花見月のころ
朝七時、薬師堂の門が開く。
僕は、白い息を吐きながら、お堂に上がる階段を早足で登り、お清めをしてから、一礼をして木造のお堂に入った。
一歩踏み出すごとに、ギシギシっと床がきしむ音がする。
「おはようございます」
と言って、今朝も十二神将に挨拶をした。
あれは、小学三年生のころだったと思う。
放課後、僕は学校の近くで、何人かの友だちとかくれんぼをしていた。
どこかの物陰に隠れていたときのこと、突然ごつごつした手に、手首をつかまれた。
びっくりして声をあげようとすると、口を抑えられ、むりやり竹林の方へ引きずられそうになった。必死に抵抗をしていると、すぐ近くで唸り声が聞こえてきた。
何が来たのかと、恐る恐る唸り声のする方に何とかして顔を向けると、とても大きな白い犬が、恐ろしい顔をして牙をむいていた。
次の瞬間、その大きな犬がこちらに向かってとびかかってきた。僕は恐怖のあまり目をつぶり、噛みつかれる覚悟をしたが、噛みつかれたのは、さっきまで僕の手を掴んでいたおじさんの方だった。
白い大きな犬は、そのおじさんに向かって吠えては噛みつき、噛みついては吠えて追い回し、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
茫然と座り込む僕の目の前に、しばらくして犬が戻ってきた。お行儀よくお座りをして、じっと僕の目をみつめている。改めて見ても、とても大きな犬だった。
すると突然、頭の中に声が響いた。
『あれは、魔に取りつかれておった。お前には、玉があるからな。もう、ひとりになるでない』
「え、、、」
白い大きな犬が、ふっと振り返ると、また頭の中に声が聞こえた。
『迎えがきたようだ』
白い大きな犬が見ている方に顔をむけると、同級生の健くんが階段を駆け上がってきたのが目に入った。
「変なやつがいるから、家に帰れって言われたのに、おまえいないから探したぞ!こんなとこまで来てたなんて」
こんなところ?と思って辺を見回すと、子どものころから、祖父と一緒にいつもお参りにきていた薬師堂の前にいた。
突然、つむじ風が落ち葉を噴き上げた。
「変なやつに合わなかったか?だいじょうぶか?」
「えっとね、へんなおじさんに手を捕まれたけど、あの犬が助けてくれたからだいじょうぶだよ」
「犬?」
「うん」
といって、犬が座っていた場所を振り返ったが、あの大きな白い犬の姿はなかった。
きっと、あのときも神将さまが守ってくれたんですよね?
「悠斗!遅刻するぞ!」
「今行く」
鳥居の外に返事をしてから、また前を向いて、
「それじゃあ、いってきます」
と伐折羅大将に挨拶をし、ぼくは、くるっと踵を返して、健のもとに走った。