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人魚の微笑み その2

誤字等の報告ありがとうございました。 自分で読むと気づかずで助かります。

 今年も花嫁がやって来る。


(あのこ)の子供は不憫ねえ。

いったい、何の為に産まれて来るのかしら』


静寂な自室に、『くくっ』と乾いた笑いが響く。

笑うのは代官の妻『須磨子(すまこ)』、妹の名は『靖子(やすこ)』と言う。


「悔しいでしょうね(あのこ)は。 自分達の娘が、不幸に死ぬために生かされているなんて」


幼い頃から可愛い容姿の妹と比べられ、醜く歪んだ嫉妬は今、妹の子供達に向かっている。

何故そこまでと思う程に。




原点は生まれる前へと遡る。


2人の母は『白魚の君』と呼ばれる程、色白でほっそりとした評判の美人。

父も美しき容姿で、農民ながら『白魚の君』の父である庄屋(名主)様の婿養子になることが出来た。

娘達ての願いだったからだ。

その美しさは、数年前婿が知人に貰った人魚の塩漬けを食べて、無事に生き延びた賜物だろうか。

その美しさ故、既に所帯を持っていたにも関わらず、秋波を送られていた。

勿論不貞等働かない常識のある若者だ。

だが、そこがまた良いと人気があがった。


面白くないのは、点在する村長の息子達だ。

富も権力もある息子達に、特に不満などは言われない。

だが畑仕事等の世間話で、誰それが格好良いだのと女達が言うのは気になる。

彼らは力仕事はしないが、大声でなくても声だけは耳に入る。


特に未婚の男達は、村長の息子以外でも女の評価は気になるものだ。

狭い集落だから、簡単に嫉妬心は芽吹く。


そこでちょっとした悪戯心で、ある村長邸の蔵に眠る人魚の塩漬けを使ってみることにした。

その昔、旅の僧侶を助けた礼に貰ったと言う人魚の肉。

猛毒なので猛獣狩り用の罠にでも使ってくれと渡されたも、珍しい物だからと使用せず、もう数十年経ているらしい。

人魚が居るかも怪しいし、何かの毒でも流石に効果も薄れているだろう。


それはほんの僅かの意地悪心。

男衆の集まりの際に、珍しい肉が手に入ったからと美しい男に食べさせた。

しかし別段何事もなく、皆家路に着いた。


美しい男は肉を食べた翌日から、肌が艶やかとなり全身の傷も治癒。 鎌傷のあった左腕のひきつり傷さえ消えてしまった。


見た目も若々しくなり、ますます美しく見え出した。

それを見た若者は、きっと人魚の肉のせいだと思った。


肉を所持している村長の息子は、自らも食してみることにした。


次男は翌日、床で冷たくなっていた。

三男は下半身が痺れて、1人で歩けなくなってしまった。


所帯を持っていた長男は、怪しい肉は食べなかった。

次男と三男にも、古い肉等食べるなと注意もしていたのだ。


息子達の異変に、村長は言葉を失った。

長男は隠しておれず、それまでの経過を伝えた。


ああ、なんてことだろう。

人に毒味のようなことをさせて、自分達が毒に倒れるとは。


だけど、ここで美しい男を責めるのもお門違いだ。

美しい男は運が良かっただけで、実際には死んでしまっていたかもしれないのだ。



うっすらと死傷のことを知る男達も、村長も長男も口を閉ざした。

表向きは、貰った土産のふぐ毒に当たったことにしたのだ。



その後も美しい男は、若々しいまま。 そして結婚後、須磨子と靖子の双子が産まれたのだ。


美しい男と可愛らしい妻から産まれた赤子だ。

2人ともとても愛らしい女の子だった。


しかし、妹となる靖子の容姿は群を抜いていた。

顔立ちは同じなのに。 肌の透明感や髪の艶そして内からの漂う輝きが段違いなのだ。

(知識のない村人には解らないが、間違いなく魅了の力が働いていたのだろう)


もう1つ違いがあった。 

それは女にとって致命的なことだった。

13才を過ぎても須磨子には初潮が来ない。

医者の診察で、子宮の形成異常が見つかったのだ。

この病気は生理も来ないし、妊娠も出来ないらしい。

まだまだ研究中の珍しい病気らしかった。



この時姉と言うことで、いろいろな理不尽に耐えていた須磨子の心に亀裂が生じた。

もう生きていたくないと思った。


妹と比べられたとて、いつか家庭を持てば僅かな美醜等気にならないと、自分に言い聞かせていた。

両親も隔てなく育ててくれている。

だけど子が出来なければ、結婚しても離縁されるか石女(うまずめ)と責められるだろう。


医者は秘密を漏らさないだろうが、想像できる近い未来(げんじつ)に涙が出る。


そして16才の年に、評判の美しさから靖子に縁談が来た。

お代官様に見初められたのだから、断ることはできない。


しかし靖子には結婚を誓った男がいて、操も既に捧げてしまっている。

そこで両親と相談し、お代官様にお断りに行くことにした。


屋敷にあげられた靖子と婚約者は、平身低頭で何度も謝ったが刀で切られ命を落とす。


また侮辱による一家断絶を避ける条件として、靖子の代わりに須磨子が嫁ぐことになってしまう。



須磨子の両親は、靖子の婚約者の親へ遺体を運び詫びた。

婚約者の親も、さっさと祝言を挙げれば良かったと後悔し、責めることはしなかった。

美しさ故に生じた不幸。



そして婚約者の親は、ここで美しい男に人魚の肉のことで聞きかじったことを告げてきた。

靖子の常軌を逸した美しさは、人魚の影響を強く受けているのではないかと。

死して尚美しさを失わず、頬にも赤みもさしている。


海水に浸からせてみたらどうかと言う。


もしもに賭けて、入り江の洞に水槽を運び靖子を海水に浮かべてみた。

すると、呼吸は戻らないが全身の肌艶が戻っているではないか。


胸に受けた刀傷も消えていく。


数刻付き添うと、やはり呼吸は戻らないが心臓が動き始めたのだ。


1分間に1回程度。

普通の成人ならば60~70回/分なので、かなり少ない回数だ。

それでも心音は消えず、1回/分定期的に動いている。


「生きているのか?」

靖子の家族は、しばらく様子を見ることにした。


意識は戻らないが、血色は良く心臓も辛うじて動いている。

再び生きて再開できるかもしれないと、希望が沸く。



ある日この情報を聞き付けた代官が、身柄を引き取りに来た。


「美しい。 我が屋敷で共に暮らそうではないか靖子よ」


大勢の部下を引き連れ、靖子の親の同意も得ずに連れていかれる。

それでも両親は抵抗出来なかった。

身分の差は命をも握られる。


娘2人を連れて行かれ、両親は呆然とし暫く閉じ籠った。

悲しみにくれ泣き腫らした数日後、仕事を再開したのだ。

働かなければ生きられない。

2人は辛くても生きることにしたのだ。



須磨子は靖子が切られたその日、代官に連れ去られ籍を入れられた。

承諾も何もなく、なし崩しでその日に迎えた初夜。

抵抗も出来ずただ痛みを覚えただけで、あっという間に過ぎ去った。

靖子が切り殺されたと言う話を聞いて、恐怖しかなかった。


その恐怖も日常になり麻痺した頃に、靖子が代官屋敷にやって来たのだ。


靖子の入った水槽は、屋敷の裏手にある海から水路を引いた蔵に入れられ、常に新鮮な海水が補給された。


自分(すまこ)を好き勝手に抱く代官も、靖子に対しては水槽越しに眺めるだけ。

一糸纏わぬ身体(からだ)を憧憬している。


「美しい、美しいぞ。 いつか私の為に目を冷ましておくれ」

宝物を触れるように、大事に大事に水槽を撫でる。



いつしか忘れていた嫉妬と怒りが沸いて来るのを感じる。

『おまえは………殆ど死んだようなものなのに。 それでも私より価値があると見せつけたいのか……………………』


代官の後をつけて隠れて蔵に入り、一部始終を見ていた須磨子。


その刹那、首を絞めてしまおうと走り出す。

瞬間に水槽の縁で手首を切り、出血が中にぽたぽた滴る音がした。


痛みで正気に戻るが、次の瞬間靖子の腹が大きく膨らみ始めた。


「な、何なの? どうしたのよ、何これ?」


暫く見詰めていると、膣から胎児が顔を出した。

何が起きているか解らずそのまま凝視していると、手のひらサイズの胎児が須磨子の元へ寄り顔を出した。

思わず掬い上げると「オギャア、オギャア」と泣き始める。


「生きてる、生きてるわ」

あり得ないことが起きた。


その声に、屋敷の者が集まってきた。


須磨子は水槽の縁で怪我をして、血液が中に入ると靖子の腹が膨らみ胎児が出てきたと、ありのままを話した。


元よりこの状態で生きていることが奇跡なのだ。

須磨子の父から聞いた話の通り、靖子と須磨子には人魚の細胞が混じっており、奇跡を起こしているのではないかと。



須磨子の血液で赤子が誕生したことから、血液を与え続ければ靖子もその内甦るのではないかと勝手な予測が立てられた。


その為1回/月、須磨子は200cc程を採血され、その血は水槽に入れられた。

不思議なことに直ぐに吸収されるのか、赤い色味は一瞬で水槽から消えてしまうのだ。


靖子は甦らなかったが、毎年同じ時期に胎児が産まれ出した。


産まれた子は秘密と引き換えに、大金を積んで人魚寺で育てることにした。


医師の予測では、元々1つの卵子と精子の受精卵が、死を回避しようと分裂し増え続けているのではないかと。

ただ本人の力では受精卵の分割しか出来ず、須磨子の血により少しずつ受精卵が成長し胎児までになっているのではないかと、嘘か誠か解らないことを言ってくるのだ。



事実なんてもうどうでも良い。

私は好色な代官に、極めて下衆な提案をする。

無事に子が育てば、靖子の代わりに仮初めに娶れば良いのではと。


代官は1も2もなく飛び付いた。


その代わり、離縁せず自分をずっと奥方でいさせて欲しいと嘆願した。

私が奥方であれば、靖子の子は正式には娶れない。


代官は迷っていたが、私は毎年初夜の契りが出来る魅力を語った。


「どうせ、いつまで生きるかなんて解らない命よ。 母体が殆ど死人なのだから。 貴方は身分が高いんだから何でも出来るでしょ。 私が血を与えるなら、可能な話よ。 どうするの?」


15才を迎えた子は初夜の契りの1週間後に、血液を抜き亡骸にする。

そして、血液を靖子に入れてやることにした。


多分、(すまこ)はこの時狂っていたんだろう。

この時は、これが何十年も続くことになるとは思わなかった。

長くとも2,3年だと考えていた。

その後は、靖子諸とも(すまこ)も消えよう(死のう)と思っていたのだ。



平仮名であから始める名を子に付け(『を』と『ん』を除く)、44年を越えた。


愛、泉……………………、若芽。 そして、新たに5年が…………

また愛、泉、梅………49年目。


代官も75才になるが、見た目は40代そこそこだ。

代官もまた人魚の恩恵を受けているのだろうか? いや呪いか。


こんな非道な私達が、恩恵等受けられる訳がない。

来世が無い位、呪われるのがお似合いだろう。


どの道、もう引き返せないのだから…………………………



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