41・聖騎士様は恋に恋するお年頃<7>
だれかなんとかしてくれないかなあ……
王国民との交流会は七日に一度だ。
準備を済ませて全力を尽くし、やっと終わったと思っても、すぐに次の回が訪れる。
ほかの祭りや行事があるときは中止にされるものの、それで聖騎士達が休みになるわけではない。べつの仕事を任されるだけだ。
水の聖騎士リュイソーは、聖女の住む神殿に併設された宿舎で溜息をついた。
交流会に手を取られている時間で稀覯書を読みたいから他人に役目を押しつけたい、と思っているのではない。
それが証拠に神殿内の図書館で借りてきた稀覯書のページは、先ほどから少しも進んでいなかった。
リュイソーは交流会自体が嫌なわけではない。
先日の交流会で知ってしまったことが嫌で、次の交流会でもその事実に直面するかもしれないことが嫌なのだ。
この悩みはお人好しのフラムには相談できない。チャラい代わりに割と面倒見の良いラファルにも無理だ。魔力属性の相性で仲の良いテールにも絶対言えない。
「……なんだってみんな同じ女の子を好きになってるんだよ……」
自分が無意識に呟いた声を聞いて、リュイソーは息を呑む。
慌てて稀覯書を閉じて辺りを見回すが、だれもいない。
ここはリュイソーの個室なのだから当然だ。ほかの聖女専属聖騎士達はそれぞれが思い思いの行動を取っているはずだ。
もう一度溜息をついて、リュイソーは稀覯書の表紙にオデコをつける。
この前の交流会でリュイソーは見てしまった。
気づいてしまった。
ほかの専属聖騎士達がひとりの少女を瞳に映して態度を変える瞬間を。偶然のようで必然だ。小柄なリュイソーはいつも踊りのときは全体を俯瞰して、仲間のオーバーアクションに巻き込まれないよう気を配っているのだから。
「フラムは元気過ぎるし、ラファルはなにかと周りを引き込もうとするし、テールはせっかくの巨体を上手く活かせてないし……」
三人の聖女専属聖騎士達の視線を奪ったのは、リュイソーよりも少し小柄な女の子。
黒い髪のように見えたけれど、あれは濃い赤毛だ。
年齢は聖女や専属聖騎士達と同じくらいだろう。
舞台が終わって握手会が始まったときに、先代の『蹴撃の聖女』の夫に話しかけられているのを見た。
独特な応援の踊りをみなに教えて『師匠』と慕われている彼に、『師匠』と呼びかけられていたのはなぜなのか。
有名な舞姫なのだとしたら『師匠』に『師匠』と呼ばれていたのもわかるし、ほかの三人の踊りが変わったのも理解できる。理解できるが、そうではないことをリュイソーは知っている。
小柄だから踊りが目立たないと評されるのが嫌で、リュイソーは国内の舞姫や踊り手の舞台を研究してきた。
聖女専属聖騎士の候補になってからずっと、だ。
著名な人間はすべて知っている。
「……ソワレ……」
稀覯書の表紙からオデコを上げて、リュイソーはだれもいない部屋でひとりごちる。
謎の少女の名前を知っているのは以前、フラムとラファルが会話しているのを聞くともなしに聞いていたからだ。
あのときのラファルは彼女のことを知らないようだった。一体いつ出会い、恋に落ちたのだろうか。大切な儀式のたびに、あのようにうろたえられたのでは困る。
「……まあ、今度の交流会は中止になったんだけどさ」
聖女になにか特別な用事があるらしい。
専属聖騎士達は待機で、彼女には随行しない。
だから表向きは聖女の個人的な事情に見える。
「でもたぶん違うんだよねえ。聖女が王国を離れているのと同じ期間に、マルス将軍と冒険者ギルドのギルマスがお休み取ってるんだもん。テールの実家もお休みみたいだし、ランスさんも旅行に行くって聞いたし」
魔力属性も武器も同じということで、リュイソーは同輩のラファルよりも彼の兄で辺境伯のランスとのほうが仲が良い。
先々代の聖女専属聖騎士だったランスは、候補だったころのリュイソーによく稽古をつけてくれていた。
その彼から、数日王国を離れるが、戻って来たとき王都に寄るので久しぶりに手合わせしないかと手紙が来たのだ。
同輩の恋の大混戦と聖女と以前の専属聖騎士達の不審な動き――リュイソーはこの状況で読書にのめり込めるほど呑気にはなれなかった。
聖女は当代の専属聖騎士に秘密でなにをしようとしているのか。
今度の交流会は中止でも、その次は開催されるだろう。そのときにまたあの少女が来たら、同輩達はどんな行動を取るのか。
「あの日フラムが転んだのって、いつもの失敗じゃなくて、彼女を見つけて無意識に舞台から飛び出そうとしたからなんだよね」
全体を俯瞰していたリュイソーだから気づいたことだ。
三度目の溜息をついて、熟読できないとしても返却日までに流し読みくらいはしておこうと稀覯書の表紙を開いたときだった。
リュイソーの個室の扉を叩く音がした。立ち上がって戸を開くと――
「突然ですみません、リュイソーさん。……魔王を殺してくださいませんか?」
訪ねてきた聖女エクラは、思いもかけない言葉を放ったのだった。




