47・その前のトム
オートムヌはプランタン大公を騙したつもりはなかった。
自分より強い男性を婿にするためには候補者とは拳で語り合いたいという『拳の聖女』マチネに、一発で良いから殴られたいという彼に殴られても壊れない体を勧めただけだ。
実際不死王の体は、病弱だったプランタン大公の生前の体よりも頑丈でマチネの拳に幾度も耐えた。
だけどどんなに体が強くなっても、プランタン大公の心は弱いままだった。
彼は不死王となった自分が放出する闇属性の魔力によってアンデッドが生み出され、自分の領民が苦しむことには耐えられなかったのだ。
不死王に明確な意思がなくても、溢れた闇属性の魔力は勝手に死体や無機物に入り込み動かし始める。そうやって発生したアンデッドにも意思はなく、すべてを飲み込む闇属性魔力の性質に従って同胞を増やしていく。
――プランタン大公領は地獄と化した。
オートムヌからすると大したことではない。
何千年もの時間を生きるハイエルフがなにをしようとも、人間も魔人もエルフもドワーフも死んでいくのだ。
アンデッドだって永遠ではない。プランタン大公は親友と呼んだオートムヌと時を重ねることよりも、愛した聖女マチネに止めを刺されることを選んだ。騙されて裏切られたのはオートムヌのほうだ。
「なのにアイツの最後の願いを叶えてあげてたんだから、ボクって優しいよねえ」
マタン山脈の内部を掘り抜いて造られたドワーフの都市。
オートムヌはその棟梁部屋で、ひとり呟いた。
ハイエルフは裏切り者のプランタン大公の願いを叶えた。聖女マチネを見守り、彼女が生きている間はアンデッドを生み出さなかった。彼女が亡くなった後もしばらくアンデッドを生み出さなかったのは――
「ソワレちゃんを支配できたら、聖女達にこれまでと違う攻撃ができたんだけどなー」
魔王就任前に得た鱗だけでは彼女を操ることはできなかった。
オートムヌがいる棟梁部屋の奥には、ジュルネ王国の王太子の部屋とつながる転移陣のある小部屋が隠されている。
この都市を制圧したときにドワーフの棟梁達から聞き出した。
これまで転移陣を利用しなかったのは、最後の希望とばかりにこの転移陣を利用して自分を倒しに来る人間達の顔を絶望に染め上げたいからだ。
自分がなにをしようとも、人間も魔人もエルフもドワーフも死んでいく。
オートムヌは昔、この大陸にジュルネ王国が建国した際に、守護神を気取って剣を授けたことがあった。実際、それからしばらく見守っていたこともある。
でもオートムヌ以外のものは死ぬ。
見守って助けても、戦って苦しめても死んでいくのだ。
オートムヌが授けた剣を王国の人間は神剣と崇めている。これまでは聖女と戦っているうちに飽きてきて撤退していたので、王家が神剣を持ち出すことはなかった。
しかし、今度は転移陣がある。
ここにオートムヌがいると知らせたら、神剣を持つものが嬉々として現れるだろう。
それがオートムヌによって作られた、オートムヌの魔力で簡単に壊せるものとも知らず。
宣戦布告こそまだだったものの、オートムヌの準備は万全だった。
ドワーフ達は隷属の首輪で支配した。
まず都市の水源を穢して疫病を流行らせ、治療の代価として首輪を与えたのだ。その首輪は外そうとすると使用者をアンデッドにする。
とはいえ首輪を外す方法はある。
首輪には希少な魔法金属が使われていて、それが隷属とアンデッド化を制御している。
何千年もの刻を生きてきたオートムヌくらいしか名を知らないだろう、珍しいその希少な魔法金属の名前はヒヒイロカネ。
首輪に使われているヒヒイロカネの端末を支配している本体は、この棟梁部屋の前に置かれたドラゴンゾンビの内部にある。
ドラゴンゾンビを動かす心臓がヒヒイロカネ製で、オートムヌの闇属性魔力をたっぷりと注ぎ込んであるのだ。
そのヒヒイロカネ製の心臓を取り出すか停止させれば、首輪の隷属もアンデッド化も無効になる。




