(9) 創造神
木漏れ日の森にほど近い場所にある騎士団支部から多くの団員たちが救援に駆けつけ、現在ドラグレアの指示のもと、事後処理やポンタ親子の手当などが慌ただしく行われていた。
そんな光景を、フェリシアは大きな切り株の上で膝を抱えて眺めていた。
自分たちが仕える国王の娘・・・王女が座っているのに、誰も気にする様子もなく作業を続けている。
この木漏れ日の森に、フェリシアが居ることは極々一部の者以外には極秘となっている。そのため、ドラグレアが認識阻害術式を彼女にかけているおかげで、団員たちはフェリシアを村娘Aのように思っているのだ。
「そんなとこで、何をやってるんだ?」
粗方指示を出し終えたドラグレアが、心配しているとは言い難い顔をしてフェリシアの隣に立つ。
「・・・・・・・・」
だが、フェリシアは答えることなく、そのまま俯いてしまう。
「・・・ポンタや彼女の家族のことは心配しなくていいぞ。魔獣使いに操られた後遺症は残っていないらしい。それに、怪我も大したことはないそうだ。回復の精霊術を使える術者が多いみたいだからな、すぐに完治するそうだ」
「そう、ですか・・・・・」
普段の彼女なら、飛び跳ねて喜ぶところなのだが、今日はそんな反応が見られない。
そんなフェリシアを見て、ドラグレアは「ふぅ」とため息をつき、空を見た。
「・・・”あいつら”のことか?」
「!!」
図星を突かれ、俯いていたフェリシアが勢いよく顔を上げ、元から大きな目が大きく見開かれ、ドラグレアを見つめた。
やっぱりか、とドラグレアは頭を掻いて、フェリシアの座る切り株の横の地面に腰を下ろした。
「まぁ、戻ってきたら、しっかりと説明すると言っていたんだ。それに、こんなものまで残して行った以上、約束を反故にはしないだろう」
ドラグレアの手に、一枚の紙切れが握られている。
―お前たちは、何者だ?
助けに駆けつけたドラグレアが、昊斗と冬華の二人を見たとき、彼らが自分の知る彼らとは全くの別物になっていた。
人の姿をし、辛うじて知っている気配を纏ってはいるが、人と呼ぶには”存在”があまりにも巨大になっていたのだ。
生まれた種族が世界の中で最強だったせいか、ドラグレアは同じ種族の大人以外の存在に”畏怖”というものを抱いたことはなかった。それは、グラン・バースに召喚されても変わらない。
召喚されて二十年以上、本気と言うものを出したことの無かった彼が、昊斗たちを見て、本気を出しても勝てないと本能で感じ、焦った。
そのことをフェリシアに悟られまいと、最初は普段通りに会話を交わしてみたが、ドラグレアの中では警戒度が加速度的に跳ね上がっていき、先ほどの言葉が勝手に口をついていた。
二人は、困ったような顔をしてこう言った。
「俺たちは、間違いなくお二人が知る人間ですよ・・・・ただ、色々と手違いがあってですね・・・・」
と、ここまで言って昊斗が口を噤んでしまう。
ここに来て説明しない昊斗に、不信感を露わにするドラグレアに、冬華が申し訳なさそうに、事情を説明し始める。
「不審に思われているというのは分かっています。ですが、今の私たちには詳しい説明ができないんです。一応”雇い主”に確認をしないといけないので。なので、とりあえずこれを渡しておきます」
冬華は空中から一枚の紙を取り出し、何かを書き記しフェリシアに渡した。
「あの、これって・・・?」
見たことの無い文字で書かれた紙に、フェリシアが首を傾げる。
「誓約書です。もし、私たちが戻ってこなかった場合、逃げたと判断しそれを破れば私たちの命を奪うことができますので」
「え・・・・」
衝撃的な言葉に、フェリシアは固まってしまう。
「そこまでするのか?」
さすがのドラグレアも、二人が命までかけてくるとは思わず、呆気に取られる。
「こうでもしないと、あなたは納得しないですよね?」
「・・・・・・・」
警戒していることを完全に見透かされ、ドラグレアは押し黙ってしまった。
「帰ってきたら、全部話すよ。だから、先に帰って待ってて」
フェリシアに笑いかけた冬華の顔は、フェリシアの知る笑顔だった。
「じゃ、ちょっと行ってこようか」
「うん」
冬華が、手にした杖を掲げると一瞬で二人の姿が消えてしまった。
ドラグレアは、転移術と判断したが、自分の知るモノより高度な術式だったため、ほとんど読み取れなかった。
「お二人は、帰ってきますよね?」
冬華から預かった誓約書を見つめながら、フェリシアは泣きそうな顔をして、独り言のようにドラグレアへ尋ねる。
「何だ・・・・お前は、信じてないのか?」
「!っそんなことは・・・」
慌ててドラグレアの言葉を否定し、フェリシアが再び俯いてしまう。
フェリシアは、二人が帰ってくると信じている。それは、間違いない。
だが、フェリシアが気にしていたのは別のことだった。
ポンタを助けに行く際、二人に「足手まとい」と言ってしまったことをフェリシアは後悔していた。
それでも二人は、自分を助けにやってきてくれた。その事が、すごく嬉しかった・・・・でも、だからこそ、二人を足手まといと言ったことが、フェリシアに重く圧し掛かる。
謝りたい。
フェリシアは、二人が帰ってきたら真っ先に謝ろうと思った。
―ソラトさん、トーカさん・・・・・ちゃんと帰ってきてくださいね―
祈りにも似た願いを二人に向けて、立ち上がったフェリシアはドラグレアと共に庵へ歩き出した。
***********
転移した先で、昊斗と冬華、そして二人の相棒である玉露と金糸雀の四人は、ある人物と対峙していた。
「・・・・・・・・・・」
訂正しよう。四人はある人物を正座させて見下ろしていた。
ある人物とは、昊斗と冬華を異世界グラン・バースへ転移させた”老人”だった。
まさか、彼らが自分のところに乗り込んでくるとは思ってもいなかった老人は、色々と”言い訳”をしたが、問答無用で正座するよう命令された。
「あのさ・・・・いくら”傭兵”と契約するのが初めてだったとしても、きちんと手続きしてもらわないと困るんだよ」
腕を組み、昊斗は老人に苦言を呈する。
「おかげで、私たち。もう少しで死にそうになりましたよ?」
冬華も、笑みを浮かべやんわりと言葉を紡いでいるが、目は一切笑っていなかった。
『一歩間違えたら私たち、パートナーを失ってたかもしれないですね』
玉露も、感情の篭らない声で、金糸雀に声を掛ける。
『だよね。そんな形で主と別れることになっていたら、この人を消滅して自分も主の後を追いました!』
金糸雀は、可愛い声ながら怒りを露わにしていた。
口々に非難の声を上げる四人に、老人は脂汗と冷や汗が混ざったような嫌な汗を全身にかきながら、受け止めていた。
「でだ、こんな強引な手を使ったんだ。一体、俺たちにどんな依頼があるんだ?グラン・バースの創造神さん」
昊斗の質問に、老人=創造神はまさに蛇に睨まれた蛙状態になった。
創造神。
世界と言う箱を、一から作り出す天上の存在。
無限ともいえる世界の数だけ、創造神が存在し、日々いくつもの世界が生まれている。
だが、彼らはある問題を抱えていた。
それは、自分が作り出した世界に干渉できないという問題だ。そんな馬鹿なと思うものもいるだろうが、彼らはその強すぎる力のせいで、作った世界に干渉しようとすると、たちまち世界に悪影響を及ぼすのだ。しかも、自分の作った世界だけならいいのだが、隣り合う他の創造神が作った世界にまで影響が出てしまう。
このため、創造神たちは原則として世界に対して傍観することが暗黙のルールとなり、干渉できない自分に代わり、世界をまとめる分身ともいえる存在、”代理神”を一柱以上作り出し、その者達に管理を委ねていった。
だが、そのことで新たな問題が発生した世界もあった。自分の意思が反映しているはずの代理神が、創造神の思っていた世界と違う世界に変化させてしまったのだ。
このことに、頭を抱えた創造神たち。そんな中ある創造神から興味深い話が出てきた。
「創造神が存在しない世界では自分たちが干渉しても影響がなかった。なので、そこの住人に力を与え自分の世界を救ってもらった」、と。
この話を聞いた時、ほとんどの創造神が耳を疑った。
世界とは、創造神によって作られるものであり、自然発生するなどあり得ない、と言うのが当時の常識だった。
そんな中、何柱かの創造神が冷やかし半分に、聞いていた世界を見に行ったのだが、彼らはそこで戦慄した。
本当に創造神が居らず、世界にも管理している代理神が見当たらなかった。1柱の神が下界へ降りたが、世界にも周りにも影響は起きなかった。
話は本当だった、と瞬く間に問題を抱えた創造神たちの中を情報が駆け巡り、起きたのが神のいない世界”無神世界”の住人の乱獲だった。
一人でも多く手に入れ、自分の世界を救わせようと、我先に住人達を連れ去る一部の創造神たち。
そして気が付いた時には、無神世界には誰一人居なくなってしまい、世界は霞みのように消え去ってしまった。
このことに、多くの創造神たちが激怒し、使い潰されながらも生き残った住人達は涙した。
これを切っ掛けに、創造神と生き残った無神世界の人々の中で取り決めがなされた。
それが、昊斗たちが登録している”傭兵”制度である。
のちに見つかった、二つの無神世界。この二つの世界から傭兵としてスカウトできる人数を設け、最初の無神世界の住人達が組織した”組合”に登録し、登録された傭兵は数ある依頼の中から一つを選び仕事をこなし報酬を受け取る。これが傭兵に依頼する基本となる。
だがこれだと、依頼した創造神はどんな傭兵が来るかわからない。
そこで、出来たのが傭兵の指名方式だ。依頼料および報酬は一気に跳ね上がるのだが、腕の立つ傭兵を高確率で指名でき、それなりに好評なのだ。
グラン・バースの創造神もこの指名方式を取りたかったのだろうが、決められた手続きを踏んでいなかったため、今回のような”ハプニング”が起きてしまった。
「・・・・依頼、受けてくれるのか?」
さすがに断られてしまうと思っていた創造神は、恐る恐る聞いてみた。
「どんな形であれ、グラン・バースに転移された時点で、私たちは依頼を受理したことになりますから、こちらから断ると”違約金”が発生します・・・・なので、今回限りの特別です。報酬は、それなりに覚悟してくださいね?」
冬華は笑顔で答えているが、やはり目は全く笑ってはいない。
壊れた人形のように首を縦に振り続ける創造神。もうどちらが”上”か分からなくなってくる。
「・・・・お主らへの依頼は、代理神たちが奪っていったわしの力を取り返してほしいんじゃ」
気を持ち直したグラン・バースの創造神の話によると、彼は今回造ったグラン・バースの世界が、初めて創造した世界らしく、悪戦苦闘しながら作業をしていたそうだ。そんな中、五柱の代理神を生み出し、世界の管理を任せた時に、どうも隙を突かれたようで、彼の持つ力の三分の二を五柱の代理神に奪われてしまったそうだ。
気が付いた時には、彼らは世界に降りており、手が出せなくなっていたのだった。
「ダサ」
『ダサいですね』
昊斗&玉露ペアの辛辣な口撃に、創造神の目に涙が浮かぶ。
「仕方ないじゃろ!!わしだって初めて尽くしで緊張しておったんじゃ!まさか、代理神たちに力を奪われるとは予想しておらんかったわ!」
半ばヤケクソ気味に怒鳴る創造神。
「・・・・まぁ、冬華が言ったように、断るわけにはいかないからな。内容はどうあれ、その依頼受けるよ」
「ほ、本当か!」
身を乗り出す創造神に、昊斗が待ったと抑える。
「ただし、爺さんには”窓口”に行って事情説明と、俺たちが依頼を受けたことを言いに行くこと。報酬等いろんな意味で相当絞られるだろうが、自分と頑張って創った世界が助かるんだ。安いもんだろ?」
「分かった・・・・・」
項垂れる創造神。彼のこれから待つ出来事が容易に想像でき、四人は同情の念を持つが自業自得と割り切ることにする。
帰る準備を始めた時、昊斗はフッと、頭に過ったことを創造神に聞いてみた。
「なぁ、爺さんに俺たちを紹介した神がいるよな?いったいどこの創造神なんだ?」
「クレスターナの創造神に・・・・・お前さんたちのことと依頼方法を聞いての」
もしかしてと思っていた昊斗は、クレスターナと聞いて「やっぱり・・・」とため息を漏らした。
クレスターナとは、だいぶ前に昊斗たちが依頼を受けて仕事した世界だ。そして、その時の依頼主が同世界の創造神なのだが、この神が今まで依頼を受けた創造神の中でもワースト1位と言う最悪な適当さで、昊斗たちは始終振り回されっぱなしになった。
依頼内容がコロコロと変わり、報酬も提示していたものとはまったくの別物とあきれ果てた創造神で、二度と依頼は受けないと心に誓っていた。
何となく後味の悪い去り際となったが、とりあえず四人はグラン・バースの創造神に、付き合う神は選んだ方がいいと助言して、依頼現場である、グラン・バースへと戻っていった。
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ドラグレアの庵に戻って、フェリシアは玄関に近いダイニングのテーブルで、二人の帰りを待っていた。
帰ってきてからどの位の時間が過ぎたのか、気が付けば外は暗くなっている。
「・・・・・・」
冬華が置いて行った誓約書を前に、フェリシアは「帰ってくる」と小さくつぶやき続けていた。
そうでもしていないと、泣きそうになる自分がいるのだ。
謝れない、ということがこんなにも辛いとは思わなかったフェリシアは、あの優しい二人が帰ってきてくれることを祈った。
そして、玄関ドアの開く音が聞こえ、待ち望んだ人たちの「ただいま」の声が聞こえた。
フェリシアは、泣きそうになって溢れそうな涙を拭い、笑顔で迎えるため玄関へ駆け出していた。
8/20 一部内容を修正。




