1-11.人助け
「すげぇ、すげーっすよアユミチの旦那。渇きの大サソリ討伐なんてとんでもねえ! よっトローメいち!」
「やめろって」
ちゃっかり生きていた直剣持ちの盗賊ムンジィは、朝日と共に目覚めると大サソリの死骸を見て仰天した。
鉄より硬かった巨体がとんでもない力で叩き潰されているのだから、驚いて当然だ。
大サソリの死骸の近くに座り酒瓶を呷るアユミチを見つけて、即土下座。
見事な土下座だった。
日本式とかそういう違いがあるのか知らないが、武器を捨てとにかく頭を下げひれ伏して敵意がないと必死でアピールする。
さすがに毒気を抜かれた。
別に殺したいほど憎んでいるわけでもないし、この世界の情報も知りたい。
昨日は気が立っていたがアユミチもただの一般人。危険がないとアピールする相手とわざわざ喧嘩したいなどと思えない。
黒アゲハの妖精ノクサ・リージェは、今はアユミチの肩で蝶のブローチのようになっている。夜以外は活動しにくいのかもしれない。
他人にはノクサの存在を話さない方がいいとも忠告された。レーマのことも合わせて。
ノクサも長く大サソリの中に封じられていたから、今の世界の状況はわからないとか。
「百年前の討伐隊は百人の精鋭だったって話なんで。剣豪、大魔術士に重撃兵。都の大富豪が当時の勇者を集めて。まあ大半は支援要員だったらしいっすけどね。半分が死んで敗走ってことで今でも伝わってんでさ」
「へえ」
「それを旦那ときたら、たった一人でぶっ潰しちまうんだから。トローメ王国に行ったら英雄待遇間違いなしですぜ」
「でもあんたは町に行けないんだろ、ムンジィ?」
「まあそうなんですがね」
この周辺を治めるのはトローメ王国だと聞いた。世界最大の大国だというが、比較対象がなくてよくわからない。今の地球で言えばアメリカに相当するのかどうなのか。
この男の名はムンジィ。ムンジィと徒党を組んでいた連中は、犯罪者として町を追われた身だったそうだ。
他の国に行くにしても金が必要。まっとうな仕事ができないから、禁域で神の遺産でも見つけられないかと手を組んでいたらしい。
禁域に人が立ち入ることは、絶対にないわけでもないそうだ。
盗掘などの目的で訪れる者もいるし、近くの森で特殊な薬草を採取することもあるとか。他は町を追われた犯罪者など。
それにしても、軽装単独でうろつく馬鹿はそうそういない。その馬鹿がアユミチ。
「いきなり悪目立ちしたくない。よそ者でこっちのことよくわからないから」
「ま、確かにやっかみや面倒ごとは避けられねえ」
アユミチが本当の実力者だったらともかく、大サソリ討伐はただのラッキーだ。
変な評判になって面倒な相手に目をつけられては困る。当面は目立たず情報収集が望ましい。
新しい職場に配属されたような気構え。
「近くの町までどれくらい?」
「ここから歩いて七日くらいですぜ」
「遠いな」
往復で十四日。ほぼ半月だ。移動手段が徒歩というのもげんなりする。
レーマ様との約束は一か月に一人連れていくこと。時間の半分を移動に取られてしまうのは痛い。
少年と言っても誰でもいいわけでもないだろうし、まさか誘拐してくるわけにもいかないし。色々と考えなければならないことはある。
「小さな村ならもう少し手前にいくつか。半日くらいで行ける森にも一応人はいるはずなんだが、あそこはなぁ……」
「森ってあの先の?」
レーマ様の神域を出たすぐ、高い場所から見渡した時に森があった。
見える距離にあったから一日もかからない。
緑があるということは、ここらの荒地と違って水源があったりするのだろう。
「いるはず、ってのは?」
「あそこは捨て森なんでさ。アユミチの旦那、本当に知らねえんで?」
「この大サソリのことも何にも知らないで来たんだよ。教えてくれ」
普通なら説明する必要のない常識なのだろうが、知らないものは知らない。
特に気兼ねなく質問できるムンジィの存在は助かる。
「嘔息ヘレボルゼの森っつって、大サソリとおんなじくらい恐ろしい魔獣が住んでいるって話です」
「そんな場所に人が住んでる?」
「死肉食いらしいんで、ちょっかい出さなけりゃ向こうから襲ってこないとか。森全体がヘレボルゼの吐く息で毒っぽいんですが」
「そんな場所に住む人間なんて――」
「流行り病にかかった奴を送ってるんですよ。国の決まりで」
魔獣が住む毒の森に病人を送り込む。捨て森。
医療保険も人権意識もないこの世界なら不思議はない隔離政策なのか。
「死病にかかった人間を町から追い出す。禁域のこの辺で人間がいるのはあの森くらいなんで」
「追い出された人が森に集まる?」
「食える実もあれば水もとりあえず。ヘレボルゼの毒にゃどうも、痛みを消すっつうかごまかすみたいな効果があるらしいっす。森の植物にもそういうのがあって、たまに採取に森に入る連中もいるって聞きます。俺は薬草の見分けも売りさばくルートも知りませんがね」
麻薬の中に鎮痛作用があるものがあったはず。
ヘレボルゼは食用として人を集め、国の方は流行病患者を追い出せる。
当の病人も、助からないながらも少しでも苦痛なく死ぬことができるという形になっているらしい。
「話を聞くだけだと、ヘレボルゼってそんな恐ろしい魔獣とは思えないんだけど」
「前にどこかの馬鹿な薬師がヘレボルゼの一部を持ち出したみたいでしてね。町の中でそいつが暴れ出して……首がいくつもある大蛇みたいなバケモンが次々に人を食ってでっかくなって。結局、町を焼き払うことになっちまったって」
一部を持ち出しただけで町ひとつが潰れる大惨事とは。
蛇は不死性の象徴などと聞くし、魔獣なら分裂くらいするのかもしれない。
捨て森という環境ならさほど問題にならないが、麻薬のような毒を吐いて人を食う魔獣が人里に出れば大問題だろう。
「ヘレボルゼからすりゃあ餌が住処に来てくれる。病人たちは、死ぬまでの間だけ森で集まって暮らす。禁域の捨て森ってわけです」
「わかった。行ってみよう」
「はあっ!?」
立ち上がったアユミチに困惑の声を上げたムンジィだが、大サソリの死骸と俺を見比べて何か理解したような顔であいまいに頷いた。
勘違いしている。
別にそのヘレボルゼという魔獣をどうにかする算段があるわけじゃない。
(そういう森なら、身寄りのない子供とかいるんじゃないかな?)
別の町に向かう必要もあるかもしれないが、とりあえずは近場のその森に行ってみるのもいい。
町で子供を攫うとか人買いみたいなことをするより、気が楽になりそうな方を選んでみただけ。
レーマ様はアユミチに病気の心配はいらないと言っていた。
病気の子供でも神様の力ならどうにかできるだろう。人助けだと思えばまた気が軽くなった。
◆ ◇ ◆




