人魚の忘却
あの女の殺害を依頼し胸のつかえが取れた後、ダスト侯爵の邸まで馬車が揺れる。
久しぶりの外出なので、父が手放した領地を回ってもらった。
町並みは変わらず人の行き来があり、活気が見られる。
統治する者が変わっても、人々の営みは止まらない。
税金が上がろうと治安が悪くなろうと、生きていくしかない。
ほとんどの者が、そんなことも考える暇もなく1日が消えていく。
その小さな生活の中にも、何かしらの希望があるんだろう。
衣・食・住・恋・愛・地位・名誉・爵位・金・趣味等々・・・
かつて私も夢があった。
領地の皆と、その地を発展させて幸せに暮らしたい。
愛する人と幸せになりたい。
過分な夢だっただろうか?
今の私には何もない。
あるとすれば、復讐が叶うことだけだ。
サリーが心配そうに私の顔を覗く。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「大丈夫よ。 ありがとう。 貴女のお陰で依頼ができたわ」
寂しげな微笑で答える。
良かったですと、サリーも喜んでくれた。
サリーにはいろんな身の上話を聞いてもらっていた。
私がこれからどうしたいかも。
ーーーーーー
サリーの家は今は男爵家だが、もともとは山岳部のブドウ園を経営していた豪農だった。 ワイン作りで認められ陞爵した、成金と言われる新興の部類だ。 順調に生活していたが、妹の目の病で出費がかさみ一時的に借金をした。 外国まで行き名医に手術をしてもらう為だった。 幸い病は完治した。 それは喜ばしいことだが、借金をしていた先が没落し、その手形が悪い商人に渡ったのだ。
その商人は直近で現金を回収したがり、婚姻していなかったサリーを娼館に売ろうとしたが、ダスト侯爵と生涯メイド契約を交わしたと聞いて諦めたという。 侯爵に楯突くと、ろくなことにならないからだ。 その時は、まだはっきり契約はしていなかったが、娼館よりはマシと思い行くことにしたのだ。 その前にはサリーも金策に走り、手っ取り早く金持ちに嫁ごうと画策したが、どこもだめだった。 恋愛関係になった男性も数人かいたが、借金があることで相手の母親が反対したのだ。 どうやらそれでも是非という、真実の愛には至らなかった。
サリーの給金やワインを売ったお金で、徐々に借金は減っておりもうすぐ完済だ。 生涯契約と言っても、契約書の買い取りをしてくれるので、元金に色をつければ自由も夢ではない。 ただ、まだまだギリギリの領地経営の為、サリーはしばらくここで働くことにした。 良い環境ではないが、金払いが良い点では助かっているからだ。
サリーには帰れる家も家族もいるのだ。
そして帰ってからは、感謝されながら生きるだろう。
サリーは思う。
フェリヴァは、気品もあり美しい。
自分にはお金がないから金銭的援助はできないが、愚痴ならいくらでも聞くし、身の回りのことならいくらでもする。
だけど・・・きっとそれだけではだめなんだろうと思う。
自分がフェリヴァの立場なら、思いっきり贅沢をして、なんなら自宅に仕送りを沢山して面の皮厚く過ごしたかもしれない。
でも頼りなくとも信頼できる家族がいなかったら?
サリーだって、いつか帰れると思うからまだ頑張れるのだ。
もしババアになるまでここにいたとしても、しょうがないなぁ貧乏だからと軽口を言って笑っているかもしれない。 希望とはそれほど強いのだ。
心の支えが1つでもあれば、頑張れるもんなのよ人間は。
彼女がもう生きていたくないと言うことは、そういうことなんだろう、きっと。
それでも生きていて欲しいと、サリーは願う。
この優しい子に神の恵みを。
ーーーーーー
「ああ、もうすぐお腹の子に会えるんだね。 楽しみだよ」
フェリヴァの父は、喜色いっぱいに女の腹に頬を擦りながら言う。
女も満更ではなく、そうねと言って笑みを漏らす。
この町に来てから、女はいつも愉快だった。
ファリヴァの父に取り入り、慎ましく生きていた家族の生活を一転させた。
夫・父の愛を金を居場所を、家族から奪った。
金の為に領地を売らせた。
領民から安定した賃金、安全な環境を奪った。
領民の男達は自分に懸想している。
家族に毒を盛り、命と健康を奪った。
フェリヴァの父以外とも情愛を交わし、嫉妬を煽った。
嫉妬でさらに溺れたフェリヴァの父は、女を手元に置く為に、借金を重ね、フェリヴァを妾として売った。
伯爵達が崖から落ちたのも、女の指示だ。
女が情愛を交わした1人に頼んだのだ『あの子を結婚させたくないの。 寂しいの。 だからここに馬車が来た時に、車輪にちょっとだけ細工をして。 お願い』と。
女は宝石や洋服が特に好きと言う訳ではない。
宝石は綺麗な石程度としか思っていない。
服も着れれば良いくらいだ。
だが、高ければ高いほど女達が羨ましがったり、妬んだりするのが得も言われぬ快感なのだ。
借金をすれば家族が困惑し、フェリヴァが業を背負うように売られていった。 その家族の顔を見ると、愉快でいつも笑い出したくなった。 でもさもすまなそうに、泣き真似をするのも楽し過ぎる。
ーーああ、人間はちょろいわね。すぐに誘惑に負けるから
女は人魚だった。
魅了の術で男達を陥落した。
男達の領主に縋りついたのは、単に奪えるものが多いからだ。
魅了は同性には効かないので、なにかと煩いフェリヴァの母を黙らそうと、領主以外の食事に自分の血液を混ぜた。
フェリヴァの母は死に
フェリヴァは兄は衰弱した
そしてフェリヴァは傷一つない、美しい肌を手に入れた。
いや肌だけではない、全ての傷や病も立ち所に治ってしまう。
人魚の特性である不死の下位互換と言っても良い。
何度混入しても異変はなく、もうフェリヴァは普通の衝撃では死なない体になった。
ただ寿命は変わらないので、時が来れば死は迎えるのだが。
だからいつまでも、私に絶望の顔を見せてーーーーー
ふふふっ、ふはははははっ、あー楽しいわぁ
女が愉悦に浸っていると、玄関の扉が開いた。
「悪いんだけど、あんたを殺しに来たんだよ。 抵抗しなければ、優しく殺してやるよ」
レイテストは、女に冷たく伝えた。
「バカにするなよ、小僧が。 捻り潰されたいのか?」
女はもういつもの科も作らず、目をつり上げてこちらに向かってきた。
尖った手の爪が10cm程伸び、鋼鉄の堅さを纏いレイテストの首を狙う。
軽く後方に体を捻るが、首筋から一筋の血が滴り落ちた。
だがすぐに傷が塞がる。
「お前、何者だ。 人魚じゃないのに。 お前も人魚の血を飲んだのか?」
彼は口角を上げ、無言で女の心臓にナイフを突き立てる。
普通なら致命傷だ。
だが、女は彼の腕を掴みあげて、腹部を数回殴りつける。
「ぐはっ」
堪らず呻き声を漏らす。
「初めて会うのにご挨拶だね。 どうやら魅了も通じないみたいだし。 ただそんなに非力で私に向かってくるなんて、頭は良くないようだ」
嘲笑し腕を離すと、今度は足を蹴り飛ばす。
バランスが崩れ転倒しうつ伏せで踞ると、彼の髪を無造作に持った女は引き上げて顔を眺めた。
「綺麗な顔をしているじゃないか。 命乞いをして隷属契約するなら、赦してやるよ。 どうする? くくっ」
女は彼が隷属すると信じて疑わない。
「汚ない手でその子を触るな」
後方からの声に振り向く間に、女の右首は中央近くまで切りつけられ血が吹き出している。
「ぐふっ。 なんで貴女様が・・・ 人間の味方など・・」
信じられないものを見るように呻いている。
手刀で切りつけられた首は、じわじわと皮膚が盛り上がり再生していく。
両手で首を庇い、女は僅かづつ距離を取り始める。
「ぼさっとするな! お前の仕事だろう?」
アンシーに問われハッとする。
痛みを堪えナイフを再び女に向けて走りだす。
女は蹴りを繰り出すが、傷を庇って威力は低下している。
レイテストは右肩を掴み、ナイフを傷に当て渾身の力を込めた。
ゴトっと鈍い音が床に響く。
辺りは血溜まり赤く染まる。
「恨み・・忘れた・・です、か?」
首だけになった女は、アンシーを見て問う。
「人間は別に好きじゃないよ。 私はこの子の味方なだけさ。
苦労して産んだからね」
ニマッと笑い返答すると、
「私の郷、・・・人間・・追われた・・・・この子が産まれるのに・・・・夫も死ん、だ・・・・・・この子は・・・助け・・・・・・・・・・・・・・・」
女は事切れた。
死んだ後も、人間の姿のままだった。
このままではお腹の子も死んでしまう。
「私なら子供は助けられるぞ。 どうする?」
レイテストは暫し考え、助けようと答えた。
フェリヴァの身の上を考えると、女は赦せない。
だが、子に罪はない。
「全てを知れば、私とお前は恨まれるぞ。 お前の力は所詮我らの半分程度。 最悪、隙をつかれれば私は逃げられても、お前1人では相手にならず死ぬだろう。 良いのか?」
問われても答えは同じだ。
レイテストは頷く。
女から子は取り出され、口内を拭き取られ背中を軽く刺激されると産声をあげだす。
「うぎゃー うぎゃー うぎゃー うぎゃー・・・・」
全身を綺麗な布で拭き、側にあった布でくるんでその場を去る。
レイテストは女を振り返り、アンシーの後を追った。
フェリヴァの父が帰宅し、死んでいる女を見て驚愕した。
「ああ、何てことだ。 誰か誰かいないのか?」
呼びかけても誰も来ない。
アンシーが家に入る前に、メイドや従者を感応能力で外へ誘導していたからだ。
「ああ、息子や娘もいないのか? どうなっているんだ。 誰か来てくれー」
フェリヴァの父の叫ぶ声で、近所の者が集まってきた。
凄惨な状態を目にし、皆が目を背けた。
町の警備隊が訪れ遺体を検分するも、動物の爪のような物に引き裂かれた部分とナイフで切られた箇所が見られた。
不可解な部分はあったが、所詮田舎の調査だ。
物取りの犯行として判断され終了した。
魅了が深く浸透したフェリヴァの父は、深く嘆き苦しんだ。
しかし魅了状態の時は、他のことがやや曖昧になっていた。
魅了の浅い時の記憶はなんとなくあるものの、深くなってからはほとんどぼんやり程度だった。
遣えていたメイドや従者に話を聞くと、信じられないことが次々と判明した。
妻が死んで今の女を妻にしたことは覚えていたが、息子が死んだことは覚えていなかった。
さらにその原因が娘を妾にしたことを咎められ、迎えに行こうと言う言葉に、家が潰れると激昂して殴り付け、放置しての死亡だというのだ。
そして娘が売られるように妾になったと。
頭が混乱した。
確かに妻は死に、息子は体調を崩していたが、娘は伯爵家に嫁ぐはずだった。
なのにどうして妾なんて。
大事な娘を。
女が死んで魅了が解けてきたせいか、深く考えると記憶が甦ってきた。
「ああ、何てことだ。 どうしてこんなことに。 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
フェリヴァの父は良心の呵責からか、気が触れてしまい正気に戻ることはなかった。
国の管財人が手配され、借金は女が持つ宝石やドレスを売り精算された。
珍品な宝石もあり売却後は財産も多く残ったが、養女に行った娘は行方不明となり、宙に浮いたまま入院する精神病院で預かることになった。
ーーーーーー
『管財人が来る少し前の話』
フェリヴァはレイテストの報告を待っていた。
ダスト侯爵が部屋に入ろうとしたが、サリーが止めてくれた。
「お嬢様は久しぶりに外出されてお疲れになったようです。 先程食事もされず眠られてしまいました。 でもとても侯爵様に感謝されていましたので、明日なら新品の化粧品で一段とお美しいお嬢様に会えると思いますが」
そう言われ機嫌を良くした侯爵は、部屋を後にした。
フェリヴァはサリーにお礼し2人でお喋りをする。
サリーの家の葡萄畑の収穫のことや弟妹の可愛いことなど、取り止めなく話した。
そしてフェリヴァが諦めていた、夢の話も語り出す。
「母が学生の時に友人と砂の地に行ったそうなの。 見渡す限り砂ばかりで、朝晩は0℃近くまで冷えるのに日中は40℃まであがるんですって。 そんな所を車も使わず何日も旅をするの。 らくだに荷を巻き付けてね。 それでも植物や生き物が生息しているのよ。 すごいと思わない?」
憧れを話す彼女は、とても幸せそうだった。
サリーはなんとも言えず、うんうんと頷いた。
「コンッ コンッ」
窓の方から音がして、そこにはレイテストとレイテストの母が立っていた。
「こんばんは。 今良いか?」
「お待ちしてました。 中へどうぞ」
フェリヴァは礼をして、窓から部屋に導き入れた。
サリーが、用意していたお茶とお菓子を二人へ振る舞う。
レイテストは仕事は無事終了したと告げた。
フェリヴァはそれを聞き、涙を流してお礼を伝えた。
「ありがとうございます。 これで母と兄の敵を討てました。 本当にありがとうございます」
レイテストと握手を交わし、嬉しそうに寂しそうにいつまでも泣いている。
おもむろにレイテストが問う。
「あんたこれからどうしたいの? アフターフォローとして、行きたいとこに連れていってあげるよ」
「ここから出て行ける?」
きょとんとしてレイテストを見つめている。
「ああ。 もうあんたを縛るものはないんだよ。 自由だ。 さっき言ってた砂の国にでも行ってみるかい?」
そう言うレイテストは、優しく尋ねる。
その眼差しが暖かく眩しすぎた。
思えば最初に会ったときから、彼にひかれていた。
暫く誰にも貰えなかった打算のない優しさ。
これが恋なのかは解らない。
けれど、すがりたくなる気持ちがあったのだ。
彼は全てを知っている。
知った上で提案してくれている。
「あの女は人魚だったよ。 あんたの父親は魅入られたんだ。 災難だったな」
そう言われても、もう父には何の感情もなかった。
何度も何度も失望を繰り返したからだ。
「そうですか」
フェリヴァはなんとなく気づいていた。
あの女に会っていても、すぐに離れることができていれば、これ程ひどいことにはならなかったのでは?と。
父が欲望を制御できなかったせいも、あるのではないかと。
今回はたまたま人魚だっただけのこと。
「砂の国じゃなくとも俺たちと旅をしたって良いんだ。 いろいろ見て、好きな国で住んだって良いんだよ」
旅。 レイテストさんと。
ああ、でもずっと一緒にいられる訳ではない。
気遣いは感じられるが、それは愛ではないからだ。
同情でしかない。
きっと私は依存してしまう。
今まで受けなかった分の愛まで。
そんな負担はかけられない。 かけたくない。
私の願いを叶えてくれた人なのだもの。
「それか違う国で、1から始めてみるか? 辛い記憶を消したり、改竄してあげることもできるから」
しれっとすごい話をされた。
「え?」
「サリーは仲間だろう? サリーにはそのままの記憶を持ってもらって、落ち着くまでサポートしてもらえば良い。 そのくらい良いんだろサリー」
サリーは頷いた。
「フェリヴァ様が生きていけるんなら、いくらでもサポートするよ。 でも私生涯メイド契約があって、すぐには動けないんだよ。 何年か待ってもらえる?」
「そんなに待たなくて大丈夫だ。 今解決してくるから」
アンシーの方を向くと、アンシーは頷き部屋を出た。
アンシーはダスト侯爵に魅了の術をかけ、サリーとフェリヴァの契約書を言い値で買い取った。
金はフェリヴァの生家から持ち出した物だから、フェリヴァから見ても正当なものだ。
決してこちらの施しではないのだから。
サインを貰いお金を渡した。
これで2人とも、お金から解放されたのだ。
このやり取りを侯爵の次男が物陰から見ていた。
フェリヴァの元へ戻ったアンシーは、契約書を2人に見せて破り捨てた。
すると突然侯爵の次男が、フェリヴァの部屋へずかずかと入り込んできた。
「なんだこの怪しいやつらは? さっき父上の部屋で何をしていたんだ。 どうせ詐欺でもやらかしたんだろ。 フェリヴァ、お前なんて股を開くしか能がないくせに。 父上が飽きた妾は俺が貰ってたんだ。 詐欺がばれたくなければ、黙って俺の言うことを聞いていれば良いんだよ。 売女が」
意気揚々とフェリヴァを蔑む次男は、悪びれなくフェリヴァを連れ出そうと腕を掴んだ。
嫌悪で、フェリヴァの顔が硬直する。
次の瞬間レイテストの蹴りが、次男の後頭部を直撃した。
床に転がった次男の脳へ精神感応を開始する。
アンシーが知る男娼達と客の恥態を、次男を男娼役にして何千パターンも記憶に焼き付ける。
次男が喜んでいる偽りの記憶も添えて。
次男が覚醒した時、この記憶によって気が触れるか、気にせず生きるか、その道に落ちるか。
いずれにしてもキツいだろう。
記憶を弄るのだ、生半かな抵抗では抗えない。
サリーは知っていた。
養女として売られてきた娘達は、一度は何とか乗り越えた。
しかし好色な侯爵は飽きやすく、抱かなくなった娘達は次男に下げ渡されていた。
口汚い次男に心も体も凌辱され、心を壊したり死んでいたのだ。
「そんなことが・・・・・」
レイテストは提案する。
「俺はやっぱり、フェリヴァには楽しく生きて欲しい。 せっかく助けた命なんだもん。 母ちゃんの分まで生きて欲しいからさ」
そう言われ、フェリヴァは頷く。
どんな結果になっても良い、この人に委ねようと。
精神感応前のフェリヴァの最後の記憶は
「フェリヴァ幸せになってね」と言う優しい男の子の声だった。
その声を聞きながら、深い眠りについたのだ。
ーーーーーー
「フェリヴァ様、次は砂漠の町を通りますよ。 大変なので覚悟して下さい。 装備をがっちりしないと」
メイドのサリーは、幼い頃からの専属メイドだ。
流行り病で、家族全員命を落とした。
伯爵家に嫁ぐはずだったが、伯爵様も公子様も事故で亡くなられてしまった。
悲しみに暮れていたが、サリーの励ましで回復した私は世界一周の旅に出ることにした。
サリーにはそろそろ様呼びではなく、フェリヴァと呼んで欲しいけど、なかなか難しいみたい。
体力がなくて大変だけど、お金は一生かかっても使いきれないほどある。
亡き家族には感謝しかない。
私の為にこんなにお金を残してくれたんだから。
でも誰もいない故郷は寂しいから、もう戻るつもりはないの。
どこかで夢を探せたら良いな。
私の夢の中に『幸せになってね』と言う男の子が、時々現れるの。
会ったことがない人なのだけど、何故だか優しい人だと信じているの。
いつか会えるかしら。
それが夢の1つなんて、少女趣味すぎてサリーにも言えないわ。
そう考えて頬を染めるフェリヴァ。
サリーの記憶はそのままで、フェリヴァのメイドとして付き添うことになった。
生涯メイド契約もお嬢様のお陰でなくなり、天涯孤独のお嬢様の付き添いとして旅に出ることを告げた時家族は驚いていた。
だがサリーを信頼しているフェリヴァを、家族も好ましく思い受け入れた。
いつ旅から戻るかはわからない。
危険がないように体を大事にと、フェリヴァもサリーと同じく敬われ心配され心が暖かくなった。
サリーは家族が元気でいますようにと、大好きな家族のことを神に願い旅に出たのだ。
フェリヴァの軍資金は、アンシーが海から持ち出した宝石をギルドで換金して持たせた。
全てをなくしたフェリヴァへ、ささやかな餞別として。
「側に置いても良かったのに。 お前も不器用だね」
アンシーは毒づくが、レイテストは気にしない。
アンシーがこれで良かったと思っていることも、なんとなくわかっているからだ。
「今は弟もいるしな」
思いがけず家族が増え、レイテストは嬉しそうだった。
どう成長するんだろう?
ーーーーーー
ダスト侯爵の次男はあれから男色に目覚め、様々な男娼を渡り歩いた。
侯爵家に多額の請求が舞い込み、ついには勘当され平民となった。
その後は男性用の娼館に勤め、自分が元侯爵家の次男だと言って憚らなかった。
その為色狂いの侯爵家と悪評が公となり、過去の侯爵の仕打ちなども引き合いに出され子爵へ降格、家庭内は大いに荒れたと言う。