ゆりちゃんのたまご
ゆりちゃんは積もった雪におおはしゃぎでした。こんなに雪が降ってみんな白くなるのなんて初めてで、お母さんの手をにぎって近くの公園に足あとをつけに行きました。雪にお日さまがあたるときらりと光って、まぶしくてゆりちゃんは何回かまばたきしました。
その時、なにかがちらりと目にとまりました。近づいてみると雪のつもったところに、白いまるいなにかがありました。赤い手袋をした手でゆりちゃんはそれにさわりました。
「お母さん、これなあに?」
「え? たまご、みたいだけどまん丸ね」
ざらざらしていて白くて、たまごみたいなのにほそながくなくてまん丸です。
ゆりちゃんはそれを両手でもって、だいじにだいじに家にもって帰りました。
「なんのたまごだろう」
家にあるずかんを見ても分かりません。お母さんがタオルの上にそれをのせて、下にカイロをおいてくれました。タオルの上にちんまりと、白くてまあるいたまごがのりました。
「お母さん、赤ちゃん出てくるかな?」
「そうねえ……じゃあ、あたためてみようか。時々ひっくりかえして、赤ちゃんが出てきたらゆりちゃんがお姉さんね」
「うん、ゆり、おねえさんになる」
ゆりちゃんはにこにこして、ほおづえをついてたまごを見つめました。お父さんが仕事から帰ってきて、インターネットでしらべてくれたけど何のたまごかわかりませんでした。
何回かたまごをひっくりかえして、ゆりちゃんはご飯をたべ、お風呂にはいってパジャマにきがえました。お姉さんになるのだからおとなのはみがきこでも平気です。口の中がスースーするのをがまんして、たまごにお休みを言いました。
つぎの朝、おきてすぐにたまごのところにいきましたが、たまごはタオルの上にのったままでした。
ようちえんに行く前にひっくりかえして、ゆりちゃんはバスにのりました。
ようちえんから帰るとすぐに、ゆりちゃんはお母さんにたまごのようすをたずねます。お母さんはちゃんとカイロをとりかえて、たまごをひっくりかえしていてくれました。ゆりちゃんはひと安心です。
お母さんはたまごの前にずっとすわっているゆりちゃんに、あたたかいココアをつくってくれました。
「ゆりちゃん、たまごの中の赤ちゃんにお話してあげたら?」
ゆりちゃんがふしぎそうにお母さんを見ると、お母さんはわらっておなかに手をあてました。
「お母さんのおなかの中にゆりちゃんがいた時、たくさんお話したの。今日はおひさまがあったかだよとか、きれいなお花をみつけたよとかね」
「うん、いっぱいお話しする」
そう言うとゆりちゃんはたまごにむかって、今日あったことをお話します。ようちえんで雪あそびをしたこと、雪でうさぎをつくったこと、いきをはーっとすると白くなったこと。いっしょうけんめいにお話しました。
その日もたまごをひっくりかえして、ゆりちゃんはねました。
何日かたっても、たまごはたまごのままです。うんともすんともいいません。
「お話しがたりないのかなあ?」
ゆりちゃんはようちえんでならった歌をうたいました。三月になったらそつえんしきというのがあって、ゆりちゃんはこんどはしょうがくせいになるのです。だからようちえんでは一番おねえさんです。歌もまちがえずにうたえます。
しっている歌をぜんぶうたったら、もうねる時間になりました。
お父さんがプラスチックのすいそうを用意してくれたので、たまごはすいそうの中にいます。お休みの前にたまごをなでて、ゆりちゃんはこっそりとたまごに話しかけました。
「おやすみ、たまごちゃん」
ゆりちゃんはその夜、ふしぎなゆめを見ました。光る何かがゆりちゃんのあたまをなでています。ふんわりとあたたかくて、光りがきもちいいのです。どこからかくすくすとわらう声もきこえます。ゆりちゃんもうれしくなりました。
光るものに手をのばして、いっしょにわらって歌をうたいました。
そのうちに光りがすこしずつ小さくなります。さいごにもういっかいわらって、光りがきえました。
朝、目をこすりながらゆりちゃんがみたのは、タオルの上でわれたたまごでした。でもふたをしていたはずなのに、たまごの中にもそとにもなにもいませんでした。
ゆりちゃんが泣いて、お父さんとお母さんもさがしてくれましたが、とうとう赤ちゃんは見つかりませんでした。たまごのからはだいじにつくえの中にしまいました。
ゆりちゃんはお母さんといっしょにお買いものにでかけました。もう三月で、雪はすっかりとけてしまっています。
ふうっとあたたかい風がゆりちゃんをなでました。ゆりちゃんのまわりをくるくると風がまって、スカートがゆれました。どこからかくすくす笑うこえが聞こえたような気がして、ゆりちゃんは目をぱちぱちしました。
お母さんがコートをおさえています。
「春一番かしら。もうすぐ、春がくるのよ」
春がきたら、そうしたらゆりちゃんはしょうがくせいです。ランドセルをせおって、しょうがっこうまで歩いていくのです。
ようちえんの今よりもっと、天気や風となかよしになれそうです。
ゆりちゃんはまぶしそうに空をみあげました。風はまだつめたいけれど日差しはふんわりとあたたかくて、ちょうどタオルの上のたまごにさわった時のようでした。