第一話 始まり
このアインゼルス王国では、年に一度、冒険者になるための試験が行われる。
今日はその試験日であり、この町エオスの冒険者ギルドの集会所には沢山の冒険者を夢見る人々がひしめき合っていた。
試験内容は毎年違う上に当日まで不明。一応毎年試験後に問題を開示したりもするが、この制度自体出来てまだ年月が経過していないため、予想に成功した者はいない。
それが不安を煽るのか、周りの人と話している人が中々に多く、いつも騒がしいギルドが今日はいつもよりもうるさくなっている。
そんな中に、彼女はいた。
身長は150㎝程と小柄。顔はまるで人形のように整っており、肌は新雪のように白い。美しい黒髪を肩にかかる程度まで伸ばし、そのスラッとしながらも引き締まっている体つきと動きやすそうな服装が、彼女がどれだけ本気なのかを窺わせる。
眼を閉じて集中しているようで、近寄りがたい雰囲気になっており、周りも彼女には話しかけていない。
そして、そろそろ予定されていた試験の開始時刻に差し掛かったとき、
部屋の照明が突如として消えた。
突然のことに人々はざわめき始めるが、それも集会所の前にある壇上の明かりだけがつき、そこに人影が現れたことから静かになる。しかし、あくまで静かになるのは表面上で、皆内心は高揚し続けている。それは今から始まることに対しての高揚かもしれないし、今壇上に表れた男の立場を知っているからかもしれない。
「どうも、今回の試験の説明をさせてもらう『ギルドマスター』ルークだ」
◆
「諸君、まずはようこそギルドへ、と言っておこうか」
ギルドマスター。つまりそれはギルドの各支部の頂点であり、そのギルド支部において最強であるということの証明でもある。
その最強が、再び口を開いた。
「今日この場にいるということは、それぞれが何らかの理由で冒険者を目指しに来たのだと思う。冒険に憧れた者もいるだろうし、依頼を通じた人助けなどに憧れた者、力を求めた者も居るだろう」
私──エルは不思議とその声に魅了されていた。これがこの支部の最強にして、支部所属の冒険者達をまとめあげている男。
「私達冒険者ギルドエオス支部は諸君らを歓迎すると言いたいところだが、私は有用な人材でない限り歓迎するつもりはない。なので、まずは諸君らの力量を計らせてもらおうと思う」
力量を計る。つまり、今年の試験は戦闘なんだろうか。なら嬉しい。戦闘は私のもっとも得意としているところだ。子どものころから体を鍛えてきた私は、周りの同年代よりも一歩抜きん出た強さを持っていると自負している。特に素早さには自信がある。
「つまり試験を行うわけだが、よろしいかね? あぁ、そういえば今回の試験についてまだ話していなかったな。今回の試験は簡単──私とサブマスターが選んだ選りすぐりのギルドメンバーの誰かを相手に戦ってもらう」
……ギルマスとサブマスが厳選した人材?
なにその絶望。このギルド、今年は合格者を出さないつもりか?
周りもかなり衝撃的だったようで、あちこちからざわめきや嘆き声が聞こえる。
「ふむ、どうやら既に諦めきっている者がほとんどのようだな」
それも仕方ないだろう。確実にこの支部所属の中でも超高ランク組が出てくるのだろうから。流石に魔法まで使ってくるようなことはないだろうけど、それでも勝機など見えない。
「ならばこう言わせてもらおう。諸君の熱意はその程度なのかね?」
──
「諦めるのならばそれも結構。ああ、引きとめはせんから自由にするがいいよ。逃げるという行動を選択することもまた立派な勇気ある行動だ。だが、諸君らの想いは所詮その程度だったということでよろしいのだね? 諸君らが冒険者に対して抱いていた夢は、憧れは、その程度の困難で、この程度の試練で、挑戦する前から、何もなさぬまま諦められるほどに薄っぺらいものだったのだね?」
……なんだそれは。私達の想いがその程度だと? つまりこのギルマス…いや、おっさんは私達を馬鹿にしているんだな?
「………………フ」
あぁそうか、そんなに馬鹿にするのならば見せてやろうじゃないか、私達の想いの強さを。選りすぐりのギルドメンバー?やってやる。やけくそだ。
「では諸君、今から試験を辞退したい者は今すぐ部屋を出てもらおう」
誰も出ていく者はいない。それはそうだろう。あそこまで言われて黙ってられるはずがない。
「……今年は骨のある者が多いようでなによりだ。さぁ、諸君の夢の前にたちはだかる試験担当のギルドメンバーを紹介しよう」
そうギルマスが言った瞬間、壇上に三つの影が現れる。
一つは細く、一つは小柄で、一つは全体的に大きかった。
「まず、我がギルドにおける近接戦闘のプロ、『鋼鉄の武人』ギル」
大きい影が一歩前に出る。身体はがっしりとしていて、身には赤を基調とした色合いの防具を纏っている。その背には身の丈程の大きさの斧、いやハルバードを持っており、明らかにパワーファイターだということがわかる。
見た目あまり速そうではないが、足腰の筋力も凄まじい可能性があるので迂闊に油断は出来ない。
「次に、我がギルドにおける遠距離戦闘のプロ、『疾風の狙撃手』リリィ」
小柄な影に光が当たる。影が払われたそこにいたのは、一人の少女だった。その背には弓を背負っており、その眼は鳥の様に鋭い。こちらは防具を緑を基調とした色合いのもので固めていた。
遠距離型ならば私の得意な相手だ。射たれる前に近づいて斬ればいい。
「そして最後に、我がギルドNo.3の男、『土蜘蛛』ライカだ」
そして、最後の細い影の正体が現れる。
その男からは、まるで存在感を感じなかった。他の二人がかなりの存在感を放っていることから考えてもこれは異質。気を抜いたら、そのまま見失ってしまいそうな──否、気を抜かずとも正面にいても気づけないレベルの気配の薄さだった。
その腰には二本の短剣を下げ、口まで覆うようになっているマスクと、眼の辺りが隠れるまで深く被ったフード、そして全身黒ずくめの格好がよりその存在を異質としていた。
その格好はまるで闇に紛れ、命を狙う暗殺者。
その姿に一瞬既視感を感じたものの、すぐに気のせいだと振り払う。
こんな人が試験官をやることが不安だが、先の紹介からしても相当強いのだろう。戦闘スタイルは武器が短剣二本であることから近接、それもスピード重視のタイプかもしれない。
「彼らが諸君の越えるべき壁だ。さぁ、諸君。私にその想いを、夢を、憧れを、汚されたくないのならば──この程度の試練など乗り越えて見せろ! その矜持が一体どれほどのものなのか、この私に見せつけてみろ! そして私に魅せてくれ! 諸君の輝きを! では──これより、第七回冒険者資格試験を開始する!」
◆
ギルマスの演説が終わり、職員に言われるままに控え室へと移動する。
控え室には既に沢山の人が入っており、皆試験に向けて最後の調整を行っていた。剣をひたすらに振っている者もいれば、戦闘スタイルを予想して策をたてている者、壁に背中を預け座り込み、眼を閉じて集中している者もいる。
そんな中私は、冒険者を目指して修業していた時に偶然見つけた技法を行っていた。息を大きく吸い込み、気を静める。そして、丹田辺りに感じるものを身体の隅々まで行き渡らせていく。
数年前に見つけたこの技法は『身体強化』というらしく、実際身体能力がかなり上がるので助かっている。
「えー、エルさん! こちらへ来てください!」
どうやら私の試験が始まるようだ。
職員に通された場所は修練場だった。
そして、そこにいたのは──黒だ。
「ライカさん、次の試験お願いします!」
「ああ」
黒の男は軽くうなずくと、私とある程度の距離まで近づいてきた。相変わらず存在感は薄く、しかし先程の集会所にいた時程の薄さではなかった。やはりあれは他にも強者がいたからなのだろうか。
「俺がお前の試験官を務めるライカだ」
「エルです。よろしくお願いします」
この男、意外と性格は普通かもしれない。
「では早速だが、試験を始めようかと思う。用意は出来ているな?」
「はい!」
「では、これより試験を始める。そちらからかかってこい。とりあえず俺に剣を抜かせる程度には強くあって欲しいものだ」
腰に下げた二刀も抜かずに男、ライカはそう宣言した。どうやらこちらをなめまくっているらしく、構えをとることもしない。
いいだろう、まずは、
──お前の眼が節穴だということを教えてやる……!