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人魚の眷属 その2

6/8 16時 誤字報告ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)

 養女に来た当初、甘やかして育てたられたせいかやや我が儘さが目につくようになった。

念願の子育てに浮き足立ち過ぎて、構いすぎてしまった夫妻。


それでも中等学校へ上がる前には厳しい家庭教師をつけて礼儀作法や基礎学習を徹底して学ばせた。


功を奏し表面的には人前に出ても恥ずかしくない程のマナーを身に付けることができていた。


ただ生来のものなのか、商人で小金持ちの自分の家と比べ生活レベルが低いと感じた者をバカにすることが見受けられた。


夫妻としては学校は人脈や伴侶を得るのに絶好の機会の為、商人の娘として愛想良く広く好かれるように立ち回って欲しかった。


そんな期待とは裏腹な行動にも、子供は言う事を聞かないものだとやや力なく微笑むだけ。


クレオガードが居なくても、充分に商会は成り立っていたのだから。



この学校には平民・商人の他にも、子爵家までの下級貴族も通っていた。


勿論貴族もピンキリで、裕福である者も困窮している者もいる。


見栄っ張りのクレオガードは、ある貴族女子に対抗する為に店の物を勝手に人にあげたり、持ち物を派手で高価な物等にし散財しだした。


その貴族女子は其ほど裕福ではないが、品が良く学業にも通じ可愛らしく優しい。

おまけに由緒正しい血筋であり、親である子爵は民衆に尊敬も集めている。


いくら周囲に物をあげたとて、その子に勝てる術もないは明らかだった。


その鬱憤を晴らすように、義両親に服や装飾品をねだりお小遣いや物で取り巻きを作った。

だからと言って貴族女子の良い所を真似る訳でもなく、我が儘放題に遊び回るのだ。



それでも問題が起きないうちは、義両親は口を出さない。


勉強が嫌いでも何とか高等学校へ入学。


その頃には見目の良い学生と、付き合って別れたりを繰り返す。

真面目に学習することはなく、学校の欠席もぽつぽつと見られだした。


クレオガードは黄緑の髪、大きな焦茶の瞳を持った美人と呼ばれる部類だ。

残念ながら我が儘で相手に合わせることが出来ない性格の為、それを知るとだいたいが離れていった。

それでも離れない者は彼女の金や物を目当てにしているか、許嫁や恋人が他にいて遊びで付き合う不誠実な男達だけ。


それを解ってもどうしたら良いかさえ答えは出ず、苛立ちが積み重なっていった。



丁度そんな時、執務室前を通ると義両親の声が聞こえてきた。

「この間商品登録の確認に行ったら、コレットマーレに会ったの。 あの子法律事務所で働いていたのよ。 今は事務員らしいのだけど、将来的に弁護士を目指すんですって。 すごいと思わない? 高位貴族だってなかなか受からない試験らしいのに、そこの弁護士はコレットマーレを高く評価していたわ。 もしかしたら将来先生と言う日が来るかもよ? ふふっ」


義母が言うと義父も頷き、「そうかもな。 あの小さかった子が頑張っているんだ。 すごいことだね」と微笑んでいる。



実の姉が褒めらているのに、胸を掻きむしりたくなるほどイライラした。


引き取った娘より他人である姉を褒めるとは・・・・・・


ーーーーーー今でも姉の上が良いと思っているのか?



完全に八つ当たりだが、接点のない姉を勝手に憎悪しだした瞬間だった。


お姉ちゃんのくせに妹にこんな思いをさせるなんて。


許せない!!!


6才の時に道を違えた二人は、こんな所で接点を持ったのだ。




何度か目の季節が過ぎて、クレオガードはなんとか高等学校を卒業した。


後ろから数えた方が早い成績でどこに勤めると言う話もでず、かと言って家業を手伝う気もない。


この頃には、商人夫婦は年齢に併せ商売の規模を縮小していた。


クレオガードが商いを継ぐ能力があれば後継者教育をしていこうと思っていたが、学業も散々で手伝うこともない彼女には難しいと判断。


収入が減る中彼女の散財は減らず、悪い仲間にたかられ却って増加するばかり。


何度も注意したが、従う姿勢を見せず文句を言う始末。


夫妻は娘に教育を施し成人した為、親の責任は果たしたと割りきることにした。


今後の人生は、自分達二人で旅行でもして過ごそうと決めた。


娘がいたことで、楽しかったこと苦しかったこといろいろな経験を積ませてもらった。

我が儘な子でも可愛く思っていたのだ。

前々から余生のことを、食事時やお茶の時など事あるごとにクレオガードには伝えていた。


今後彼女が生きていく為に縁談や就職先等を真剣に伝えるも、真面目に取り合わず聞き流す日々が続く。


ある日、商売で付き合いのある男爵が怒鳴りこんできた。

「娘の婚約者と浮気するなんて、いったいどういう教育をしているんだ。 娘と婚約者は幼い時から気心が知れた仲だ。 政略での婚約ではあるが信頼していたんだ。 貴方の娘が誘惑したんだろう? 娘は食事も喉を通らず起き上がれない状態だ。 慰謝料を要求するからな!」


そう捲し立て去っていった。


後日弁護士が訴状を持参し、商人の年収1年分の慰謝料が請求された。


さすがに商人夫妻は、クレオガードを本気で叱った。


しかし彼女は、「彼は彼女とは冷えきっていて愛してないって。 私が一番好きだと言ったのよ。 いずれ結婚するんなら良いじゃない」

と反省していない所か結婚すると言って憚らない。


今まで倫理的な教育はしてきたつもりだ。


商人は信用が第一だから。

特に貴族と関わる時は細心の注意が必要だ。

付き合いには利益も多いが、礼を失すれば投獄されたり多額の違約金を生じることもあるからだ。



勉強はできなくとも、その位の生きる上で必要なマナーは解っていると思っていたのに。


それが通じていなかったことに愕然とした。


6才の時に引き取って15年。

クレオガードは21才だ。

高等学校を卒業した時点で成人の18才。

周囲の女子は嫁いだり職に就いている。

そんな年齢なのに常識すら身に付いていなかったとは。



義父は、今回の男爵からの訴えを包み隠さず伝えた。


年収分の慰謝料のこと。

慰謝料が支払われない場合、クレオガードは2年間投獄され刑務所で労働をして慰謝料を払い、出所しても借金となる慰謝料を毎月返していき、返せない時は再び刑務所に投獄されること。


このことは決定事項で覆らないこと。


年収分の慰謝料が、今の自分達にどれだけの痛手になるかを話し、おいそれと出せないことを伝える。

代替案として義両親がクレオガードの代わりに慰謝料を一旦支払って、毎月彼女に働いて返済してもらう方法を提示。

しかし3ヶ月支払いが滞れば勘当し、完全に縁を切ることも伝えた。

義両親は成人した娘に、反省しながら自分で慰謝料を払わせようとしたのだった。

少しも悪気を感じない彼女に、同じことが起きないように考えさせるにはやむを得ないと思ったのだ。


大事に育てた娘だ。

出来ることなら反省して更正して欲しい。

出来るなら幸せになって欲しいのだ。



期待を込めてどうするかクレオガードに尋ねる。

彼女は義両親に、働いて返済することを約束した。

明日から働き口を見つけて、少しづつ返済すると。


最初は義両親の商会で働き始めた。

職員は高等学校卒業をした事を聞いて、事務仕事をさせようとした。

義理と言っても商会主の娘だ。

肉体労働はさせ辛い。

しかし計算は遅くて間違っており、宛名を書く字も乱暴で誤字もあり全く使えない。


仕方なく接客をしてもらうことにした。

だが媚びや笑顔も作れず上から目線が抜けないので、客は誰も彼も彼女を避けるようになる。


何度も声をかけて熱心に教育するが伝わらない。

事務も接客も数日かけて教えるも、やる気も成長も感じられない。

それではその仕事は続けさせられない。


結局は裏方に回って貰うしかなかった。


掃除や洗濯・リネン交換など、体力仕事を数人で任せるも仕事は遅く、責任者が見ていないとすぐ他の者に押し付けてさぼってしまう。


結局1つ目の職場は、担当者が商人夫婦に報告したことで解雇となった。

その後、何ヵ所も夫妻の商会で働かせたが真面目に勤めることはなかった。


親が経営者という、比較的に見ても好意的な職場でこの状態だった。


商人夫婦はどうするかクレオガードに尋ねるも、何とかすると言って外出することが増えるだけで、働いているかは怪しい。


3ヶ月後の夫婦への支払日、クレオガードは初めて夫妻へ支払いを行った。


どうやってお金を工面したか尋ねるも、友人に借りたと言う。


クレオガードにそんな奇特な友人がいるのか疑うも、取り合えず受けとることにした。


その次も3ヶ月を目処に支払いを行う彼女。


だが次の3ヶ月は、お金を半分しか持参しなかった。


理由をクレオガードに尋ねると、彼女は言い訳を始めた。


「だって仕方なかったの。 お姉ちゃん(コレットマーレ)がこれ以上お金がないって言うの。 私が騙されて慰謝料を背負ったのに、払わないと勘当されてしまうというのに。 これしかくれなかったのよ。 私は悪くないわ。 妹の為にお金を出し渋るお姉ちゃんが悪いのよ。 もう少し待って、必ず貰ってくるから」

悪びれもせず姉のせいにするクレオガード。



義母は顔を歪め、

「どうやって彼女の居場所を知ったの? 貴方聞いてきたこともないじゃない。 何故今更彼女に頼ったりするのよ」


聞けば夫婦の世間話を偶然聞き、助けを求めに行ったと言うのだ。

1人で頑張っているコレットマーレに金の無心をするなんて。

懸命に働いて貯めたお金だろうに。

義母はコレットマーレの笑顔を思いだし、その顔を曇らせてしまったことを悔やんだ。


義父は問う。

「お前は初めて金を持ってきた時、友人から借りたと言ったな。 私達がコレットマーレに借りたと知ったら、反対すると解っていたんだろう? そして借りた金を少しづつでも彼女に返済しているのか? これは娘だから、姉だから返さなくていいことではない。 人間対人間の信頼の問題だ。 自分で働きもせず、人に責任転嫁する娘に育てた覚えはないよ。 もうお金は返さなくて良い。 その代わり人に頼らず働いて生活するんだ。 これ以上コレットマーレに迷惑をかけるんじゃない! もうお前は立派に成人なのだよ」


そう言って、悲しそうにクレオガードを見つめた。


彼女は憤り、自分の非を認めていないようだった。



彼女が部屋から出ていった後、義両親は溜め息をついた。

自分達が彼女をこんな風にしてしまったのかと。

自分達がいると、クレオガードは頼ってしまい自立できないのではないかと。



夫婦は彼女の前から去ることに決めた。


コレットマーレの勤める法律事務所に行き、彼女にクレオガードが借りたお金を頭を下げて返金した。

コレットマーレはこれまでの経緯を聞き、夫妻のせいではないと声をかけた。

その暖かい言葉に夫婦は涙した。

一度は家族になりかけた3人は、抱きしめあってお互いに泣いていた。


その後コレットマーレの上司である弁護士に、今後のことを相談した。

商会を他商人に売却し自分達の老後の資金にしたいと伝え、

自宅も不動産会社に託し、売却できた後はクレオガードの資産にするよう手続きした。

そしてクレオガードを養子から外し他人となる手続きを行う。

最後に弁護士にもクレオガードとコレットマーレのことを伝え、コレットマーレに被害が及ばないように守って欲しいとお願いした。

愛弟子のことを守ると、弁護士も快諾。



クレオガードはお金を返さなくて良いと言われ、すっかり許されたと思い再び借金をして遊び回った。


今まで我慢した分と言い訳し、飲食店で見目の良い男に貢ぎ豪遊した。


数日後自宅に帰ると門に売家の札がかかり、中に入れなかった。


商会を尋ねるとクレオガードの両親はここを他者に売却し、隣国に旅だったと教えられた。


一度はここで働き面識のあった従業員は、クレオガードの派手な化粧と衣装に商売女のようだと内心がっかりした。


ご夫妻があんなに手塩にかけた苦労が伝わらなかったのだと。



その後彼女は、自宅の売家と書かれていた札の連絡先である法律事務所に出向いた。


コレットマーレに借金をしていたので、なるべく顔を合わせたくなかったが仕方がない。


そして義両親の行方とお金のことについて、矢継ぎ早に聞く。


義両親がもう旅にでたこと。

事務所に残された財産は、クレオガードの荷物と1ヶ月分としては多めの生活費。

自宅が売却されればその資金も彼女の物になると伝えた。

義両親からは籍が抜かれており、今後借金ができても自分で返済するようにと手紙が残されていた。


体を大事にとか今まで幸せだったと、思い出話もたくさん書かれていたが如何せん捨てられた事実だけが、くるくると頭を駆け巡り暖かい言葉など目に入らなかった。


自宅の売却金を渡すなど本来破格の待遇であるも、手元に使える現金が少ないことで苛立つ。


1ヶ月分として渡されたお金は、宿を借り借金を返せばほとんど手元に残らなかった。


その後1ヶ月しない内に手持ち金を使いきり、宿屋も追い出された。


取り巻き達に泊めて貰おうとするも、後ろ楯のない彼女を泊めようとする者はいない。


付き合っていた男達も、金のない彼女には見向きもしなかった。


頼る者が全くいなくなったクレオガードは、仕方なく叱責を覚悟でコレットマーレの働く法律事務所に出向いた。


しかし、コレットマーレに会う前に弁護士に追い出されてしまう。


現金を持たない彼女は、とうとう身に付けていた指輪やネックレスを質屋に売った。

足元を見られ購入時の1/3の金額でしか売れなかった。

仮にも商人の娘なのに、一切目利きができないのだ。



翌日から仕事を探し働くことにしたが、勤めても長く続かずすぐに食べる物にも事欠いた。


結局プライドを捨てて身を売ることになった。


何の努力をしなくても、何とかなると思っていた。


教会に捨てられた可哀想な私。


両親ができて幸せになれると甘えきってしまった。


孤児院の子達は私と同じ境遇なのに、自分はいつも不満を募らせていた。 


親のいる子が憎かった。


そんな中で、コレットマーレはいつも周囲に誉められていた。


私の自慢だった。


でも、私だけ置いていかれる気がしたの。




そんな風にやっと反省している所に、新たな客が来た。


「よお。 ちゃんと働いてるか? クレオガードちゃん。 まさかここまで堕ちてくるなんてな」


見知った男はニヤニヤしながらクレオガードの顎をくいと上に挙げ、まじまじと顔を覗き込んだ。


「なんであんたがここに来るのよ? だいたいあんたが私と結婚するからって付き合って、あんたの婚約者に慰謝料を請求されたせいなんだから。 あんたは私に慰謝料を支払いなさいよ!」


騙された自分にも非がある。

けれど男の顔を前にすると怒りが込み上げてきた。

慰謝料の件から一切会うのを避けられてきたのだから。


男は口に弧を描き、話続ける。

「払うわけないじゃん。 だって俺は断ったのに、あんたがしつこく誘惑してきての浮気ってことになってんだから。 余計なこと言うなよ。 まあ、本当の商売女になった奴のことなんて、誰も信じないか。 ははっ」


楽しそうに笑いながら、謝り倒し誠意を見せたことで件の男爵令嬢と結婚したと言う。

俺程美しければ、少しの嘘でも相手は誤魔化せるみたいだな。

中堅商人の三男からすれば、土下座なんてなんてことはない。

甘い言葉で愛を語れば嘘も本当になったよ。


ちょっとでも調べれば解ることなのになと、また笑う。


男にはたくさんの女がいた。


しかし、私を槍玉にして有耶無耶にしたのだろう。


一番目立つ存在の私を糾弾し、多額の慰謝料を支払わされたことを知れば今居る女は勝手に離れる。

同じ目に合っては大変だから。


「俺とすれば、お前と結婚して商会を継ぐのでも良かったんだが、貴族になれるんならそっちに行くだろ? それにお前我が儘だしな」


侮辱的な言葉を羅列しクレオガードを貶める。


「ここ時間制なんだろ? ちゃちゃと股開けよ。 好きだった男が抱いてやるんだから幸せだろ? クレオガードちゃん」


嘗て愛していた男だった。

結婚できると思っていた。


その時は大好きで幸せだった行為も、今は物のように軽く扱われ悔しくて仕方がない。


でも仕事と割りきって相手に身を任せる。 


心を無にして終わるのを待つ。


男は帰り際、「商売なんだから、もっと相手を喜ばせないと。 商売人の基本でしょ? まあ、お嬢さんの時もだめだめだったからしょうがないか。 今度俺の仲間も紹介してやるよ。 その時は、もっと良いサービスしてやってくれよ」と言い捨てて背中を向ける。



こんな男にここまで言われるなんて。

こんな男を好きだったなんて。



自分が惨めで生きていたくなかった。


クレオガードはその日から店を休み、借宿に籠った。




法律事務所に勤めるコレットマーレに手紙を送り、これまでのことを謝った。

それは今までとは違い、気持ちの入ったものだった。

一字一句丁寧な綴り。

謝罪の後には、あれからの経過が簡単に書かれていた。

両親の残した金を使い果たした後、仕事をしたが失敗ばかりですぐクビになり身を売って生活していた。

結婚したいと思っていた男はどうしようもない奴で、店に来て慰謝料の件の真相を聞いた。

男が嘘をつかなければ、あれほどの慰謝料にはならなかっただろう。


男は私が槍玉で、他に付き合っていた女達は逃げたと言っていたが、その実男の嘘で慰謝料を請求されて自分よりもっとひどい店で働かされていたり、奴隷のように売られた人も居たことを突き止めたと。


彼女達は同じ平民で、孤児だったり貧しかったりで将来へ夢を見ていた者だった。


愛する者と結婚して幸せになりたかった、学校での彼を巡るライバル達もいた。



今更自分のことは良いが、男爵家にはその事を伝えたい。


今後同じ様にこの男に騙されたりしないように。



そもそも同じ被害にあった女達のことは、あの男の本性を知った後に夜の川に飛び込み、死にそうな所を助けられて知ったのだ。


私より随分と先から夜の店で働かされていて、私が堕ちてきたことも知っていたらしい。


そしてあの男は私を抱いた後、私を助けてくれた彼女にその話をして笑ったそう。


お仲間が増えて嬉しいだろと。



嬉しい筈がないと彼女は言った。

この地獄に誰が来たとて、男への憎しみは変わらない。

皆同じに愛を欲していただけなのに。



それを聞いた私は、抗議に行くことにした。


相手は男爵家だ。


そしてそこの娘も男を愛し、結婚している。



護衛もいるし不敬罪ですぐに殺されるかもしれない。

でもこれ以上、何もせず生きていくことはできないのだ。


やっと自分からするべきと思ったことなのだ。


自分に何かあれば家の売却で得たお金は、コレットマーレに使って欲しい。



出来ることならちょっとのお金の分で良いから、不幸な女が増えないように助けてあげて欲しい。

これは私の我が儘だから、しなくても良いよ。



最後に

幸せになってね、お姉ちゃん。


クレオガードより




・・・・・・・・コレットマーレは、混乱した。


知らず涙が溢れていたようで、膝が濡れていたことに気づく。


あまりの情報量に、理解が追いつかない。



そして直ぐ件の男爵家について、事件が起きていないか確認に走った。



すると新聞屋から、『今朝商売女が男爵家に訪問し、虚言を喚き散らした為打ち捨てられて、死体は教会に運ばれた』と聞く。



急いで教会に行けば水色の髪に赤い目の少年が、妹の傍らについていた。

その横には、同じ目と髪の母親とおぼしき女性が赤子を抱いて立っている。


たまたま近くを歩いていた時に、妹が切られた現場を目撃したそうだ。


少年は言う。

「この人はあんたの家族? そっくりだから姉妹かな?」


私は頷く。

「妹を連れてきてくださってありがとうございました」


言葉を紡ぐと、堰を切ったように涙が溢れ出す。

「あああっ、こんな姿。 なんでなんで、妹はこんな死に方をする子じゃない。 助けられなかった。 もっと様子をみてあげるべきだったのに」

ああっと呻き声が止まらずに出る。



レイテストは肩を擦り言う。

「あんたはちゃんとやったよ。 それは妹も解ってるさ」


「?」

私はこの人とは初めて会ったはずだ。

何故こんなことを言うんだろう?


彼は少し困った顔をして、「ああ悪いな。俺は相手の考えていることがなんとなく解るんだ。 あんたは司法試験を受ける為に、仕事が終わり次第ほとんど寝ないで勉強してた。余裕なんて無かったんだよな。・・・すまない。勝手に思ってることを知られるなんて、気持ち悪いだろ」と言ってから俯いている。




私は横に首を振り答える。

「大丈夫です。 それはギフト(神様からの祝福)ですよね。 時々普通の人間にも現れると聞いています。 隠していた事だと思うのに、正直に話して下さってありがとうございます。 絶対誰にも言いませんから」言って微笑んだ。


そして私も妹が今何を思っているのか、解れば良いのにと思ってしまった。

恨み言でも全部聞くのにと。


ぼんやりと妹の顔を触り呟いている彼女に、アンシーは言う。

「私も祝福持ちなんだ。 私の祝福は回復と蘇生さ。 この子はまだ辛うじて生きている。 本当の虫の息程度。 所謂仮死状態だが、このまま蘇生してもここまで臓器がやられていてはまた直ぐ死んでしまうだろう。 もしこの子をこの姿のままでなくても生かしたいなら方法がある。 聞くかい? だが聞いたら後には退けない話だよ。 どうする?」


アンシーは優しく尋ねる。

もし彼女が戸惑えば、その部分の記憶を消して帰そうと思っている。

覚悟を図る為の提案だった。


だが迷わず彼女は答える。

「お願いします。 出来ることならします。 妹を助けて下さい」と。


アンシーは頷き語る。


「あんたは人魚を知っているかい? 私は人魚なんだ。 ここにいるレイテストも、元は死にかけの人間の妊婦の子で私が助けたんだ」


コレットマーレは目を大きく開けて瞬いた。

にわかに信じられないだろう。


「戸惑いは解るが直ぐに決めな。 完全に死んだら蘇生できないんだよ」


コレットマーレは頷く。

「お願いします。 どうすれば良いですか?」



「見た所、あんた達は双子だろう? 一卵性だね。 それなら都合が良い。 もう一度あんたと妹を1つにして傷を癒そう。 ただ妹の残っている機能を使っても、今の体のままではいられない。 2人の体を1つにしても、少し背が伸びる位にしか妹のパーツは使えないだろう。 ただ死ぬことはない。 1つの体で2人が生きることになる」


「2人で一人。 どんな感じになるんですか?」


「基本表面にでる人格は1人。 その時出ない人格は眠っていることになる」


「妹とは、もう話すことは出来ないんですか?」

悲しげに問う。


「いや。 二人の肉体が繋がれば、精神も繋がる。 両者が眠っている時は、精神は繋がっているから会えるぞ。 しっかり話すこともできる」


そうですかと喜ぶコレットマーレ。


「ただ、クレオガードは随分と辛い思いをしたようだ。 そして生まれた時から、常に不安に押し潰されそうに脆い。 表面に出るのはあんたにして、クレオガードは眠っていた方が良いのかもしれないよ」


コレットマーレは考える。

昔から自分には何故だか不安感が乏しかった。

クレオガードが、自分の分まで不安になる気持ちを持って生まれたのではないか。

クレオガードの手紙には、辛い思いをしている女性を助けてと綴られていた。

そして自分の意思で男爵家と対峙した。

私のしたかった仕事は、孤児や女性が生きやすい世界にすることだ。


生きる目標が少し重なる気がした。


1つになって不安も辛さも2人で分けあえば、クレオガードが怯えることは、もうないのではないかと思った。



少なくとも、あの手紙からは決意めいたものが感じられたが、

死にたいと思わせる文脈はなかった。



今度生き返れば、妹は前向きに生きられそうだと感じたのだ。



コレットマーレは願う。

「妹の一番辛かった記憶を消して、私の学んだことや私の記憶を表面の人格が使えるようにできますか? 

そして表面の人格は妹にしたいのです。


きっと今度は私も応援します。


私は、絶対支えますからお願いします」と頭を下げた。



アンシーは頷くと、最後にもう一度聞いた。

「あんた頑張ってたのに、良いのかい?」


「はい。 妹が幸せになることが一番嬉しいです。 たぶんこのまま生きるのは、自分が許せないんです。 きっと妹が生き直すことができれば、心から満たされる気がします。 私達は生まれる前は1つだったんですから。 今までできなかった、お姉ちゃんらしいことがやっとできます。 本当にありがとうございました」



そして私は目を瞑る。

次に起きた時に肉体はないだろう。

でも大丈夫。

妹と一緒に生きていくんだから。

妹が微睡みに落ちたら一時体を動かして、よく頑張ったねと頭を撫でてあげるから。

そして夢で会おうね。

もう怖い夢は見ないはず。

夢の中では手を繋いで寝よう。



二人の体が床に寝かされ、大きな膜に包まれる。

カエルの卵のような透明の膜の中に、アンシーの血液と海水が満たされる。


2つの体から、使えない部分は海水に溶けて栄養素になり吸収される。

細胞分裂の途中のように、溶けて変形して新たな命に変わる。



5日後クレオガードが目を覚ます。


まだ記憶は曖昧だ。


前のクレオガードの記憶はいらないだろう。

コレットマーレの記憶をベースに繋ぎ直そう。


ただもう2人は今までとは違う。

文字通り生まれ変わったのだから。



2人の名前はウルツァイトにしよう。

クレオガードとコレットマーレの2人の名前。

2人はウルツァイトとして生きていく。



ウルツァイトは、コレットマーレだった時の希望により、今の体に慣れるまではアンシー達と過ごすことになっている。


共に旅をして、住みたい所で別れることになったのだ。




まだ体に慣れていないクレオガードは、すぐ眠くなり意識が微睡む。


その間にコレットマーレは意識を表面に出し、アンシーが弁護士に暗示をかけて、ウルツァイトがコレットマーレに見えるようにした。そして法律事務所を退職する手続きを行う。


表向きはクレオガードが亡くなり、しばらく旅に出たいと伝えた。


そしてクレオガードのお墓を建てるからと、商人夫妻の自宅を売却して得たお金を受けとる。


その後、恋人だった弁護士に別れを告げた。


お世話になりました。

御恩を返せず申し分けないと謝罪し、悲しみの強いここでは生きられないと理由を伝える。


傷が癒えるのを待つと引き留められるが、待ってもらうのは忍びないので、他に良い方を探してくださいと断りを入れた。



実は他にも理由があった。

クレオガードが尋ねて来た時、彼は理由も聞かず彼女を追い返した。

そして、そのことをコレットマーレに伝えなかった。

コレットマーレの試験を心配してのこともあっただろうが、クレオガードに関わるのが面倒で切り捨てたのだとも思われた。



それは、クレオガードとコレットマーレの意識が同調することで、初めてわかったことだ。



コレットマーレの心残りの1つとして彼のことがあったが、身内を切り捨てる面をみると気持ちが覚めるのがわかった。


完璧な人など居ないのはわかるが、たった1人の身内を大事にしてくれない人との未来は、将来的に無かっただろう。



男爵家のことについては、(クレオガード)を騙した男の有責を求めたかったが、貴族が絡んでいるので今は動けないとアンシーに言われた。


今後調査を続けて行くことにする。



同じ男のせいで慰謝料を請求され、借金を負わされたり奴隷のようにされていた女性達は、アンシーが借金分を支払い解放した。


アンシーは女性達に、生前クレオガードに頼まれており、クレオガードの遺産で払ったのだと伝えた。


クレオガードが男爵家に乗り込み、無惨に殺されたことは皆知っていた。


クレオガードは復讐を望まず、女性達にはこれからは騙されないように生きて欲しいと伝えると、皆泣き笑いしていた。


出来るなら、近くで困っている人を1人でも救ってくれれば嬉しがると伝えれば、泣きながら「わかったよ」と頷いた。


特に川でクレオガードを助けてくれた女性には、「自分を正気に戻してくれたのは貴女よ」と、彼女(クレオガード)が感謝していたことを伝えた。


その女性は嗚咽をあげて、そういうことは『生きて伝えてよ』としばらくアンシーの腕に抱かれぼろぼろになっていた。



調査を続けた結果。

女性達やクレオガード・男爵令嬢らは、1人の男に夢中になっていたが、アンシーによると魅了の術が無自覚にかけられていたらしい。


その美しい容姿にも、人魚が絡んでいるようだ。


そのこともあり今回は手を出さず、様子見にすると決定した。


アンシーの仲間に協力してもらい、今後も調査継続予定だ。



ウルツァイトが弁護士となり法の力をつければ、今後別のアプローチをかけられるだろうとアンシーは笑った。



男が好き勝手できるのも、時間の問題だろう。



ウルツァイトの予感としては、アンシー達とは長い付き合いになりそうだ。


コレットマーレが表面に出た時、クレオガードを思い頭を撫でるのをレイテストに見られ動きを止める。


赤面していると、不意にくしゃっと頭を撫でられた。


あんただって頑張ってるもんなと、笑顔でわしゃわしゃ撫で続けられた。

「一緒にいるんだ。 家族みたいなもんだろ。 たまには甘えて良いんだよ」


精神では私とクレオガードは繋がっているけど、表面人格は私をベースにした別人格でクレオガードが過ごしている為、私を撫でられる人はいない・・・と思ってたのに。


地味に恥ずかしい。

でも嬉しいよ。

ありがとう、レイテスト。


全てを知られても嫌じゃないって、奇跡に近い幸運だと思わない?と精神下で思う2人。


付き従うことを自ら願うウルツァイトだった。



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