宵 5
頬を軽くつねられる。
「悠しゃん、いたいれす」軽く睨むと彼は口角を片方だけ上げていた。
「人の苦労を笑うやつにはお仕置きが必要だろ?」
解放された頬をこれ見よがしにさする。といっても、実際全く痛くないのだけど。
頬をさする指を握られた。
「…ごめん、痛かったか?」
「痛く…なかったです」
目の奥まで見つめられた気がした。そんなに心配そうに私の目を覗き込まないで欲しい。指は握られたまま、私は動けない。
「豚の、角煮…」
大将のよく響くバリトンの声が遠慮がちに降ってきた。咄嗟に握られた指を離してカウンターテーブルに目を戻す。大将の声が思いの外美声だったことに驚く。
顔は赤くなっていないだろうか。なっていたとして、お酒のせいにすれば良い?
「そ、そうだ、悠さん、これ…」
今日の目的、悠さんに借りて洗濯を終えたTシャツと短パンの入った紙袋を手渡す。お礼に私の好物である『たけのこの里』も入れていた。
「ああ、いつでも良かったのに」
言いつつ、彼は紙袋を受け取った。衣類以外の感触に気付いたのか、紙袋を開けた。
「たけのこの里…?」
「好きなんです」
え、と私の顔を見る。少し戸惑った顔をしている。
もしかして彼は『きのこの山』派なのだろうか?
「あの…きのこの山の方がお好きですか?」
「あ、ああ、俺も…たけのこの里の方が、好きだ」
「それは良かったです」
安心して、梅酒ソーダの残りを飲み干した。