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飛湍 2
「行こう、美咲」
桜汰が狼狽えた隙に彼は私の手を引いて来た道を戻ろうとする。
「あの、行くって、どこへ…?」
「俺ん家。このまま無事にマンションに入れるか?付き纏われて揉めて近所迷惑だし、叔母さんにも迷惑だろ?」
正論だ。私は家に帰りたかったけど、桜汰がこのまま大人しく引き下がるとは思えない。叔母さんに迷惑をかけるのも嫌だ。
「でも、また悠さんにご迷惑お掛けするのは…」
「迷惑じゃないから。ほら、行こう。話の通じないやつは放っておくしかないんだよ」
「おい、無視すんなよ」
桜汰が追いかけてくる。
「美咲は今夜、俺の家に泊まる。そういうことだから。もう二股野郎に入り込む隙は無いからな。美咲を本当に好きだったなら、潔く諦めてやれよ」
私の肩を抱いて冷たく言い放つ。悠さんに睨まれた桜汰は怯んだまま、何も言わない。
呆然とする桜汰をよそに、悠さんがタクシーを停めた。
すぐに乗り込み、ドアが閉められる。
「栄町まで、お願いします」
彼が行き先を告げると、タクシーはすぐに発車した。
桜汰はたぶん、追いかけて来なかった。