櫻井探偵の春
この物語に犯人はいないのだけれど、しかしまったく納得できないというのが正直なところだ。
不可解だ不思議だ妖しい。結末も、終末もわだかまる。暑さも、冷たさも忘れる。ページをめくる指が引っかかる。事件だともいえるがまず前提がないのだ。結果だけが、非情にも無情にも織り重なっている。
ここだけの話だが、実のところ僕は、僕らは不幸を考えてはいない。何かをする前に失敗してしまうのではないか、負けてしまうのではないかと思わない。いつも不幸になるのは、負けて失敗して落ちこぼれて絶望して嘆くのは他人だ。その他のやつだと。自分は大多数の多だからたった一人に選ばれやしないと。幸福でもなく、不幸でもない。喜劇的でなく、悲劇的でない。失敗もしないし、成功もしない。現実はなあなあに過ぎて死んでいく。僕は特別ではない。僕はぼくでしかない。
僕はぼくらだ。
握った手がほどかれる。落ちる、落ちる、落ちる。
青の中から赤が生まれる。
華が咲いて、枯れる。
先刻より手帳を開いている。日記もしくは日誌というのだろうか、もう10年以上前からつけているのだが未だに何を毎日ひたすら書いているのか分からない。不思議なものである。今となっては、黒い板を持ち、わざわざ紙に記す必要もないだろうに。日々の記録をつけたところで見返すこともないだろう。それにこれを一度落としてしまえば、日々を送れなくなることだってあろう。一般ではなく、劇的になろう。まったく不可思議だ。
「先生、今日も猫ですか。
「ああ、最近は依頼が少なくてね。」
櫻井明推というのはそういう男だった。
古びたコートを羽織り、パイプをふかす姿が脳裏に浮かぶ。青くて、誠実で、しかして、探偵だった。
櫻井先生は高校時代、ホームズ研究会に所属していた。月に二、三度しかない活動ではくじ引きで探偵役とその助手役を決め、校内で募集した謎を解決していた。子供のごっこ遊び感がなんとも滑稽である。周りからはさぞ忌避の目で見られたであろう。
こんな話を永遠に延々としていても繰り返しても何も始まらないので以下、彼の手記より。
一
高校生活最後のサークル活動でよりにもよってKの助手になってしまった。我ながらの悪運だ。Kとはなかかなかに気難しく愛をこぼさない。明日は調査に行くようだ。気が進まない。滅入る。揉める。
二
調査に来ている。来ているといっても高校の裏にある小さな山にだが。ここにきてなおさらだが、調査内容を記してなかったので今記しておく。今回は最後だからといって殺人事件などたいそうな事件ではなく小さなもので、なんでも昼時になると狸なのか狐なのかが下りてきて昼食を奪われるのだとか。その正体を知りたいのだとか。私としては昼食を室内で食べればそれで解決することだと思うのだが。ただ、パンの袋などを探せば良いだけなので概して、この問題は解決したといえよう。
山道を参道を上った。赤い鳥居を潜る。道の端に破られたパンの包装紙が捨てられていた。
三
調査に来ている。参道を上った先で破られたパンの包装紙を見つけた。ここへ来る前、私たちは山のふもとに幾分か冷めたパンを置いてきた。例の包装紙のあたりで待ち構えているが一向に姿を見せない。
四
調査に来ている。例の包装紙のあたりで待ち構えてる。ふもとにはKがパンを持って待機している。しかし、三日も同じ所で待っていても来ないとなると場所を変えた方が良いのではと思えてくる。ここの斜面は急ではないが缶コーヒーを横にしたら止まらなさそうだ。
五
狐だ。私の右側から、上ってきた。件の物を口にしている。優雅だ、美麗だ、美々しい。見惚れる美しさだ。私の正面を過ぎて上っていく。左側にはKがいた。坂の上にいた。立っていた。私はそれに肩を押された。鬼だった。
六
Kは失踪したらしい。そんなこともあろう。
以上。
僕は貼りついたページを閉じた。
なんちゃって解説記事です。
ノートhttps://note.com/konoshin159075/n/n8af8fb7ec463