15.歓喜の涙
「申し遅れました、私は楠本健吾と言います。45歳の会社員でした。
イケ・・スティングさんがこの世界に召喚してくれたのは何か理由があるのでしょう。
こんな不健康で死にかけなオッサンで良ければ是非とも協力させて下さい。」
そう、彼は交通事故を起こさずとも棺桶に片足を突っ込んだ状態であった。
長年の不摂生な生活で体が悲鳴を上げていたのだ。
担当医に「血液検査全ての数値が悪すぎますね、過去最低です。死にたいんですか?
これはもう120点満点の成人病ですよ。すぐ痩せろデブ。」
と何の忖度もなくブチ切れられるほどのワガママボディの持ち主だった。
会社で「リバウンド王」と呼ばれるほど意志が弱いのが主な原因で、
どんな時であっても最後は必ずリバウンドを決める、という絶対王者だった。
当然だがバスケではなくダイエットの話である。
さすがにこれ以上は命にかかわるぞデブ、と言われたので、
よーし、パパ死ぬ気で痩せて健康を取り戻しちゃうぞ!(独身)と決意した先の事故であった。
どっちにしろ死期は近かったのかもしれない・・・。
(異世界に召喚してくれたのはいいが、申し訳ないがこの体では大した事はできないな・・・)
そんな事を思っているとスティングはキョトンとした顔で話す。
「え?いえ、クスモトさんはどう見ても10代後半位だと思いますが・・・。」
「え?」
「え?」
・・・しばらく固まる二人。話がかみ合わない。
「あー君、すいませんが姿鏡をここへ。」
「はっ!」
すぐに等身大の鏡が運ばれてくると、スティングが前に立つように手で合図する。
おそるおそる鏡の前に行き、自分の姿を確認する。
「いや・・・鏡を見ても成人病のおっさんの姿しか・・・えっ!!!?」
鏡の前には、かつて何を食べても太らない無敵の時代だった若い健吾が立っていた。
「これが、私・・・?」
「そうだよ。」
呆然と立ち尽くしていた彼が突如大声を上げて泣き始める。
それは歓喜の涙だった。
長年担当医から不摂生を改善しろデブ、と言われ続けてきた不健康な容姿はどこにも無く、
特に何もなかったが脳内変換によって作り出された「甘い青春」を過ごした若い時の自分に戻っている。
「スティングさんありがどおおお、瀕死の傷どころか若返りまでっ!!!」
「私はあなたを召喚しただけです。途中でこの世界の女神様がプレゼントをくれたのでしょう。」
そう、神様の介入があったとしか思えない奇跡。
社畜時代、連日激務で徹夜中に差し入れを持ってきてくれた優しい上司を盲目的に崇めるように、女神様とスティングに歓喜の祈りを捧げた。
激務の状況を作ったのは上司なのだが。
「私で出来る事があれば何なりとお申し付け下さい!今は無理かもしれませんが魔王でも悪魔でも必ず倒して見せます!」
健吾が恐れていた不健康体は消え去った。
体が軽い。息が切れない。すぐ発汗しない。髪がふさふさ。
それだけで天国、夢にまで見た若い身体がこの手に。そう、もう何も怖くない。
今の自分なら魔王すら倒せるようになる!可能なのだ!と根拠のない自信に満ち溢れていた。
そんな彼の熱い申し出を聞いたスティングが言った。
「いえ、魔王はすでに討伐されています。」
「え?」
「え?」
また時が止まった。




