幕間
帝国へ戻ったヴィルヘルミナには、自室とは別に仕事用のオフィスが用意されていた。これは、仕事とプライベートをきちんと分けられるように、と兄であるライナルトの計らいだった。
そんなオフィスで、ヴィルヘルミナは来月に迫る自身の誕生パーティーや建国祭で自分が携わる行事の準備に追われ、彼女には大きすぎるデスクの上に参考資料を積み上げ、パソコンに向って必死に格闘していた。
すると、デスクに置いてある電話が鳴り、内線のランプが点滅する。
「はい、ヴィルヘルミナです」
手を止めるのが惜しいと、ヴィルヘルミナは電話をハンズフリーモードにして内線に出た。
『姫様、ヤマノイ少尉たちが到着しました』
内戦を掛けてきたのは秘書のアンナで、合流の遅れていたモニカたちが無事到着したことを知らせる。
「そうですか!こちらに通してください」
『畏まりました』
アンナの連絡から数分後。
「失礼します!ロック・ヤマノイ少尉、モニカ・オットー少尉、アシェア・ランドール准尉、ただ今帰還しました。現時刻より本隊に復帰し、通常任務に戻ります!」
軍服姿の三人が横一列に整列し、先任少尉であるロックが、ヴィルヘルミナに帰還報告を上げ、全員が敬礼する。
「ご苦労様です、皆さん。特にオットー少尉は、アイディール学園への手続きに時間が掛かったでしょう。わたくしの都合で、学園に身分を隠したままにした弊害が・・・」
ヴィルヘルミナが、申し訳なさそうに目を伏せる。
そんな彼女に、モニカはゆっくり首を横に振った。
「お気になさらず、殿下。元々、王国には諜報員として潜入していましたので、そのことが公になればルーン王国との関係に影を落とす恐れがあります。自分の苦労など、殿下に比べれば瑣末な物です」
実際は、モニカが言うほど瑣末ではなく、かなり手間が掛かったのは事実だった。しかし、ヴィルヘルミナに不釣合いなデスクに積み上げられる資料の数々に、少し疲れた顔をしている皇女を見ては、大変でしたなどと口が裂けてもいえなかった。
「そう言ってもらえると、わたくしも気が楽になります・・・」
笑みを浮かべるヴィルヘルミナに、モニカが一歩前に出る。
「殿下、実はとある方から殿下にお渡ししてほしいと、お預かりしている物が」
そう言ってモニカは、上着の内ポケットから昊斗から預かった品物を入れた包みを取り出し、ヴィルヘルミナに直接手渡した。
受け取った包みを見ながら、首を傾げるヴィルヘルミナが包みを開けて中を確認すると、彼女は息を呑んだ。
「?!・・・・こ、これは、まさか!」
震える手で、包みから取り出した物をヴィルヘルミナがじっと見つめる。
同じような物を、親友が一針一針気持ちを込めて縫っているのを、傍で見ていたヴィルヘルミナは、自分の手の中にある二つの品が、誰の手によって縫われ、そして誰のために作ったのか一目で分かった。
「祭事巫女ミユ・ヤナカ・クロエ様よりお預かりしました。殿下とアイリスさんの御守りだそうです」
自分と、アイリスがそれぞれ好きな色を使った世界に一つずつしかない御守り。
ヴィルヘルミナは、その御守りを見つめながら目に涙をため、声を上げそうになった口を手で押さえた。
「ミユ・・・・」
心配させたくないと思い、親友と言いながら、ミユを始め、多くの人に本当のことを告げずに帝国へ戻ったヴィルヘルミナは、ずっと彼女に対して罪悪感を感じていた。
だがミユの作った御守りを見て、「みんな、気にしてないよ。ミーナもアイリスも、身体に気をつけて、頑張ってね」と親友が言ってくれている様に思え、ヴィルヘルミナから嗚咽が漏れる。
これ以上留まるのは無粋、とモニカたちが静かに敬礼し、外へ出ようとした時だった。
「・・・・オットー少尉」
震える声で、出て行こうとしたモニカをヴィルヘルミナが呼び止める。
「はい、何でしょうか?」
足を止め、振り返ったモニカは、何となくヴィルヘルミナが何を言おうとしているかが分かり、彼女の中に緊張が走った。
「この御守りは、ミユから直接?」
「?!」
予想通りのヴィルヘルミナの問いだったが、モニカは緊張で言葉を詰まらせた。
モニカの言葉を待つヴィルヘルミナが見つめる中、心を落ち着かせてモニカがゆっくり口を開いた。
「・・はい、祭事巫女様から直接お預かりしました。わたしが、殿下の関係者だと見抜かれたご様子でして・・・」
モニカは喉のところまで出か掛かった真実を・・・昊斗から預かったことを伝えようとしたが、そのことで様々な人たちの気持ちを台無しにしてしまうと、軍人として培った忍耐を総動員して押さえ込み、昊斗たちから貰っていた”答え”を、どうにか紡ぎ出した。
モニカの答えを聞き、彼女を見つめていたヴィルヘルミナの顔に笑みが浮かぶ。
「そう・・さすがはミユね。もしかしたら、彼女には隠し事が出来ないのかも」
ここ最近、式典などの準備に忙殺されていたヴィルヘルミナが、帝国に戻って初めてみせる歳相応の表情。親友には敵わない、と言う困ったようで嬉しそうな表情を浮かべるヴィルヘルミナを見て、モニカたちの心に「絶対に、彼女をルーン王国で待つ親友と再会させる」と心に誓った。
モニカたちが出て行った後、再び仕事へ戻ったヴィルヘルミナだったが、その顔は先ほどとは違い、咲き誇る花のように綻んでいた。
自分の部屋を清掃してくれているであろうアイリスが、ミユの御守りを見たらどんな顔をするか、ヴィルヘルミナは今から楽しみで仕方なかった。
そんなことを考えていると、再び内線が入ったことを知らせる着信音が、部屋の中に鳴り響いた。
『ミーナ。忙しい所すまないが、私のところへ来てくれないか?』
内線を入れてきたのは、兄のライナルトだった。
「分かりました、兄様。すぐ伺います」
内線を切ったヴィルヘルミナは、兄の声が少し硬かったことに目を伏せ、一呼吸ついた。
「・・・ミユ。あなたの力を、わたくしに貸して」
ミユの御守りを握り締め、ヴィルヘルミナは顔を上げて部屋を出て行った。
「お前から報告のあった者たちを調べたが、”黒”の可能性が高いという報告が来た。現在、監視をつけ動向を探っているよ」
「そうでしたか・・・」
ヴィルヘルミナが、兄ライナルトの手伝いを始めて数日。公の場に何度も出る中で、彼女に声を掛ける者たちは数多く居る。その殆どが、ルーン王国での誘拐事件のお見舞いだが、その中で数人ほどヴィルヘルミナの中で引っかかった者たちがいた。
なぜ、そう思ったのか彼女自身、説明が出来ないのだが、言葉を交わすうちに、「この人には近づかない方がいい」とか「この人は、何か良からぬことを企んでいる気がする」など、頭を過ぎったのだ。
そして、そう思った人物たちをライナルトに報告したのだが、まさか本当に”危険”人物だったことに、内心ヴィルヘルミナは驚いた。
「とは言え、この者たちは所詮敵の駒に過ぎないだろう。本命までたどり着ければ良いが、相手もそう簡単には尻尾をつかませてはくれまい・・・」
ライナルトは椅子に身体を預け、天を仰ぐように顔を上に向け目を瞑る。
「兄様・・・本当にお休みになられていますか?これでもし、兄様に何かあれば・・・」
日を追うごとにライナルトの顔色は悪くなり、明らかに疲労困憊といった様子に、「このままでは、兄が倒れてしまう」とヴィルヘルミナは悲痛な表情を浮かべる。
「ありがとう、ミーナ。心配してくれて・・・だが、そうも言っていられないさ」
笑みを浮かべるライナルトだが、逆に無理をしているようにしか見えず、ヴィルヘルミナの脳裏にもう一人の兄の姿が過ぎった。
「やはり、ディートハルト兄様にも、お手伝いして頂いたほうが・・・・」
敵をおびき寄せる為、ヴィルヘルミナを囮にする作戦を真っ先に否定し、二人とは別行動を取っている真ん中の兄に、もう一度協力を要請してみては?とライナルトに提案するヴィルヘルミナ。
だが、ライナルトは首を横に振った。
「ミーナ、お前もあいつの性格はよく知っているだろう?どう説得しても、お前を囮にすることに手を貸さないだろう。私と違い、ディートは優しいから」
本心では、自分も可愛い妹を囮に使うような事はしたくないと思っていても、ライナルトは国の安定のためなら、身内を犠牲にするのも已むなしと考えている。
そういった意味では、ディートハルトは立場のある”皇族”としてまだ甘いと言えるが、ライナルトはそんな弟の”優しさ”を羨ましく思っていた。
「ですが!このままでは、ライナルト兄様が倒れてしまいます!ディートハルト兄様が協力してくださるなら、作戦を変えても・・・」
しかし、ヴィルヘルミナは父の居ない今こそ兄妹で団結すべきだと思い、声を上げる。
「もう遅い・・・すでに情報は流してしまった。もしここで計画を中止すれば、今度は父上の身が危ない」
「そ、そんな・・・・」
残酷とも言えるライナルトの言葉に、ヴィルヘルミナが言葉を失う。
「一応、ディートにも作戦の概要は送っている。私も、手持ちの兵だけで敵を相手に出来るとは考えていないさ・・・ミーナ。予定通り、明日帝都を発つ。準備だけはしっかりしておきなさい」
「はい・・・・」
ライナルトの部屋を出たヴィルヘルミナは、ポケットに入れていたミユの御守りを取り出し、ギュッと握り締めた。
「大丈夫・・・・」
只一言、そう呟いてヴィルヘルミナはオフィスへと戻っていった。
*************
「少佐、お手紙です」
”フューラー”の調整をしていたディートハルトの元に、副官のスバルが手紙を持ってやってきた。
「手紙?今時古風だな・・・誰からだ?」
ディートハルトの問いに、スバルは封書の裏側に書かれた送り主の名を確認する。
「”アマンダ・フェロー”となっています。一応中を調べましたが、危険物ではなさそうです」
「アマンダ・フェロー?・・・!?貸せ!」
何処かで聞いたことがある名だと、記憶を引っ掻きまわしていたディートハルトは、突然その名に思い当たり、スバルから手紙を奪うように受け取り、乱暴に開封して中の手紙に目を通した。
内容を見終えたディートハルトは手紙を握りつぶすと、苦々しく吐き捨てた。
「くそ!もっと早く、連絡してくれればいいものを!」
そういうと、ディートハルトは足早に”フューラー”の格納庫を出て、隣の格納庫へ向う。
「少佐、どうされたのですか?!アマンダ・フェローとは一体誰なのです?」
慌ててディートハルトの後を追うスバルの質問に、ディートハルトが顔を顰める。
「アマンダ・フェローというのは、兄さんが好きだった物語に出てくる魔女の名前で、子供の頃に兄さんが名を隠すのに使っていた名・・・・送り主は兄さんだ。手紙には兄さんとヴィーが、父さんに会いに行くと書かれていた。しかもその情報を、それとなく外へ流したそうだ!」
「なっ・・・・・」
ディートハルトの言葉に、スバルが絶句する。
獅子身中の虫を炙り出す為とは言え、妹だけでなく父まで囮に使おうというライナルトの考えに、スバルは背筋が凍る思いがした。
「シュツルム・ランツェの修復状況は!?」
昊斗たちに壊されたシュツルム・ランツェの修理が行われている格納庫に入り、ディートハルトが進捗状況を大声で尋ねる。
何事かと、整備兵たちの視線がディートハルトに注がれる。
「修復状況はどうなっている!!」
再度、怒鳴り散らすように尋ねるディートハルトに、様子を見に来ていたトーマが近づいてきた。
「どうしたんだ、ディート?そんなに慌てて・・「修復状況は?!」」
喰い気味に尋ねてくるディートハルトの様子に、トーマが目を細める。
「何かあったんだな?」
「トーマ大尉、実は・・・」
遅れてきたスバルが、ディートハルトの代わりに先ほどの手紙の件を説明する。その話を聞き、トーマの表情が強張る。
「冗談だろ?ライの兄貴が、そんなことを・・・」
ライナルトのことを知るトーマが、信じられないといった表情を浮かべる。
「とにかく!一刻も早く、俺たちも出発する!全員、準備を始めろ!!」
声を荒げて整備員たちの元へ向こうとするディートハルトに、トーマが立ち塞がる。
「落ち着けって、ディート!お前らしくない・・・冷静さを欠けば、思わぬところで足を掬われるぞ」
トーマがディートハルトを諌めるという、いつもと立場が逆転する二人。
トーマの言葉を聞き顔を顰めるディートハルトに、スバルが声を掛けた。
「そうです、少佐。それに目的地には、”彼ら”も向っているのをお忘れですか?」
帝国の主力兵器を生身で破壊した助っ人たちの存在。トーマやスバルたちは、彼らと異国の英雄である昊斗たちが同じ存在と認識していないが、その強さは認めていた。
彼らが居れば、自分たちが出遅れたとしても、最悪の事態は避けられるのでは、とスバルは考えていた。
「それは、分かっている・・・・とは言え、俺たちが駆けつけた時には、全て終わっていました、では格好がつかないだろう?」
そんなスバルに、ディートハルトが焦っていた理由を告げる。
「・・確かにな!ディートの言うとおりだ!!」
軍人として、それは耐えられない屈辱だ、とトーマが笑い飛ばす。
「・・・で?修復状況は?」
トーマたちとのやり取りで、幾分冷静さを取り戻したディートハルトが、同じ質問を今度は普通の音量で質問した。
「思った以上に早く済むそうだ。さっきおやじさんに聞いたら、まるで狙ったように交換しやすいユニットばかりが破壊されていたらしいぜ。破損したユニット部分だけを交換すれば、すぐにでも動かせるってよ。偶然にしても狙ったにしても、有り得ないっておやじさん、怖い顔してたぜ」
その時の整備責任者の顔を思い出したのか、ト−マは堪えるように笑う。
シュツルム・ランツェは、整備の効率化を図る為、機体がある程度大まかなパーツ群、ユニットによって構成され、パーツ交換の効率を上げている。
とはいえ、戦闘における損傷では、破損した部分だけを交換するなどと、そんな都合のいい事は起こりえない。構成するフレームなどの歪み調整や、各パーツの微調整・・・やらなければならない事は山ほどある。
にも拘らず、今回は理想とも言える損傷であったため、整備責任者が「有り得ない」とぼやいていたのだった。
「では、予定を繰り上げて、修復完了と同時に出発する!」
少しでも早く到着する為に、とディートハルトの号令がかかる。
「それはいいが、ハーマンにはこのこと伝えたのか?あいつ今、列車の運行に都合をつけてたはずだぞ?」
トーマの言葉に、ディートハルトが完全にハーマンの存在を忘れていたと、固まる。
「・・・スバル、ハーマンへの連絡を頼む」
参謀として有能な人物ではあるのだが、部隊上層部の面々からよく忘れられがちで、自分は影が薄いのではと気にしているハーマンが、副官内で最後に連絡を受けたと知ったら、間違いなく面倒なことになると、ディートハルトはスバルにバトンを渡した。
「え?・・・・了解」
絶対にハーマンから小言を言われるのが分かりきっているので、スバルが一瞬嫌な顔をするが、「上官命令」と、すぐに表情が元に戻り、敬礼する。
こうして、ディートハルトたちは予定より大幅に前倒しして、エリア”アハト”を出発することになるのだった。
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夜の帳が下りてなお、人工の光が煌々と街を照らしている。
「お嬢様」
そんな中、主が寝る寝室にベンジャミンは音もなく入り、ベッドで寝ているベルベッドに声をかけた。
「何よ・・・何か用?」
深く寝ていなかったのか、すぐに反応を返すベルベッドだが、その声には不機嫌さがにじみ出ており、面倒そうにふとんの中で身をよじっている。
「動きがありました。皇太子と皇女が、皇帝を見舞う為に今日帝都を出る、と」
だが、ベンジャミンの報告を聞き、ベルベッドはスッと上体を起こした。
「・・・ふ〜ん、”彼は”?」
「準備はすでに整っている、と連絡が」
その言葉に、ベルベッドはほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「そう・・・クレメンスの方は?」
「例の”異国の英雄”を追うのに躍起になっているようですが」
本来なら、クレメンスの計画を隠れ蓑に行われる予定だったが、彼自身が計画を忘れるような失態を演じていることに、ベルベッドは舌打ちした。
「愚か者ね・・・・いいわ、捨て置きなさい。私たちも夜明けと共に移動するわよ」
「畏まりました、お嬢様。最高のドレスを用意いたします」
ベンジャミンは恭しく一礼すると、音もなく部屋を出て行った。
目が冴えてしまい、ベルベッドがベッドから抜け出てバルコニーに面する窓へと歩いていき、バルコニーの外へ出た。
ネグリジェの下に一切下着を身に付けていないベルベッドだが、彼女が居る場所は滞在する都市で最も高い高層ホテルの最上階のスイート。どんな姿で外に出ようが、それを窺い知れる者は居ないのだ。
季節が進み、夜は冷え込むのだが、ベルベッドの身体はこれから起こる出来事を想像し、熱を帯びていた。
「あと数日で、この国は終わる。皇族と言う御旗を失い、抑圧された者たちによって国中に戦乱が巻き起こる・・・もうすぐ殺戮が始まるわ。・・・早く、戦争になぁれ!あはははは!!」
物騒なことを口走りながら、ベルベッドはまるで子供のように、無邪気に笑うのだった。
次回更新は、10月13日(月)PM11;00過ぎを予定しています。
変更の場合は、活動報告にてご連絡します。




