46・王太子の優劣
王太子イヴェールは、聖女の住む神殿に併設された専属聖騎士達の宿舎を訪れていた。
稀覯書に耽溺する知恵者として知られる水の聖騎士リュイソーは不在だったが、ほかの三人の聖騎士達は宿舎にいた。
彼らはジュルネ王国にとって重要な人物である。宿舎には怪しいものは入れないし、近寄ることも難しかった。なので、イヴェールは開口一番尋ねた。
「どういうことだ?」
イヴェールは確信していた。
叔母の先々代『拳の聖女』マチネに拳闘を習っていたことで聖女の魔力に耐性ができている自分と同じように、専属聖騎士である彼らにも耐性があることを。
案の定、三人は応接室の窓へ目を向けた。
彼らも見たのだ。
王都の中でも高台にあって見通しの良いこの宿舎の窓から、空を行く赤い竜を。
竜が持っていた籠の中に聖女がいるのは見えなかったけれど、魔力によって感じることはできた。そしてイヴェールとこの三人以外にはおそらく、あの竜は見えていない。聖女がなんらかの魔法で隠ぺいしていたからだ。
(炎ではない。ここにいないリュイソーの水の魔力でもない。聖女エクラの属性魔力は光なのだろう)
光属性の魔力の存在は、はっきりとは認識されていない。
それでも全属性の魔力を操れる聖女の本当の属性魔力こそが、光ではないのかと思われていた。
『拳の聖女』『蹴撃の聖女』――肉体言語の見事さがふたつ名になっている代々の聖女達は魔力による身体強化の能力に長けていた。聖女が交代するたびに出現するアンデッドを浄化し、ほかの属性魔力を増幅し、自分自身の身体を強化する。それこそが光属性魔力の証拠だと噂されていたのだ。
(光属性の魔力なら幻覚を見せることも可能だろう。光の屈折を利用して、飛翔する竜の存在を見えなくすることも)
「申し訳ありません。俺達にもわかりかねます」
最年長のフラムが一歩前に出て頭を下げる。
ただ元気でお人好しなだけの青年のように見えるけれど、いざというときには冷静に振る舞えるのが彼だった。
もちろん彼の左右に立つテールとラファルも聖女専属聖騎士としては未熟でも、愚者ではない。
(自分達が囮に使われているのに気づいているのだな)
そうとしか考えられなかった。
ジュルネ王国に、いやこの世界に仇をなすなにものかに対峙するために、魔王と聖女が協力しているのだ。
そのなにものかに気づかれないように聖女は魔王を幻覚で隠ぺいし、リュイソー以外の当代の専属聖騎士達を置いていった。
(だが……)
イヴェールはこの千載一遇の好機を逃す気はなかった。
両親は魔王がジュルネ王国近くを飛んでいたことに気づいていない。
彼女に会う絶好の機会だった。
「そうか。そなた達にも伝えられない事情があったのだろう。本来なら自分自身の専属聖騎士こそが聖女にとって一番信頼できる存在なのだから。……私のせいだ」
「王太子殿下?」
「あの竜はドワーフが住むマタン山脈へ向かっていた。実は王宮の私の部屋には、マタン山脈へ直行できる転移陣がある。転移陣を使えば、敵が王都の大門を見張っていたとしても気づかれない。私が転移陣の存在を伝えていれば、聖女エクラはそなた達を同行していたに違いない」
「どうしてマタン山脈への転移陣を?」
「聖女の交代ごとに現れるアンデッドへの対抗策をドワーフ達と練っていたのだ」
嘘である。
イヴェールは従妹のソワレが好きだ。
幼いころ遊びに来た彼女が大きくなったら魔鍛冶をすると楽しげに言っていたので、鍛冶というならドワーフだろうと彼らに交渉して転移陣を繋いだのだ。流通に便利だと両親の許可ももらい、ドワーフとも正式な契約を交わして利用させていた。そのドワーフ達が契約を更新しなくなったのはいつからだったろうか。
(連絡なしに行くのは契約違反かもしれないが、長年連絡がなかったので心配になったとでも言えば良いだろう。ソワレの目的地がドワーフのところでないのなら、マタン山脈を通過点にして追えば良い)
魔鍛冶は、本来ドワーフにのみ伝えられている秘術である。
だからイヴェールはその存在を知らない。
彼と契約をしたドワーフ達は知らない振りをした。魔王就任式で明確に前世の記憶が戻るまでは無意識だったソワレは、幼いころの自分の発言を覚えていない。
「さすが王太子殿下です!」
「ありがとう。大丈夫だ、今からでも遅くない。聖女エクラを支えられるのはそなた達専属聖騎士だけだ。私とともに王宮へ行くのなら、怪しいものを刺激することもないはずだ。ドワーフへの説明も必要だし、転移陣へはそなた達と一緒に私も赴こう。私は王家がジュルネ王国建国の際に守護神様にいただいた神剣を受け継いでいるので、そなた達は聖女を守ることに尽力したまえ」
語りながら、イヴェールは心中で謀を巡らせていた。
ソワレと再会した後でジュルネ王国へ戻ってきたら、なんとしても媚薬を手に入れる。
それを両親の国王夫妻に飲ませることで第二子を作ってもらうのだ。叔母のマチネ狂いだったランスを諦めて、年齢の離れた第二子を作った先代辺境伯家のように。
(よく考えればマチネ叔母上がソワレの弟妹を産んでくださっていなくても、私の弟妹がいれば問題はなかったのだ。もしどうしてもダメだったときはジュルネ王国とニュイ魔王国を合併すれば良い。いざとなればドワーフとエルフも民として、この大陸を統合しよう)
聖女専属聖騎士の三人とともに王宮へ向かう王太子の心の中で、陰謀は広がっていく。
ジュルネ王国は大切だ。両親である国王夫婦のことだって愛してる。
しかしイヴェールの優先順位一位は愛しい魔王ソワレなのである。……たとえ彼女に従兄としてすら覚えていてもらえてなかったとしても。




