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人魚の呪い

私は2週間後に伯爵家に嫁ぐはずだった。



私の名前はフィリヴァ・グリーンバーグ。


領地のない斜陽子爵家の長女だ。


幼い時から大事に育てられた、はずだ・・・・・




もともと子爵になったのは、戦時中に祖父が王太子を庇い命を救った報奨により、男爵から陞爵(しょうしゃく)したからだ。


祖父は生真面目な人で、下賜された領地を発展させるべく領地民と話し合いながら、主に商業と織物を主力に発展させていった。


税金を低く抑えた為税収は多くはなかったが、領地民は自主的に道の整備をしたり自警団を作り、窃盗や害獣などの取り締まりを行っていた。


民は幸福を感じており、祖父も遣り甲斐を感じていた。


転機は祖父の息子、私の父が爵位を継いでからだ。


父も祖父を尊敬し、真面目に職務に就いていた。


ある日領地を視察している際、道に踞り意識がない女を発見し保護する。


町長の家で休ませ意識を回復した女は、夫に先立たれ隣国の親戚の家へ行く際に、お金を騙し盗られ歩いていた所力尽きたと言う。


その女の優美な所作から、貴族家の夫人だったということは予想された。


着ていたものも上質なシルクで、近辺では見ない白い肌をしている。


華奢な体に似合わぬ大きな胸、少女のような愛らしい容貌は見るものを惹き付けた。


赤い大きな瞳、水色の波打つ髪。



村の男達は、一目で魅了された。


それは私の父も例外ではなかった。


村にいると身の危険が及ぶ可能性があるとして、父が邸に保護と称して連れ帰る。


当時の父は結婚しており母・兄・私と、執事・数人の使用人で暮らしていた。


私達には保護の為に連れて来たと言い、目的地まで従者に送らせると話した。


疲れが癒えるまで、離れにある別邸で過ごさせると言う。


私達は父を信じていたし、貞節を重んじる人だったので、人助けだと受け入れた。


一週間が過ぎ、そろそろ隣国へ行くと予定していた日が来た。


別邸に挨拶に行くと、庭にあるガゼボに人影を見つける。


声をかけようとして、ひゅと息を飲んでしまう。


父と女が抱き合って口づけを交わしていたのだ。


父の背からこちらを覗く女の顔は、歪んだ顔で嗤っていた。


ーーーーー



隣国へ行ってもどういう扱いになるか不安だと言う女は、父にすがりついたと言う。


父は抗えず女を抱いてしまう。


そして責任を取るために、そのまま囲うことにしたと言う。


母は反対した。


慰謝料を払ってでも、もともと行く場所へ送って欲しいと嘆願した。


しかし父は反対した。


男として責任を取らねばならないと。


話し合いは平行線となり、結局父の主張が通り女は別邸に住み着いた。


そればかりか、父にねだりドレスや宝石を頻繁に購入するようになった。


母は何度も止めるように伝えるが、父は聞き入れない。


暫くして母・兄・私の3人が、病名不明の高熱にうなされた。


医師に診察されるも、今まで見たことがない症状だという。


全身の皮膚が硬化しまるで鱗のような模様が浮き出し、水も食事も喉を通さず、全身の激痛に3日3晩苦しんだ。


その結果母は亡くなり、兄は起き上がれない程衰弱した。


何故か私だけはすっかり回復し、ただ皮膚だけが透けるように白く艶やかになっていた。


父は、母や兄の状態に嘆き悲しんだ。


私に対しても奇跡だと言い、回復を喜んでくれた。


母のお葬式に、まだ衰弱していた兄は参加出来なかった。


父と私、領地民が参列した。


そして、何故か父の隣に女が並んでいた。


女は私を見て、声を出さず『あはっ、成功したのね』と呟いていた。


何のことだろう?


それから3ヶ月が過ぎる頃、父と女は結婚した。


女は本邸に移り、我が物顔で邸を支配した。


亡き母の遺品を好き勝手に弄り、身に付けたり壊したり。


新しいドレスや宝石も前以上に買い漁った。


しかしながら、私に対しての教育は領地でできる最高のものを父に依頼していた。


「この子には、親孝行して貰わないとね」


父に対しては媚びるように蠱惑的な笑みだが、私にはいつも父に見えないように可愛い顔をわざと歪ませてにやけていた。


兄はあれからも衰弱し、ベットで横たわる日々が続いていた。


ある時兄が囁いた。


「俺はもう駄目だ。 お前だけはここから逃げろ」

そう言って母と兄の貯金を渡してくれた。


「母さんは言ってたよ。 あの女は呪われているようだと。 俺も今なら解る。 俺たちを見る女の目は、獣を狩る猟師のようだからな」


兄はそう言うが、置いていく選択肢は選べる訳がない。


仕事は変わらずきちんとする父だが、女が糸目をつけず散財するので、借金の返済のために領地を手放すことになった。


窮状を知り祖父の友人だった伯爵家が、私を息子の婚約者にする変わりに借金を肩代わりすると言ってくれた。


やや強引だが、このままだと私が身売りのように結婚させられそうで心配だったとのこと。


好きな人ができれば婚約解消もしてくれると、私だけにこっそり伝えてくれた。


どうやら兄が手紙を送って、助けを求めていたらしい。


祖父の友人は、祖父が生きていたらこんなことにはならなかったと嘆いていた。


私は淑女教育の為、定期的に伯爵家に通うことになった。


伯爵家は穏やかで皆が優しく、このまま家族になれることを願った。


激しい愛じゃないけど、公子のきゅんと胸を締め付ける優しい言葉と気遣う態度は、生きてきた中で一番の安らぎだった。


平和な日々は続き、後2週間で結婚という時に伯爵家の馬車が崖から転落した。


伯爵様と公子の行方もわからず仕舞いだ。


あの高さでは助からないだろうと騎士隊が言う。


1週間が経ち、葬儀が行われた。


伯爵夫人は爵位を甥に渡し、生家に戻ることになった。



私は婚約者を亡くし、部屋に閉じ籠った。


良くしてくれた方の死に、辛く悲しみ打ちひしがれていたから。



「貴女に養女の話を持ってきたのよ」

あの女はまた唐突に勝手なことを言っている。


「前からお話をいただいていてね。 義妹さんが死んでしまってお寂しいんですって。 貴女みたいな可愛い女の子に義妹になって欲しいんですって」


「?」


「父さんからも頼むよ。 お前に断られたら、家を売って平民にならないといけない。 そうしたら義母さんが可哀想だろ」


何を言っているんだ?

この人は私を何だと思っているんだ?

私だって父の子でしょう?

ああ、そうだ。

この女が来たときから、父はこの女しか見ていないんだ。


「義母さんに赤ちゃんができたんだ。 お前の弟妹だよ。 この子達の為に頼むよ」


父が私の肩を揺らしながら懇願してくる。


女は腕を組み、ニヤニヤとこちらを眺めている。


「少し考えさせてください」


そう言うと、父は何度も首肯しありがとうと言った。


その顔からは気遣う様子は全くなく、義母の話を一旦でも聞き入れた嬉しさしか感じなかった。


考えると言っただけなのに、どう思っているんだろう?




兄からの話で、私は頭を何度も殴られたような気分になった。


「今すぐ逃げろ。 あの女が言う養女とは妾のことだ。 確かダスト侯爵と言って、下級貴族を何度か養女にしているが、皆死んだり気が触れておかしくなっているそうだ。 お前が行くべき所じゃない。 いや絶対に近づくな!!!」


兄は昔から遣える使用人から聞いて、目の前が暗くなったそうだ。

この体では一緒に逃げてやることもできない。

でも、妹がこれ以上不幸になるのは耐えられない。


「夜が開けたら、人混みに紛れて馬車に乗るんだ。 お祖父様の友人の手紙が何通かある。 この人達を訪ねて保護してもらえ」


「お兄ちゃんは? 一緒に行ける?」


不安な面持ちで見つめると兄は言う。


兄は私を手招きし、私の耳元で囁いた。

「お前が妾にならなくても、あの女は最初から俺たちを殺す気だ。 たまたま生き残ったんだ俺たちは」


「えっ」

兄に口を塞がれ声は漏れなかった。


足を引きずり厠へ行くと、隣の部屋から男女の絡み合う声が聞こえてきた。

どうせ父と女だろうと思っていたが、相手が違っていた。

長年家を支えてくれている執事だった。

何とか驚く声を殺すと、とんでもない言葉を発せられた。


「あの子達はしぶといわ。 私が直々に血液を垂らした食事を食べたのに、母親しか死なないんだから。 でももうすぐね。 楽しみだわ。 ふふっ」


執事は行為に夢中で、何も耳にいれていないようだった。


恐ろしくなった私は、音を立てずに自室に戻った。


遅かれ早かれ殺される。


今思えば女性の使用人は変わらないが、男性の使用人は全員おかしく見えた。


男性使用人の女を見つめる眼差しが、恋情以上のなにかを隠していなかったからだ。



いつからこうだったのか?

もう遅い、この家はもうだめだ。


せめて妹が、毒に犯されない内に逃がさなければ。



「俺はたぶん先はない。 頼むからお前は生きて、この事を誰かに知らせろ。 母さんの敵を取ってくれ。 頼むよ」


兄の両拳は掛け布団を強く握りしめ、嗚咽を漏らして泣いている。


「わかったわ。 援助を取り付けてくるから、待っていて」


私は決意しその夜は就寝した。


朝一番で列車に乗ろうと家を出ると、玄関先に立派な馬車が停まっていた。

あの意匠はダスト侯爵のものだ。


「なんで?」

疑問はあるも今は急いで逃げなければ。


そう思い裏口へ回ると、あの女と父とダスト侯爵であろう人物が立っていた。



「あらあら、お迎えご苦労様ね」

とびきりの笑顔で女が言う。


「ほら挨拶して。 初めてお会いするんだから」

と父が言う。


「堅苦しいことは抜きで良いですよ。 これからずっと一緒なんですから。 ねえ、フィリヴァ」

侯爵は私を上から下まで何度も嘗めるように見た。


嫌だ、私の名前を呼ばないで。


「まだまだ蕾だな。 可愛がってあげるよ」


「っつ」とあまりの嫌悪に喉がなる。

私は堪らず声を出した。

「養女の件はまだ決めてません。 考えさせてくださいと言っただけです」


「もう考えたんでしょ? 赤ちゃんも貴女に感謝してるわ」

胸の前で組み合わせた両手を祈るように掲げて、私の顔を慈悲深げに見つめる。


「お兄さんのことなら、ちゃんとした医者に見せるから安心してくれて良いぞ」

誇らし気に侯爵が言う。


「あちらでは贅沢できるぞ。 天下の大金持ちのダスト侯爵様だからな。 はははっ」

父が誇らしげに笑う。


本当に解ってないのだろうか?

女に唆されただけなのか?


いや違う。 女に靡かない私が邪魔なのだ。

きっと女にも、そのことで何か言われていたに違いない。

借金がなくなり、私もいなくなる方が良いんだろう。


契約書もあり、もはや逃げられなかった。


馬車の中で侯爵がなにか言っている。


もはやどうでもよすぎて、全て聞き流していた。



ダスト侯爵の邸に到着すると、使用人が並んでお辞儀をし出迎えた。

邸まで続く赤い絨毯に、黒服の従者と黒服に白いエプロンのメイドが左右に60人ほど並ぶ。


まるで血の川のようだ。

「今日が私のお葬式なのね」

表情なく呟く声に、聞こえた者は悲しく顔を歪ませた。


王宮のような荘厳な邸は、代々受け継がれる絵画や美術品で溢れていた。


応接まで待つ侯爵の家族に挨拶をする。


「今日から義理の娘になるフェリヴァだ。 仲良くしてくれ」

侯爵が言い、私は頭を下げカーテシーをする。


「フェリヴァ・グリーンバーグです。 なるべくお目に触れぬよう静かに暮らします。 ご容赦ください」


挨拶すると、侯爵以外は押し黙り頷いた。


皆私が売られてきたことを理解したのだろう。


妻は侯爵と同じ50代で緑の髪をアップにしている。年齢以上に老けて見えた。

小侯爵(長男)も緑の髪を撫で上げており、厳つい顔でこちらを見ている。 夫人は汚いものを見るように口元を扇子で隠した。 

次男は侯爵と同じ短髪の赤髪で、こちらを値踏みするように不躾に見ていた。 まだ独身で伴侶を決めかねていると侯爵が笑った。


侯爵は赤い髪を後ろに撫でつけ、銀縁の眼鏡をくいっと上げる。

「明るい所で見ると、さらに美しい顔立ちだ。 それに夕焼けの瞳、桃色のストレートの髪・・・ゴホッではメイドに案内させよう」


私は軽く会釈し、その場を去った。

たぶんもう会うこともないだろう人達に。




私に与えられた部屋は、離れにあるが庭の薔薇や木々が一望できる場所だった。


内装は可愛らしいレースやリボンで彩られ、動物のぬいぐるみが所狭しと置いてある。


中央には大きな天蓋付きベットが鎮座している。


クローゼットはドレスで溢れ、大きな宝石箱には指輪やネックレスが並んでいた。


何も心が動かず言われるまま食事をし、浴室ではメイドが入念に体を磨きあげた。

化粧を施し、髪に香油を塗り、全身を着飾らせた。



そして夜が来て、侯爵が部屋へ訪れた。


ベットに座る私の横に腰を下ろし、醜悪な顔で告げる。

「何も言わなくても解っているんだね。 物分かりが良くて話が早い。 さっそく可愛がってあげようね」


そう言うと、私の顎を指先で上げ侯爵の唇が私の唇に重なる。


強引に口内に舌が入れられ、嘗め回される。


あまりに長く息が苦しくなると、侯爵が嗤う。

「あぁ、口づけもしたことがないとは。 何て運が良いんだ」


1枚づつ衣服を脱がし、こちらの反応を見ている。


上着を脱がし夜着となった私を見て、侯爵は唾を飲む。

「私が君を本当の女にしてあげるよ」


覚悟はしていたつもりだったが、羞恥に目が眩む。


上の夜着が剥がされ、胸に手が触れ執拗に揉まれる。

唇が胸を這い刺激を与えられる。


「初めてでも痛くないように、今日はこれを使おう」


下の夜着を脱がされ、ゼリーのような液体が塗りこまれる。


「この誘淫剤には鎮痛効果もある。 初めは少し痛いだろうが、すぐに慣れるから」


そう言い口づけが続けられる。


「キスの途中でも息をするんだ。 そうだ。良い子だ」

慣れるに連れ息苦しさはなくなるが、生臭さが嗚咽を誘う。


裸で私を抱きしめる侯爵に抵抗できず、時が過ぎるのをただただ待った。


しかし、下腹部の辺りがやたらに熱を持つように疼き始める。


言い知れない不安が走り、知らずに腰が細かに動きだす。


「薬が効いたようだ。 可愛い子だ」


その後は訳もわからず、侯爵に抱きしめられて朝を迎えた。


嬌声で声が渇れ、体には情事の後が残っていた。


目を瞑り必死に寝た振りをしていた。

侯爵と言葉を交わしたくなかったからだ。


侯爵は起き上がると、今晩も可愛がってあげると言い残し部屋を去った。



ヨロヨロと体を起こすと、暫くしてノックの音がした。


メイドがお目覚めでしょうかと声をかかる。


そのまま湯浴みに向かい、全身を綺麗に洗ってくれた。


侮蔑の表情はなく憐れみだけで、「貴女はお綺麗です」と声をかけてくれる。


ああ、この邸はメイドにも同じようなことを強いているのだろう。


見つめあいながら、二人で泣き出してしまう。


浴室なのでいくら濡れてもかまわない。


時間が許すまで泣きあった。



庭の様子を眺めながら、もう私には何も残っていないと嘆息した。


そう言えば、兄を良い医者に見せてくれると言っていたと思いだし、手紙を書いた。


父からの返信には、兄は亡くなったと書かれており、援助をもっと増やせるように頼んで欲しい旨の内容しかない。

私を案じる言葉はどこにもなかった。


もう私には会いたい人もいなくなり、いつ死んでも構わないと思えた。



数日後一通の手紙が来る。


あの女からだ。

破りたい気持ちを抑えて読むと、信じられないことが書いてあった。

ーー義息は私達に、お前を迎えに行くように詰め寄った。 夫があの子が帰れば家が潰れると言ったが、「誰のせいだ。 自業自得だ」と親に暴言を吐いたので、殴って裏庭に出した。 そのままにしていたら、朝見ると死んでいた。 外聞が悪いので、そのまま埋めた。 義息の部屋は日当たりが良いので、赤ん坊の部屋にした。 葬儀はしないので帰ってこないように。 あなたの弟妹の為に、頑張ってはげんでくださいねーー



兄が死んだ・・・・・

理不尽に・・・・・ 


ああっーーーーーーーーーーー

誰か、誰でも良いから、


あの悪魔を殺してっ


何でもする。 地獄に堕ちても構わない。


ーーーーーあの女だけは絶対に許さないーーーーー


私は死ぬのを止めて、計画を練ることにした。


幸いメイド達は私に同情的だ。


最初に会ったメイドのサリーも、借金の肩に死ぬまでここで働く契約をさせられている。


もともと男爵家の次女だと言う。

家族の為に売られたのだ。

私と違う所は、家族はいつも彼女を気遣っており、心配の手紙や贈り物をしてくる。

高価ではないが気持ちが伝わるので羨ましく思っていた。

彼女も手紙だけが生きる支えだと言う。

結婚もできず一生をここで迎えるのだ。

ただし逃げられないためか、給金は他家の三倍はでており家族への仕送りには助かるようだが。

評判の悪い侯爵家の人員は、訳ありの者が多いようだ。


2ヶ月ほど過ごし、サリーに何となく愚痴を聞いて貰った後、

「あのね、私をここに売った義母に思い知らせてやりたいの。 ここの侯爵様でなくて、義母だけなんだけど。 つてってないかしら?」と尋ねてみた。


すると、「あるよ」と答えが返ってくる。


「闇ギルドだったかな? 貴族とかじゃなくて家族位ならそんなに高くないよ、きっと」

何事もないようにサリーは言う。


「私だって、ここまで落とされるまでは、いろいろあったからね」

サリーも大変だったのね。


「じゃあ、頼めないかしら。 私はここから出られないし」


「出ちゃダメなの?」


「えっ」


「だって養女よね。 建前は」


「あ、そうね。 そうだった」


「じゃあ、今日は化粧品を買いに行きましょう。 大丈夫よ、侯爵様の為に綺麗になりたいと言えば、イチコロよ」

サリーは自信満々だ。


執事に言付けて貰うと、満面の笑みで許可が出たそうだ。


お金は、父も知らない母と兄と私の貯金がある。

手帳がないと取り出し不可だ。

父は貯金があるなんて考えていないだろう。

全てはあの女が来た時に、母の女の勘で手配したものだからだ。

父が気づかない美術品を売り、金に替えた。

案の定すぐに他の美術品も、女の為に売り払われたので気づかないであろう。


サリーと従者のロンドと共に、馬車に乗り町へ出る。

最初は化粧品を侯爵家宛で大量に買い。

昼食を食べギルドへ向かう。


闇ギルドでは、内容によって断られることもあるそうだ。


最初に私の話を聞いてくれたのは、赤い目で肩まである水色の髪をした細身の美少年だった。


(こんなに華奢で大丈夫かしら? 怪我をさせたらかえって申し訳ないわ)

なんて考えていると、


「俺は華奢だが強いよ。 力が強いし丈夫だから心配しなくて良い」


「えっ」

フィリヴァが驚くと


「魔法みたいなもんだ。 思っていることがちょっとわかる」と

静かに語りかけた。


後ろからギルドマスターのサカイが声をかけてきた。

「こいつの依頼完遂は100%だ。 高いけど確かだ」と笑う。

額と首に刀傷のある、40代くらいの筋肉粒々のマッチョだ。


「お願いできますか?」


まだ確信に触れていないが、赤い目の男は頷く。

「俺の名はレイテストだ。 父親も殺っとくか?」

軽く尋ねてくる。


「いいえ、()()はいいです」


「了解だ。 いつ殺る?」


「できるだけ早く」


「わかった。 すぐに片付けてくるよ。 連絡待ってろよ」


「お待ちしてます。 怪我をしないでね」 


レイテストは、不思議な顔でサカイを見た。


サカイは首を横に振る。

「俺もこんなことを闇ギルドに言う奴は初めて見るぞ」


「そうだよな」と、レイテストも微笑する。


私も恥ずかしくなって、照れ笑いして俯いてしまった。

(最強の暗殺者に何を言ってしまったのかしら。私ったら)


全財産をレイテストに渡し、「よろしくお願いします」と頭を下げる。


その顔は清々しく、未練など何もないようだ。


レイテストはこの時、(ああ、この子は復讐が済んだら死ぬのか)とフィリヴァの去っていく背中を見送った。


今までにないやりきれなさを感じ、アンシーに相談すると、「お前の好きなようにすればいい。 生かしたいなら力を貸すよ。 おや、お前の金から他の人魚の気配がするぞ。 どうやらあの子の言っていた毒とは、人魚の生き血のようだ。 人魚は人では殺せない。 私も一緒に行こう」


アンシーは嬉しそうに顔を歪ます。


レイテストは(どうやら、俺は母さんのような人を見逃せないようだ)と自分自身を分析していた。


それを見て、人魚はまた笑った。

その笑みは先程と違い、優しい笑みだった。





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