27・水、這う。
ユルサナイユルサナイユルサナイ──
魔王ソワレへの恋を意識してから、水の四天王ヴィペールは食が細くなっていた。
魔王城を出て狩りに行かなくなったのだ。
もちろん魔王の食事のための狩りは欠かさない。しかし彼女と離れたくないので、そのときは自分の魔力を与えてモンスター化させた従魔の蛇達を行かせている。
蛇達はべつのところへも行かせていた。
ジュルネ王国だ。
魔王が人間の国へ行きたいというのなら、ヴィペールは止めない。本当は同行したいのだが、人間の母を持つ彼女と違いヴィペールは、どこからどう見ても蛇魔人だ。霧を纏って光を反射させ、姿を変える魔法でも生み出そうかと研究中だ。
ともあれ今は魔王に同行できないので、ヴィペールはいつかまた魔王がジュルネ王国へ行くときの隠密護衛として蛇達を放ったのである。実際に行くときに尾行させたのでは気づかれてしまうし。
蛇達はヴィペールの耳であり目だ。
その耳と目が、下等な人間がソワレの名前を口にしているところを発見した。聖女専属の四人の聖騎士達だ。
すぐに殺そうかと思ったものの、魔王の四天王と聖女専属の聖騎士達の力はほぼ互角だ。
それに向こうには、水属性のヴィペールが苦手な風属性の人間もいる。
仕方がないので、今は情報を集めるだけにしている。彼らの致命的な弱点を見つけ出せる日をヴィペールは期待している。
(……風属性……)
そこでヴィペールは、ついさっき魔王城で目撃したことを思い出す。
魔王城に魔王がいて彼女のお呼びがないときのヴィペールは、自室で待つか魔王の部屋の前をうろついていた。
魔王ソワレの前世世界でいうところのストーカーではない。護衛である。
先日ジュルネ王国から戻ってきた魔王は、ヴィペールに紅茶をくれた。
湿気ることのないようにと密封性の高い容器に入れたものだ。
ヴィペールはこれまで紅茶を売ってくれていたエルフを殺そうと思った。魔王がくれるからいらない、と考えたわけではない。エルフが売ってくれた紅茶は、買ったときから湿気ていたことに気づいたからだ。
新鮮な茶葉を魔力で精製した最高の水で淹れて、魔王と一緒に飲んだ紅茶は最高に美味だった。ヴィペールは生きて来て良かったと、心から感じた。
エルフの名誉のために言っておくと、彼らは悪意があって湿気た紅茶を売っていたわけではない。
森で自然と共存するエルフ達は、外見の美しさに反して雑で野性的なのだ。
飲めりゃいい、食えりゃいい、の精神である。それに耐えられなくて人間社会で生きているエルフも多い。彼ら以上に雑で野性な魔人の住む魔王国には、あまりいない。
ユルサナイユルサナイユルサナイ──
ついさっき目撃した光景を思い出すと、ヴィペールの心に嫉妬と憎悪が満ちた。
ヴィペールと土産の紅茶を飲んでから数日間、魔王はしばらく自室に籠もっていた。
つい心配になって天井裏から見ていたので知っている。彼女はドワーフのみに伝わる秘術と言われる魔鍛冶をおこなっていた。どこで身に着けたのかはわからないが、さすが私の魔王様です、とヴィペールは心の中で称賛した。
ヴィペールの行動はストーキングではない。護衛である。
魔王が作り上げたのは【風属性魔力増幅(特大)】と【追加ダメージ:劇毒】というふたつの特性を持つ鋼製の双剣だった。
双剣というところで少し嫌な予感はしたけれど、ヴィペールは魔王が自分のところにそれを持って来たときに備えて、兄を騙して奪った愛用の鞭【大蛇の尾】を引き千切っておいた。
もちろんあの青いリボンは大切に取ってある。
わー、どうしておわかりになったんですかー?
ちょうど愛用の鞭が壊れて困ってたんですよー。
私達ってば以心伝心ですね、魔王様。などと言ってありがたく下賜されるつもりだったのだ。
なのに、魔王が双剣を持って行ったのは風の四天王コルボーのところだった。
ユルサナイユルサナイユルサナイ──
許さないのはコルボーだけである。
脳筋魔人の中で一番賢いつもりのヴィペールには魔王の気持ちがわかる。
水の四天王ヴィペールは代々四天王を務めてきた優秀な蛇魔人の血筋だし、大地の四天王リオンも名門獅子魔人の出だ。炎の四天王バルにいたっては、魔王の父方の従兄で竜に変じることもできる。世が世ならお家争いになっていてもおかしくない。
(もっとも私はソワレ様以外の魔王など認めませんけどね)
以前バルのほうが操りやすいと思っていたことなど、今のヴィペールの記憶にはない。
恋する男は昔のことにはこだわらないのである。
そして、風の四天王コルボーは成り上がりだった。
もともと風の四天王になる魔人は気まぐれで、あまり代を重ねたことがない。
それでもそれなりに名の知れた魔人が選ばれてきたのだが、コルボーは違った。
大地の四天王リオンが魔力を見込んで勧誘してきた魔人なのである。魔力属性の相性において、大地は風に勝る。にもかかわらずリオンが脅威を感じたほどの風属性の魔力を放っていたのがコルボーであった。
(魔王様の永遠なる治世のためには、あの烏の力を底上げすることも必要なのでしょう。でも……)
ユルサナイユルサナイユルサナイ──
いつか風の四天王の寝首をかいてやろうと思いながら、ヴィペールは天井の下の魔王を見つめ続けた。
コルボーと別れて自室に戻った彼女は、新しい鋼製の双剣と引き換えに彼からもらった古い鉄製の双剣の【風属性魔力増幅(中)】という特性に、ロック鳥の骨弓の同じ特性を合成して【風属性魔力増幅(大)】を作り出していた。
さすが私の魔王様です、と甘い吐息を漏らしながら天井裏を這う。とはいえ、あまり見ていたら気味悪がられてしまうので、今日はもう天井裏から降りることにした。今後も魔王が心配なときと、ほかの男と会っているときしか天井裏を這う気はない。
うん、護衛ではない。水の四天王ヴィペールは、どこに出しても恥ずかしい立派なストーカーである。




