42・転生魔王、眼鏡と会う。
今日は聖女エクラ&バグオジ達とマタン山脈へ出発する日だ。
一応二泊三日くらいの予定。
待ち合わせ場所は王都の外で、大門から少し離れたところである。
不法侵入者の魔王に気を使ってくれたわけではない。
というか、この大陸には我がニュイ魔王国とジュルネ王国しかないので、そこら辺はそんなに細かく決められていないそうだ。
……まあ細かく決めてても、脳筋魔人は戦いたくなったらどこからでも来るわな。空飛ぶのもいるし、城壁くらいなら壊せるし。
王都の外なのは私が竜に変化してマタン山脈までみんなを運んでいくからで、王門から少し離れたところなのは、目印がないと集合できないからである。
都内で待ち合わせした後で広い場所へ行かなかったのは魔王と聖女が一緒にいるのを目撃されたくないからではなく、バグオジ達が集まっている姿を見せることで王国民を不安にさせないようにだという。
それぞれの世代で名を知られた以前の専属聖騎士達が聖女を中心に勢揃いしてたら、なにかあったんじゃないかと思うよねえ。
前世の乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』の中では全員見知っていたけれど、今世では今回ふたりのバグオジと初対面。
先々代の聖女専属水の聖騎士で辺境伯のランスと聖女様の推しマルス将軍だ。
――ただ今、私こと魔王ソワレは王都近くの草原に正座して、前に立つマルス将軍にお説教されてます。
「貴殿には魔王としての自覚はないのかっ!」
マルス将軍が怒っているのは、私がトムについての情報をなにも持っていなかったからだ。
と言っても今の居どころがわからないというのは最初から告白済み。
怒っているのは、魔王国にはトムが悪党であるという情報がまるでなかったにもかかわらず、聖女の言葉を信じて魔王自らが彼の捜索と討伐に加わったことに、だ。
あー、そうだよねえ。
いくら聖女が転生者でも、彼女の語る乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』についての情報がすべて真実とは限らない。むしろだれも真偽を確認できないのを良いことに、自分に都合の良い情報をばら撒いている危険性もある。
聖女が世界征服をするのに、トムが邪魔だから、とかでさ。
もっとも、短慮だったのは魔王だけだ。
バグオジ達はちゃんと自分の持つ情報網で聖女の情報の裏を取っていた。
王家にも確認が取れているらしい。
十八年前、プランタン大公を唆して不死王に仕立て上げたのは、行商人エルフのトム――黒幕ハイエルフのオートムヌだったと。
国王の従兄でもあったプランタン大公が不死王と化して守るべき民を苦しめたという事実は、公にはされていない。
……あの村長さんも知らないんだろうなあ。
そもそもトムの光の加減で黄金色に煌めくハシバミ色の瞳自体が、彼が普通のエルフではなく何千年もの時間を生きているハイエルフだという証明だった。
瞳が黄金色に煌めくのは、長寿の原因となる強い魔力を持っているから。
普通のエルフの瞳は同じハシバミ色に見えても、黄金色に煌めくことはない。
「今はオートムヌの動きは確認されていない。貴殿の国で情報を集めてから参加を決めたのでも良かったのではないか? 諸悪の根源かもしれない存在を根拠もなく刺激して、民を危険に晒すことになったかもしれないのだぞ?」
神妙に頷きながら聞いているのに、マルス将軍のお説教は終わらない。
いや、ちゃんと反省してるのよ?
ただ魔王も脳筋魔人のひとりだから、そんなに難しいこと考えられないだけで。
ちな、聖女エクラ様はマルス将軍の後ろで蕩けた顔をしてらっしゃいます。
あーそうだよねえ。
ゲームでならわざと失敗してお叱りを聞いた後でリセットしたりロードしたりできるけど、現実となった今世で怒られてたら好感度落ちちゃうもんねえ。とはいえ聖女様が鼻の下伸ばしてて良いのか?
「そのくらいで良いのではないですか?」
「……ランス殿」
現れた救いの主は辺境伯のランスだった。
バグオジ唯一の眼鏡キャラ。
しかも瓶底眼鏡。あのグルグルしたヤツ。
でも乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』プレイヤーはみんな、彼が絶世の美青年だと知っている。
初対面のときにぶつかって、眼鏡が落ちるスチルがあったからね!
そこまでやっておいてルートもエンディングもないから『バグオジ』って呼ばれてたのだ。
マルス将軍が私に頭を下げる。
「魔王陛下、言い過ぎたかもしれない。申し訳なかった。……だが、ご自身が民を統べるお立場であることは常にお忘れにならぬようにしてください」
はい、その通りですね。
素直に頷いた私の前にランスが跪く。
……え、なんで? 自己紹介は済んだよね?
おい、ちょっと! どういうことかと振り返ってみたら、後ろにいたシャルジュさんがワクワクした顔始めてるんだけど?
「ランスが瓶底眼鏡を外した!」
シャルジュさんの横のアッシュさんが叫び始めたので、私は視線をランスに戻した。
「……そして、四角い眼鏡に付け替えたあぁぁっ!」
四角い眼鏡は前世でいうところのスクエア型風で、瓶底眼鏡と違ってガラス部分が薄くて透き通っている。
レンズの周りにフチはなく、眼鏡の魅力を活かしながらも美貌は明らかという良いとこどりの逸品だ。
これで眼鏡フェチも安心!
……だれに対してなにを説明してるんだ、私は。
「魔王陛下。いいえソワレ様。……この哀れな下僕にソワレたんとお呼びする権利をいただけますでしょうか?」
「なんかキショいからやだ」
先々代の水の聖騎士ランスは、弟のラファルと同じく柔らかそうな金色の髪をかき上げた。
「ふふふ、これは手厳しい。それでは哀れな下僕は心の中でだけソワレたんとお呼びいたしますね」
最初から確認せずに、心の中でだけ呼んでてくれたら良かったのに。
というか、この哀れな下僕ってなに、どっから出た?
もしかしてランスの一人称なの?
「ああ、それにしても魔王陛下は本当にそっくりでいらっしゃいますね。この哀れな下僕ランスめの最愛の太陽! 月! 星! この世のすべての煌めきを集めたよりも目映い光、先々代の聖女、尊く偉大で麗しき『拳の聖女』マチネ様に!」
「……ん? なんで私のお母様の名前を知ってるの? それに『拳の聖女』って……」




