第二話 試験
斬りかかる。小細工無しの真正面からだが、身体強化によって私の身体能力は驚異的なまでに増強されている。それによって、3m程開いていた間合いを一足で詰める。この速度が出せるのは周囲の大人たちを含めても私だけだった。こんなよく分からない男に避けられる筈がない。
「──ッ!」
こちらの速さに驚いたのか、一瞬動きが固まった。その隙を見逃さずに思い切り右上から斬りつけたが、指で剣の腹を叩かれ無理矢理軌道を変えられる。そのまま体勢を崩され、放り投げられる。追撃に備えるも、男は再び開始時の態勢に戻ったらだけだった。
「いや、驚いたな……身体強化使えるのか」
一撃を受け止めてライカが漏らした言葉は驚嘆だった。眼は相変わらずフードに隠れていて見ることが出来ないが、その声音には純粋な驚きが込められている。
「お褒めに預かり光栄です……ッと!」
今度は下から両手で剣を振り上げる、と見せかけて下に敷き詰められている土を巻き上げる。
その土で一瞬目を潰し、そこからさらに自慢の脚力で背中に回り込んで斬りかかる。
確実にこれで決まった。そのはずだったがしかし、その剣も後ろに突き出された指で止められる。
「……こんなもんか」
そう呟いたライカは、自然体の姿勢を崩さないまま、話し始めた。
「なぁ、お前の周りでお前より強い奴っていたか?」
「いましたけど……」
「そいつらの強さはどの程度だった?」
突然この男は何を聞き始めたのだろうか。こんな問答など無視して斬りかかろうかとも思ったが、これは試験だということを思い出して自重する。
ひょっとしたらこれも試験の一貫なのかもしれないし、真面目に答えないといけないだろう。
「えっと……私より少し強いぐらいでした」
「ふーん……なら仕方ないか」
そう呟いた男は、何を思ったのか腰に下げた二刀の短剣を地面に捨ててしまった。
これで男は完全な無手になるわけだか……そうか、未だになめているのか。ならばさっさとこちらの実力を認めさせ──
「お前じゃ合格はねぇな」
……え?
◆
「お前じゃ合格はねぇな」
その女、エルは俺がそういった瞬間に固まった。眼を大きく見開き、顔色はどんどんと赤くなっていく。どうやら馬鹿にされたと感じたらしい。まぁ、あながち間違ってもいないのだが。
確かにその身体強化と、そのスピードには眼を見張る物があったが、それだけだ。目眩ましににしても、相手の視界を奪っている間に気配を消して近づかないと、ある程度強い相手には気配だけで居場所がただ漏れだ。
太刀筋も中々に綺麗だが、綺麗なだけでは意味がない。
「……私のどこが悪いんですか」
「さぁ、その辺は自分で考えろよ」
あぁ、そうだ。もっと怒れ。全身全霊を以て向かってこい。
まずはお前のその伸びきった鼻をへし折ってやる。
「あァァァ!」
右上からの斬り下ろしを交わし、返す刀で迫ってくる剣の腹を叩いて体勢を崩す。ここまでは先程と同じだが──ここからは違う。
「ーーフッ!」
体勢を崩し倒れこんでくるその体に拳を打ち込む。ギルマスからも言われているように、身体強化の程度こそ低めにしているものの、これでもギルドNo.3と呼ばれる身の全力の一撃だ。この一撃ならこの小娘に現実を、上には上がいるということを教えるには十分過ぎる。
「ガッ……!?」
倒れこんでくる勢いを利用したため、予想よりも少し遠くへと土煙を巻き上げながら吹き飛ぶ。感触的に骨が折れたかもしれないが、どうせ後でうちのキチガイ霊術師が治療するので問題ない。
さぁ、どうする。お前と俺の実力差は今ので把握しただろう。この絶対に覆せない実力差を諦めるのか?
「グッ、ガァ……!」
土煙の向こう側から呻き声が聞こえる。どうやら未だに痛みに苦しんでいる様だ。恐らく、今までこのレベルの攻撃は食らったことがなかったのだろう。
「……」
呻き声が聞こえなくなった。どうやらここまでらしい。まぁ、才能はあったから来年辺りにまた受け直せば合格する可能性もあるだろう。
「おい、誰か担架をーー!?」
待て、今、土煙の向こう側で確かに影が──
「オォォォァァァ!!」
土煙の中から女が出てきた。その手に持った剣の切っ先は確かにこちらの急所を狙っている。そうか、この状況でまだ諦めないか!ここまで根性があるとは予想外。完全に無防備なところにこられてしまっては、流石に身体強化を下手に緩めるようなことも出来ない。ならば。
「フッ」
剣の腹を再び叩く。但し、今回は正真証明全力で。剣は横へ吹っ飛び、完全に体勢を崩した。さぁ、これで今回は仕舞いだ。
そのまま体を受け止めようとした俺に向かってきたのは、
「ーーハァッ!」
小さな拳だった。ここまで諦めが悪いのはうちのギルドでも数少ないだろう。その拳は、確かに俺の腹に当たった。そのままその小さな体を抱えあげ、意識を完全に失っていることを確認、脈があることも確認する。
先程の一撃は当てる直前に意識を失ったらしく、威力はないに等しかったが、俺に当てたことは確かだ。
「こいつ、ひょっとしたらひょっとするかもな……」
今は大人しく俺の腕の中で眠る少女──エルの姿を見ながら、俺はそう呟いた。
◆
全ての試験を終えた三人の試験担当者を待っていたのは、ギルマスであるルークとその横にボードを持って立っているサブマスだった。
「さて、まずは諸君ご苦労だった」
その声にギルは「いいってことよ」と軽く返答し、リリィは無言で頷き、ライカはいつもの服装のまま微動だにしない。
「早速で悪いが諸君、それぞれ今回見所のあった人を教えてくれるかな」
そのルークの言葉に他2人が思い思いの人名を上げる。どうやら今年は豊作だったらしい。
百人に一人。それが冒険者試験の合格率の実態だ。
試験官三人の眼にかなったものしか合格しないため、合格者0人の時もあるこの試験。それに二人も合格者が出たらしい。
「ふむ、今年は良いな。これからが実に楽しみだ。さて、貴様はどうだ、ライカ」
そして黒の男へと視線が集中する。この試験制度が始まって以来、最も合格させた者の少ない男。その男は聞かれた瞬間、ある女を脳裏に思い浮かべていた。
「──エル。エルという女だ」
ほぅ、とルークが声を上げる。どうやらこの男が合格させた人材に早速興味を持ったらしい。冷静で暗いように見せて、実は熱血漢で感情的なこの男が合格させた、それも女とくれば、
「どうした? 惚れでもしたか?」
ルークがそう問いかける。しかし、ライカはそれに対して厳しい視線をフードの中から向けた。
「わかってて言ってるだろう、ルーク。俺はあれから──」
「ああ、その辺はわかってるよ。冗談だ」
苦笑しながらルークは踵を返し、去っていく。その背に向けて、ライカは厳しい視線を浴びせ続けていた。