2-9.呪いの姉弟に光あれ
アパテイが席に戻る途中、部屋の隅に目を向けた。
最初からいた少女と少年。一つしかない出入り口と反対の角で寄り添い小さくなってる。
特別な治癒魔法の愉悦を思い出して蕩ける他の女たちとは違う反応の、薄い金色の髪の、おそらく姉弟。
「彼女らは?」
「まさにこの子らでございますアパテイ師。ゲニーメ主光が皆様をお呼びしたのは」
最高指導者ゲニーメ主光の名で呼ばれたから皆が集まった。
当のゲニーメ主光の姿はないのだが。
「この姉弟。昨年から呪いの花嫁と巷を騒がせた家に縁のある子でして」
「死すべき初夜の?」
アパテイも噂には聞いていた。たいそう流麗な令嬢と評判だったが、醜聞が広く知られすぎて、教団が接触する前に毒酒を飲んで死病にかかったとか。
両親は死に、跡取り息子は身一つで田舎に落ち延びたという話だ。
「当の花嫁の従姉妹になると。その母が忌まわしき血を悔いてゲニーメ主光に罪の清めを嘆願されたのです。彼女らの妹と共に」
「なるほど」
「エクピキの御名において罪が贖われんことを願うと」
母が己の血を悔いて、ではないのだろう。
おそらく夫方の家が、例の花嫁と繋がる血を嫌ったのだ。捨てたのだ。
結婚した夫が三人次々に死んだとなれば不吉すぎる。下級貴族だとしても、そんな血を一族に残すわけにはいかない。
離縁して追放した。
「ゲニーメ主光は、この母子の罪を浄めることをお望みです。ぜひ太光師の御手で救いとお導きを」
なんのことはない。余興だ。
エクピキ教団はトローメ王国で揺るがぬ力を有する最大勢力。
何かで大きく変化することなどない。安定は退屈にもなる。
いつの世でも、何もかも憂慮の必要のない権力者というのは日々に飽いて、常軌を逸した方向に進むことがある。
何をしても許される。好きにしていい。人の命も尊厳も。
世間を騒がせた件の花嫁。その縁者が舞い込んできたから幹部たちにお披露目と余興を。
ここにいない妹と母親は、教団最高指導者ゲニーメ主光の下にいるのだと理解する。彼の嗜好もなかなかのものだ。
「この子らはまだ、エクピキの奇跡をその身に知らぬのですね」
「太光師の御前にそのまま連れてよいものか悩みましたが、主光のご指示でしたので」
「何を言いますか、カシキ陽灯司長」
震える少女は、この場にいない家族のことを心配しているのか、自分の身に流れる忌まわしい血を恐れているのか。
教え導くのが聖職者の本分。大幹部である太光帥たちが何の手ほどきも受けていない者と触れ合う機会はほとんどないが。
「未完成だからこそ導きは必要でしょう。そうでしょう朋輩たち」
たまには良い。
未成熟な者への初めてのレッスンもよい。カシキ陽灯司もそのつもりでこの場に置いていたのだろう。
アパテイと同じく太光帥の座に就く二人も立ち上がる。
「太光帥の御方揃っての奇跡など、なんと幸せなことでしょう」
「あ、いやっ」
「やだぁ姉上、ぼくっ」
「何も心配しなくていいんですよ、お二人とも」
続けて陽灯司たちと女たちも動き出し、部屋の隅で震えていた姉弟を囲み、手を引く。
別の者が、中央の丸テーブルの上に残っていた食事を乱暴に払いのけた。
「怖がらなくていいわ、ボウヤ」
「貴い方々にお任せしていれば、生きる喜びを教えていただけるのよ」
「いやぁはなしっ離して!」
「姉上に触るな! ぼくが……ぼくはフトーヒア家の男子カノーだ。姉上はぼくが……」
「とても善い子でございますな。みな、女子に無体はされませぬようお願い申し上げますぞ」
暴れる姉弟を取り囲む中から、隙間を縫うようにしゃがれた声とゴボウのような長細い指を伸ばす。
ザイドロス太光師の手が、カノーと名乗った少年の額を掴んだ。指が長すぎて後頭部あたりまで鷲掴みに。
「あ……」
「カノー!」
「なんの、安心なさいませな。我ら神に使える身、信徒に無体を働くことなどございませぬ」
すぐに手は離された。
ふらりと、カノーの体が揺れる。ふわりと。
ゆらゆらと自分の足で立つカノーを、両腕を女たちの胸に抱えられた姉は何もできずにただ見ているだけ。
「あ、あ……」
「さあ、カノー・フトーヒア。あなたに神の声を聞いていただくのでございます。姉上の見られている前で神の子であるかの審判を」
顔を掴まれた時に何を見たのか、ザイドロスの手の平の中に。
カノーは口を開きかけるが言葉は発されず、ただ誘導されるまま空のテーブルの上に乗せられた。
少年を乗せた丸い食卓。白いテーブルクロスの上で。
「人心を惑わせた血統とはいえ幼き子です」
「エクピキの御名において赦しは与えられん」
「姉上も余さずご覧くださいませ。フトーヒアの男子カノーがエクピキの祝福をいただく姿を、瞬きもされませぬよう」
「あ、あぁ……」
三人の太光師と、両脇を抱えられた姉に囲まれて。
カノーの体に聖印の焼き痕を光らせた六つの手と三十六本の指が伸ばされた。
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