(7) 国王たちの不安
「い、いやああああ!!」
目の前で倒れる昊斗に、相対していたフレミーは悲鳴を上げ、会場内が騒然となる。
「!い、いかん!!」
待機していた医療部隊の隊長が周りの騒ぎで我にかえり部下たちと共に、昊斗たちの下に駆け寄る。
「お、お願いです!早く・・・彼を助けてくださ・・・」
「判っている!・・・・・・!?」
すがり付いてくるフレミーを引き剥がし、隊長が昊斗の状況を確認し、絶句した。
(ここまでの傷を負って、どうしてあそこまでの戦いが出来たのだ?!)
胸に受けた傷は、明らかに致命傷・・・どころか即死してもおかしくないものだった。
にもかかわらず、昊斗はその後も剣を握り見事な戦いを繰り広げていたのだ。
「何をしているんですか?!早くしないと死んでしまいます!!」
一向に治療を始めない隊員たちに、フレミーが近くの隊員の肩を揺らすが、医療部隊の全員は一様に表情が硬かった。
隊員たちの雰囲気に、フレミーの顔には絶望の二文字が浮かぶ。
「すみません、通してください」
そんな重い空気の中、鈴を鳴らしたような声きこえ、その声の主が、隊員たちを押しのけて現れた。
「!!」
その姿を見て、フレミーの身体が硬直する。
現れたのは、貴賓席にいるはずの昊斗の仲間である冬華と、そのパートナーの金糸雀だった。
彼女は、昊斗の姿を確認し、視線をフレミーへと移した。反射的に、フレミーは冬華と視線を合わす事が出来ず、目をつむり俯いてしまう。
自分に近づく足音で、さらに身体を硬直させるフレミー。
冬華に殺される。そのくらいことの覚悟していたフレミーだったが、冬華の行動は彼女の予想を大きく裏切った。
「大丈夫、あなたは悪くないわ」
ふわっと、まるで優しい母の腕に抱かれたような感触と、今まで嗅いだことの無い心休まる香りに、フレミーが目を開けると冬華が自分を抱きしめていたのだ。
「あ、あの!」
突然のことに、慌てるフレミーを冬華は子供をあやす様に彼女の頭を撫でた。
「大丈夫、大丈夫だから」
何度も言い聞かせるように、ゆっくりと耳元でささやく冬華に、フレミーは感極まり泣き出してしまった。
そのまま泣きじゃくるフレミーに肩を貸した冬華は、フレミーを落ち着かせて、身体を離し、倒れる昊斗へ近づく。
そして・・・・
「昊斗君、いつまで寝てるの?」
という言葉と共に、昊斗の身体を蹴りぬいたのだ。
「!!」
「な、なにを!」
突然の行動に、周りにいた者たちは唖然としてしまった。
「・・・あの、冬華さん?さすがにさっきまで傷の痛みと出血多量で意識朦朧としていたのですよ?さすがにそれは・・・」
死に体だった昊斗が、蹴られた脇をさすりながら、上体を起こした。
「あんな悪趣味なことしておいて、どの口が言ってるの?」
「待った!倒れたのは演技じゃないぞ!血が足りなかったんだ!血が吹き出したやつは、玉露の仕業だからな!」
昊斗の抗議に、冬華は悪趣味な演出を施した張本人をジト目で見つめる。
『劇的な演出だったと自負していますが?』
「一人の女の子に取り返しの付かないトラウマ植えつけるつもりだったの!?」
『玉露ちゃん、あれはやりすぎだよ!』
まるで何事もなかったように昊斗は立ち上がり、昊斗に冬華、そして玉露の三人が言い争いを始め金糸雀がフォローにまわるという光景に、これは悪夢か何かか?と、医療部隊の面々や、フレミーはめまいを覚える。
一体どうなっているんだと、観客席は騒然となったままで、収拾がつかなくなり始めていた。
『あーあー・・・。こちら、アルバート騎士団団長のフォルト・レーヴェだ。会場にいる団員及び関係者の諸君、僕の声が聞こえるかな?』
実況席のフォルトが立ち上がり、マイク片手に混乱する会場内の視線を自分へと向けさせた。
『えー、今回の決闘に際し、僕はオクゾノソラト殿にある頼み事をしていたんだ。それが、先ほどの”演出”だ。”決闘”を含め、ルーン王国において、団員同士の戦いでは大怪我をしない様に結界が使用されている。その弊害として、自分たちの使う精霊術等の威力をきちんと把握していない団員が増えてきた。そこで今回は、”擬似的”にどれほどのダメージを相手に負わせるのかを視覚化する結界を特別にドラグレア様に用意してもらい使用することにした。なので、ソラト殿は一切の怪我を負っていないから、みんなも安心してほしい。そのことを、事前に知らせなかったのは・・・・まぁ、その方が盛り上がると思ったからだ!笑って許して欲しい!』
フォルトの言葉に、会場全体で「ああ、また団長の悪い癖が・・・」という空気が流れ、観客席は落ち着きを取り戻していった。
そのことを確認したフォルトは、実況のアーシャにお開きにする様促す。
『え?・・・・あー、え〜と、これを持ちまして、騎士フレミー嬢と、オクゾノソラト氏の決闘を終了といたします。なお、今回の決闘では、勝敗を決めることはありませんので、ご了承ください』
閉幕を告げるアナウンスの後、観客たちは撤収を始めた。
だが、医療部隊の面々は納得がいっていない様子で、団長フォルトを問いただすと、息巻いて去っていった。
フォルトのアナウンスに、フレミーは安心したのか、まだまだ言い争う昊斗たちを見ながら、意識が遠のいていった。
後ろに倒れるフレミーの身体を、受け止める人物が現れる。
「あれ?フェリちゃん、遅かったね」
気を失ったフレミーを支えている人物を確認し、冬華が声を掛ける。
それは、冬華たちの後を追って貴賓席から降りてきたフェリシアだった。
「トーカさんが・・・早すぎるんですよ・・もう」
ドレス姿で急いできた為か、走りにくさも手伝って、田舎暮らしで鍛えられたフェリシアでも肩を上下させて息をしていた。
「フェリシア、替わるよ」
そんな状況でフレミーを支えるフェリシアを気遣い、昊斗が交代を買って出るが、身体中血まみれの昊斗に渡していいものなのか、と難しい顔をするフェリシア。
そのことに全く気がつかないパートナーに、玉露はため息を漏らす。
『マスター、まずはその格好をどうにかしないと』
「あ、いけねっ」
自身の状態を見渡し、気恥ずかしさから頬をかく昊斗。
「もう、相変わらずそそっかしいな、昊斗君は」
普段どおりのやり取りをしていると、ドラグレアから色々説明しろと、伝令を寄越した。
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「つまり、騎士団長の言ったことは出鱈目だったと?」
「一部を除き、ソラト君の件は嘘です。あの場を収めるには、あのくらい言わないと駄目だと判断しました。ただ、ソラト君を直接診た医療部隊のメンバーは納得出来なかったようですが、言い含めておきましたので、心配ありません」
貴賓席の後ろに設けられた野外テントへ通された昊斗たちは、国王に報告を上げるフォルトたちを確認した。
「ソラトさん、フレミーをこちらへ」
「ああ」
人目につかない所で服を変えた昊斗は、抱き上げたフレミーを、フェリシアの指示した長いすへと寝かせる。
枕になりそうなものを昊斗が探していると、フェリシアが長いすに座り、フレミーの頭を自身の膝へ乗せる。
お姫様の膝枕。
何とも豪勢な枕だな、と思った昊斗だったが、後ろから突き刺さるような視線を二つ感じ、すぐさまフェリシアたちから目を離す。
「ソラト君、傷はもういいのかな?」
「はい、すでに全快しています」
カレイドの問いに、間を置かずうなずく昊斗に、彼の仲間以外は目を見張った。
「あんな嘘をついた者が言えたことではないが、驚異的だね」
フォルトは、部下である医療部隊の隊長から、報告を受けており、昊斗の状況を間接的に知っていた。
即死していてもおかしくない状態。
昊斗の傷はそれほど酷いものだったのだが、それをこの短時間で全快したとなると、どんな方法を用いたのかと、フォルトは考えてしまう。
「ソラト君、それにトーカ君にギョクロ君、カナリア君だったね?君たちについてドラグから詳細な報告が上がっているんだが、それを踏まえて質問に答えてほしい」
国王の言葉に、四人の視線がドラグレアに注がれ、視線の先にいるドラグレアは短く肯定のため首を縦に振る。
国王たちに伝えたんだな、と昊斗たちは気を引き締めた。
「答えられることでしたら、何なりと」
その瞬間、昊斗たちの目つきが傭兵のものへと変わる。
その目を見て、カレイドと妻である王妃マリア、そして騎士団団長のフォルトも比喩ではなく本当に心臓を掴まれるのを感じた。
辛うじて、声を上げなかったのはそれぞれ責任ある立場に立ち、日々鍛えられていたのが大きかった。
先日、ドラグレアに言った事を撤回せねばとカレイドは思った。
絶望的なまでに彼らから感じる恐怖。どこかで、友人がふざけて言っているのでは、とさえ思っていた国王と王妃だったが、こんな状況では、全てを否応無く信じざるを得なかった。
ここで間違ったことを聞けば、自分など一瞬で殺されてしまう、カレイドは慎重に言葉を選び出す。
「・・・・・・君たちが、依頼を達成するにあたり、どのような方法を考えているのか、聞かせてもらいたい」
詳細を知らない娘のフェリシアに心配させまいと、王の威厳を保ちつつ質問を投げかけるカレイド。
昊斗は、その質問の意図を瞬時に理解する。
昊斗たちが、グラン・バースの創造神から受けた依頼はたった一つ。
「奪われた創造神の力を、5柱の代理神・・・グラン・バース人が大神と4柱の神と呼んでいる存在から奪い返すこと」
国王であるカレイドがこの内容を聞いて気にしたのは、おそらく”奪い返す”という部分だろう。
つまり、自分たちが信仰する神々と一戦交えるのか?と聞いているのだ。
「そうですね、依頼主からは特に方法は指定されていませんので、基本的に我々の裁量で決めることが出来ます」
ここで、昊斗は言葉を切った。
冬華たちやフェリシア以外が、固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「我々としては、なるべく穏便に済ませたいと考えてはいます」
その言葉に、安堵が漏れる。
「しかし相手が抵抗した場合は、残念ですがこちらも実力行使に出るしかありません。その場合は、諦めてください」
諦める。つまり、最悪、神と戦い、神を滅ぼすと昊斗は大真面目に言っているのだ。
普段のカレイドなら冗談と笑い飛ばせただろうが、目の前にいる青年たちならやりかねないと、本気で思えた。
「まぁ、あくまで最終手段です。俺たちとしても、出来うる限り説得はしてみようと思っていますので」
傭兵の目から青年の目へと変わる昊斗。後ろの冬華たちも普段の目に戻っている。
もういいですかね?と、聞かれカレイドは、呼び立ててすまなかったと謝罪し、昊斗たちは未だ気がつかないフレミーを自室に連れて行くため、フェリシアと共にテントを出て行った。
遠ざかったことを確認した国王たちは、どっと疲れたようにそれぞれ、近場の椅子に座り込んだ。
「ドラグ、君の言う通りだった。すまない」
「だから言っただろう?全く、生きた心地がしなかったぞ」
「あんな感覚、術士として騎士団にいた時でも経験がないわ」
口々に、先ほどの状況に対する感想を述べる三人。
「・・・・どうも、僕は巻き込まれただけのようですね、事情を知らないのに」
唯一、全く事情を知らないフォルトは、昊斗たちの突然の変わりように、最後の方は思考を手放していた。
「ドラグ、どうしたらいいと思う?」
国王である友人の言葉に、ドラグレアが盛大にため息を吐く。
「あのな・・・国王はお前だぞ?とりあえず、お前はどう思っているんだ?」
「私は・・・・・・ひとまず彼らのことを信じようと思っている」
「根拠は?まさか、恐怖したからとか言わないよな?」
ドラグレアの問いに、カレイドは否定のために首を横へ振る。
「娘が・・・フェリシアが彼らを慕っているからだ」
まさかの親馬鹿発言に、ドラグレアは頭痛を感じた。
「ドラグ・・・あなたも、知っているでしょう?あの子が慕ってきた人々が例外なく、この国に貢献してくれたことを」
母親のマリアまで援護に乗り出し、ドラグレアは一つのことを思い出した。
この夫婦が、娘のことを持ち出したらテコでも動かないことを。
「分かった・・・お前たちがそう言うなら、今は、静観する方向でいこう。ただし!いざという時に、オレを頼るなよ?はっきり言ってあいつらと真正面からやり合って勝てる見込みはないんだからな」
友人であり、自分たちが知る限り最強の男である者の弱音を聞き、親馬鹿夫婦は了解とうなずいた。
「あの・・・出来れば僕にも、説明をいただければ助かるのですが・・・」
完全に仲間はずれにされているフォルトが、控えめに手を上げていたが、きづかれるのは、だいぶ後の事だった。




