43・転生魔王VS水属性×2
私の問いに、ランスが長いまつ毛を下ろす。
「ああ、やはりお聞きになっていらっしゃらなかったのですね。あの忌まわしい同担拒否族の先代魔王がマチネ様の過去について隠匿していたのでしょう」
聖女エクラの眉がぴくりと動いた。
『忌まわしい同担拒否族』という言葉に反論したかったのだろう。
でも私へのお説教をやめて一歩下がり、自分の隣に並んでいるマルス将軍の前で迂闊な発言をしたくないのか動かない。
「お父様が同担拒否族……確かに娘の私にもときどきヤキモチ妬くくらい、お母様を溺愛していらしたけど……あれ? 『拳の聖女』って十八年前のプランタン大公領の事件で亡くなったんじゃ……」
「はい。マチネ様は救助要請も出していないのに割り込んできた、もとい助けに来た先代魔王と拳を交わし合ったことで信頼関係をお築きになりました。さすがこの哀れな下僕の最愛の太陽でいらっしゃいます! それから先代魔王に背中を任せて不死王を退治なさった後、突然の熱愛宣言! 王家への結婚報告を当時の専属聖騎士達に任せてニュイ魔王国へ出奔なさいました」
「えっと……なんかうちの両親がごめんね」
いいえ、とランスは首を横に振った。
十八年前のお父様は、村長さんの家を壊したとかいうレベルではない悪事を働いていたのだな。
先代魔王はとんでもないものを盗んでいきました、隣国の聖女です!
「プランタン大公がハイエルフに惑わされたのは、国王陛下の妹姫でご自身の従妹だったマチネ様への浅ましい恋慕を捨てられなかったからでした。不死王になることで病弱な体を捨てて、マチネ様に殴られようだなんて……ご自身の発する闇属性の魔力がアンデッドを生み出してしまうことにも気づかずに。そんな歪んだ愛を向けられていたのですから、マチネ様が心身ともにお疲れだったのは当然のことです。挙句の果てに聖女としてプランタン大公に止めを刺すことになるだなんて。この哀れな下僕を始めとする専属聖騎士はマチネ様の苦しみを存じてあげておりましたので、出奔をお止めすることなどできませんでした」
「ちょ、ちょっと待ってランス! いやランスさん?」
またお母様についての新たな情報が出てきたんですけど!
ランスが微笑む。
これまでは少し甲高い声でユーモラスにしゃべっていたのに、急に甘くて色気のある声でねっとりとしゃべり始める。
「魔王陛下はお声までマチネ様に似てらっしゃいますね。どうぞもう一度、ランス、とお呼びくださいませ。……醜く卑しい下僕、と罵ってくださってもよろしいのですよ?」
「聞きたくないんだけど聞かないのも怖いから一応聞くね? お母様、あなたのことそう呼んでたの?」
「まさか! マチネ様はこの哀れな下僕のことをいつも水の聖騎士とお呼びでした」
「……お母様のことはマチネたんとは呼ばなかったの?」
「お願いいたしましたら、やめて、と凍り付くような視線とともにおっしゃられましたので、魔王陛下と同じように心の中でだけお呼びしております」
「あー……いい加減話を戻すね。私のお母様、ジュルネ王国の王女だったの?」
「だったのではございません。たとえ先代魔王に嫁ごうとも、マチネ様は永遠にこの哀れな下僕ランスめの最愛の太陽であらせられ、このジュルネ王国の王女様でいらっしゃいます」
「そっかー」
お母様とお父様がお元気だったときに、いろいろ聞いとけば良かった。
……いや、聞いても無駄だったんだろうな。
お父様が私に聞かせたくないと思ってたんだから。たぶん四天王も伯母様も、お母様が人間だということ以外は知らされてないんだろうし。
「マチネ様がお亡くなりになったと聞いたとき、この哀れな下僕の世界は絶望に包まれました。あの方がいらっしゃらないのなら、すべてが消えてしまえば良いとまで思いました。それでもマチネ様が愛したこのジュルネ王国を守り、与えられた辺境伯領を豊かにすることがこの哀れな下僕の使命だと思って励んで参りました。分厚い瓶底眼鏡をかけていたのは、あの方のいない世界から目を逸らすための愚かな抵抗です。魔王陛下とお会いできたのはマチネ様がくださったご褒美に違いありません。この哀れな下僕ランスめは当代の聖女様の前で誓わせていただきます、これからは魔王陛下がこの哀れな下僕ランスめの推しであらせられます! と!」
推 さ ん と い て く だ さ い。
乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』のラファルは、兄のランスに反発しつつも憧れていた。
彼がたったひとりの女性を一途に想い続けているのを知っていたから……推し活じゃねーか!
ランスのこの姿を見たら、ラファルどう思うんだろ。
推し活は個人の自由だけど、実の兄の一人称が『この哀れな下僕』って嫌じゃね?
ってか、なんなの『この哀れな下僕』って!
ファン有志が決めたファンネームだったら、お母様がお気の毒過ぎない?
とはいえ、いきなり与えられた多過ぎる情報はとりあえず置いておこう。
そもそも考えてどうこうなるもんじゃない。
とりあえず、聖女がマルス将軍のCV声優さんのファンで、ランスのCV声優さんのファンではなかったことを喜ぶんだ。同担拒否ガチ恋強火勢怖い。私のお父様もだったけど。
なにはともあれトムの捜索と場合によっては討伐することに全力しよう。そして、そのために確認だ。
「ねえ聖女様」
「あら、エクラで良いのですよ、ソワレさん」
私はマルス将軍の隣に立つ聖女エクラに尋ねた。
「今回の計画、当代の聖女専属聖騎士には秘密って話だったのに、なんで水の聖騎士リュイソーがいるの?」
彼はなぜかアッシュさん、シャルジュさんと一緒に私の後ろにいる。
強い水属性魔力を持つ人間がふたりもいて、炎属性の魔王は怯えてるんですが。
そして背中に目がないにもかかわらず、魔王は気づいていた。ランスがしゃべっている間、シャルジュさんが愉悦に満ちた表情で彼を観察していただろうことを。
「ああ、ごめんなさい。お話していませんでしたね。ランス様にもお願いしているのですけれど、念のためにリュイソーさんにもご同行いただくことにしたんです」
聖女が微笑む。
「魔王を……ソワレさんを殺すために」
……聖女様? 今なんておっしゃいました?




