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転生魔王NOT悪役令嬢  作者: 豆狸


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35/54

35・水、誓う。

 クルシイクルシイクルシイ――


 ヴィペールは嫉妬に苦しんでいた。

 魔王ソワレのストーカーである水の四天王の日常である。

 先日同輩の風の四天王に魔王が魔鍛冶で作成した双剣を贈っていたのを天井裏から目撃(盗み見)したときは、いつか絶対に彼を殺そうと決意した。


 今日は人間の国から戻ってきた魔王が従兄に【風属性魔力増幅(大)】をつけた装備アイテムを渡しているのを見た。

 【風属性魔力増幅(大)】は炎の四天王である彼の炎属性の魔力を高めるに違いない。

 もちろん炎の四天王もいつかは殺すつもりだが、すぐには無理だ。


(魔王様のご威光が盤石になるまでは、あんなゴミムシどもの力でも必要でしょう)


 ヴィペールは脳筋魔人の集まりニュイ魔王国で、自分が一番賢いと思っている。

 だからわかっている。わかっているつもりだ。

 魔王による全世界征服計画において、配下の四天王の戦力強化がとても重要だということは。彼女が全世界征服計画なんて立てていないことはともかくとして。


 クルシイクルシイクルシイ――


 それでも苦しいのだ。

 苦しくて苦しくて辛いのだ。

 魔王が笑顔で従兄に土産を渡していたときの光景を思い出すだけで、苦しくて辛くてたまらないのに、魔王への愛しさは止まらないのだ。


 自分だけを想っていて欲しいし、自分だけを見ていて欲しい。

 ヴィペール自身がそうしているように。

 初めての恋は、これまで受けたどんな攻撃よりも強く激しくヴィペールを(さいな)んでいた。今にも心臓が張り裂けそうだった。


 なお『告白』という概念はヴィペールにはない。

 脳筋魔人は力がすべてだ。いや、勝利がすべてといったほうが正しい。

 本来の四天王候補だった兄を騙してその座を奪ってから、ヴィペールは肉食系猛禽類女子(お肉大好き女性魔人)達との関係で不自由したことがない。


(……こんなに苦しいのなら、いっそ魔王様を飲み込んでしまいましょうか)


 魔王が竜に変化するのは肉体自体が変容するのではなく、その強い魔力を纏うことによる着ぐるみ状態だ。

 ヴィペールも同じように自分の魔力を纏って大蛇に変化することができる。

 ほかの四天王も巨獣化可能なのだけれど、あまり変化はしていない。人間の姿で一部の獣の特徴を強化したほうが消費魔力は少なく、小回りが利いて効率が良いのだ。


 風の四天王である烏魔人も普段は魔力の翼を出してはいない。

 人間だった先代王妃に合わせてドワーフが造った魔王城で翼を出して移動していたら、壁や天井に引っかかって邪魔でしかないので当然だ。

 魔王がよく竜に変化しているのは、人間の母を持つ彼女は魔力が弱く、翼だけ出して飛べるほど器用でないからである。


 着ぐるみとはいえ実体化した魔力でできているものだ。

 ヴィペールは飲み込んだ相手を封じ込めることができる。

 そのまま自分の魔力で(くる)んで、彼女を溶かしてひとつになれたなら……そんな妄想に溺れるくらいヴィペールは煮詰まっていた。


 いっそ前のように利用することだけを考えられたら、そう思いもする。

 だけど無理だった。

 炎の四天王に【風属性魔力増幅(大)】のついた装備アイテムを渡した後で、魔王はヴィペールにも紅茶味のパウンドケーキをくれたのだから。


(初めて人間の国へ行かれてから、魔王様は帰るごとにお土産を下さる。でも私に下さるのは消えてしまう消耗品だけ。紅茶の缶は持ち歩くようなものではないし……)


 ヴィペールは嫉妬と同時に恐怖も感じている。

 今日の魔王は人間の王国で、聖女達の儀式(ライブ)を観覧していた。

 ヴィペールがそれを知っているのは、自分の魔力を与えてモンスター化した従魔で魔王を監視しているからだ。


 しかし従魔は聖女と専属聖騎士達の魔力で浄化されて、ヴィペールの支配から外れてしまった。

 聖女だけ、聖騎士達だけでは浄化は無理だった。

 全員が揃い、王国民と心をひとつにしていたからこそ可能だったのだ。


(魔王様が聖女どもの儀式(ライブ)をご観覧に行かれたのは敵の動向を探るため。わかっているのに怖い……私の監視を不快に思われていることを言葉に出さずに伝えようと、聖女どもの力を利用して従魔を無力化なさったのでは? だとしたら、私は……)


 好きな相手に嫌われるのは怖い。

 昔、肉食系猛禽類女子(お肉大好き女性魔人)に嫌われて殺し合いの末に喧嘩別れしたときは、こんなに怖いと感じなかった。

 その違いが不思議で、それでいて今の怯えている気持ちがなんだかとても大切に感じる。


(魔王様を溶かしてひとつになってしまったら、もう二度と微笑みかけてはいただけない……)


 ヴィペールが魔王前世の昭和歌謡の世界に浸りそうになったとき、だれかが水の四天王の部屋の扉を叩いた。


「魔王様、どうなさったのです? 使い魔でお呼びくだされば参上いたしましたのに」

「あのね、ちょっと考えてたんだけど、ヴィペールって水属性の魔力を操れるから植物育てるの得意だったりしない?」

「……植物、ですか?」

「うん。ニュイ魔王国でお茶の木育ててみたらどうかな、って思って」

「お茶とは……紅茶ですか?」

「そうだよ。紅茶にもなるし、加工法によってはほかのお茶にもなるの。今度ジュルネ王国へ行ったら、お茶の木の苗が手に入らないか探してみようと思ってるんだ。入手できたら、一緒に育ててくれない? 私は炎属性だから植物育てるのは向いてなさそうだけど、乾燥させて加工するのには役立つよ」

「……」

「ヴィペール? 興味なかったら無理しなくていいよ」

「とんでもございません! このヴィペール、命に代えてもお茶の木を育ててみせます」

「うん? 手伝ってくれるなら嬉しいよ。まあ手に入るかどうかもわからないから、入手できたらってことでね」

「はい。魔王様……」

「なに?」

「いいえ、なんでもありません」


 心の中で魔王に永遠の愛と忠誠を誓っていたヴィペールは知らない。

 今日の儀式(ライブ)で水の聖騎士リュイソーの魔力を感じてビビった炎属性の彼女が、水の四天王(ヴィペール)の機嫌を取っといたほうが良いかな、なんて思ったから今の発言をしたということを。

 ついでに茶畑がヴィペールの弱みになって、上手く制御できたら良いなあ、なんて思ってもいるということを――初めての恋の(とりこ)になっている水の四天王は知らない。

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