人魚の眷属 その1
新しい私の家族。
一生懸命尽くすので、もう一人にしないでーーーーーーー
私の不安に優しく微笑み、頭を撫でてくれる人。
『家族なんだから、尽くすとか言うな。 側にいてくれれば、それで良いんだから』
その言葉を聞いて安心した私ウルツァイトは、また眠りに就くのだ。
私の今の名前は、ウルツァイト。
昔の名前はコレットマーレ。
今の名前になったのには、ある理由があるの。
話すことで気が楽になると言われたので、さらっと振り返ってみるわ。
私と妹のお話をーーーーーーー
私と妹は双子だったらしい。
らしいと言うのは捨て子だから、はっきりと解らないの。
教会の前に私と妹が、同じ顔で同じ籠に入れられていた。
親の名も、誕生日も解らない。
何処で生まれたのか、いつ生まれたのか。
ただおくるみや着ているものは、上質なものだった。
おくるみに名前だけが刺繍されていた。
姉の私がコレットマーレ
妹がクレオガード
何も持たない私たちのたった一つの祝福だった。
教会はそれほど裕福ではないが、心優しいシスター達や近所の方の援助を受けて飢えるはことない生活。
子供達も畑仕事や掃除・洗濯・食事作りなど、不馴れながら役割をこなしていた。
シスターから文字や計算も教えて貰え、徐々に買い物なども任されるようになった。
私は計算が得意だったので、将来は商家で働ければと考えていた。
◇◇◇
ある時中年の優しそうなご夫婦が、孤児院に訪問された。
そのご夫妻は子供に恵まれず、2人で商会を営んでいた。
王家にも品を卸す老舗の商会経営者だ。
一時期不景気で低迷した経営が安定し、今後の人生に共に暮らす子供を探しに来たのだと言う。
今後経営は養子の子が継ぐ能力があれば渡し、そうでなくても不自由がないように守るとのこと。
毎週教会に通い孤児院にも毎年寄付をして、時にお菓子や食材や布を差し入れてくれている人格者だ。
子を引き取るのも慈善事業の延長かもしれない。
だって遠縁でも、その家の養子になりたい子はたくさんいるのだ。
そんな優しい家族になら、孤児院の子らも勿論引き取られたいだろう。
ただその夫婦が探していたのは、自分達が引退する時期までに教育が終われる年齢の子だった。
その年齢ならば、もし自分達のどちらかが亡くなったとしても、結婚まで見守れると言う考えのもとだった。
その夫婦アレクサ商会のファンドリー夫妻は、孤児院で懸命に学ぶ6才のコレットマーレを養女にしたいと考えていた。
嘗ての自分達のように勉学に前向きで、生き生きと話をする活発な彼女に好感を持っていたのである。
シスターにそのことを話すと、とても喜んでくれていた。
勿論コレットマーレもだ。
だが双子である彼女だが、大事に育てたいのでコレットマーレだけを引き取りたいと申し出たのだ。
そのことに、妹であるクレオガードは衝撃を受けた。
自分を守ってくれた姉がいなくなる。
姉だけが裕福な両親の元で幸せになる。
何故自分が選ばれないんだと。
クレオガードは床に寝転んで、「嫌だ嫌だ」と駄々をこねて泣き出した。
周囲はどうしたら良いか解らない。
彼女は言う。
「勉強ならこれから頑張るから、私を連れていって。 どうせ双子なんだから、私でも良いじゃない。 どうして駄目なの?」
コレットマーレだって、ファンドリー夫妻が大好きだ。
孤児院に来る度に楽しく話をしていた。
自分の夢を話すこともあったのだ。
同じ年でも遊んでばかりのクレオガードとは違い、目標を持つ彼女はかなりしっかりしていた。
だから彼女は譲ってしまった。
「もしファンドリーさんが良いのなら、妹のことも考えて貰えませんか?」
幼い時からいろいろと我慢していて、一歩退いてしまう癖がついていたのだ。
夫妻は困惑していたが、その日は帰ることにした。
翌日夫妻が来たが、やはりコレットマーレを希望されていた。
しかし、彼女はまだ孤児院を離れたくないと泣いていた。
すかさず夫妻の前に躍り出たクレオガードが言う。
「私なら直ぐに行けます。 一生懸命頑張るから私を選んで!」
そう言うと、夫妻に駆け寄った。
思う所はあったが夫妻は妹を引き取って行った。
クレオガードは満面な笑みで皆に挨拶をして、コレットマーレにも「私幸せになるわ。 ありがとうお姉ちゃん」と涙一つ見せずに去って行った。
「ああ。私のお父さんとお母さんになってほしかったな」
コレットマーレは、孤児院に隣接する教会で人知れず泣いた。
シスターも彼女の気持ちは気づいていたが、強引に指示することもできなかった。
いつか離別するとしても、強引に勧めると姉妹の亀裂を生じさせることになると思ったからだ。
今回はコレットマーレが断って、クレオガードとしばらく暮らすと思っていた。
しかしクレオガードは、あっさりとコレットマーレを捨てて出て行った。
到底想像出来るものではない。
コレットマーレにしても、予想外だったであろう。
妹が自分を裏切る形で理想の家族へ迎えられたのだから。
シスターは彼女を抱き締めて言った。
「神は全て見ています。 いつも貴女のことを見守っていますよ。 物事には善いことも悪いことも隣合わせです。 この経験が貴女を強くしてくれる試練だと考えましょう」
シスターの胸の温もりに抱かれて、コレットマーレは気の済むまで泣いた。
私には信じられる人がいるではないか。
妹には裏切られた気分ではあるが、もし自分が行っていれば罪悪感がずっと残ったはずだ。
夫妻は良い人だが、今回は縁がなかったと諦めよう。
幸せなる可能性は、これからだって自分でつかめるもの。
シスターも声を殺して泣いていた。
姉妹で引き取られれば、どんなに良かっただろうか。
でも子育ては大変なことだ。
無理は言えない。
夫妻は良い方達だ、善意に甘えてはいけないのだ。
コレットマーレにしても、妹に振り回される人生よりも自立した方が幸せかもしれないし・・・・・・
しばらくの間抱き合って、泣き止んだコレットマーレは顔をあげた。
二人は顔を見合わせて、少し微笑んでからみんなの元へに戻る。
何かを吹っ切れた気分だった。
コレットマーレは、妹とは一定の距離を置こうと思った。
自分が会いに行けば周りに変に勘繰られるだろうから、落ち着いた時に手紙でも書こうと。
そんな気遣いをよそに、クレオガードから孤児院に手紙が届いた。
孤児院にいたことは忘れたいから、今後は一切連絡や会いに来るなとの内容だった。
手紙も今まで文字の勉強をしていないクレオガードが書いたものではなく、今の両親に書かせたものだろう。
孤児院の皆は楽しい内容を期待していたので、この内容に愕然としていた。
もちろんコレットマーレもだ。
ここでクレオガードとコレットマーレは、一旦縁が切れた。
しかし数年後、とんでもない形で裏切られることとなる。
◇◇◇
17才になったコレットマーレは、法律事務所の事務員をしていた。
持ち前のガッツと優しさで、周囲と楽しく過ごしながら法律の勉強にも励んでいる。
その人柄と仕事振りで、雰囲気を明るくすることに長けていた。
皆面倒見の良い彼女が大好きだった。
その頃のクレオガードは6才の頃と性根が変わっておらず、我が儘放題で暮らしていた。
この頃には両親の商会も下火になっていた。
普通に暮らすには問題ないも、クレオガードが贅沢をするので時折赤字も生じる程に。
商人夫妻は、クレオガードに辟易していた。
そんな態度にクレオガードは憤慨するが、こんな時に思い出したのだ。
姉のコレットマーレのことを。