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人魚の微笑み その1

 ここのお寺に住む女子達(おなごたち)は、14才に成ると御殿さ入って毎日御馳走を食べる。


お花やお琴・長唄とかを習って、15才にお代官様に嫁ぐんだと。



ーーーーーでも、その後に再びここに戻る者はないらしいんだ。



「愛、はよ水汲みしなっせ。 まんま作れんだろが」

杖を振り回したざんばら髪の白髪オババが、5才の(わらし)を追いかける。

(わらし)は、笑いながら走り回って逃げた。


「しゃあない、若芽(わかめ)。 代わりに水汲んでこい。 いっつも悪いな」

「なぁんもだ。 行ってくるから、ちょっと待っててや」


6才の若芽(わかめ)はしっかりした返事を返し、井戸に水を汲みに行く。

愛は要領が良く、いつも手伝いをさぼって逃げていた。

割を食うのはいつも若芽(わかめ)だ。


「家の手伝いしたって、何も良いことないべさ。 外の方がずっと楽しいことあっぺよ」

そう言って外に抜け出しては、他所の馬小屋の掃除や野菜の集荷を手伝って駄賃を貰う。


この寺は外は危険だからと、外部に1人で行くことを禁じていたので、愛は内緒で出てきているのだ。


その駄賃で飴玉や雑誌を買って、こっそり若芽(わかめ)と回し読みして飴を食べていた。


「姉ちゃんごめんね。 おらの分も仕事押しつけて」

自分がいないと、若芽(わかめ)に負担がかかることは知っていた。

だけど外に行くのを止められなかった。


若芽(わかめ)は愛が居ないのをごまかしながら、いつも2人分の仕事をこなしていたのだ。


「愛は気にすることねぇ。 おら外の話聞くの楽しみにしてんだ。 それにめんこい愛の仕事くらい苦でもねぇよ。 気にせんで行って来ればええ。 ただ人さらいには気いつけれよ。 おら達離ればなれになっちまうからな」

そう言って頬を撫でられ、嬉しくって目を瞑る愛。


「気をつけるだ。 必ず姉ちゃんとこに戻るさ」


孤児のはずなのだが、ここの女子(おなご)の顔はとてもよく似ていた。

まるで姉妹のように。

同じ親でもここまで似ていないのでは?

そう疑問に思ったのは、外の世界を知ってからだ。


この寺には赤子から14才までの女子(おなご)が、1人づつか双子で住んでいた。

3才と12才が双子で、他の年は1人づつだ。

よく毎年子捨てがあるもんだと思っていたが、ここは他の寺と比べると立派な建物で、引き取り人数も少ないそうだ。


和尚さんが暮らす本堂は、付近の村の寺と比べても大きい。

ここ(孤児の住居)と少し離れているので、直接会うことは殆どなかったが毎日読経は届いた。


ここは人魚寺と呼ばれているらしい。


寺にいる子には、外の情報が殆ど入らない。


だから要領の良い愛が内緒で、若芽(わかめ)と協力しこっそり外に出て、アルバイトや情報を収集して来るのだ。


愛としたら外がどんなものか知りたくて、1回だけと思ったのがズルズルと続いた形だ。

外は刺激があって楽しい。


ここらは山村で牛と畑ばかりだ。

寺(孤児の住居)には仏教に関する書物と文字を学ぶ本以外なく、娯楽がない為、牛を眺めているだけで面白いのだ。


町に行くと娯楽もたくさんあるが怖いことも多いらしいと、手伝い先の女将さんから聞くことがあった。


ここの農場には、他の寺に住む孤児達もアルバイトに来ているのだが、悪い寺だとお金儲けの為にスケベ爺の後妻や妾に斡旋したり、如何わしい仕事に就かせたりする噂があるのだと。

また人買いに捕まると、奴隷みたいに賃金を払わず働かされることもあるらしい。


孤児達の就職先は和尚さんの采配なので、孤児に拒否権はない。

育てて貰った恩もあり逃げることも憚られる。

何よりも外のことが解らないので、逃げることもままならない。


ただ配偶者や妾ではなく、普通の労働力としての就職ならば、その後の働きで少しでも自分の思うように出来ると言う。


話をしている女将さんも孤児で、この農場に就職し農場主の息子さんに見初められて結婚したのだと。

勿論断る選択肢もあったが、勤労な息子さんに女将さんも好意があり結ばれたのだと言う。


この村は割りと善良な人が多いので、身分が上の者に断ることも意見することも、理不尽がなければ其ほど咎められないが。 その村や町によっては、反論が許されないこともあるらしい。


戦争があったり災害があって、親とはぐれたり親が病気で頼れなかったりで、頼れる者がいない子供達には生きづらい世の中だ。


生きているだけで儲け物というも、何とも心細い。


関わる大人に依って、将来が決まるのだから。


「女将さんは幸せだべか?」

興味本意で愛が聞くと、こんなに幸せになれると思わなかった。

仕事は大変だけど、心細さはなくて安心して朝を迎えられているんだと。

女将さんとそっくりな兄ちゃんと旦那さん似の姉ちゃんも、畑で人参を引っこ抜いている。


「兄ちゃんと姉ちゃんは、顔が違うなぁ。 同じ母ちゃんなのになぁ」

「そりゃそうだろ。 双子でなけんばだいだい違うぞな」

「そうなんか。 知んなかったよ、教えてくれてあんがとう」


女将さんは、微笑んで答えてくれた。

「愛ちゃんもいつか、良い旦那さんとめんこい子と幸せんなることを願ってるよ」


そう言って頭を撫でてくれる女将さんに、会ったこともない母親を重ねた。

『女将さんの子供に生まれたかっただな』

そう思いながら、今日も家路を急ぐ。


寺の裏門横に続く外壁端の小さい穴から、出入りをしている愛。


いつも誰も使わない裏門に、今日は人の声がする。

気づかれないように草むらに隠れた。


立派な駕籠に担ぐ2人の人足、駕籠の人を守る用心棒のような人。

強面の3人が佇んでいる。

駕籠の簾は捲られており、これから誰かが乗り込むのだろう。


「今年も花嫁のお迎えだ。 いつまでこんなことをするんだろうな。 いくら仕事と言っても酷すぎるぜ」


「全くだ。 俺も仕事内容なんて知りたくなかったよ。 ただ人を運ぶことだけしたかったのに」


「自分がされていることが、世間の常識としてどんなものか知れば、きっと娘は自害してしまうよな」


「ああ。 だからこの寺は外部との接触を絶っているんだろうよ」


「何も知らされず、この寺しか知らず。 物のように扱われるなんて。 俺達は畜生じゃなく人間だぞ、坊主の癖に良心は咎めないのかよ。 もう生け贄の時代じゃないだろうに」


「それなんだが、代官様の奥方が人魚様で娘の生き血を啜り、若さを保っているらしい。 今もまるで十代の娘のような若々しさだそうだ」


「そうか。 その犠牲で若さを保つ為にここは優遇されているのか」


「事実かどうかは、末端の俺では解らない。 だが、代官様の御手付きを終えた後の娘の行方は解らないんだ。 案外、庭の花壇の底にいるかもしれんな」


「強ち否定できん話だ。 そろそろ時間だ静かにしよう」


「そうだな。 俺達も運び届けるのが仕事だ。 片棒を担いでいるんだから同罪だな」


人足と用心棒は、暗い顔で話を終えた。

罪悪感を1人では抱えきれず吐露した雰囲気だ。


それにしても今の会話には違和感があった。

昔から上の姉ちゃんは綺麗になってから、お代官様に嫁ぐと言われていた。


でも今の話だと、お代官様の奥方様はずっとお一人のようだ。

人魚様って言われてた。


じゃあ、姉ちゃん達は奥方様になれてないの?

他にお代官様ってたくさんいるの?


でもでも…………行方が解らないって。 花壇の底って……………

「あ、桃姉ちゃん」


裏口から角隠しをした、花嫁衣装の桃姉ちゃんが出てきて目があう。

おらは急いで手で口を塞ぎ、桃姉ちゃんに目を遣った。


姉ちゃんはニコリと笑って、駕籠に乗って行ってしまった。


「綺麗だった、桃姉ちゃん。 桃姉ちゃん……………」

きっともう会えない。


永遠の別れと思い流れる涙は、しばらく止まらなかった。



どうすれば良いのか、1つとして答えの持てない愛だった。





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