第三話 説明
目が覚めた。知らない天井に一瞬混乱するが、試験官に最後に無理やり打ち込んだ拳が届いた瞬間に意識を失ったことを思い出す。正直あそこまで強い人間が存在するとは思わなかった。今までの価値観が壊された感覚がする。戦闘などは兄や周りの大人たちから習っていたが、今回の試験でわかった。あそこでやっていてはいつまでも冒険者になんてなれない。それではだめだ。私は冒険者になってあの時助けてくれた人を探すと決めたのだから。
「ふむ、諸君、起きているかね?」
突如としてギルマスが部屋に訪れた。その横には、試験担当のギルドメンバーが3人そろって立っている。その中にはもちろんあの男、ライカの姿もあった。相変わらず黒ずくめの恰好で、何を考えているのかまるで分らない。だが、今回は口元を隠すマスクが下げられており、フードの中からは青い瞳が見えていた。
「ふむ、皆起きているようだな」
皆? その言葉に違和感を感じて周囲を見てみると、どうやら私と同じ受験者らしき人が二人ほどこの部屋には寝ていたらしい。その二人も起き上ってギルマスの方を向いていた。
「では、まずは試験の合否から伝えよう」
恐らく私は不合格だろう。あの男が言っていたことを鵜呑みにするわけではないが、今の私ではおそらく力不足だ。もっと鍛えてまた来年の試験を受けて――
「誇るがいい。諸君が今回の合格者だ」
「……え? 今なんて?」
思わず聞き返してしまった。他の二人も同じだったらしく、大きく目を見開いている。
そもそも、今回のギルマスの説明では勝てないと合格にはならないようにしか考えられなかったのだが。
「私がいつ倒さなければ合格できないと話した? そもそも私は、諸君にこの3人が負けることなど微塵も考えていない。諸君の相手は私が信頼を置く者達だぞ? 一般人に毛が生えた程度の相手に負けてもらっては私が困るのだよ」
……なんだそれは。私を下に見過ぎてやしないかと思わず言い返しそうになるも、試験でのことを思い出し自重する。あの強さを見せつけられてしまっては反論のしようがない。ライカはこの支部No.3らしいが、同じ試験官を任されるということは他の二人も同じくらい強いのだろう。
「そして今回の合格条件は公開はしないが、まぁ私達は諸君に期待しているとだけ伝えておこう。では、諸君のしばらくの間の面倒を見る指導官の紹介に移ろう」
そうギルマスが言った瞬間、その横に立っていた試験官たちが移動した。
緑の弓を背負った女性は右側のベットに倒れている背の低い男の元へ。
赤の斧槍を背負った大男は左側のベットに倒れている背の高い女の元へ。
そして、黒の一人だけ明らかに存在感の薄い男は私の元へ。
「それぞれの元にいる者が指導官となる。私が認めるまでは彼らと一緒に動いてもらうつもりではいるから、そのつもりでな」
つまり、私はこの男と仕事を共にするということであり――この男に鍛えてもらうには絶好のチャンスということだ。
「さて、詳しい説明等はまた明日だ。今はこれから諸君の家から荷物を持ってきてもらう。今日から諸君の家はここの寮となる」
◆
翌朝、初めて寮で一夜を明かした私が集会所に脚を運ぶと、入り口で相変わらず黒ずくめの男が待っていた。
「さて、まずはここのシステムについて説明させてもらおうと思う」
まずライカに連れてこられたのは、集会所の一角だった。壁一面に紙が貼ってあり、それぞれに依頼内容と金額が書き込まれている。
「ここで受けたい依頼を見つけて、その紙をあっちのギルドカウンターへと持っていけ。それで依頼を受注できる」
ライカが指差した先には確かにカウンターがあり、数人の女性たちがこちらを見ている。先程からなぜか横を通る人がこちらを見てはひそひそと小声で話していたが、それと同じような内容なのだろうか。なにやら「あれが…」とか色々ととぎれとぎれに聞き取れるものの、全体は聞き取れないため何をしゃべっているのかまるでわからない。いい加減ライカはうっとおしいのか、周囲を一睨みした。それだけで周りが静まり返るようなことはなく、むしろ生温かい視線を向け続けていた。
「…ッチ、まぁいい。次の説明だ」
視線を外すことをあきらめたのか、そう言ってライカは、人の顔の似顔絵と金額、そしてその下に「生死問わず」と書き込まれている紙が沢山並べて貼ってある場所を指差した。
「あそこに貼ってある紙は全部賞金首の手配書だ。まぁ、賞金首は基本強いし、しばらくお前が関わることはないだろうし関わらせないから安心しておけ」
そう言いながら私はその紙が貼られている場所へと連れて行かれた。よく見ると、手配書の中にも赤い紙で書かれているものがいくつかある。これはどういう意味だろう。
「この赤いのはどういう……」
「それを今から説明するところだ」
そう言ってライカは手元にあった赤い紙をこちらへ渡してきた。その紙には「セイレーン」という名前と判明している特徴、それと被害にあった者たちの証言などが書いてある。懸賞金も回りとは一桁違う。
「この赤い紙ってのは大抵こんな感じでしか書かれていない。こいつらは他とは一線を画した強さの奴らが基本だ。その紙に書いてある奴とかな」
そういって私に持たせた紙を回収するライカの顔は、少し懐かしそうだった。
紙を再び元の位置に貼り直したライカは、今度は地図にさまざまな書きこみがされている場所へと私を連れていった。
「これは現在秘境とされている場所だったり、前人未到の地を探検したい奴向けの地図だな。いろいろな遺跡の場所などが書いてある」
確かにその地図にはあちこちにその場所に関する噂が書き込まれている。ここの景色は素晴らしいとかそんな単純なものから、この王国最大の山にして最も登ることが難しいとされる巨人山に絶対に落とせない屋敷があるという与太話ともとれる噂まで様々なものが書き込みがあった。
「まぁ、ここの書き込みってのは信憑性が低いものから高いものまで混沌としてるからな。あんまり鵜呑みにしない方がいい」
そういってライカは再び最初に来ていた場所へ戻った。
「さて、説明はこんなところだが……よし、ここの中から好きな依頼を持ってこい。お前が受けられるかは俺が判断する」
そういってライカは近くの席に座り込んだ。改めて依頼の紙の群れに目をやると、この辺りの依頼は採集系の依頼が多いことに気がついた。討伐系がないわけではないが、簡単な物が多い。まずは基本から始めろということなのだろうか。
まぁ、最初は簡単な討伐系依頼から始めることにした。依頼内容は、『街道周辺に現れ、商隊等に被害を出しているゴブリンの群れ15体を退治してくれ』というものだ。ゴブリンはかなり弱い部類の相手だし、これなら問題ないはないだろう。
「これ、受けてきますね」
そういってライカに見せると、無言で頷いた。どうやらこれは受けてもいいらしい。
カウンターへ紙を持っていくと、中で何やら話していた女性の内の一人がこちらへと寄ってきた。金の髪を後ろで纏め、その顔はかなりの美人だ。何やらその目はキラキラと輝いており、好奇心を隠そうともしていない。
「あのー、この依頼受けに来たんですが……」
「あぁ、はいはいちょっとその紙貸してねー。……よし、これでいいよ」
そう言われて返された紙には、『受注者・ライカ、エル』と書かれていた。そこに書いてある名前を見て、自分が名乗っていなかったことに気がつく。
「あの、どうして私の名前を……」
「ああ、ここは毎年試験に合格した人間の名前はすぐに入ってくるんだよ。ま、あんたの場合はそれだけじゃないけど。……後さ、ライカが指導官らしいけどさ、どうよあいつ」
「え? えっと……」
一体どういう意味なんだろうか。指導官としてはごく普通な人だが。
「あぁ、無理に答えなくてもいいよ。あたしも変な質問して悪かった。何せあいつが合格者出すとか久しぶりでねぇ。みんながあんたとライカに視線集中してるのもそのせいさ」
合格者を出すのが久しぶり?それはどういう意味で……
そう問おうとしたが、何やら呼ばれたらしく奥へと引っ込んでしまった。また呼び出すのも迷惑だろうし、さっさとライカの元へと戻ることにする。さっきの意味はライカも知っているかもしれない。何せ試験官た。
「ライカさん、合格者出すのが久しぶりってどういうことですか?」
「……それ、誰から聞いた?」
「えっと、さっきカウンターの人に……」
「……そうか、わかった。まぁ、そんなことは気にしてないでさっさと準備してこい。集合はここ、時間は……そうだな、一時間後だからな。遅れるなよ」
そういってはぐらかされてしまった。一体なんだと言うのだろうか。
まぁ、さっさと自分の準備をしに行ってしまったところを見るとよっぽど触れられたくない話題だったのだろう。
ライカがいなくなった以上ここに仕方ないので、私も準備に向かうことにした。
◆
冒険者ギルドには、様々な店が出ている。ここ、雑貨屋「ヘルメス」も、ギルド内に店を構える一店舗だ。店主は年老いた一人の男で、他に店員の気配のしない小さな店だ。
そこへ、エルはやって来た。
ライカと別れて準備を開始したはいいものの、武器以外に何も持っていけばいいのかわからなかった。そこで、再びカウンターへ戻って説明したところ、この店を商会されたのだ。
「あのー、買いものに来たんですが……」
そういうと老人がエルの方をを向いた。そして、エルのことをなめまわすかのように見ると、
「なるほど、初心者でどうすればいいかわからないわけだな」
エルの用件を一発で当ててしまった。なるほどこれではカウンターでも「初めはちょっときついかもしれない」等と言われている訳だとエルは一納得した。この老人は不気味過ぎる。
「そうだな……よし、少し待っていろ」
そういうと老人は枯れ木のような体を軽々と動かし、店内をあちこち動き回り商品を選び始めた。そして選んだ商品をカウンターに置いたと思ったらすぐにまた動き始める。そして持ってきたのは、包帯や細々したもの数点と一着の鎧だった。その服は機能性を重視したらしく、装飾という装飾がない。
「とりあえずこれをプレゼントだ。代金は要らん」
「え、いや、お金……」
そういってエルに商品を押し付けてしまうと、老人はさっさとカウンターの中へと戻ってしまった。
「……いつかちゃんと払おう」
そう一人呟いて、エルは寮の自室へと準備の続きをするために帰っていった。