51/237
宵 3
「俺、本業花屋じゃないんだよ」
え、と驚く私をよそに彼はメニューの書かれた冊子を開いた。
「大将、串盛りと枝豆と…何か食べたいのある?」
「じゃあ…豚の角煮で」
大将は静かに頷いた。
「えっと…花屋さんじゃない花屋さん、とは?」
「あの花屋、温室三つあるだろ?」
「三つ…あった気がします」
花屋の温室の真横の道を通って通勤しているけど、まだ沢山通っているわけではない。
「一つは花屋の店舗を兼ねてる。美咲も入っただろ?」
不意に名前を呼ばれて少し驚いてしまう。はい、とだけ返す。動揺が顔に出てなかっただろうか。
「もう一つは花の苗を育てる施設。で、あと一つは薬草を育てる施設。俺の本業は薬草の研究なの」
「薬草…」
「あの花屋も、温室も、うちの会社の持ち物でさ。柿山って結構な山奥だろ?研究に集中するには打って付けだったから、あそこを選んだんだ」
「確かに」
ゴッホの池周辺以外は特にこれといった観光資源は無い。綺麗な川とキャンプ場があるくらいだ。
「ところが、所長が池の周りを弄り出したら観光客が増え出してさ。花屋の手が足りないからって、研究員の俺が駆り出されてんの」