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さすがに、一瞬何を言われたのかわからなくて、きょとんと第三王子を見てしまって、第三王子が舌打ちをした。そこで、ボクもようやく第三王子が口にしたことが頭に入ってきて、ボクとしてはありがたいけど、唐突すぎるし事前の根回しもないことにいったい何を考えてるんだろうと首をかしげるしかない。
「殿下、いったいいかがなさったのですか? 突然息子との婚約を破棄するなどおっしゃられて……」
さすがに父が一歩前に進み出て、にじみ出た汗をハンカチで拭いながら第三王子に問いかけた。ま、そりゃそうだよね。ボクを差し出して現王族の縁戚として政治に介入したかったんだからね。
というか、第三王子はボクと婚約破棄してどうするつもりなんだろう。ボクですら五歳年下なんだけど、第三王子と同年代で家格の会う高位貴族の子供はボク以外まさかの女性ばっかり。ボク以外の同性だと、第二王子と同じ年代(第二王子は第三王子と十二歳ちがう)になるし、ボクより下だと第三王子から見れば十歳は年下になる。
第三王子の適齢の高位貴族の子息は、本当にボクしかいないわけだ。一応、第二王子と同年代の子息をって話も出たらしいけど、第三王子自身が「そんな年増と結婚できるか」と泣きわめいたらしいとは噂で聞いたけど。
「デイドリード公爵よ。貴様の息子はこの私の婚約者としてふさわしくない! 婚約者としての務めも果たさず、この私に侍ることすらしない! そんな婚約者など不要だ!」
ちょっと失礼にもほどがない? 第三王子の放棄した公務とか僕が代わりにやってたものも結構あるし、ちゃんと第三王子妃として仕事をするための知識や勉学はしっかりしてたしね。
あと、この第三王子が言う侍らないって何。第三王子がボクを近づけなかったと思うけど? 第三王子の代わりの公務と父と兄に持っていかれる新規魔法の開発と最低限本を読む時間を確保したらこっちからわざわざ会いに行く時間なんてどこにもなかったけど。
「しかし殿下。我が息子以外に、現状殿下に釣り合う子息はおりません。王族として、独身でいらっしゃるなどあってはならないことですぞ」
言い募る父に、第三王子は不愉快そうに顔をしかめてる。でも、父の言っていることも正しい。スルト魔法王国の王族は伴侶を持って初めて一人前として扱われる。それは、伴侶を持つことによって、伴侶の魔力と自身の魔力の二人分をまとめ上げることができて、一人前扱いになる。王族の直系独自の魔法らしい。そのため、いずれ王弟になるとしても、王位継承権を持っていた王族は必ず伴侶を迎える必要があるわけだ。これは王族に決められた法律として決められているから、ボクと婚約破棄をして適齢の伴侶を迎えられない第三王子は自分から一人の王族として建てなくなるようなことをしていた。
「ふん、あくまでも王族法で定められているのは、伴侶を迎えることだけだ。逸れであれば、買い上げた貧民の中から最も魔力の高い者を伴侶にするだけで問題がなくなる」
周囲がざわつく。いくら何でも無茶苦茶だけど、第三王子の言葉に歓喜のような声を上げている声も聞こえる。まあ、そうなるか。あくまでも第三王子と年齢が釣り合う子息がいないのは、高位の家、公爵家と侯爵家にいないだけだ。伯爵以下の爵位であればそれなりにいる。
王族の伴侶は公爵もしくは侯爵家から選出するという慣例がある。だから、適齢が五歳年下のボクだけだったわけ。
さらに、こんなバカなことを言い出したのが第三王子。第三王子は伴侶を同性と定められている。つまり、たとえ伴侶が高位貴族ではなくても、それこそ平民や貧民であっても、その血が今後の王族に流れることもなく、伴侶もあくまでも王族が生きている間だけの伴侶だから、長い時間王族として過ごされることもない。
もし、第三王子の暴挙が許容され、ボクとの婚約が破棄になるのであれば、本来慣例としては候補として考えられすらしていなかった低位貴族らにも王族と縁戚になるという機会を与えられたようなものなんだろう。
まだ言い合いをしている父と第三王子の声だけかすかに聞きながら、ボクは考える。僕にとってもこれは狙っていた機会じゃないだろうか。
第三王子の慰み者として使いつぶされたくはなかったし、父と兄に搾取されるのもそろそろ面倒くさくなってきた。魔法の開発自体は別に嫌いじゃないけど、それよりもただひたすらに本を読んでいたい。
家からどうして持ち出したいものはない。必要な知識はもうすでにすべて詰め込んだ。今後の生活についても、地理の勉強をしているときに、誰にも煩わされないであろう場所を見繕ってある。まあ、一応隣国の僻地なので、不法入国で捕まる可能性だけはあるけど。
よし。家を出て自由に生きよう。そう決めて、ボクは父より前に一歩歩み出る。そこで、父と第三王子の不毛な言い合いが一度止まった。
「かしこまりました。ボクも第三王子みたいな下半身に脳みそがくっついているような性行為以外に何もできないバカのケツぬぐいはもうこりごりですので、婚約破棄を受け入れさせていただきます」
「アーデルバルト!?」
背後から父の怒った声が聞こえるけど、別に怖くもなんともない。第三王子も怒りか恥辱か、真っ赤になって震えている。
「でも事実でしょ? 閨教育を受けて性行為にのめり込んだ末に、まだ精通すらしてない五歳年下のボクに手を出そうとして叱りつけられたから、年齢が釣り合いそうな貧民を買い上げて朝から晩まで乾くことなくヤり続けて公務なんて何一つしない第三王子。ヤれないなら顔を見る意味もないなんて言って会いに来ることもなかったですよね。まあ、第三王子がサボった公務を代わりに対応していたので第三王子に会う時間なんてなかったですけど」
今まで王城勤務者や高位貴族と王族で必死に隠していた第三王子の状態をボクが暴露すると、第三王子と縁続きにと意気込んでいた一部の貴族が、それはさすがにないわぁと言わんばかりにその意気込みをなくしていく。
第三王子が何か言いたげにパクパクと口を開閉しているし、さすがに王族の恥部を暴露したことで、ほかの王族からの視線も痛い。でも、もう時間も十分稼げたからいいや。
「それでは、婚約破棄されたボクを勘当してくださいね。もうこの場にいる皆様にお目にかかることもございません。スルト魔法王国の今後の繁栄を遠くから拝見させていただきます」
言いながら、起動キーとして右足の踵を三回鳴らす。すると、ボクを包み込むように、ボクの足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣を見て、父と兄は何の魔法陣か見当がついたのか、ボクに手を伸ばしてくるけど、ボクがそれを見越してないと思ってるのかな。魔法陣の外と内は透明な壁で隔絶されているので、誰にもボクを止めることはできない。
「それでは皆様、ごきげんよう」
軽くお辞儀したところで、ボクの視界に映る景色が一転する。それまでは豪華絢爛な室内あったけれど、今、僕の周りには少々怖気が走りそうな禍々しい色合いの木々が鬱蒼と茂る森の中。
座標指定もうまくいっていることにほっとしてから、あまり人に見せたくなくて隠すように伸ばしていた左前髪を軽く耳にかけ、自分がこれから暮らす部屋を作るために周辺の木々を伐採していく。
ここは、スルト魔法王国の隣国である大国、イグナシウス王国の僻地に存在する、通称魔の森。魔物の出没頻度もすごいことから、誰も近寄らない、本当に人のいない場所。
前々から狙っていたこの魔の森の中で、ボクは誰に邪魔されることなく、悠々自適に読みたいだけ本を読んでやりたいことだけして生きていくんだ。
そう思ってから二か月。自分で建築したそこまで大きくはない木製の家屋の中で、日がな一日読みたい本を読みふけって過ごす日々。食事も最低限で十分だと思っていたから、本当にひたすら本を読み続ける。
まだまだ本はいくらでもある。読むものに困らないこの生活は本当に最高だった。そんな日々を過ごしていると、ちょうど一冊読み終わったところで、「コンコン」と静かなノックの音がボクの耳に届いた。
隣国の住人でも忌避する魔の森の中に建てた家に、いったい誰がやってきたのか。ちらと念のために作った窓から外を見ると、随分と暗くなっている。もしかして、道に迷って迷い込んだところで見つけた家だから、やってきたんだろうか。
困っているようであれば助力はやぶさかではない。そう思って外とつながる扉を開けて、ボクはそこに立っていた人物に目を丸くするしかなかった。
見覚えのある顔。それは、第三王子の公務を代わりに処理していた際に、何度となく外交で顔を合わせていた人だ。ボクより三歳年上の、隣国の第四王子、エルディリアス・イグナシウス殿下だ。
なぜ、この人がこんな場所にいるのだろう。ボクはここで驚きのあまり固まってしまったことを、後から何度も反省することになる。
「やはり、ここだった」
そういってエルディリアス殿下は太陽のような笑顔を浮かべ、ボクの左手を取る。そのまま持ち上げて、ボクの左手薬指の根元に口づける。
「アーデルバルト。私とこの先の人生を添い遂げてほしい」
ガンと殴られるような衝撃。反射的に、ボクは声を上げた。
「いや、絶対嫌ですけどぉ????」