再会と旅立ち
「お前・・・・それ、本気で言ってるのか?」
スマートフォンの通話画面に映る友人のふざけた顔写真の画像を見ながら、奥苑昊斗は呆れた目で見下していた。電話の向こうにいるであろう友人が、画像と同じ顔をしているのが分かっているからだ。
『馬鹿野郎!そこに山があるから登るのがアルピニストなら、俺はそこに美女・美少女がいるなら告白するラブピニストだ!』
相も変わらず、自身はイケてると思い込んでいる造語を口走る友人に、昊斗はさらに顔をしかめる。
「意味わからないし・・・・・大体、牧村さんが何て呼ばれているのか、知らないわけじゃないだろ?」
『知ってるよ、鋼鉄の処女だろ?それがどうした!俺にとっては、何の障害にもなりはしない!』
ここで話題に上っている牧村さんとは、昊斗たちの大学の購買部で働いている26歳の女性ことだ。もともと、彼女の母親が働いていたが、体調を崩した母親の代わりに臨時で働いている親思いの女性だった。しかも、見た目が高校生と間違えそうなほど童顔で、純朴な雰囲気を持っているせいか働き始めた頃から男子学生からの人気が急上昇し、告白する者も多かった。
だが、いつからか彼女にとある二つ名が付けられるようになった。
”鋼鉄の処女”
告白してきた学生たちを鉄壁の意思と”毒舌”という槍で滅多刺しにして跳ね除ける所からついたものだ。
そのため、彼女に告白する猛者はめっきりと減り、ごく稀に電話の向こうにいる友人のように、怖いもの知らずが告白に挑戦しているくらいだ。
『とにかく!俺には、大事な用ができた!だから、今日の予定はキャンセルってことで!バーイっ』
そういって、電話を切る友人。通話終了から通常画面に戻ったスマホを眺めつつ、この後待ち受けるであろう極限の臨死体験で、友人の女好きが治ってくれることを願い、昊斗は短く息を吐いた。
「さて、どうするかな」
昊斗はすぐさま頭を切り替え、丸々空いてしまった今日の予定を組み直し始める。
「家に帰って、もう一回寝るかな・・・・」
そんなことを呟きながら、スマホを弄っていると、にわかに周りがざわめき出した。春休みに入った構内のカフェテリアには、そう多くないが学生たちが今日の予定を話し合っていたが、何かに気がついたらしい。
「ねぇねぇ、あれってほら・・・」
「あ!去年のミス・キャンパスになったあの子?」
「うそ、マジで?あたし初めて見たんだけど」
隣のテーブルにいた女子学生たちがヒソヒソと話し始める。その声に釣られてか、他のテーブルにいた男子学生たちも色めきだした。
「すっげ・・・マジで可愛い」
「おい、お前声掛けて来いよ」
「いやだって、あの子今まで告ってきた男を瞬殺してるんだろ?あんな可愛い子にフラレたら、俺立ち直れないぜ?」
そんな話し声が聞こえる中、昊斗は同じ学部の同級生たちがしていた話しを思い出していた。
去年の学園祭。目玉はやはり、ミス・コンだった。しかも、去年は3年連続で優勝し、再び優勝すれば4年連続という偉業を達成する女王と呼ばれた4年生に大きな期待が集まった年だった。だが、蓋を開けてみればその期待は大きく裏切られることとなった。
なんと、女王に圧倒的な差をつけ、1年生が優勝したのだった。
新しい歴史の始まり!と次の日の学内新聞には大きな見出しが踊った。
しかし、昊斗はこのミス・コンの模様は見ていなかった。理由は簡単、バイトに精を出していたからだ。なので、どんな学生がミス・キャンパスになったのか知らなかったし、そこまで興味もなかった。
ふと、スマホから目線を外し、視線を上げた。そして、昊斗は息を呑んだ。
視線の先にいたのは、遠くからでも判るほど、美少女といって差し支えない女子学生だった。
そんなミス・コンの覇者である美少女がこっちへと振り向くと、はたっと視線があい、笑みを浮かべた。
男子学生たちは、「自分に微笑んでくれた!」と騒ぎ立てるが、昊斗はと言うと・・・・・・
――・・・・・気のせいだな
と、何事も無かったかのように、スマホの画面へ視線を落した。
告白のために突貫した友人なら、騒いでいる男子たちと同じ反応をしているだろうな、と昊斗は苦笑する。
すると、周りの声が徐々に大きくなり、その中に昊斗へ近づいてくる足音が混じる。
そして昊斗の前でとまった。
「あの」
まるで、鈴を鳴らしたような清廉な声。一瞬、それが自分に掛けられた声だと分からず、画面から目を離さなかった。
「あの、すみません」
二度目。まさか・・・・と思い昊斗が顔を上げると、テーブルを挟んだ反対に先ほどの美少女が笑顔で立っていた。
「・・・・・・・・・・・」
間近で見たその笑顔に、昊斗の思考は停止し、言葉を失った。
まだまだ陽射しの弱い日中だが、そんな穏やかな日差しを受け、時間をかけてセットしたであろう髪形―全体をねじり右側へ流しふんわりとピンで纏めている―の黒髪が虹色に輝き、自身の素地を生かした極薄めのメイクがされている。
一見素朴にも見えるのだが、昊斗の隣のテーブルに座っている女子学生たちのようなクドいメイクより、断然好印象を受けた。
「合い席、いいですか?」
そんな美少女の見本のような女子学生に声を掛けられ、昊斗は我に返り、自分の耳を疑った。
「はい?」
思わず聞き返す昊斗。春休みが始まっている構内のカフェテリアは閑散としている。今いるテラス席も他にも空きは沢山あり、昊斗のいる席は日陰になっているので、春先のためか少々肌寒く感じる場所だった。
そこを、わざわざ合い席を聞いてくる現ミス・キャンパスに昊斗は眉をひそめる。
――もしかして、ここは私のお気に入りだから退きなさいよって遠まわしに言っているのか?――
と、深読みをする昊斗。
周りからは「知り合いか?」「なんで、あんなパッとしない男なんか・・・」とやっかみが聞こえ始めたので、昊斗は出していた私物を入れる為にカバンを取り、面倒になる前に立ち去ろうと、手早く中へとなおす。
「・・・・もう帰りますから、お好きにどうぞ」
サッと見渡し、忘れ物が無いことを確認して席を立とうとする昊斗に、彼女は慌てて手を握ってきた。
「ま、待って!」
「!!」
なぜ引き留められた分からず、声にならない声をあげて驚く昊斗。周りからも、何事かと声が上がる。
「やっぱり覚えていませんか?小学校のとき同じクラスだった棗冬華です!」
「・・・・・へ?」
そう名乗られ、昊斗の思考に間が開き、そして小学生の頃を思い出そうと頭の中がフル稼働を始める。
「これならどうですか?」
そういって彼女は、昊斗の手を離し、カバンからメガネを取り出して掛け始める。周りの男子学生たちからは、「メガネ萌え~」「メガネかけてもマジ天使!」など声が聞こえてくる。
しかし、冬華と名乗った学生はそんな声を気にすることなく、ばっちり決めていた髪を躊躇いなく解くと、腰まで伸びる黒髪が露わになる。
セットしていたせいか、髪にうねりが付いていたが、彼女が二~三回手櫛を入れると、綺麗なストレートへと戻った。
「あ・・・・」
そして、昊斗は不意に思い出した。彼女が前髪で目元を隠すように変えた時、記憶の中にいる一人の少女と一致したのだ。
「あーーーーーーーー!!!!」
その日、構内に男子の叫び声が二箇所で木霊したのだった。
************
「ごめん、いきなり大声を出したりして・・・」
歩きながら恥ずかしそうに目を伏せ、隣の冬華に頭を下げる昊斗。
そんな昊斗に、冬華は笑顔で首を振った。
「ううん、気にしないで。私の方こそ焦って、場所を考えずに変なことしちゃったから」
あの後、周りからの好奇な視線に居辛くなった昊斗たちは、そそくさとその場を離れ、大学から駅へと続く道を歩いていた。
彼女、棗冬華のことを思い出した昊斗は、チラッと横を歩く彼女の顔を窺う。すでにメガネは外しており、下ろしてしまった髪は、ごく簡単に一つに纏めて括られている。
それでも、彼女の美少女度は下がることはなく、昊斗は冬華から目が離せなくなっていた。
「?・・・・どうかした?」
こそこそと様子を伺っていた昊斗に笑顔を向ける冬華。その笑顔に、昊斗は思わず赤面して目を逸らしてしまった。
彼は、冬華の変わりように驚いていた。小学生の頃の面影は多少はあるが、昊斗の中のイメージとは全くの別人と言っていいほど、棗冬華は変わっていた。
もちろん、いい方に、だ。
昊斗の中では、いつも前髪で目元を隠し、大人しい性格のせいか自信なさげに受け答えし、いつも一人でいることの多い女の子だった。
それがこうも変わると、月日の流れに感心してしまう。
「そ、それにしても、棗さんが同じ大学に通ってたなんて知らなかったよ」
何とか話題を振って、昊斗は場を持たせようと試みる。
「私は知ってたよ。奥苑君が同じ大学にいたの」
「へ?!」
何処から発せられたのか、昊斗が素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな彼にクスクスと笑う冬華。
「だって、奥苑君有名だから。大学受験で生徒に一般入試だけしか受けさせないって有名な超進学高の市光高校からきた学生が、入学最初の試験でオール満点を出したって。その名前見たときに、絶対奥苑君だって、私思ったんだ」
顔から火が出る。よく聞く表現だが、昊斗は今まさにそんな状態だ。高校時代、三百六十五日勉強漬けという、まさに灰色の高校生活を送った彼にとって、女子との会話はほぼ無しといっていいほど惨憺たるものだった。なので、女子とのありふれた日常会話に対する耐性が殆ど失われてしまい、さらにミス・キャンパスに選ばれるような美少女となると、拷問に近いものがあった。
いったい、どう対処したらよいのか。昊斗がそんなことを考えていると、突然後ろから声を掛けられた。
「そこのアベック。わしの話を聞いてくれんかの?」
二人が振り向くと、そこには小奇麗なスーツを着て杖をついた老人が立っていた。
「えっと・・・・」
もしかしてと、周りを見渡す冬華。しかし、彼らの周りには人っ子一人見当たらなかった。
「お主らたちで、間違いないわい」
老人が、ゆっくりと二人へと歩み寄る。
只ならぬ雰囲気に、冬華は無意識に昊斗の服を掴んでいた。
「・・・一体、何の用ですか?」
何となく得体の知れない老人に、昊斗は冬華の前に出て庇うように右手を横へ上げた。
その行動に、冬華は不安が薄れ頬を赤く染めて昊斗の後姿を見た。
「聞いていたのと随分イメージが違うの・・・まぁ、構わんか」
なんとなく不満が残るのか、老人は諦めた顔で杖をくるくるとまわし、地面を一突きした。
カツン、という音と共に次の瞬間、昊斗と冬華そして老人だけを残し、世界が消え去り、周りは黒一色に染まる。
「な、何だこれ?!」
「お、奥苑君・・・」
何が起きたのか、理解できずに軽い恐慌状態に陥る二人。
「落ち着かんかい!何度も経験して別に慣れておるじゃろうがこのくらい」
だが老人は、そんな二人をフォローするどころか罵倒する。
「何言ってるんだ!こんな状況、初めてだよ!」
とんでもなく理不尽なことを言われたと理解した昊斗が抗議し、冬華もウンウンと肯く。
「五月蠅いの・・・説明が面倒じゃ。簡単に依頼内容を話すと、お主らのチームに、助けてほしいじゃよ。わしが創造った『グラン・バース』と言う世界で、面倒なことが起きての。知っての通り、わしには手出しが出来ん。頼まれてはくれぬか?」
まるで、往年のコメディ俳優の様に杖で遊びながら、説明を始める老人。
「はい?」
突然話が飛び、何のことか意味が理解できず怪訝な顔をする昊斗と冬華。しかし、老人はそんな二人を尻目に話を続ける。
「ま、詳しいことはお前さんたちの”相棒”に送っておけばいいんじゃろ?後程、改めてわしから連絡を入れるからの。お前さんたちには期待しとるぞ。頑張れ」
すると、老人の手から忽然と杖が消え、自由になった両手を打ち鳴らさんと、胸の前へ上げた。
「待った!頑張れってなにを!相棒って誰だ!?おい爺さん!」
「待ってください!」
必死に訴える昊斗と冬華だが、老人はその問いに答えることなく、柏手を打った。
反響する音に呼応し、二人の意識はブレーカーが落ちたように、そこで途切れてしまうのだった。
8/6 内容の一部改稿






