44・聖騎士様は恋に恋するお年頃<8>
恋はするものではなく落ちるものだという。
落ちるときもところも本人に選べるものではない。
だから当代の聖女専属聖騎士、水のリュイソーも望んでもない恋に落ちた。
「ぴゃ」
そんな奇声を上げて立ち上がり、そのままフラフラと自分の腕の中に倒れこんできた魔王に。
立ち上がったのは自分を殺すと言った聖女に怯えて、とっさに逃げ出そうとしたからだろう。
足元がふらついて転んでしまったのは、妙な姿勢で長時間座りこんでマルス将軍のお説教を聞いていたからに違いない。足が痺れていたのだ。
「ふえっ」
自分を支えた人間を確認して、魔王ソワレの怯えが深まる。
当然のことだ。
彼女が炎属性だということは聖女に聞かされた。聖女ほどレベルを上げてはいないが、専属聖騎士に選抜されたリュイソーだって高レベルだ。水属性という相性の有利もあって、一対一で戦っても負ける気はしない。
先々代水の聖騎士のランスもいるのだ。
もっともランスは魔王を推すらしい。
彼が敵になったらどう対応しよう、なんてリュイソーが思っていたら、魔王はふにゃりとした笑顔を見せて言った。
「支えてくれてありがとう。……水の聖騎士リュイソー様」
それから彼女は自力で立ち、聖女に向き直った。
まだ足は痺れたままなのだろう。
生まれたばかりの小鹿のようにぷるぷると震えている姿が心配で、リュイソーはそっと彼女に手を差し伸べた。再びふにゃりと笑って、魔王が聖騎士に片手を預ける。隣のアッシュが口笛を吹いてからかおうとしているようだが、リュイソーは無視した。
「聖女様。私を殺すのは、以前トムに渡した鱗を利用して操られたら、ってことだよね?」
「もちろんです。今殺してしまったら、マタン山脈へ行くまで何日かかるかわかりませんもの」
「そっかー。まあそのときは仕方ないか。トムに操られてアンデッドと一緒にお母様の故郷へ攻め込むなんて冗談じゃないものね」
「そのときはこの哀れな下僕も魔王陛下にご同行いたします」
空気を読まない美貌の眼鏡の発言に、魔王と聖女の声が揃った。
「そのときは止めてくれるかな」
「そのときは止めてあげてください」
リュイソーは溜息をついて、魔王の小さな手を軽く握った。
「何千も生きてきて、この大陸に嫌がらせをしてきたハイエルフとの闘いなんだ。魔王なんていう得難い戦力を失うわけにはいかないよ。君がハイエルフに操られたとしても、すぐに殺すんじゃなくて正気に戻す方法を考えるに決まってるだろ? それに」
そこまで言って、聖女を睨みつける。
「聖女様の魔力属性。本当は炎じゃなくて光なんじゃないの? 聖女に選ばれる前に上げたレベルが高いっていっても、本来なら苦手な水属性を覚えるのは大変なはずだ。でもあなたは軽々と身に着けた。稀覯書の断片的な知識を合わせて考えると、光はすべての属性魔力を増幅することができる。あなたは光属性魔力を持っているから、すべての属性魔力を操れるんじゃないのかな?」
「だとしたら?」
「だったら光属性魔力で浄化ができるでしょ? 魔王がハイエルフに操られて我を忘れたら、あなたが呪いを浄化してあげれば良いんじゃないの?」
「ふふふ、そうですね。それも選択肢のひとつとして入れておきましょう。ですがいざというときは、リュイソーさんもソワレさんの殺害に協力してくださいね」
「なんでそんなに殺したがるのさ!」
リュイソーが義憤に駆られて怒鳴ると同時に、ソワレの小さな手が離れた。
痺れた足でヨロヨロと移動して、リュイソー達から離れる。
自分に殺されると思ったのだろうか、とリュイソーの胸に悲しみが滲んだとき――
「いや、聖女様は正しいよ。だって……」
ぼふん、という感じの音が響いて魔力が動く。
リュイソーより小柄な黒髪に見えるほど濃い赤毛の少女は、一瞬で巨大な真っ赤な竜に姿を変えた。
どこか自慢げな様子で言う。
「私、強いもん。暴れ出したら殺すしかないよ」
『おもしれー女』そんな言葉がリュイソーの頭に落ちてくる。
恋に落ちたのはさっき、自分の腕の中に転がってきた小柄な体を抱きしめたときだった。
だけどこのとき完全にリュイソーは、魔王ソワレを自分のものだと決めた。小柄な体に劣等感を持つ彼は、反動で大きなものへの憧れがある。テールと仲が良いのだって、魔力属性の相性だけではなく彼の巨体への憧れがあるからだ。
……普段は小さくて可愛くて、変化すると大きくて空を飛べる竜になれるだなんて!
リュイソーの胸が激しくときめく。
周囲の以前の専属聖騎士達は自分世代の魔王の竜への変化を見たことがあるのか、驚いてはいない。
ひとり美貌の眼鏡だけは感動に打ち震えているようだ。
とにかくリュイソーは恋に落ちた。
同輩のテールにもフラムにもラファルにも負ける気はない。
恋は早い者勝ちではないのだ。




