんの言い方はよくありませんでしたね~・・・・・う~ん、このまま平行線になるのであれば、こう言う決着方法はどうでしょう?今度開催される合同学園祭での各クラスの出し物の投票数で上回った方が勝ちと言うのは?」
このままヴィルヘルミナを断罪しても、彼女のメンツをつぶしてしまう。なので、何かしらの勝負をすればいいと、いうのだ。
この勝負にヴィルヘルミナが折れて乗れば彼女も一方的に責められず、フェリシア側にもメンツが立つ。
お互いのメンツを立てるための勝負。メンツを何よりも大切な王族ならではの提案である。
だが、真っ先に話に乗ったのは意外な人物だった。
「面白そうですね・・・・・ならば、私と金糸雀がフェリシアさんのクラスの出し物を手伝えば、私も勝負に参加できそうですし・・・・普通にのしても私の気も晴れなかったでしょうしね」
さっきより薄まったが、ヴィルヘルミナに殺気を孕んだ笑みを向ける玉露。
ヴィルヘルミナと従者の女性二人が短い悲鳴を上げる。
「フェリシアさん、どうされますか~?」
アリエルに問われたフェリシアは、難しい顔をする。
「・・・・私は、ギョクロさんがいいと言うなら反対はしません」
実際、フェリシアとしてはこのような形の決着の付け方を望んではいなかったが、玉露が納得しているなら、と折れた。
「ミーナさんは、どうされますか?」
アリエルの後ろで、「断ればどうなるか分かっているわよね?」と目が語っている玉露に、ヴィルヘルミナは背中に冷たいものを感じた。
「い、いいでしょう!どちらにしても、わたくしの勝ちは揺るぎようのないことですから!・・・・あなたたち!帰るわよ」
まるで逃げるように喫茶店を後にするヴィルヘルミナと従者の二人。
「ごきげんよう~」
そんな背中に手を振り見送るアリエル。
「申し訳ありません、フェリシアさん。勝手に話を進めてしまって・・・あなたや関係のないクラスメイトまで巻き込んでしまいますね」
玉露がフェリシアを正面に捉え、深々と頭を下げる。
「いいえ、それは構わないのですが・・・・」
だが、フェリシアは心ここに非ずと言った感じで、ヴィルヘルミナの出て行った喫茶店のドアを見つめる。
「フェリシアさん、やはり・・・ミーナさんのことが気になりますか・・・・?」
声の調子が少し変わったアリエルに、フェリシアが淋しい表情を浮かべる。
「はい・・・・彼女は、あんなことを言う子ではありませんでした。なのに・・・・」
「そうですね・・・・昔は、周り見て気を遣う子でした・・・・・」
二人の様子に、玉露と金糸雀はフレミーに話を聞こうとしたが、フレミーも険しい表情をしていたため、断念した。
その後、喫茶店の支払いを玉露が行い(フェリシアやアリエルが払うと譲らなかったが、年長者に顔を立てなさいと二人を諭し、玉露が支払を強行した)
お腹一杯になったルールーが、満足そうに金糸雀の背中で寝息を立てている。
「ごちそうさまでした~・・・では~、ごきげんよう~皆さん」
再び笑顔で手を振るアリエルだったが、ピタッと止まる。
「・・・・大変です~、じいやがはぐれてしまっていたのを忘れていました~」
アリエルの言葉に、フェリシアとフレミーは「やっぱり・・・・」とため息をついた。
「姫様、ジョゼフさんを探してきますので、アリエル様をお願いします」
「お願いね、フレミー」
学生区へ走っていくフレミーに、フェリシアが小声で玉露たちに説明を始めた。
「実は、アリエルさん・・・・度々行方が知れなくなることがありまして」
つまり、じいやと呼ばれた人がはぐれたのではなく、アリエルの方がはぐれたのだった。
大変だなと、思う玉露と金糸雀の二人だったが、二人にはさらに大変な事が待っていることに、未だに気が付かないでいた。
「うふふ・・・もう食べられないのじゃ・・・・」
これから起こるであろう波乱を知ってか知らずか、ルールーの寝言が夕焼けの町の喧騒に消えて行った。




