一休和尚、屏風の虎を退治する話 (五).
僧の言葉に、一番反応したのはわたくしでございました。
「屏風の虎が抜け出す?」
わたくしの頓狂な声に、僧は慌てて人差し指を口の前に立てました。
「お、お静かに! この話は、この寺にいる者以外、誰も知らぬのです」
「本当なのですか、その話? あなたは屏風から抜け出した虎を見たのですか?」
わたくしはやや呆れた声で尋ねました。だって、そうでございましょう? 絵の虎が、実際に動き出して絵から抜け出すなど、寡聞ながら聞いたこともございません。
何を寝ぼけたことをいっているのだと考えても道理でないかと思うのですが。
「わ、わたくしは、その虎を目にしてはおりません。で、ですが、何人もの僧が、屏風から虎の姿が消えたのを見ているのです。ま、まるで、夜になって徘徊する妖ものであるかのように……」
「しかし、今、あの屏風には虎の姿がある。あの虎は夜が明ける前には屏風に戻っている、ということかの?」
お師匠さまが疑問を口にされると、僧はぶんぶんと何度もうなずきました。
「誰もが、虎のいなくなった屏風を見て、堂に閉じこもりました。徘徊している虎に出くわしでもしたら大ごとですから。
そして、朝になってお屋敷の屏風を見てみると、あの虎は何ごともなかったかのように屏風の中に戻っているのです。
あの屏風を見た中には熱を出して寝込んだ者もおります。
ひょっとすると、妖ものに憑りつかれているのではと考えていたのですが……。
先ほどのお話しでは、あの屏風は周文様の手によるものだと……」
「何を考えて声を掛けてこられたかわかった」
お師匠さまはご自身の頭をぽんぽんと叩かれました。
「周文殿は存命であるし、大きな不幸に見舞われたこともない。さらに、何かに憑りつかれているという話も耳にしとらん。
そんな周文殿の絵に妖ものが憑りついたりなどするだろうか、ということじゃな?」
「さ、さようでございます……」
僧は額の汗をぬぐいながらうなずきました。
「その考えはもっともなものじゃ。周文殿の絵に妖ものが憑りつくなどありえんわい。屏風の虎が抜け出すなど、何かの見間違いであろう。安心なされ」
お師匠さまがそうおっしゃると、僧はようやく安堵の色を浮かべました。
「あ、ありがとうございます。それをお聞きして、気持ちが楽になりました」
僧は床に手をついて深々と頭を下げると、仲間たちのいるところへ戻っていきました。
そこでは、数名の僧たちが壁に向かって座禅していたのです。
「耳のいいひとですね。回廊での話し声があそこまで届いたんですかね」
わたくしは、彼らの邪魔にならないよう小声でお師匠さまに話しかけました。
「お前が大げさに騒いだせいだろ」
お師匠さまの返事は、にべもないものでございました。そして、そのままごろりと床に寝そべってしまったのです。
わたくしはため息をつくしかできませんでした。
――その夜。
わたくしは床の上で、どきどきしながら寝たふりをしておりました。
お師匠さまはありえないと一蹴されましたが、わたくしは、もしかしたら本当の話かもしれないと考えていたのです。
そう。わたくしは、皆が寝静まったころを見計らって屏風の様子を見にいくつもりでした。
もちろん、お師匠さまには内緒です。もし、自分の考えを伝えていたら、「バカな気を起こすな」と喝を入れられたに決まっていますから。
しかし、夜更けを寝て待つのは難しいものです。
寝たふりを続けていたにもかかわらず、わたくしはいつの間にか寝入ってしまいました。
どのぐらいの時間が過ぎたのか。
わたくしはふいに気がついて身体を起こしました。
周りはすっかり寝静まっています。かたわらでは、お師匠さまが静かな寝息を立てておられました。
寝入ったことに「しまった」と思いながらも、どうして、急に目が覚めたのだろうと考えました。
僧堂には高い位置に小窓がついているのですが、そこから高く昇った月がのぞいています。
わたくしは、偶然にも窓から差し込んだ月の光に顔が照らされて目が覚めたのです。
理由はわかりましたが、今度は「まずい」と思うようになりました。あれだけ高いところから月が見えるということは、かなり夜も更けてしまっている、ということなのですから。
わたくしは物音を立てぬように気をつけながら僧堂を出ました。
途中、お師匠さまがむにゃむにゃいいながら寝返りを打ったときには、心臓が止まるかと思ったものです。
あの方は、眠っていてもまったく油断のできない方なのです。
廊下に出ると、ひんやりとした夜気に包まれました。
あたりはしんと静まり返って、まるで、ここが都の中心ではないように思われます。
わたくしは廊下の板をきしませないよう、抜き足、差し足と、慎重に歩を進めました。あの中庭まではほんの十数歩の距離ですが、ずいぶんと時間がかかったと思います。
中庭の前に立つと、わたくしの口から「ほう」と、思わず声が漏れ出てしまいました。
青白い月明りに照らし出された中庭は、それ自体が一幅の絵画のようでした。
庭の木々は濃い緑にますます深みを増し、太い幹や庭の岩がくっきりと影を描き出して、昼の強い光の下では見たこともない景色がそこにあったのです。
あの庭を造り上げた庭師は、昼だけでなく、夜の表情さえ計算して作庭したのだと思いました。そのぐらい見事な庭だったのです。
もし、向かいの屋敷に目を向けることをしなかったら、わたくしはこの景色だけで満足して僧堂に戻ったことでしょう。
ですが、そもそも好奇心に突き動かされてやって来たのです。
わたくしは当然のように屋敷の大広間、いえ、竹林の虎が描かれているはずの屏風に視線を向けました。
そして、見てしまいました。
屋敷の大広間には、あの屏風が何ごともないかのように立っていました。
静かにそよぐ風に、本当に揺らめくのではと思えるほど見事な竹林が見えます。
しかし、そこに虎の姿は影も形もなかったのでございます。
ここでは、室町時代の『睡眠時間』についてのお話。
室町時代は、現代のように照明器具が普及していませんし、行灯に使う菜種油も高価でした。当時はイワシのような魚油を使用していましたが、臭いがきつく、あまり照明用としては利用されませんでした。
そういうわけもあり、室町時代の人びとは日が暮れるとすぐに寝ていたのです。現代でいうところの午後六時ころには就寝していたといわれています。一番遅くまで働いていた武士でも、午後九時ころには寝ていたということです。
起床時間は午前三時から午前五時ころ。遅寝の武士でも6時間から8時間の睡眠時間を確保できていたようです。
この物語の僧侶たちも早い時間に就寝していました。そのため、いつのまにか寝入ってしまい、月の高い時間 (夜半ごろ)に目覚めた「わたくし」は、「まずい」と考えた、ということなのです。