40・転生魔王VS厄介ファン
魔王はギルマスを見た!
ギルマスは引き出しから出したスイーツを齧りながら、コーヒーの芳香を嗜んでいる。
聖女からは逃げられない!
「……魔鍛冶」
私はやっとのことで言葉を絞り出した。
いや、ほんの数秒のことだったとは思うんだけど、気持ち的には数時間だったんだよ。
聖女は可愛く小首を傾げる。魔王の両肩を掴んだ手は離さない。
「魔鍛冶……アッシュさんが推しということですか?」
「違います。魔鍛冶が……ミニゲームの魔鍛冶が推しなんです。せっかくこの世界に転生したので、魔王としての生涯をかけて究極の魔鍛冶アイテムを完成させることをここに誓いますっ」
「誓われても……」
困惑した表情で私の両肩から手を離し、聖女は自分の席に座り直した。
魔王は、ふとギルマスのほうを見た。
ギルマスは聖女と同じ、可哀想なものを見る表情を浮かべている。魔王、解せぬ。そして、この子やっぱり転生電波聖女じゃね?
聖女がコーヒーに舌鼓を打ち、目の前に置かれたスイーツの皿に手を伸ばす。
シャルジュさんが私達ふたりそれぞれにスイーツを取り分けてくれたのだ。
チョコレートである。チョコレートはコーヒーとよく合う。
「……トムの捜索なんですけど」
しばらくまったりとコーヒータイムを楽しんだ後で、私は言った。
「マタン山脈から始めてみてはどうでしょうか」
「どうしてだ?」
「魔鍛冶用の魔法金属目当てですか?」
シャルジュさんが、わかってても知らない振りしてやれよ、と言いたげな顔で聖女エクラを見つめたけれど、その通りだよコンチクショー!
「良いんじゃないですか?」
「聖女様は賛成なのか」
「はい。前世のネットの考察で言われてました。ドワーフの存在を匂わせながらゲーム本編には登場させなかったのは、なにか裏設定があるのではないかと。黒幕は魔王を支配下に置くまでの先兵としてドワーフを利用しようとしていたが、なにか計算違いが起こってそれができなくなったのではないかと。……まあ、髭面太鼓腹のおじさん達が乙女ゲームの雰囲気を壊すから、という意見もありましたけれど」
「そうか。聖女様が賛成なら俺達は補佐させてもらうだけだ。……魔王様はご自分の意見だから問題ないな?」
「あ、はい。あの……」
私は気になっていたことを口にした。
「シャルジュさんも転生者なんですか?」
「んん? 違うぞ、どうしてそんなこと思ったんだ?」
「エクラさんと私の荒唐無稽な会話を笑いもせずに見守ってくれてましたし」
見守るだけじゃなくて、聖女に詰め寄られてた魔王を助けてくれても良かったのよ?
「推しとか攻略本とかネット考察とかの単語の意味も聞かないじゃないですか」
「ダークエルフには輪廻転生の思想があるから、聖女様みたいなべつの世界からの転生者の存在と出会っても不思議じゃないと考えている。その上で、聖女様には前から話を聞いてたからな。攻略本は預言書のようなもの、ネット考察はひとつの事柄についてのさまざまな人間の考えをまとめたものだろう?」
「そう……かもしれませんね」
この世界に生きている以上、この世界の未来を守るために必要なら、多少出どころが怪しげな知識であっても利用するってことかな。
さすが冒険者ギルドのマスター。
清濁併せのむってヤツだね。
「推しは普通にある言葉だしな。交流会のときに王国民は、自分の推しと握手するために並ぶんだぜ?」
「確かに」
「実は俺、推しのいる人間が好きなんだ」
シャルジュさんは、魔王と聖女を優しく見つめた。
もしかして交流会に推し活中の王国民を見に行ってたのかな。
そこで舞台の上から私に気づいた聖女に相談されて、この状況になったってこと?
「推しを好き過ぎておかしく……じゃなくて推しに夢中になっている姿を観察……じゃなくて応援するのが俺の愉悦……楽しみなんだ」
なんて?
「あ、それでなソワレ。オートムヌが王国に間諜を放っていたときに備えて、当代の聖騎士達には聖女様の情報は伝えてない。ヤツの探索は聖女様が言うところのバグオジ? とソワレと聖女様でおこなう」
そこまで言ってシャルジュさんは、隠しきれない愉悦が滲み出た表情になる。
「ランスは十八年前から推し一筋だから、ソワレは苦労すると思う。……ごめんな」
めっちゃ楽しげに謝られた!
どういうこと?
というか、シャルジュさんてば自分の楽しみのためなら簡単に裏切りそうなんですけど! このギルマス、信用できぬ! そもそも今日はお茶の木の苗について相談しようと思ってたのに―。




