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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
15/15

1-15.墓前にて



斑徂症(まだらそしょう)ね』


 ノクサが死んだバズモズの体を見て言った。

 アユミチが落ち着くまでの時間潰しだったのかもしれないし、慰めの言葉の代わりだったのかもしれない。


『血に触ると感染するけど……アユミチは平気みたい』


 レーマ様が言っていた。病気なんかは心配いらないと。

 風土の違う世界で、現地の病気に罹らないように何かしてくれたのだと思う。



『こっちの男の子も同じ。ノクサの知ってる通りなら、栄養価の高いものを食べて清潔な場所で安静に過ごせば、死亡率は八割ってところかな。元々の体力にもよるけど』

「……」


 見る限り貧困層の子供。元の栄養状態がいいはずもなく、清潔な場所で安静になんて条件も望むべくもない。

 ムンジィが死病と言っていたが、これでは致死率は九割以上だ。感染症ともなれば誰も看護などしたがらないだろうし。


『事実なんだからしょうがないでしょ。特効薬なんかなかったし……ノクサが寝てる間に作られていたら知らないけど』

「……わかった、ありがとう」


 別にノクサは意地悪を言っているわけではない。

 治療法のない致死率の高い流行病。だから町を追い出された。

 特効薬があって簡単に手に入るのならこんな扱いにはならないはず。



『煙突の(すす)を好む染食(しみく)い虫っていうのがいてね。その染食い虫を食べる小型の蝙蝠がいるの。大型の動物を襲うことはないんだけど、煙突掃除なんかしてちゃんと洗い流さないと染食い虫が髪の間に潜り込んでることがあるのよ』


 急に話が変わったかと思ったが、どうやら違う。

 病気の原因だ。


『染食い虫目当ての蝙蝠に噛まれると感染するの。体中に赤い斑点が浮かんで、ひどくなると掻きむしって血を流しながら広がって。高熱で死んじゃう』

「うん」

『その血がまた感染源になっちゃうから、病気にかかったら焼かれちゃうか追い出されるか』


 日本で生まれ育った感覚では納得しがたいけれど、社会を守る為に必要な措置なのだろう。

 治せない。感染する病気。

 地球でもそういった病気で隔離収容されていた例も多い。



「今も治せないから追い出されてるって考えるのが順当、だな」

『でしょうね。アユミチみたいな体質の人がいても、たまたま病気にかからないだけって思うだけだろうし』


 アユミチはレーマ様から直接言われたから、自分が病気にかからない体だと知っている。

 仮に過去に同じような体質の人間がいても、ただ病気にかかりにくい健康なだけと認識するだけか。


「赤い斑点……お母さんにはなかった、と思う」

『そうね。あれ……?』


 子供たちの様子を見ていたノクサが疑問の声をあげた。

 ボロい麻袋のような服を被っただけの男の子と女の子。どちらも首や手足に斑点が見える。


『女の子の方は違う、斑徂症じゃない。点魔鋲(てんまびょう)だわ』

「点魔鋲? それって治せる?」

『うん? どっちも助けられるけど? アユミチなら』

「レーマ様のところに女の子を連れていくのは……」

『別に連れて行かなくてもいいでしょ』

「はい?」


 噛み合わない会話にノクサは小さな肩をすくめて、転がってる荷物の方を左手で指差した。


『ビストニダの恵みがあるじゃない』


 レーマ様からもらった酒瓶のことをノクサはそう呼ぶ。


『持ち主に必要な恵みを与えてくれるって、聞いてないの?』


 その説明もノクサからしか聞いていないのは、さすがにレーマ様の手落ちじゃないだろうか。



 女神の酒瓶。ビストニダの恵み。

 何も考えずに飲んでいたが、言われてみれば確かに何も違和感なく喉が求めるものが溢れてくる不思議な酒瓶だった。

 酒と限られているわけでもないらしい。

 試しに片手で受けて飲んでみたら、今はリンゴジュースみたいな飲み物になっている。


「これが薬になるのか?」

『ちょっと違うかな。病気を治すのはアユミチの血で、それを体に馴染ませる飲み物になるはずよ』

「あくまで飲み物ってわけか。俺の血を……混ぜる、の?」

『コップに一滴だけで十分ね』

「気持ち悪くない? 逆に病気になったりとか」

『なんないわよ。アユミチの体、神域を通ってるんだから』


 レーマ様の説明は本当に色々不足しすぎだと思う。ノクサと出会っていなければどうなっていたのか。


『アユミチの体は神性を帯びてる感じなのよ。レーマの眷属みたいな? 一時的にだけど病魔に負けない力を与えられるわ』

「俺の血で?」

『そのまま飲ませたら吐き出すでしょうけど、ビストニダの恵みがあれば』


 組み合わせることで薬になる。なるほど。

 助ける目途が立ち、少しだけ気持ちが落ち着いた。レーマ様にはもっとちゃんとチュートリアルをしてほしかった。当のレーマ様がわかっていなかった可能性も捨てきれない。



 気を取り直して。気持ちを張り直して。

 哀れな女性の無残な亡骸を、手拭いを濡らして清め、生前まとっていたのだろう布をまとわせる。


 二十代の女性の体なのに卑猥な気持ちにならなかったのは、亡骸だからなのか、襲われている光景を見てしまったからか。どちらでも今はそれで問題ない。


 強引に脱がされたのだろう衣類は、レーマ様のと同じように体に巻き付ける布タイプだったからどうにかなった。

 ほんの少しでも体裁を整えながら、川べりの木々の木陰に移す。いつまでもバズモズの死体の傍に置いておきたくない。


 続けて女の子を。それから男の子を運びにいったところでムンジィがふらふらと起き上がっていた。

 ひらりとブローチに擬態したノクサが視界に映ったのか、何度か瞬きをしてから、少年を抱えるアユミチに顔を引きつらせる。


「アユミチの旦那……いや、そいつぁよくねえ。バズモズの野郎の血も……」

斑徂症(まだらそしょう)なら大丈夫だ。そこに落ちてる荷物拾ってきてくれ」

「いや、大丈夫って旦那……あぁ、くそっ」


 感染を恐れて、母子の荷物を恐る恐る摘まんでついてくるムンジィ。

 致死率が高く治療法が確立されていない感染症なのだから、彼の様子を責められない。それがこの世界の普通なのだ。



  ◆   ◇   ◆



 木陰まで戻ると、女の子が起き上がっていた。

 抱き上げた時にわかっていたが体温が高い。潤んだ瞳で亡骸を見ているのは熱のせいだけではないだろう。


「最後まで君たちを心配していた。君のお母さんは」

「……お母さんじゃ、ない」


 弱々しく首を振る少女と、女性の亡骸を挟んで少年の体をゆっくりと下ろす。


「イサヤのお母さん……私もおんなじ病気で……泣いてたら、いっしょにって……」

「そうだったのか」


 体中に小指の先くらいの赤い斑点が浮かぶ病気。斑徂症(まだらそしょう)

 ノクサは別の病気だと言ったが、現れている症状はかなり似ている。女の子の方は赤みより紫がかっているくらい。

 よく見れば腫れているのが肌の表面か内側なのかも違う。そこまで近づいて確認する者もいないだろうが。


 同じ症状で同じ時期に町を追放された。

 我が子と同年代の子供を見て、一緒に捨て森を目指したのだと察する。



「森までいったら、苦しいのなくなるって……だから」

「わかった。もう大丈夫だ」

「旦那、俺も同情はするがこいつは」

「君たちの病気は治せる。お母さんの……彼女のことは、助けてあげられなくてごめん」

「え? あ……え? ん?」


 ぽろぽろ泣き出した女の子にも、この後目を覚ますだろう男の子にも、ムンジィにも。

 うまく説明するのはきっと無理だろう。



 目を覚ました少年の悲痛な泣き声にかけられる言葉はなく、夜半に彼が眠りにつくまで無力感を味わった。

 彼らの持ち物だった粗末な食器にビストニダの恵みを注ぎ、少しずつ飲ませながら。

 こんなひどい世界を少しでも変えられるように頑張ってみようと思った。



  ◆   ◇   ◆



「アユミチの旦那は本当に神様かなんかですかい?」


 穴を掘り続けているうちに日が高くなり、イサヤ少年もだいぶ落ち着いた。

 連れの少女カヨウと一緒に河原で花を集めている。


「昨日より斑徂症の痕が薄くなってんのが俺の目にもわかる。王蠍のこともですがね、普通じゃねえ」

「そうだな」

「そんだけの力があって、行きずりの女の為に墓掘ってやるなんて」


 放置していくのも落ち着かない。

 河原で平べったい石を拾って穴を掘っているのだが、人ひとりを埋めるとなるとかなりの労力だ。

 ムンジィが付き合うこともないと思うのだが、とりあえず離れるつもりはないらしい。一緒に掘ってくれるのは助かる。



「斑徂症が治るなんて聞いたことがねえ。バズモズの野郎が瘡蓋(かさぶた)だらけだったのもそれですぜ」

「死ななくても残ったままになるのか?」

「何年もすりゃあ消えるとか言いますが、そもそも生き残る奴がほとんどねえってわけで」


 症状が改善する例がなく、半日で斑点が薄くなっていることにかなり驚いているようだ。

 念のため、感染防止でムンジィにも血入りの酒を飲ませた。たぶん大丈夫だろう。


「ひどくなると節々が痛くて動くのもつらいって話ですけど……あの様子なら平気なんでしょう」


 母の埋葬の為に花を集めるイサヤとカヨウにそういう様子はない。

 今は悲しくて感覚がマヒしているのかとも考えるが、しゃがんだり立ち上がったりする際に痛みの表情はなさそうだ。

 カヨウの熱も昨日より下がっているようでもある。彼女の病気は何か違うという話だが、カヨウ自身はイサヤと同じ病気だと思っていた。




 できるだけ花を添えて埋葬する。


「母ちゃん……オレ、平気だから……いたくない、から……」

「ノノさん、ありがとう……ありがとうございました」


 追放者がまともに弔われることはないとムンジィが言った。

 バズモズのように捨て置かれ腐れ消えていくだけ。

 ここはそういう世界で、この子供たちも巡り合わせが違えば野垂れ死んで朽ちていったのだろう。


 こんな世界だから、アユミチにもできることがありそうだ。

 レーマ様の為というだけじゃなくて、子供が野垂れ死ぬような世界を変えていこう。

 大した目的もなく生きていた地球での人生とは違う。女神の使徒としての第二の人生。


「ノノさんって名前だったんだ」


 ノノさんの墓前で改めて、イサヤとカヨウのことを任されますと胸中で誓った。



  ◆   ◇   ◆


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