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宵 10
「離してください。悠さん、酔ってるんですか?」
悠さんの胸を押して体を離そうとしてもびくともしない。それどころか、更に腕に力が込められたのがわかる。
「ちょっとは酔ってるかもな」
離す気は無いらしい。
「いつもそうやって、張り付いた笑顔でやり過ごして、裏で泣いてんの?」
思いもかけない言葉が降ってきて動揺を誘う。
「いけませんか?それが私の処世術なんです」
「だったら。俺の前ではその張り付いた笑顔は外してよくないか?」
「…簡単には、出来ません」
離してください、ともう一度悠さんの胸を押す。
腕が緩められ、やっと解放された。
営業スマイルは、とっくに崩れていた。
「帰ります」
足を家の方に向けると、悠さんは再び私の手を取った。
「悠さん…」
「いいから。送らせて」
そのままずっと静かに歩いていた。
マンションの前に桜汰が立っているのを見つけた瞬間、息を呑んで硬直してしまった。
「美咲。遅かったな。随分待ったよ」
「桜汰…。なんで…?」