(8) 共闘へ
大変ご迷惑をお掛けしました。
「殿下!お怪我は?!」
司令室に詰めていたハーマンが、血相を変えて格納庫に飛び込んでくる。
丁度、ディートハルトが強化外骨格”フューラー”を外すところで、前面の装甲が開き、中から汗だくのディートハルトが出てきた。
「ふぅ・・・・・怪我は無い。”フューラー”の方は、無理が祟ってスラスター関係がオーバーロードしてしまったがな・・・あと、今の俺は軍人なんだ。ちゃんと階級で呼べって何度も言ってるだろう!」
スバルからタオルを受け取り、汗を拭いながらディートハルトは、懲りずに”殿下”と呼ぶハーマンを睨みつける、
「も、申し訳ありません。ハイゼンベルグ少佐」
焦っていたとは言え、軍人の時のディートハルトが嫌っている呼び方をしてしまい、逆鱗に触れてしまったと、ハーマンの顔が青ざめる。
「全く・・・彼らは?」
睨んでいたディートハルトが、ため息をついて力を抜き、スバルに昊斗たちがどうしているかを聞く。
「応接室に通してあります」
戦闘終了後、ディートハルト側は大いに混乱していた為、スバルの判断でモニカたちに、昊斗たちを案内して先に基地内で待つよう指示していた。
「そうか・・・スバルは、”フューラー”をラボに運んで、修理とデータの解析を頼む。今回のデータは、かなり貴重だからな」
実働段階に入って初めての全力稼動で、現状での強化外骨格”フューラー”の限界を計れたことに、ディートハルトは大きな満足を感じていた。
そのデータをいち早く機体に反映させる為に、スバルへの指示の声に嬉しさが垣間見える。
「了解です」
指示を受け、タイミングよく格納庫に入ってきた開発スタッフたちに、機体を運ぶようスバルが指示を飛ばす。
「ちくしょー!あんな化け物を相手にするのが分かってたら、強襲用に装備変更しておいたのによ!!」
そんな慌しい格納庫内に、昊斗たちに手も足も出せずに負けてしまったトーマとその部下たちが入ってきた。
負け惜しみに聞こえるトーマの言葉に、スバルが呆れたように目を細める。
「貴方は馬鹿ですか?トーマ大尉。通常訓練の名目で、強襲用装備の使用許可が出るわけ無いでしょう」
トーアの言っているシュツルム・ランツェの強襲用兵装は、設定されている換装パーツの中で、高い攻撃力を持つ装備である。
その強力さから、訓練では仮想空間内でのシミュレーションでしか使用が許されていない装備だった。
そんな装備を、気軽に使おうとする同僚にスバルが辛辣な言葉を掛ける。
「そこはよ、ディートの皇子パワーで・・・」
と、ディートハルトの方を盗み見るトーマに、「お前もか」とディートハルトはため息をつく。
「だから、今の俺は一軍人だって言ってるだろ。それより、トーマは”おやじさん”の所に機体を持って行って、経緯をちゃんと説明しろよ?」
意趣返しといわんばかりに、シュツルム・ランツェを整備している整備の統括責任者へ、説明に行けと命令するディートハルト。
「げっ?!冗談だろ!?」
統括責任者のその人物は、整備スタッフのみならず、パイロットからも恐れられており、ディートハルトの部隊の”父親”的存在だった。
機体を壊した事だけでなく、手も脚も出すことなく相手に一方的にやられたことを、間違いなくどやされるとトーマが顔を顰める。
「当然だろう、お前は部隊長なのだからな」
そう言いつつハーマンが、トーマに手早く作った報告書のデータが入ったタブレットを手渡した。
「くはぁ・・・・・・仕方ねぇ、お前ら!付いて来い」
一人で行けばいいところを、少しでも自分への被害を減らすために、トーマが部下たちについてくるよう命令する。「横暴だ!」とか「パワハラ!」など抗議する部下たちだが、何だかんだねトーマの後を付いていく。
トーマたちを見送って、ディートハルトがハーマンの方に視線を移す。
「ハーマン、お前も周辺部隊への説明を頼む。下手をすると、先ほどの戦闘音で敵襲と誤認されて、問い合わせがあるかもしれない」
周辺で演習をしているほかの部隊には、事前に実弾訓練の実施を通達していたが、想定以上の戦闘の激しさに、「緊急事態が起きたのでは?」、と考える部隊がいるかも知れないとディートハルトは考えていた。
「了解です・・・・・が、まさか少佐。貴方お一人で、彼らとお会いに?」
指示を受けたハーマンだが、上官である目の前にいる青年の思惑を察して、目を細めた。
「決まっているだろう?協力してくれる彼らに、こちらの都合で戦闘を仕掛けて迷惑を掛けたんだ。司令官である俺が謝罪と説明しなくてどうするんだ」
さも当然と、答えるディートハルトにハーマンの顔から血の気が失せる。
「それならば、私かスバルを付けてください!」
部隊の司令官が副官をつけずに誰かと会うというのは、あまりないことであり、しかもこれから会う人物たちは生身で、帝国陸軍の主力兵器となったシュツルム・ランツェを破壊した化け物である。
何が起きるか分からない、とハーマンが直訴するが、ディートハルトの機嫌が一気に悪くなる。
「いい!これ以上待たせれば、向こうの不信感を買いかねない。お前たちは速やかに、俺の指示を実行しろ!」
そう言って、ディートハルトは格納庫を出て行く。
呆然と佇むハーマンに、スバルが「貴方は過保護過ぎなのですよ」とチクリと刺すのだった。
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その頃、モニカたちに応接室へ案内された昊斗たちは、待ちぼうけを喰らっていた。
案内人のモニカたちの姿は無く、彼女たちは帝都にいるヴィルヘルミナの秘書のアンナに、予定より合流が遅れることを伝える為に、連絡を入れに行っている。
待たされている昊斗たちの話しは、自然と先ほどの戦闘に関することになっていた。
「しかし、まさかあんな歓迎を受けるとは思わなかったわねぇ」
ソファーに座る玉露が、脚をパタパタさせながら先ほどの戦闘を振り返る。
普段の姿と違い、ヴィルヘルミナやミユたちと同い年くらいの姿で、ロリータファッションを着こなしているためか、その仕草が愛らしく見える。
「確かにな。それで、どうだった?試作機と比べて、量産機の印象は」
下座にある一人掛けのソファーに足を組んで座る冬華が、昊斗に戦った相手の感触を聞く。
玉露の横に座る昊斗は、冬華の問いに前に戦った試作機と先ほど戦った量産機との違いを思い出しながら思案する。
「無駄の無い、量産機らしい良い機体だと思う。ただ、兵装がもう少し充実してたら、いろんな状況に対応できると思うんだけど」
試作機の方は、まともな状態で戦ったわけではなかったが、動きに”硬さ”がありデザインも無骨なものだった。その点量産機は、デザインもさることながら、挙動などにも無駄が無くなり、洗練された印象を昊斗は持っていた。ただ、施されていた武装が、思った以上に貧弱だったのが残念と答えた。
「それなら、作戦に応じて装備を変更できるみたいよ。機体の制御システムに侵入した時、各兵装の制御データを見つけたわ」
そういって、玉露が先の戦闘で”拝借”したシュツルム・ランツェのデータを表示する。
「それは興味深い・・・見せて頂けますか?」
一人だけ座らずに、冬華の後ろに立つ金糸雀。その構図は、やり手の青年実業家とそれを幼い頃から支えている老齢な執事にしか見えない。
そんな金糸雀の要求に、玉露が二つ返事で頷く。
「いいわよ、はい」
圧縮したデータを、文字通り投げて渡す玉露。それを苦も無く受け取り、金糸雀がデータを確認し始める。
「のう、いつまで待たねばならんのじゃ?」
昊斗たちとは反対のソファーに座るルールーが、退屈そうに足をパタパタさせている。
玉露とは逆に、今は大人バージョンになっているルールー。その行動は見ようによってははしたなく見えた。
「ルドラ・・・行儀悪いよ」
隣に座るカグに釘を刺され、ルールーは不満そうに口を尖らせて足を動かすのをやめる。
「待たせて申し訳ない」
そうこうしていると、着替えてきたディートハルトが部屋の中に入ってきた。
軍服を身に纏い、皇子とは思えない訓練された歩きで、冬華とは反対の上座にある一人掛けのソファーに腰掛ける。
彼以外に部屋へ入ってこないことに昊斗たちは、初対面の人間たちと護衛もつけずに一人で会う皇子の行動に、内心驚かされた。
「改めて、俺がヴィルヘルミナの兄、ディートハルトだ。陸軍での階級は少佐。一応、部隊の司令官をやっている。まず最初に、先ほどの攻撃に関し、謝罪する。申し訳なかった・・・・だが、どうしてもそちらの実力を知っておきたくてね。味方の力量を知っておかないと落ち着かない性分なんだ」
深々と頭を下げ謝罪するディートハルトだが、顔を上げた時は笑みをこぼしていた。その笑顔は、妹のヴィルヘルミナによく似ている。
その顔を見て、反対に座っていた冬華も笑みを浮かべた。
「お気になさらず。こちらとしても、帝国軍の戦闘力を推し量れる、いい機会でしたから」
冬華の言葉に、ディートハルトは嫌な顔を見せることなく「そう言って貰えると助かる」とソファーに身体を預けた。
彼としても、その程度は想定済みだったので、気を悪くすることはなかった。
もちろん、それ以上のデータを取られたことには気が付いていないのだが。
「まぁ、お陰であれを整備している機付き長たちが頭を抱えていたがな・・・さて、色々と聞きたいことがあるのだが・・・」
そういうと、ディートハルトと昊斗の視線が交わる。
「あの時は白を切ってすみませんでした。屋外だったこともあり、どこに敵の目があるか分からなかったので、本当の事は言えなかったのです」
昊斗の言葉に、ディートハルトが驚くように目を見開く。
「では、やはりあんたが”異国の英雄”なわけか」
「?」
ディートハルトの反応に、昊斗が首を傾げる。
「すまない。口ではああ言っていたが、実の所半信半疑だったんだ。妹たちからは「凄い人たち」と聞いてはいたんだがな」
科学大国であるレヴォルティオン帝国において、幻術等で姿を変えるだけでも驚かれるが、どんなに高度な幻術でも”ズレ”が生じ、勘の鋭い者には違和感を与える。その点、昊斗は肉体自体を変化させているため、そういった違和感が無いのだ。
そのため、ディートハルトは昊斗たちが、本物の”異国の英雄”とその仲間か確信がもてなかったのだった。
「そうですか・・・・昊斗君」
「そうだな」
二人は、示し合わせると創神器を操作し、”変身”を解除した。
突如、二人の身体が光り輝き、その輝きが失われると、昊斗と冬華の姿が元へと戻っていた。
「なっ・・・・・」
始めてみる現象に、ディートハルトは言葉を失い呆然と二人を見詰める。
「改めて、現在ルーン王国に所属している傭兵、奥苑昊斗です。こっちが仲間の棗冬華。玉露に金糸雀、そしてルールーとカグです。玉露と金糸雀の二人は、俺たちとは違う方法で姿を変えているので、このままでご容赦を。それから、敵の目を欺く為とは言え、姿を偽っていたことを謝罪します・・・?」
「・・・・・・・・・」
謝罪する昊斗だが、ディートハルトから反応が返ってこないことに、頭を上げると彼は驚いたまま固まっていた。
「?どうかされましたか、殿下?」
冬華が声を掛けると、合っていなかったディートハルトの焦点が定まる。
「いや・・・本当に”凄い”というのが分かったよ。あんたが、”異国の英雄”か・・・その節は妹が、大変世話になった。ありがとう」
テロリストに誘拐されたヴィルヘルミナを助けた人物と、一度手合わせをと願っていたディートハルトは、図らずもその願いが叶っていた。
そして会う機会が無く、言えずにいた礼を昊斗に伝える。
「いえ、お気になさらずに。自分がやるべきことを、したまでですから」
むしろ、昊斗は誘拐を防げなかったことに、ディートハルトへ謝罪したかったが、前にヴィルヘルミナから「お兄様が謝ることなどありません」と言われていたので、グッと堪えた。
「それから、畏まった言い方をしなくていい。こう見えても、俺はフェリシアやアリエルと同い年で彼女らとは幼い頃からの友人だ。妹から、あんたたちが姫たちの友人であり、兄や姉の様な存在だと聞いている。俺としても、同じように接してくれると助かる」
フェリシアたち同様、高貴な立場の人間とは思えないディートハルトの申し出に、昊斗たちは、「似たもの同士」かと納得する。
「そうですか・・・では、ディート君。貴方に聞きたいことが」
フェリシアたちと同じように、と思った冬華が即座に愛称で呼び始める。
「?!」
突然のことに、ディートハルトは声を詰まらせ、盛大に咽返る。
「だ、だいじょうぶ?!」
慌てて駆け寄ろうする面々に、ディートハルトは手で制する。
「す・・・すまない。久しぶりに、そんな呼ばれ方をされたので、驚いただけだ」
幼い頃の呼ばれ方を、今の歳になって使われたことにディートハルトは恥ずかしさを覚え、顔を赤くする。
「えと・・・止めとこうか?」
良かれと思って、普段フェリシアたちに接するようにした冬華だったか、ディートハルトの様子を見て、「急すぎたかな?」と申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
そんな冬華に、ディートハルトは首を横に振った。
「いや、大丈夫だ・・・で、俺に聞きたいこととは?」
気を取り直したディートハルトの問いに、昊斗が静かに口を開いた。
「君のお父上・・・現皇帝のマクシミリアン陛下の所在を聞きたい」
「父さ・・・・・父の?何故、そんなことが知りたいと?」
昊斗の質問に、ディートハルトが目に見えて警戒を強める。
「前回、同時多発テロの裏で、一部の帝国上層部が画策し未遂に終わったっていうミーナちゃん誘拐計画を始め、現在まで続いている一連の騒動の発端は、陛下が精神を病み、娘であるミーナちゃんを奥さんのイーザベル皇后妃であると思い込んでいるのが、原因だよね?」
「あ、あぁ・・・その通りだ」
冬華の言葉に、ディートハルトは”あの日”のことを思い出し、顔を顰める。
「なら、何処にいるか分からない敵を炙り出して捕まえるなんて、まどろっこしくて時間の掛かる方法より、原因である皇帝の精神状態を元に戻した方が手っ取り早い。それに、そのほうがあの子の身の安全を早く確保できるし、精神的にも良いでしょ?」
玉露の提案を聞き、ディートハルトは目を伏せた。
「それはそうだが。しかし、父の病状の原因は母を失った喪失感からくる心身消失。思いつく限りの治療はやってみたが、効果は殆ど見られなかったんだ」
マクシミリアンが娘のヴィルヘルミナを襲って以来、長男であるライナルトは思いつく限りの専門家を極秘裏に呼び、何とか父親の精神状態を元の状態に治そうと奔走した。ディートハルトも、そんな兄を手伝ったが、父の病状は回復するどころか、日に日に悪化していった。
結局、打つ手を無くし、置かば監禁するように、息子たちは父親をとある保養地に移していたのだった。
「本当に、お父さんの今の状態が、お母さんが亡くなったことが原因だって、思ってる?」
そんなディートハルトに対し、冬華が意味深な問いを投げj掛ける。
「何?」
問いの意味を図りかね、ディートハルトが眉を顰める。
「心神喪失の原因が、第三者の手による・・・・例えば呪術的な方法による故意の可能性は、考えられましたか?」
冬華の後ろに立ち金糸雀の言葉に、ディートハルトが目を見開く。
「?!つ、つまり・・・何者かの”呪い”によって、父さんはあんな状態になったと言いたいのか?!」
当時、様々な可能性が浮上したが、呪術的な方法は検討されなかった。一番の大きな理由は、帝国において、”オカルト”はマイナーなものであり、国民の大半が精霊との契約をしていない。そのため、呪いによる犯罪など議論に上がることが無かったのだ。
「あくまで可能性だ。見てみないことには、判断が出来ないが、科学的治療に全く効果が無かったのなら可能性はある。その判断をする為にも、一度陛下に会わせてもらえないか?」
完全に予想の斜め上を行く昊斗たちの言葉に、ディートハルトは押し黙って、考え込んでしまう。
数分後、ディートハルトは顔をゆっくり上げながら、自分に言い聞かせるかのように呟いた。
「・・・元々、兄さんとヴィーのやり方に反対して、独自に動くつもりでいたが、俺に出来るのは敵を探して戦うことだけ。言われたように、それでは時間がかかる・・・それに、手を貸してくれるのはあの”異国の英雄”と仲間なんだ。迷っている暇は無いよな!」
顔を上げきったディートハルトの表情に、迷いがなくなっていた。
「父のところへ案内する。すまないが、手を貸してくれ」
真っ直ぐ昊斗たちを見つめるディートハルトに、昊斗たちが頷く。
「もちろん。そのために、俺たちはこの国にやってきたんだ」
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一方その頃、昊斗たちがいるエリア”アハト”から遠く離れた帝国第二の都市【ネーヒスト】。
陸軍情報部の本部ビルの一室。
「これはどういう冗談だ?あぁ?!」
クレメンスは部下からの報告に、自身のオフィスの窓ガラスを割りかねないほどの怒鳴り声を撒き散らす。ぶつけられた部下の女性は顔を真っ青にし、持っていたタブレットを震わせている。
「エリクたちからは、作戦終了の報告を受けたのだぞ?それが、間違いでしたとはどういうことだ!!」
つい数時間前、部下であるエリクから、ターゲットの処理を完了したと報告を受けていたクレメンス。しかし、つい今しがた、目の前の部下が「死んだのは、別の人物だった」と報告へきたことに、クレメンスは驚き大いに混乱した。
「エリク大尉たちが処理したのは、当時ゴルドで爆破テロを計画していたテロリストたちだったようで、地元警察の情報では、爆弾の取り扱いミスによる自滅と処理されたようです・・・・」
情報が錯綜しているのもあってか、女性の報告は判然としない。
「どういうことだ?エリクたちは?!事情を聞く。すぐに出頭させろ!」
時間的に現場から戻ってきているはず、とクレメンスが声を荒げる。
「・・・それが、エリク大尉とイーネ中尉とは、現在連絡が取れず、二人をピックアップする手はずになっていたエージェントからは、合流ポイントにも現れなかったと」
部下の女性の報告に、クレメンスの顔が茹蛸のように真っ赤になる。
「なんだと?一体、何をやっているのだ、あいつらは!?」
不始末をしでかした上、行方不明の部下に対して、クレメンスが怒りを露にしてると、オフィスのドアがノックされる。
「入れ!」
「失礼します。先ほど、ゴルドの地元警察の情報を”傍受”し、エリク大尉たちが潜伏先に使っていたホテルで、殺しがあった、と。殺された者の特徴から、どうもエリク大尉とイーネ中尉ではないかと・・・」
入ってきた別の部下の報告に、クレメンスと最初に報告に来ていた部下が驚愕の表情を浮かべる。
「!?」
「馬鹿な・・・・っ!すぐに、遺体と証拠になりそうな物を回収しろ!警察とマスコミには”特措法”を盾に、緘口令を敷け!急げ!」
エリクたちの所持品から、他国に所属している異世界人を殺害する作戦が表ざたになれば、問題は国内だけでなく相手国にまで飛び火してしまう。
しかも、相手は軍事力で帝国と拮抗するといわれるルーン王国である。情報部の失態によって全面戦争ような事態に発展することだけは避けなければと、クレメンスはエリクたちの殺害方法などを聞くことなく、焦りを見せながら指示を出した。
「はっ!!」
すぐに、踵を返し部下が出て行く。
「おい、ターゲットの捜索は?!」
最初にいた部下に、殺気を孕んだ視線を向けるクレメンス。
「げ・・現在、総力を挙げて捜索中です!」
これ以上、彼の機嫌を損ねれば、本当の意味で首が飛びかねないと、部下の女性は緊張で今にも倒れそうになっていた。
「さっさと見つけ出せ!!帝都に入られ合流されれば、今回の作戦が水の泡になるんだからな!!」
「はっはい!!」
慌てて部下が出て行った入り口のドアが閉まると、クレメンスはデスクの椅子に深くもたれかかった。
「おのれ・・・”異国の英雄”めが」
船に襲撃に行った部下からも連絡が途絶え、ターゲットの昊斗たちは何食わぬ顔で入国していることから、彼らが作戦に失敗したものとクレメンスは考えていた。
立て続けに優秀な部下を失い、クレメンスの昊斗たちへの憎悪は膨らむ一方だった。
すると、今度はノックも無くオフィスのドアが開く。
「随分騒がしいようだけど、私を出迎えにこないのは、どういう了見かしら?」
印象的な真っ赤なドレスを身に纏った女性が、執事の青年を伴って無遠慮にオフィスの中へと入ってきた。
その女性の姿を見て、怒りを露にしていたクレメンスの表情が一転して、緊張で強張った。
「?!こ、これは・・・ベルベッド嬢。お越しになるのなら、ご連絡いただかなければ・・・」
慌てて立ち上がって出迎えるクレメンスに、ベルベッドの表情が険しくなる。
「はぁ?どうして、私から連絡を入れなければならないのよ?馬鹿じゃないの?」
悪びれることなく、むしろクレメンスから連絡しろ、と言わんばかりのベルベッドに、怒りでクレメンスの呼吸が止まる。
「?!・・・・・・」
だがその怒りを飲み下し、自分よりかなり年下の小娘に、クレメンスは努めて笑みを作る。
彼女の機嫌を損なえば、それこそ彼の作戦が根底から瓦解しかねないからだ。
「それで、どうなの?作戦の準備は順調なのかしら?順調よね?私が手を貸しているのですもの・・・遅れているなんて有り得ないわよね?そうそう、”彼”はもうすぐ準備を終えるそうよ・・・貴方は?」
「そ、それはもちろん。順調ですよ」
矢継ぎ早に聞いてくるベルベッドに、クレメンスは愛想笑いで答えるのがやっとだった。
「それならいいわ。決行は予定通り・・・いいわね?」
作戦準備の進捗状況など一切聞かず、それだけ伝えると、ベルベッドはさっさと部屋を出て行った。
「おのれ小娘・・・・・」
彼女が出て行った後、クレメンスはデスクに自身の拳を何度も打ちつけ怒りを紛らわせる。
今回、自身の作戦の最大の”出資者”であるベルベッドのご機嫌取りに、神経をすり減らすクレメンス。
「作戦を成功させる為にも、異国の英雄と仲間を発見し、一刻も早く始末しなければ!」
そして、彼の怒りは、思い通りに事が運ばない原因である昊斗たちへと向うのだった。
「宜しかったのですか?詳しい進捗状況を、大佐からお聞きしなくて」
背中から聞こえるクレメンスの”怒り”に目をやりながら、ベルベッドの後ろを歩くベンジャミンの問いに、彼女は「ふん!」と鼻を鳴らす。
「別にいいわよ。大佐の作戦なんて所詮陽動でしかないし、本命は”彼”の方よ。私たち・・・いいえ、お父様がお望みなのは”混乱”。どちらが大切なのかは、言わなくても分かるわよね?」
「もちろんでございます。お嬢様」
相変わらずの執事ベンジャミンの態度に、ベルベッドは苛立ちを覚える。
「それにしても、”異国の英雄”って何者?」
先ほどクレメンスのオフィスに無断で入った時、彼が呟いていた言葉が気になり、ベルベッドが眉を顰める。
「何でも、皇女ヴィルヘルミナをテロリストから救った者のことだそうですよ。気になりますか?」
ベンジャミンの言葉が、「その歳になっても英雄や白馬の王子様に憧れが?」と言われているような気がして、ベルベッドの中から一気に興味が失せていく。
「なるはず無いでしょ!・・・さっさと行くわよ!最大のショーを、特等席で見ないといけないんだから!!」
そう言って、ベルベッドはビルの外へと出て行き、ベンジャミンは「素直じゃないな」と嘆息して後を追いかけるのだった。
次回更新は、10月1日(水)PM11:00過ぎを予定しています。
変更の場合は、活動報告にてご連絡します。




