タイトル未定2025/12/29 20:48
bar「ジェシカ」のマスター麻生七海は、この数日間同居をしている大門の入学準備に追われていた。
大門の戸籍は既に麻生家の戸籍に移し、大門は「麻生大門」になり戸籍には「養子」の二文字が記された。
リビングの壁に掛かっている時計を見上げると、すでに日付は変わっていた。
マスターの目の前には、大門が新一年生になったら使う体操着や備品等が所狭しと並び、その全てにマスターが書いた「あそうだいもん」の名前があった。
その名前を見るたび大門が社会に出るまでしっかり見届けようとマスターは、身が引き締まる思いだった。
マスターは目の前にあった体操着や備品等を、リビングに置いてある棚にしまった。
この棚には、大門が使う私物が入っていた。
「ぼっちゃん、まだ起きていたんですか?」
家政婦のまちこの声でマスターは、我に返った。
いつの間にか、リビングに家政婦のまちこがいた。
「中途半端に終わらせたくなくて、やっと終わりました」
「お疲れ様でした」
「大門が使う給食袋を用意したり、ゼッケンや名札をつけてくれたり、おまちさんには感謝をしています。ありがとうございます」
「坊っちゃんのお役に立てることができて、嬉しいわ」
そう言ったまちこは、少し厳しい表情をした。
「ぼっちゃん、このままでいいんですか?」
「このままとは?」
「このままずっとここで、大門君と暮らすんですか?」
「はい」
「実家に戻った方が、良いんじゃないのですか?」
「実家に、戻るつもりはありません」
迷いなく言うマスターに、まちこは呆れてため息をついた。
「旦那様に、大門君を会わせないんですか?」
「親父に?」
「まだ、会わせていないんでしょ」
「会わせる必要がないから」
「一緒に住まないのなら、せめて旦那様に大門君を、会わせたらどうですか?」
マスターは、しばらく黙り込んだ。
たった一人の肉親の父親に、大門を会わせることをマスターは思ってもいなかった。
「そうですね。考えてみます」
「お願いします。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
まちこがリビングを出ていくと、マスターはタバコを吸い出した。
マスターの左手の薬指に、重なるように付いている二つの指輪が鈍く光る。
マスターの友人夫婦が事故で相次いで亡くなり、一人になった大門を自分が育てると、マスターはまちこに嘘をついた。
大門の父親とマスターは、一切面識はない。
大門の母親は、まだ生きている。
本当のことを知っているのは、実家の開業医で、一緒に仕事をしている看護師長の紫野緑だけだった。
そんな状況で、父親にいきなり大門を連れて実家に行ったら何を言われるか。
父親とは幼少期の頃からあまり口を利かず、今に至っている。
ボクは、この先ずっと嘘をついていくのか。
マスターはタバコを吸いながら、二つの指輪をみつめた。
「瞳ちゃん。大門、もうじき小学校一年生になるよ」




