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 イグナシウス王国の第四王子、エルディリアス・イグナシウス殿下と初めてあったのは、十三歳のころだったと思う。第三王子が外交公務をすっぽかしたため、婚約者として穴埋めをしろと引っ張ってこられた。

 スルト魔法王国は魔法にしか特化しておらず、その生命線である食料などは、すべて隣の大国であるイグナシウス王国に頼りっきりだ。イグナシウス王国からの輸入が98%で、残りの2%が他国もしくは自国生産といえば、自国生産の悲惨さが際立つよね。

 つまり、イグナシウス王国との外交は最重要な公務だったんだけど、その日は現王夫妻は新たに国交を結ぶかの会議が長引いており、王太子夫妻、第二王子もそれぞれ遠方への視察に出ていた。第二王子の婚約者は元々体が弱く、前日の寒波で倒れて外交の席に立つことかなわず。そうしてお鉢が回ってきたのが第三王子だけど、王城の中で買い上げた貧民と行為に及んでいたかと思えば、専属侍従から外交の話を聞かされて侍従を押し倒してヤリ倒したうえで、城下に逃亡したらしい。

 いつまでたっても第三王子も侍従もやってこないことにあわてた外交官が捜索していて、やり捨てされた侍従のを発見して大騒ぎになった。すでに外交に訪れたイグナシウス王国の外交担当者は城内で待機していて、今回は隣国の王族までやってきているのに、王族が誰もいないなんて、輸入に関しての関税などが変更されては大変なことになる。そうして、偶然王城で第三王子が放置してるせいで止まっているかわいそうな治水工事などの書類処理をしていたボクが引きずり出されたわけだ。

 まあ、ボクとしてもイグナシウス王国との国交に関して支障が出たら、今後第三王子と婚姻を結んだあとのことが恐ろしいことになりかねないため、それまでにない速度で外交にふさわしい服装に着替え、王城のメイドに最低限の髪のセットなどを頼んで、外交に赴いた。

「ボクはスルト魔法王国第三王子の婚約者、アーデルバルト・C・デイドリードと申します。この度は第三王子の急な不在により、代理ではございますが、お目にかかれて光栄にございます」

 丁寧に頭を下げて挨拶をしたボクに、第四王子殿下のお側に控えていた外交官が非常に不愉快そうな顔をしていたのは忘れられない。きっと、隣国にもあの色欲バカの惨状は情報が言っているんだろうなと思えば頭が痛いばかりだ。

 そんな外交官とは逆に、エルディリアス・イグナシウス殿下は優しく微笑んで、僕をねぎらう言葉をかけてくれた。この時ボクは初めてエルディリアス・イグナシウス殿下のお顔を拝見したけど、第三王子より二歳年下と聞いていたけれど、とても落ち着いた端正な顔立ちや表情をされていらっしゃったのを覚えている。隣国の王族特有のサンフラワーゴールドの髪が少々ザンバラに切られていることは少し気にかかったけど、落ち着いた表情と相まってたけだけしさに感じられる要素だった。これも王族特有の、きらきらとパールが散ったような、夕焼けのようなトワイライトパープルの瞳にじっと見据えられて、少しだけ背筋がピンとした。

「ああ、私はエルディリアス・イグナシウスだ。よろしく頼む」

 そういってほほ笑んだエルディリアス殿下は、自国の王子とは違ってとても知性にあふれていて、こんな王族だと何の文句もなく搾取されてもいいって気持ちになるんだけどなぁと考えながら、部屋を訪れる直前に叩き込まれた今回の外交についての情報を総動員して会話を進めた。

 おそらく及第点はもらえたんだろう。終わりの方の時間になれば、側に控えていた外交官の顔つきも少し柔和になっていて、今しばらくは自国の存続が約束された。

 これがエルディリアス殿下との初対面で、これ以降、第三王子がすっぽかした外交やらに引っ張り出される際に、何度となくエルディリアス殿下と顔を合わせることになった。



 そう、確かにエルディリアス殿下とは会ったことがあるし、何度となく会話をしたこともあったが、あくまでも王族の婚約者として代理での会話だったし、そうやって顔を合わせた際に、エルディリアス殿下からそういったイロコイの色のこもった視線を向けられたこともなかった。

 でも、わざわざ辺鄙なところ、人が近寄らないような危険な場所に引きこもったボクの家に押しかけてきて口説き始めた時のエルディリアス殿下の目には、ボクに対する熱が会ったことは確かだった。はっきりと拒否の言葉を口にしたボクに対して、つらつらと並べ立てられる言葉にクラクラとする。

「王位継承権はすでに放棄してきた。私の個人資産はそれなりにあるから、アーデルバルト、あなたを苦労させることもない。あなたを一目見たときから愛している。あなたのためならば何を捨てても構わない。あなたが傷ついているのは重々承知しているが、私にあなたを愛させて、癒させてほしい」

 耳元でささやかれるのってめちゃくちゃこそばゆい。ぞわぞわするのをこらえて、ボクはボクを抱きしめてくるエルディリアス殿下の胸に両手をついて力いっぱい突っぱねる。んだけど、Oh……、全然離れないんですけど。いや、エルディリアス殿下は剣術などの物理攻撃ならなんでもできるといううわさも聞いてたけど、まさかの馬鹿力? けしてボクが非力なんじゃない。百科事典を二冊持ち上げられるくらいの力はちゃんとある。

「エルディリアス殿下、お言葉はありがたく頂戴いたしますが、拒否します。結構です、不要です、離してください!」

 ベチベチと不敬なのはわかっているが、抱きしめられている体勢が嫌で、突っぱねても離れないエルディリアス殿下の胸をたたく。

「ああ、少し性急だったかな。それでもアーデルバルト、あなたを愛している人間がここにいることを理解して、傍らにいさせてほしい」

 エルディリアス殿下はそういいながら顔を近づけてくる。反射的にぎゅっと目をつむると、前髪で隠れていない右ほおにちゅ、と柔らかくて暖かいモノが触れた。

 それから抱きしめられていた腕から力が抜けた様子があったので、慌ててエルディリアス殿下から距離をとる。それから、殿下の事を上から下まで眺めれば、殿下は今まで顔を合わせていたころとは違い、少々くたびれた、それでも上質な旅装に身を包み、腰には細身の長剣を下げている。よくよく見ると、目の下には少しの隈に、端正な顔には小さな擦り傷や切り傷なども見えた。

「……殿下、ここにはどうやっていらっしゃったんです? 護衛や侍従はどうされました」

「先ほども言っただろう? 私は王位継承権を放棄してきた。ついでに爵位の叙爵も拒否してきたから平民扱いだ。アーデルバルトと添い遂げるために、その邪魔になるものはすべて捨ててきたから、私に護衛も侍従ももういないよ」

 にっこりとそういう殿下に、ボクは絶句するしかない。何年も前から、家から逃げることを少しずつ考えて準備をしてきたボクは、侯爵家にいたころでも自分で何でもやってみることを試みていた。だから、ボクは家を出てこの二か月、普通に生活することもできた。

 けれど、この人は大国の王族で、そんな必要は何一つない人だ。確かに武力は持っているかもしれないけど、ボクが拠点に選んだこの魔の森は、地元民も寄り付かない危険な場所だ。だからこそ選んだというのもあるけど、けして王族が護衛も連れずにやってくるような場所じゃない。

 ボクはそっと殿下の頬に手を伸ばし、指先から治癒の魔法を行使する。王族として傅かれ、こんな傷を負う必要のない人なのに。そう思いながら、ボクの指先から展開された魔法は、殿下に残る小さな傷や、目の下の隈を消していく。

「たとえ今までの生活を捨ててでも、あなたと添いたかったのだ」

 そう柔らかく微笑んでくるエルディリアス殿下の目線に、ボクは灼熱で焼かれているような心地になる。何とも言えない感覚にどうしたものかともぞもぞしていると、殿下はふふ、と笑い声をあげる。

「いつも、あなたと顔を合わせるときは外交の時で、こんな愛らしい表情を見るのは初めてだ。アーデルバルト、あなたからすれば私の言葉が寝耳に水であろうことは理解している。だから、少しずつ考えてほしい。私の愛を受け入れてくれるのが一番うれしいがね」

 ……ボクはいったいどんな顔をしているんだろう。なんだか恥ずかしい気分になった。頬のあたりに熱が集まってくる感覚をひとまず無視して、それからどうしようかと考える。

 すでに外は暗くなっていて、ボクの作ったこの家の中は、ボクが組み込んだ魔法回路によって昼夜関係なくボクが読書に困らない光量を保つように設定されているから、屋内は明るいけど、夜の外はそれなりに危険だ。この家自体には魔物除けを施して、一応家の周囲二メートルくらいまでは魔物が寄ってこないようにはしているけど、そこまで広いわけじゃない。

「殿下、ここに来られるまではどうされていたんです? ここ、魔の森の中域あたりだと思っているので、最寄りの村からでも二日はかかる距離だと思うのですが……」

「ああ、普通に徒歩でやってきたよ」

 一瞬、正気ですかと聞きそうになって、あわてて口をつぐんだ。すでに不敬を重ねているけど、さすがに不敬にもほどがある。とりあえず、徒歩でやってきたなら今から近くの村に帰すわけにもいかない。けれど、ボクの建てたこの家は、ボクがとにかく読書をするために設計した、本当に最低限の生活空間しか用意していない狭い狭い家で、殿下に身を休めていただくようなスペースは存在していない。

 どうしようかと考えるけど、ボクと同じような生活をさせるわけにもいかない。一度目を閉じて、起動キーを思い浮かべながらもう一度目を開ける。そうすれば、ボクの前髪で隠した左目には、右目とは違う光景が映りこむ。その中から、建築関係の知識を取り出して、最低限お客様にくつろいでもらえるような間取りなどを確認して。

「殿下、ひとまず今から村に戻るのは難しいと思いますので、殿下にお休みいただける部屋を増築いたします。少々騒音などがございますことをご容赦ください」

 そう伝えて、以前一度構築した建築のための魔法陣を呼び出し、右足の踵を三回鳴らして起動した。

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