33・王太子の憂鬱
ジュルネ王国の王太子イヴェールは当代国王夫妻のひとり息子だ。
だが立太子されたのは、ひとり息子だからではない。
文武に秀でた青年として知られる彼には実力があった。
初めて彼と出会った人間は、まずはその美貌に心を奪われるだろう。
ソワレの前世世界で冬を表す名前の通り、雪を思わせる白銀の髪に氷を宝石にしたような薄い青色の瞳、すらりと伸びた四肢としなやかな体躯、その声は甘く優しい。
王国女性の憧れを聖女専属聖騎士達と五分するイヴェール唯一の欠点は、十八歳になるのにまだ婚約者がいないことだ。
当代の王族は三人しかいなかった。
国王の妹はすでに亡く、先代の甥で国王の従弟だったプランタン大公も十八年前に亡くなっている。
だれもがイヴェールに早く結婚して跡取りを得て欲しいと期待していた。
真面目で優秀で、王国のことを一番に考えて行動する彼は、婚約者を決めて欲しいという周囲の望みにだけは断固として否を返していた。
理由は簡単。
彼には想い人がいるのである。
今日は七日に一度の聖女と専属聖騎士による王国民との交流会である。
イヴェールは遠い想い出を胸に、観客の中に紛れていた。
聖騎士団や近衛騎士団の鍛錬に混じってもイヴェールは遜色がない腕前である。理想的な王太子である彼は、だからといって護衛騎士の面目を潰すような真似はしない。同行を許された護衛騎士達は、少し離れた位置で変装した王太子を見守っている。
ちなみにイヴェールの主武器は剣なのだが、本当は拳闘に一番自信があった。
銀の髪を黒く染め、仮面をつけた長身のイヴェールは目立つ。
明らかに胡散臭いものを見る目を寄せられている。
イヴェールの周りには人のいない空間が生じていたけれど、本人は気にしていない。普段の姿でも王太子の威厳に気圧されるのか、人々はイヴェールを揉みくちゃにするようなことはなかった。
ジュルネ王国王都の大広場の中央には丸い舞台がある。
その舞台の上で、ピンク色の髪の少女が歌っていた。
イヴェールの想い人もピンク色の髪だった。そのため一時は目の前の少女に淡い気持ちを抱いていたこともあった。
(でも違った)
ピンク色の髪の少女、聖女エクラはイヴェールの想い人ではなかった。
もちろんそんなことは最初からわかっている。
イヴェールは自分の想い人の素性を知っている。両親もだ。そして、だからこそ両親はイヴェールにあの子のことは諦めて婚約者を作れと言うのだ。
(聖女エクラは少し……あの子と比べると真面過ぎる)
思いながらイヴェールは舞台から視線を外した。
観客席を見回す。近くの親子連れが怯えたように後退ったが、王太子に対する不敬を恐れているのだと考えて気にしなかった。
イヴェールは自分が怪しい仮面をつけていることを忘れている。
見回して、ひとつの場所で視線を止める。
そこには五人ほどの人間がいて、魔力を帯びて光る棒を手にして踊っていた。
ちゃんと距離を取って、ほかの観客に迷惑にならない位置にいる。人が多くて空間が無いときは無理に踊ったりはしない。
その光る棒はアンデッド除けに作られた魔道具である。
効き目があるかどうかは不明だ。稀覯書くらいにしか記されていないものの、ジュルネ王国の人間は炎、大地、風、水のよっつの属性以外にも光と闇の魔力があることを本能的に知っている。
聖女が代替わりするたびにアンデッドに襲われていた過去があるからかもしれない。
アンデッドは闇属性の魔力を持つ。
死体や命無きものが闇属性の魔力を帯びて動き出したものなのだ。
炎が水、風が大地を苦手とするように、闇にだって苦手な存在があるはずだ。それは光に違いない、と人々は思ったのである。
(懐かしい。あの子もよく踊っていた……)
王太子の想い人はピンクの髪で、彼にとっては世界一可愛くて、割と変わった子だった。
目の前の踊りを聖女を応援するものだと言って彼らに教えたのはあの子だし、ほかにもいろいろと妙な発言をしていた。
イヴェールが拳闘を始めたのは叔母の『拳の聖女』に憧れたのもあるが、あの子の影響も大きい。彼が拳を鍛えれば一発で魔王すら倒せると、あの子は言ってくれたのだ。
イヴェールは舞台に視線を戻した。
ピンク色の髪の聖女の歌声に合わせて専属聖騎士達が踊っている。
これは世界を癒す聖なる儀式であった。観客に応援されることで、聖女と専属聖騎士達の魔力は増幅されていくのだ。
(おや……)
大柄な大地の聖騎士テールは踊りが苦手だった。
なんとかほかの聖騎士について行ってはいるのだが、必死であることが顔に出てしまっていた。──ついさっきまでは。
なにがあったのか、彼は一瞬で笑顔になった。満面の笑顔で長い手足を動かす彼は、だれよりも華麗に見えた。
一方いつもは優雅な動きを見せている風の聖騎士ラファルがどこかぎこちない。
観客席に気を取られているようだ。
水の聖騎士リュイソーはいつも通り可憐な動きを見せている。小柄でほかの聖騎士達よりも手足が短いので、どうしても可愛らしく見えるのだ。たぶん本人に可憐と言ったら機嫌が悪くなる。
炎の聖騎士フラムも踊りが苦手らしいけれど、彼は楽しそうに踊るし失敗が大き過ぎて、そういう振りつけかな? と観客が受け入れるので問題なかった。
今日はテールが笑顔になった途端に、フラムがすっ転んだ。
いつもなら照れくさそうに笑いながら跳躍して戻るのに、今日はどこか艶やかな表情でゆっくりと起き上がって踊っている。彼らしくない色気が漂っていた。
どうしたのだろうと首を傾げたものの、このときの王太子はいつもと違う三人の視線を辿ることはしなかった。
イヴェールにとっては残念なことである。
聖騎士達の視線を辿っていれば、彼の想い人を見つけられたのだ。
(ソワレ、私のソワレ。どうして君は魔王で、私は未来の国王なんだ。せめてマチネ叔母上が君の弟妹を産んでくれていたら、私達は結ばれることができたのに!)
『拳の聖女』であった叔母のマチネが亡くなるまでの間に数回会っただけの従妹を、イヴェールは今も想い続けている。




