ヌーディスト惑星へようこそ
どうやら宇宙の片隅に「ヌーディスト惑星」なるものがあると聞きつけた。
「全員が全裸って……それはもう、期待するしかないじゃないか。」
俺はその噂を耳にした瞬間に、ほとばしるスケベ心を抑えきれなくなり、片道はそこそこ長いが宇宙旅行のチケットを購入してしまった。
お目当てはもちろん、その惑星にいるはずの裸族たちとのドキドキ交流だ。
「ようやく到着だね。いやあ、すでに妄想は最高潮だよ。」
一人きりのコクピットで鼻息を荒くしていた俺は、着陸直後、惑星の空港らしき場所で期待に胸を膨らませながらタラップを降りた。
熱気とともに広がる、何やら独特の匂い。
いかにも異星という雰囲気を醸し出す空気の中で、早速目を凝らしてみたが、そこにいたのは丸々と太った紫色のワームのような生物や、細長い足でパタパタと地面を蹴りながら移動する七色のカニっぽいヤツなど、まったくヒト型には程遠い連中ばかりだった。
「おいおい、みんな……裸っちゃ裸だけど、そもそも服を着る構造じゃないような……?」
そのウネウネしたワームは、俺に気づくと黒目が三つの目玉を器用に回転させ、べろりと長い舌のようなものを出してきた。
いや、あれが挨拶なのかもしれない。興奮というよりは、さすがにちょっと引く。
「もしかして、これがヌーディスト惑星……? いや、確かに全員裸っちゃ裸だが……思ってたのとちょっと違う。」
周囲を見回しても、軟体や甲殻類を連想させる宇宙人ばかり。
歩くたびにプルプル揺れるジェル状の肌をした円筒形のエイリアンが、楽しげに跳ねながら通りを行き来している姿などは、もはや芸術作品を眺めている気分になるが、俺が期待していたのはそういう方面じゃなかった。
俺の視線に気づいたのか、頭に触角が二本も生えた背丈二メートルくらいの多脚アメーバ宇宙人が、ぐにゃっとした口をぱくぱくさせて話しかけてきた。
どうやら翻訳機が機能しているらしく、その声はメスのようにもオスのようにも感じられる不思議なトーンで脳内に響く。
「ようこそヌーディスト惑星へ。わたしたちは、身体を飾るより、生まれたままの姿こそ美しいと考えているんだ。」
「う、うん、そうみたいだね……」
アメーバ状のボディが小刻みに振動するのを見ながら、俺は妙に緊張した。
失礼のないように視線をそらしつつも、しかしそもそも彼らは何も身にまとっていないし、体の輪郭が変幻自在なのでどこを見ればいいのやらわからない。
「気にしなくていいさ。君はヒト型だろう? ここではそれが珍しくて、みんな興味津々なんだよ。」
「珍しい……そりゃ、まあ、こういう体形の人はいないっぽいね。」
俺が笑顔を作ると、アメーバさんは満足そうにふるふるしてから、そのまま滑るように遠ざかっていった。
がっかりした俺は、さっそく来たのはいいけれど、結局ヒト型の女性に出会えなかったらどうしよう、と肩を落として広い街の通りを歩き始めた。
軟体アメーバやワームの他にも、ヒレが何十枚もついたイカ型エイリアンが地上を泳ぐように漂い、ぴょんぴょんと跳ね回るカエルめいたやつが高い塀を軽々と飛び越えていく。
角や翼があるトカゲのような生き物も、よく見るとかわいらしい花柄の斑点が全身に散らばり、ひらひら動く瞼が三重構造だったりして、変にファッショナブルだ。
「裸と言えば裸だけど、こんな異形の存在だらけじゃ目の保養にならないよ……ああ、やっぱり噂に踊らされたのかな。」
そんなことをぼやきながら歩いていると、遠くの建物の陰でひっそりと立っている人影を見つけた。
白い肌に長い髪、そして体のラインがはっきりとわかるしなやかな曲線……ヒト型、しかも女性に違いない。
「え、嘘……本当にいた!」
俺はいてもたってもいられずに駆け寄っていったが、彼女はこっちを見て肩をすくめている。
近づいてみると、確かに地球人に見える女性が全裸で腕を抱きしめるようなポーズを取りながら立っていた。
「ね、ねえ、もしかして地球から来たの?」
「えっ? あ、はい……地球人ですか?」
緊張のあまり声が裏返ってしまったが、彼女も同じように顔を赤らめている。
いや、もはやお互い顔を合わせるどころか全身丸見えである。
「私も地球出身。こんなところで同郷に会えるなんて……ちょっと安心したかも。」
「まじか。ということは、俺たち、ここではかなりレアな存在だよね。」
「そうみたい。この星の住人は元々みんなああいう変わった体で……服を着る概念すらないから、裸が当たり前の文化らしいよ。」
「なるほど、そりゃ隠す必要もないってわけだ。俺たちが恥ずかしがるのもおかしな話だけど……」
「でも、やっぱり恥ずかしいよ。だって、他にヒト型がいないんだもん。見られてる実感があるのって、私だけなのかなって……」
彼女はそう言って、腕で胸を覆いながら、小さく身を縮めた。どうやら彼女も俺と同じ理由でこの惑星を訪れたらしい。
いや、彼女の場合は好奇心と探検目的がメインだったと話すが、やはりヌーディストビーチ的な解放感を期待してやってきたらしい。
「名前、なんていうの?」
「サユリって言います。あなたは?」
「俺はケン。ごめんね、こんな格好で挨拶するの、なんだか調子くるうけど。」
「私も同じ気分。でも、周りの人たちからすれば、これが普通なんだよね。」
「そうそう……まあ、お互いここじゃ裸同志ってことだし。むしろ親近感わくかも?」
「ふふ……そうかも。変な連帯感があるね。」
お互い視線を合わせるたびに、どこかくすぐったいような感覚が走る。
誰もが裸の惑星なんだから当然の光景なはずなのに、同じ人間同士というだけでやたら意識してしまうのは仕方ない。
しばらくふたりで通りを歩くと、今度はバケツほどの大きさの目玉が足の先端にくっついているエイリアンが、ぴょこぴょことこちらへ近づいてきた。
あちこちから伸びる触手のような腕が体毛のようにモジャモジャしていて、なんとも形容しがたいインパクトだ。
「ほら、気にしない方がいいよ。見てるのか見てないのかわかんないけど、多分好意的なんじゃないかな。」
「触手みたいなのがいっぱいあるね。あれ、興味本位で触られたりしたら……やっぱり嫌かも。」
「もし寄ってきたら逃げよう!」
そう言って笑い合いながら、俺たちは軽い散策に出た。
街のあちこちでは、謎の液状生物が地面に吸いつくように移動していて、途中で知り合いらしき別の液状生物と融合し、少し大きくなったかと思ったらまた分離して去っていく。
近くで見たらどうやら目玉が数個入っているようで、目と目が合うのか合わないのか、つかみどころがない。
「なんだろう、着てる服がないからみんな平等……というか、まったく差を感じないな。」
「確かに。どれがどんな性別とかよくわからないし……。あ、でもメスだと思ったらオスだった、なんてパターンもあるかも。」
「俺、そこまで深入りするつもりはないなあ……」
そう言いながらも、サユリと歩いていると、ふと人間同士の会話に妙な温かさを覚える。
俺が求めていたのは確かに「刺激的な体験」だったが、今はこうして彼女と笑い合うだけで十分にドキドキしている。
「ところで、ケンさんはいつまでここにいるの?」
「チケットがオープンだから、気が済むまで滞在できるかな。サユリは?」
「私も。じゃあ、せっかくだし……もう少し一緒に探索してみる?」
「もちろん。できれば、どこか落ち着ける場所に行かない? この街にはホテル……はないのかな。まあみんな裸だし、布団とか必要ないのかも?」
「わからないね。でも地球人用に最低限の施設があるって聞いたことはあるよ。案内所みたいなのを探してみようか。」
「そうしよう。なんだかこのままだと視界に妙な生物が入りすぎて、こっちの心臓が休まらないし。」
「私も……まだ慣れないから、ちょっと落ち着ける空間が欲しいかな。」
そう言うサユリも、肩や足先がわずかに震えているように見えた。
この星の住人からすれば当たり前でも、地球人同士で丸裸同士というのは、やはり慣れないと緊張する。
案内所らしき看板を見つけ、ふたりで中に入ってみる。
そこには四本腕のエイリアンがデスクに座っていて、ぷにぷにした身体に長い尾が生えていた。
翻訳機を通じて話をすると、地球人向けの宿泊施設の場所を教えてくれた。
「うーん、歩いて三十分くらいかかるみたいだって。でも案内所の裏口から出ると早いみたいだね。」
「よし、行こうか。えっと、道中でまた変わった生物に遭遇しても……お互いフォローし合おう。」
「うん。どんな見た目でも、向こうからすれば私たちの方が奇妙かもしれないしね。」
サユリの言葉に頷きながら、俺はいつしか胸の高鳴りを感じていた。
地球じゃ絶対味わえない光景だし、そういう意味ではこの惑星は最高の冒険先かもしれない。
もちろん、服がないままでの冒険というのは新鮮すぎるけれど。
「それにしても……ケンさん、さっきから私の方ばかり見てない?」
「え、あ、それは、その……やっぱりどうしても目が行ってしまうというか……ごめん。」
「ふふ……私も同じだよ。ずっと視界に入ってるし、裸だと色々考えちゃうね。でも、ここでは普通のことなんだろうから……少しずつ慣れていこう?」
「そうだな。せっかく出会えたんだし、一緒に楽しもう。」
お互いに微妙に照れながら、でもどこか距離が縮まった気がして、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
サユリの笑顔は鮮やかで、肌にほんのり浮かぶ赤みが愛らしい。
それがまた、妙な恥じらいを呼び起こす。
こうして俺とサユリは、奇妙なエイリアンたちが闊歩するヌーディスト惑星を、裸同士で歩き回ることになった。
軟体や甲殻だけでなく、なかには光る羽をもった蝶々型の宇宙人や、頭上に半透明の水槽のようなものが載っていて中で小さな魚が泳ぐエイリアンもいた。
とても一言では説明できない、多種多様な生命の姿に、思わず感嘆する。
それでもやっぱり、人間同士だからこそ通じる何かがある。
サユリと話しているうちに、ここでの恥ずかしさも次第に和らいできて、変なドキドキに包まれながらも、素直に楽しんでみる気になっていた。
「サユリ、これからも一緒に行動してくれない? やっぱり俺、一人だとなんだか寂しくてさ。」
「もちろん。私もケンさんがいると心強いから……。二人で、この星をもっと楽しんじゃおう?」
「おう。じゃあホテルに行って、まずは一息ついて、それからまた外に出ようよ。どうせなら、このへんのヌーディスト文化をもっと知りたいし。」
「うん。いつの間にか裸でいるのにも少し慣れてきたし……変に着飾らない分、気持ちが解放されるのも悪くないかもね。」
「だろ? 俺もなんか……まだ照れるけど、その分すごく素直になれてる気がするよ。」
そうして俺たちは、ヌーディスト惑星の街中を、恥じらいとほんのりした期待を抱きながら進んでいった。
裸のままでも、気持ちは少しずつ打ち解け合っていく。
かたわらを軟体エイリアンや触手持ちのクリーチャーたちが賑やかに通り過ぎ、俺たちをちらちらと好奇心旺盛に眺めている。
きっと彼らにとっては、裸の人間というのも珍しいのだろう。
だけど、そんな周囲の視線も悪くない気がしてきた。
この星での裸は恥ずかしいのではなく、自然そのもの。
俺とサユリが何を感じるかは、むしろここから一緒に作っていく思い出にかかっている。
そう思ったら、もう少しだけこの開放感を楽しんでみようという気になった。
ほら、せっかくの宇宙旅行なのだから。
どうせなら裸のままで、この星のすべてを見届けたい。
サユリと並んで歩くたびに、彼女の笑顔が俺の心をくすぐり、想像以上のわくわく感で満たしてくれる。
こうしてヌーディスト惑星で出会った俺たちは、変わり種エイリアンたちの溢れる街並みを通り抜け、ときには地球では考えられないような風習を目の当たりにしては笑い合いながら、濃密な時間を過ごすことになる。
妙に艶っぽい緊張感と、コメディのような珍道中が入り混じった、奇妙で不思議で、でもちょっぴり甘酸っぱい旅が、今、始まったところだ。